【101】外伝
*** 外伝:勇者凱空Ⅲ ***
それは、勇者が生まれて少し経った夏のある日のこと。
私の名は『凱空』…いや、今はただの父でしかない。過去と共に名は捨てた。
これからは愛する息子『勇者』と共に、のんびりと幸せに…基本的に何もしないのだ。
「スー…スー…」
「ふ…ふふふ…うひひひ…」
寝息を立てる愛息子をニヤニヤと眺める父。
最近はずっとこんな感じでダラダラと過ごしていた。
「スー…スピー…」
「はふぅ~…あぁなんて可愛いんだラブリー息子よ!もう目に入れても痛いっ!」
勇者、会心の一撃!
「ぐぅおああああああ!!な、なんてことだ!まだ愛が足りんというのか…!?」
「フッ…おやおや、かつて最強と言われたアナタも愛息子にはタジタジですか。」
どこからともなく教師が現れた。
ピンポンとか押す気は無いのか。
「ん?おぉ凶死か久しいな。どうだ、お前も眼球に鞭打ってみる気はないか?」
「いえいえ、私のは“凶器”ですから。息子さんの指が溶けますよ?」
「そうだったな…。で、こんな夜更けに何の用だ?遊びの誘いなら日を改めて…」
「時が来ました。かつての約束を…果たしていただくべき時が。」
教師は神妙な面持ちでそう告げた。
初対面の際に言っていた、力が欲しい時という日が来たに違いない。
「そうか、ついに…か。ついにアレが…アレか。」
「…覚えていますか?」
「すまん、何だったか。」
ザクッ
父は眼球に痛恨の一撃。
「ぐぅおああああああ!!さらに目がぁあああああああああ!!」
その夜、父は教師の要望通り『暗黒神』を討伐するべく、旅の準備をしていた。
すっかり忘れていただけに断りづらかったのだ。
「しばらく留守にする。悪いがその間、勇者の世話は頼んだぞママさん。」
「えぇ~?超めんどくさいってゆ~かぁ~。」
勇者が生まれてまだそう月日は経っていないが、もう既に実の母親はおらず、勇者は父と謎のオカマによって育てられていた。
「帰りに母さんの…終の墓を作ってくるつもりだ。出不精の私には良い機会だ。」
「…ふ~ん。ま、いいんじゃな~い?姉さんも…喜ぶわ。」
「少し…散歩してくる。」
シリアスモードに限界がきた。
「ふぅ、この景色もしばらく見納めか…。また戻って来られれば良いのだが…」
「しばし待たれよ勇敢なる者よ。そして心して聞くがいい。」
家を出た父が、教師との待ち合わせ場所である港に向かって歩いていると、謎の占い師に声をかけられた。
「む?なんだお前は?悪いが私は占いの類なんぞ全く信じんぞ。」
「この先…汝は後の世界を左右する、重大な選択を迫られるであろう。」
「なっ、世界の…?」
「どちらを選ぶかは汝次第。よく考え決めることだ、世の命運を握る者よ。」
「せ、世界の…洗濯…!?」
信じる信じない以前の問題だった。
私が港に着くと、程なくして凶死もやって来た。
昨晩の妙な占い師の話が少し気にはなるが…考えてもよくわからんので忘れることにしよう。
「さて、ぼちぼち出航だが…敵はどこにいるんだ凶死?長らく消息が掴めなかった奴だろ?」
「聞いたらなんでも教えてもらえると思ったら大間違いですよ?」
「私の立ち位置はどうなってるんだ。お願いされてる側なんじゃないのか。」
「確かに影は掴んだのですが、敵もさる者…正直、まだ的を絞り切れていない状況なのです。ですからアナタには、私とは別行動をとってもらいます。」
「別行動か…なるほど、確かにその方が効率は良さそうな。どんな分担だ?」
「私は船で向かいます。アナタは一足先に空輸で。」
