【103】外伝
*** 外伝:邪神が行く ***
わらわの名はバキ。そう呼ばれるほど邪な行いをした覚えはないが、地球の民どもは『邪神』と呼ぶ。
まぁ邪魔する者は薙ぎ倒してきたゆえ、仕方ないのじゃろうがな。
「それにしても…今さらじゃが、今や地球人もこのような宇宙船を持てるようになったのじゃな。五百年とは長いんじゃのぉ。」
長きに渡る封印から復活を遂げた邪神は、宇宙に封印されたとされる暗黒神を探すため、元黄錬邪である春菜や博打らと共に宇宙を旅していた。
しかし、いくつかの星を巡る中で少しずつ情報は集まってきたものの、有力なものは特に無いまま、いたずらに時間だけが過ぎていた。
「いえ、地球の科学力ではまだ無理なのですが…“暗黒神を探すためならば”という条件で提供してくれた方がいまして。」
「ほぉ…では結果を出さねばな。わらわとしても、目的のためには…不本意ながら奴の力は必要じゃ。」
「ええ。我々に力を貸していただければ、いずれ必ず。ねぇ博打?」
「ま、心配するなよバッキー。俺達ならノープロブレムさ。強いて言うなら…ちょっと空気が重いってことくらいさ。」
メンバーにボケがいない。
「しっかし、見つからないねぇバッキー。暗黒神の棺と一緒にフライハイしたって男…確か『封印士』の『封治』だっけ?」
一行の乗る中型の宇宙船の中には、邪神と春菜、側近の博打の他にも何名かの乗組員がいた。全員が地味な灰色の五錬邪のような衣装を来ていることからも、春菜が密かに集めた新たな組織であることがうかがえた。
「うむ。『十賢人』と呼ばれた強者の一人じゃった。わらわを封じた棺も、そやつの作ったものに相違あるまい。」
「そんな『封印士』に子孫がいるという情報…これが外れていないことを祈りましょう。着きましたよ、この星です。」
噂を辿りやってきたのは、『キュドウ星』という小さな星。
空から見た感じいくつかの集落はあるようだったが、文明はそれほど発達していないように見えた。
「前の星で得た情報が正しければ、目的の人物はあそこにいるはずです。」
春菜が指差したのは、人里離れた丘の上に建つ工房。
今まさに煙突から煙が立ち上っているので、誰かがいるのは確かなようだ。
「十賢人の子孫か…さて、どんな奴だろうなぁマスター?」
「くれぐれも無礼の無いように頼みますよ、博打。機嫌を損ねて情報を出し渋られても困ります。」
コンコンッ
春菜が工房の扉を叩くと、中から髭面のむさ苦しいオッサンが出てきた。
年の頃は四十代後半といったところだろうか。
「オウオウ、なんでぇテメェら?この『封護』様に何の用だぁ!?」
「俺は博打。ミスター、今日はアンタに話があって…」
「知らねぇよ誰だよテメェ?三下じゃ話にならねぇ、リーダーは誰よ!?」
「私が長です。名は春菜と…」
「だから知らねぇってんだろうがぉよぉ!この俺様と話てぇってんならよぉ、俺様が口から茶ぁ噴くような大物連れて来いやぁ!」
「わらわはバキ。人は『邪神』と呼ぶ。」
「ブバフッ!!」
封護は鼻から茶を噴いた。
工房に通された一行は、暗黒神の情報を引き出すべく封護に事情を伝えた。
話を聞き終えた封護は、どうやら心当たりがあるらしく神妙な顔つきに変わっていた。
「邪神に魔神ねぇ…ハハッ!思ってたよりとんでもねぇ事態になってるみてぇじゃねぇの!」
「そのご様子…事情はご存じのようですね。」
「あぁネェちゃん、確かにあったぜ?暗黒神を封じた棺はなぁ。俺らの一族が代々守ってたんだ。だが残念、今はもう…ここには無ぇよ。」
「なっ…それはどういう話なんだいミスター?」
「…ふむ。あれはまだ俺がガキだった頃の話だが、今でも昨日のことのように覚えてるよ。親父の浮気が…バレてなぁ。」
「ホントにどういう話なんだい…!?」
「その晩の夫婦喧嘩は、それはもう常軌を逸してたもんだ。乱れ飛ぶ食器、鍋、果てはタンス…」
「いや、だからそんな家庭の問題は…って、ミスター…まさか…!」
「そして…そう、暗黒神の棺も…」
家庭の問題じゃ済まない話だった。
「方角的に、下手すりゃ地球へ落ちたかもしれねぇ。四十年は前の話だが…聞いたこたねぇかネェちゃん?」
「さぁ?私の生まれる前の話なので…」
「そういえば、地球には『星降る大地』なる地があったのぉ。宇宙からの飛来物が降り注ぐあの光景は圧巻じゃったわ。今もあるかは知らぬがな。」
そう懐かしそうに語る邪神の言葉に、春菜は何かを思い出したようだ。
「『星降る大地』…そう呼ばれたという北の凶国『魔国』が、ちょうどそのくらいの頃に急にそう呼ばれない…いえ、そう“呼ばせない”ようになったと聞いたことがあります。」
「ま、魔国って…まぁあの先生のカントリーだったら、確かに何かヤバいのを隠してても全然不思議じゃないぜ。」
むしろ招き寄せた感すらある。
「やれやれ、とんだ無駄骨じゃったの。そうか、嗟嘆めは既に地球に…むっ?」
ゴゴ…ズゴゴゴ…ズウゥウウウン!!