「ほぉ、空か。なにげに父さん初めて…“空輸”?」
「仕方ないじゃないですか。船だと時間がかかりすぎますし、飛行船の類は安全が確認された一部の空しか飛べません。そうなると、あとはミカン箱に詰めて魔法で撃ち込むしかないのはわかりますよね?」
「お前…よくそんな正論言ってるような顔して暴論が吐けるな。」
「大丈夫、関節外せばちゃんと入りますよ。安心してください。」
「お前…よくこんなに大丈夫じゃなくて安心できない話をその口調で言えるな。」
口論で勝てる相手じゃなかった。
結局、残虐な凶死の手により本当にミカン箱に押し込められ、魔法で撃ち出された私は…気づけばどこかの見知らぬ海岸へと打ち上げられていた。
散々な目に遭ったが、とりあえず生きてるので良しと考えることにしよう。
「う~む…ここはどこだろう?ゲホッゲホッ!海だというのは…ゴホッ!死ぬほど味わったんだが…むっ?」
「よぉ、どうしたニィちゃん?夏だからって服着て泳ぐのは頑張りすぎだろ。」
現在地もわからない父の前に、謎の男が現れた。
頭にターバンのようなものを巻き、顔には何か薄黒いものが塗られている。儀式の最中とかだろうか。
「ニィちゃんだとぉ…?違う!私は兄じゃない、一人っ子だ!」
「いや、お前んとこの家族構成は凄まじくどうでもいいんだが。」
「ところで貴様は誰だ?いや、そんなことよりここはどこだ?」
「ん、ここか?ここは『ニュグラ島』…最古の火山『メルパ山』で有名な島さ。」
「おぉ、あの“噴火したら世界が滅びる”でお馴染みのメルパ山か!初めてだ!」
「へぇ~そりゃ良かったな。じゃあ面白いもん見せてやろうか?」
年甲斐もなくはしゃぐ父の姿に、謎の男も気を許した様子。
「ホントか!?是非とも見せてくれ!あ、もしやその顔の化粧みたいなのと関係があるのか?」
「ん、これか?いや、この山は結構な霊山らしくてな。変な霊に絡まれんように少々対策を、ってやつだ。用があるのは山頂なんでなぁ。」
「むー、そうか。じゃあやはり山だけに…山だけに…何をするんだ?」
「あ~、噴火させるんだ。」
「なに!?そりゃ凄い!」
凄いが止めろ。
「ふむ…火山を噴火させるとはまた随分と派手な話だが、なぜそんなことを?趣味か?」
「この星のどこかに、殺したい奴がいる。だが場所も知らんし戦っても勝てねぇ相手でな。」
「なるほど、だから星ごと消す…ってわけか。お前…」
「フン、どうせ卑怯だとか言いてぇんだろ?いいんだよ手段は!勝てりゃよぉ!」
「お前、頭いいな。」
「って褒めるのか!オイオイ未だかつてその反応は無かったぜオイ!」
「ん?いや~私も手段は選ぶなと言われ派遣された身でな。気持ちはわかる。」
「なんだ、お前も敵がいんのか。じゃあ丁度いいじゃねぇか、そいつも死ぬよ。」
「おぉ、そうか気づかなかった!そうだよな、世界が滅ぶんだもんなぁ!」
「ああ!俺の敵もお前の敵も、ついでに他の奴らもみんな星ごとドッカーンさ!」
「そうかドッカーンか私も!」
「そうさドッカーンさ俺も!」
「…ハッ!!」
二人は危ういところで思いとどまった。
「チッ、やれやれ盲点だったな…こりゃ作戦の練り直しが必要だぜ。」
「ふむ…横着をせず実力でなんとかしろという意味かもしれんな。これからどうする?」
「ま、いい案が浮かぶまでは地味に過ごすさ。奴に…『マオ』に見つからねぇようにな。」
「マオ…?どこかで聞いた名だな。もしかしたら知ってる奴かもしれん。」
「あ~…まぁ有名な野郎だし名は通ってるかもな。お前の敵は聞いた名か?」
「うむ、忘れた。」
「軽く同志と思ってた自分が恥ずかしいぜ。」
「友の敵でな。会ったことはないが…すこぶる悪く、そして強いらしい。」
「そういうお前もかなり強いな?見た目や態度じゃ計れん力を秘めてる…俺にはわかるぜ。」
「昔の話だ。今はただの父さん、それ以上でも以下でもない。」
「そうか…。マオを倒したら、次は世界を獲りにいく。その時にまた会うかもしれねぇな。」
「次は敵か…因果な縁だが面白い。名を聞いておこうか。」
「俺か?俺はの名は…『嗟嘆』だ。」
父は笑顔で見送った。
謎の男『嗟嘆』と別れた私は、火山島でしばしのんびりと過ごした。
そして遅れてやって来た凶死にその話をすると、珍しく動揺した後に襲い掛かってきたのでかなり怖かった。
どうやら私は、うっかりやらかしてしまったらしい。
「いや、ホントなんというか…申し訳ない。」
「申し訳ないじゃ済まないから私の周りは死人が絶えないんですよ?まったく。」
凶死はさも他人事っぽく物騒なことを言ったが父はスルーした。
「そ、そういえばあの男…次は西に向かうと言っていた。今ならまだ追えるかもしれん。」
「当然追ってください。追えなかったら人生を終えることになりますので。」
「わかっている。この父さん、同じ過ちは二度と…むっ?」
「勇者様ーー!ゆ、勇者様ぁーー!!」
帝都の忍びが飛び込んできた。
「その服は帝都の…。どうしたんだ?基本的に何もする気は無いが話は聞くぞ。」
「大変です、すぐに…すぐに来てください!帝都が、『五錬邪』と名乗る輩に襲撃されて…!」
救援を乞う忍びの口から飛び出したのは、かつて自身が立ち上げ、そして皆を残して去った組織の名前…。さすがの父も動揺を隠せない。
「なっ、五錬邪だと!?まさかアイツらが…!」
「駄目ですよ凱空さん、彼を討てるのは…アナタしかいないのですから。」
「くっ…!」
父は重大な選択を迫られた。
父が選択を迫られた、その次の日。
五錬邪の魔の手は、帝都チュシンのかなり深い所まで伸びていた。
「だ、第三防衛線が突破されたようです!危険です皇子様、お逃げください!」
「私は『天帝』として、逃げるわけにはいきませんの。ここで迎え撃ちます。」
洗馬巣が危急を告げるも、その場に残ると言って聞かない皇子。
しかし状況が状況だけに洗馬巣も簡単には退けない。
「む、無茶です皇子様!敵の戦力は未知数…もしものことがあっては…!」
「いいえ、逃げませんの。でもこの子は…『塔子』だけは…。『美盗』!」
皇子が名を呼ぶと、影の中から女の忍び達が現れた。
「ハッ、ここに。我ら『帝都隠密部隊』、全力をもってお二人をお守りします。」
「アナタはこの子を連れて『カクリ島』へ逃げてほしいの。あの島ならきっと…」
「えっ、しかし皇子様…!」
「ごめんなさいね美盗、でも私のワガママ…許してほしいの。」
「いや、遠くてめんどいなぁと。」
「ワガママは許しませんの!!」
こんなのに任せて大丈夫か。
「ですが皇子様、この状況では敵に気づかれず城を出るのは困難かと…」
「大丈夫だ洗馬巣、なら俺がオトリになる!これでも一族の長子だ、その位の役には見合うさ。」
現れたのは、幼かった頃の武史。
まだ三歳くらいのはずだが、その目には国を背負う男の覚悟が見て取れた。
「た、武ちゃん!?駄目ですの!そんな危ない真似なんて…!」
「気にしないでくれ叔母さん。俺にとっちゃアンタは親で、塔子は…妹なんだ!」
なんと、盗子と武史は従兄妹だった。
急にフラグが立ったか。
ズガァアアアアアン!