外から何かが着陸したような音が聞こえた。
一同は工房の外に出た。
「あの船は…『観理』さんのものですねぇ。」
春菜がその小型宇宙船に近づくと、中から十歳くらいの小柄な少女が現れた。
「んもぅ!めっちゃ探したれすよ春さん!無線ブッ壊れてるれすよ!?」
少女は右の瞳が青く、左は赤色。左右で二つに縛った髪留めは砂時計の形をしており、他にも時計の針のような髪飾りも付いていて、さらに手には何かリモコンのようなものを持っている。時間とか操りそう感が凄まじいが、それ以上にアホっぽい印象の方が強い。
「あ~、そうなんだわ観理ベイベー。どうにも直せなくて諦めたんだが…何かあったってのか?」
「そりゃもうれすよ!アンタっちが探してる暗黒の人、地球で復活して大騒ぎなんれすよ!」
「ハァ!?オイオイ、マジかよ…?ハァ…マジで無駄ボーンだったってわけだ。」
つい先ほど導き出した仮説が早々に証明され、ガックリする博打。
だが春菜はそうでもなさそうだ。
「いえいえ、そう悲観したものでもないですよ博打。本題である『魔神』復活の儀式を万全とするには、ここで彼から…封印術について色々と聞いておくのは悪くない。」
「…ほぉ?なんだいネェちゃん、この俺が封印術を知る者と…なぜわかった?」
封護の目付きが変わった。
「いや、わかるだろミスター。さっきからそんな話してたし…」
「あくまで先祖の話を、な。俺自身のことは何も言っちゃいねぇぜ?」
「でもさ、アンタの風貌とかこの工房の感じとか看板とか…なぁ?」
看板には“なんでも封印屋”と書かれている。
「どうやら風向きは…こちらに都合良いものに変わったようですね。」
観理から更に詳しい情報を聞き、まだ時間に猶予があると判断した春菜は、静かに悪い笑みを浮かべた。
博打も同様だったが、邪神だけはなぜか違うことを考えているようだった。
「すまぬがしばしの間、自由にさせてもらおうか。安心しろ、悲願は同じ…逃げたりはせぬ。」
「…わかりました。では観理さん、お供をお願いできますか?」
「お供?おうともー!任せんしゃーーい!」
「監視なぞ要らぬというに…。まぁいいじゃろう、好きにせい。」
「フフフ、疑ってなどいませんよ。単に移動手段の問題です。では観理さん、頼みますよ。」
「オッケーーーーーイ!!」
こうして邪神と観理は別行動を開始した。
春菜らと別れ、数日が過ぎた。
嗟嘆めが本当に復活したというのならば…五百年も封じられてきた我らが近しい時期に目覚めたというのは、恐らく偶然ではあるまい。
これが運命であるなら、魔神の復活もまた近いと考えてよいのじゃろう。
ならば、わらわがすべきことは一つ。
「…なのじゃが、うまくはいかぬものじゃなぁ。」
次に訪れた星でもまた有益な情報が得られず、邪神は途方に暮れていた。
行動を共にする観理はなんとかフォローしようにも、目的をよく知らないためフォローできずにいた。
「なんか歯痒いれす…。でも観理さんには何もできることがねぇんスわ。」
「いや、むしろ助かるぞ?『邪神』なんぞと動けと言われたら普通は色々知ろうとするものじゃ。その肝の太さは頼もしくもあり…まぁ思慮が浅そうで不安でもあるがな。」
「じゃあ聞いたら教えてくれるんれすか?観理さんこう見えて口は堅ぇれすよ!」
「ふむ…」
邪神は少し考えてから話し始めた。
「叶うなら、先の大戦で魔神を追い詰めたという“あの者”を味方にしたいと考えておっての。じゃが出発前に見た地球の文献によると、魔神戦での目撃を最後に消息不明…。ならば宇宙におるやもと考えたが、そのような情報も無くてのぉ。」
「マジっすかー。でも噂の魔神さんを倒すほどの人なら、確かにその後に名を馳せてないのも変れすねぇ。」
「そうなのじゃ。つまり残念ながら…魔神と相打ちじゃったと考えるのが妥当なのやもしれぬ。」
「んーー…ん?でもなんでれす?魔神さんを復活させて仲間にするんなら、倒した人まで呼んだら喧嘩になるれすよ?」
観理のその問いに、邪神はとても冷たい声で答えた。
「…わらわの目的は、魔神の復活“阻止”なのじゃ。春菜らに封印場所を探らせ、可能ならば復活前にその地ごと葬り去る。」
「へ?それじゃあ全然逆の目的…うっひゃーーーーー!?」
ズゴォオオオオオオオオオオオオオオ!!
邪神の攻撃。
暴風が観理を飲み込んだ。
「すまぬな観理…。さて、ではこれからは一人で……はて、宇宙船はどこじゃったかのぉ…?」
邪神は移動手段を失った。
観理の小型船は下手に停泊させて盗まれるなどないよう、周辺を自動周回させていたことを忘れておった。
その鍵を持つ観理を始末してしまうとは…わらわとしたことが迂闊じゃったわ。
その後、偶然宇宙船を持つ一行と巡り合うも、老賢者の捨て身の粘りに遮られ惜しくも取り逃がしてしもうた。これは、かなり芳しくない状況じゃと言えよう。
「やれやれ、これでは…間に合わぬか…」
「だったらやっぱし観理さんと行くべきなんじゃ?」
「ふむ、今さらじゃがな…って、なんじゃとぉ…!?」
どういうわけか観理が現れた。
痛恨の一撃を食らったはずがケロッとしている。
「うへー…危なかったれすわー。観理さんの能力じゃなきゃ死んでたッスよー?」
「なっ…い、生きておったのかお前…?信じられぬな…」
「ふっふっふ!そう、信じられないほど意外と凄い…それが観理さんなのれす!」
「いや、あんな目に遭わされてなお普通に接してくるその感性が、じゃがな。」
確かにイカれた感性だった。
「観理さん、細けぇことは気にしねぇれすよ?何か事情があるなら恥ずかしがらずに言っちゃえばいいのに!」
「お前は先ほどの攻撃を“照れ隠し”じゃと感じたのか…?ハァ……どうやら、無駄に濁すだけ無粋なようじゃな。」
邪神は観念して話し始めた。
「わらわが生まれ育った星は、奴の…『魔神:マオ』の襲撃で滅ぼされたのじゃ。ゆえにわらわと兄者は、一矢報いる機会をうかがっておった…というわけよ。」
「なるほどなるほどー。観理さんてっきり、“美しい地球を傷つけさせない”的な例のよくあるパターンなのかと。」
「ま、それも無いではないがな。余生を静かに送るなら、あのような星が良い。」
「じゃあどうするれす?この前言ってた強い人をもうちょい捜し…あ、そういえば例の“協力者”の人から通信あったれすよ?地球に向かうらしいれす。」
「協力者…あぁ、春菜に宇宙船を貸し出したという…?やれやれ、面倒ばかり増えよる。」
「やっぱし今が勝負時って感じなんれすかねぇ?確かその人、なんとかっちゅー火山島だか霊山だかに建つ塔だか城だかに行くとか行かないとか違うとか。」
「ふむ、伝えようという気がまったく伝わってこんが…まぁ恐らく“あの地”じゃろうな。かつて訪れたことがある。」
「オケーーイ!じゃあブッ飛ばしていくれすよー!」
「じゃが、いいのか観理?わらわの目的は、お前の主のそれとは対極の位置にあるぞ?」
「別に春さんはご主人様とかじゃねぇれすよ?観理さん頼まれたら嫌とは言えねぇタチなだけれす。」
「えらく男前じゃのぉ。ならばわらわが頼んだら…こちら側についてくれたりするのか?」
「ん~、まぁやっぱし筋は通さねぇと。どこまで付き合うかは、まずやってみてから決めるれす!」
「フフッ、それでいい。いつか背を預けることになるか、はたまた敵として相まみえるか…楽しみにしておこう。」
「了解れす!まぁどっちの場合も全力で!」
「ああ、約束しよう。」
二人のその約束が果たされることは無かった。
だがこの二人が、この先の戦いに与える影響はとてもとても大きなものとなる。
「じゃあ行くれすよ!なんとかっちゅー火山島だか霊山だかに建つ…」
「いや、そうではない。目指すはニュグラ島、その山頂にそびえる『ザクロの塔』じゃ。」
「オケーーイ!」