「ぐわぁああああああ!!」
皇子が盗子を逃がそうとしていた頃…階下の第四防衛線は、かなり大変なことになっていた。
「ギャハハハ!これが最強と名高い帝都の部隊の実力かぁオイ!?」
好き勝手に暴れる群青錬邪。
一方、帝都の兵士は思うように動けず苦しんでいた。
「チッ、なんだコリャ…!?誰かに脳をイジられるような感覚…!集中できん!」
自分を洗脳しようとする謎の力に必死に抗うのは、帝都守護隊の三番隊隊長である剛三。
これが黄錬邪の能力だとはこの時はまだ誰も知らない。
「死…ネ…。死ねやクソ剛三隊長ぉおおおおお!ぐふっ!」
「くっ、マズいな、耐えてるのは隊長格のみか…!味方も敵とは分が悪い!」
剛三は自我を失った兵士をなるべく傷つけぬよう努めていたが、なかなか厳しい状況のようだ。
「フン、往生際の悪い奴がまだ残ってるみたいだねぇ。さっさと死にな!」
「ぐはぁ!お、おのれぇ女ぁ…!」
苦しむ剛三を蹴り飛ばす桃錬邪。
反撃しようにも桃錬邪は素早すぎて攻撃が当たらない。
「遊んでねぇでさっさとやっちまえよ桃錬邪。敵はまだたっぷりと…グェッ!?」
油断した群青錬邪に一撃食らわせたのは、二番隊隊長の昭二。
急所にでも入ったのか、群青錬邪は苦しそうにその場にうずくまった。
「うぐぅ、お…おのれぇ…!」
「まず一人…。色付きの戦士を殲滅すれば、恐らく状況は打開できると見た。まだやれるぞ剛三。」
「おぉ、でかした昭二!どうだ女、仲間がピンチだぞ!助けんでいいのか!?」
「え、なんで?」
「なんで!?」
群青錬邪が一番驚いた。
そして、もう一つの戦いが繰り広げられていたのは帝城最終防衛線。
群青錬邪と桃錬邪らを残し、第四防衛線を抜けた二代目赤錬邪が、城を守る最強にして最後の戦士と戦っていた。
「うぐっ!こ、この防御の戦士である俺にダメージを…!?貴様、何者…!」
「俺は『皇太郎』…皇族の長兄にして守護隊の『総長』だ。テメェらなんかとは格が違うんだよ。」
物理攻撃を一切受け付けない『魔欠戦士』である赤錬邪が、苦しそうに悶えていた。
その前に立ちはだかるのは、輝く鎧に身を包んだ戦士。武史の父親だった。
「ここから先は俺が一歩も通さねぇ。雑魚は寝てやがれ。」
「スピーー…」
「ってホントに寝るなよ黒いの!つか貴様は強いだろ?醸し出すオーラが他とは全然違う。」
赤錬邪と共に乗り込んできていたのは、今も昔も思考が読めない黒錬邪。
だが今回は、残念ながら敵側のようだ。
「悪いな、なぜかは知らんが俺は戦わねばならんらしい。死んでくれ帝都最強。」
「フン、断る!!俺は生き、そして皇子を守る!皇子は…俺が幸せにするんだ!」
アレは遺伝性の病だった。
数日後。暗黒神の件が片付いた私と凶死は、帝都を訪れていた。
珍しく真剣に悩んだ末、私は他に頼る当ての無い方…暗黒神を追う道を選んだ。
帝都には守護隊がいる、だからきっとなんとかなる…そう思っていたのだが…
「酷いな…まさかこんなことになるとは…。あの時こっちを選んでいれば…!」
「神聖なる帝都を襲うなんて…とんでもない輩ですね。」
「いや、お前は四つでやってるがな凶死。」
「えっ…が、凱空…先輩?」
驚きの声を上げたのは、投獄された五錬邪の一員…黄錬邪であるはずの春菜だった。
「なっ!?き、貴様…黄錬邪!まだ捕まらずに…いやいい、とりあえず討つ!」
父は珍しく感情的になり剣を構えた。
「いえ、その方は敵ではありません凱空殿!むしろ助けてくださったお方!」
「洗馬巣…!そ、そうだったのか…すまん。そうかお前だけは正気だったか…」
本件の首謀者が彼女であることを、この時の父はまだ知らない。
「でも止め切れませんでした…。ところで先輩は、今までどうして…?」
「別件でちょっと…な。なんとか始末できたが…間に合わなかった。何があったのか詳しく教えてくれ、洗馬巣。」
「…皇太郎様の命を賭した奮闘もあり、五錬邪は最終防衛線で…。ですが…」
「で、ですが何だ!?早く言ってくれ!ぼちぼちシリアスモードに限界が!」
「ですが皇子様は、何者かの手に掛かり…私が見つけた時には、もう…」
「なっ、皇子が!?あの皇子が、死んだ…だとぉ!?馬鹿なっ!!」
思わぬ訃報に、父は膝から崩れ落ちた。
春菜はそんな父を、なんとも言えない表情で見つめていた。
「皇子様から、これを…。頼れるのはアナタだけと、おっしゃっておりました。」
「手紙…遺書…か?」
洗馬巣から手渡された、皇子からの手紙。
そこには死が間近に迫った人間が書いたとは思えない丁寧な文字で、こう書かれていた。
『塔子をカクリ島に送りました。娘を、よろしくお願いします。』
わかったぞ皇子。お前の忘れ形見…必ず私が守ってみせる!
島に着いたら忘れたとか。