異世界に行ったけど、ロマンスなんて転がっていなかった
異世界。
それは、ファンタジーの代名詞。
魔法や剣でモンスターを倒したり、美しいお城がある。
とりあえず顔面が美しい人々が多い。
男性は背が高くて細マッチョ。
女性はボンキュボンだったりスレンダーだったり。
とにかく美しい、みたいな。
そしていつの間にか転移した主人公は、現地の素敵な人と出会い、冒険したり恋愛したりする。
選ばれし者的な…そんな……
「そんな感じだと思ってた」
「そりゃ残念だったよね、分かる。まぁ、命あって良かったね」
*****
小早川 結、28歳女子。
一週間程前、異世界にきました。
一人暮らしのアパートで、週末の自分へのご褒美として少し高いワインを飲んでおりました。
少し高いとは言っても、明らかに女性向けのラベルが可愛いワインなだけで、高級志向というよりも、『ほら〜独身女子ってこんなの好きなんでしょう?』と言わんばかりのお洒落なラベルなだけで、味はよくあるチープで飲みやすい感じ。
まぁ、正直ワインの良し悪しなんて分からないからなんでも良いんだけど。
まんまと開発者の策略に乗っかってそのワインを買ったわけだけど、思ったよりも飲みやすくて、カパカパと飲んでしまった。
確かに、いつもよりもペースが早かった気もする。
ベッドにも行かず、私の自慢のコレクション達の入った、ちょっとしたサイドテーブルにもなるボックスに手をかけてその上に顔を伏せて眠ってしまった。
ーーそう、それだけだ。
よくある、仕事に疲れた独身女子の週末。
「起きなさい」
「起きなさい!」
「ふがっ?!」
大きな声に驚いて、若干のいびきと驚きが混じったような自身の目覚めの声に引いた。もちろん自分自身が。
顔の下敷きにしていた腕には、髪の毛の跡が付いている…ということは、顔にも髪の毛の跡が付いているということだ。
…寝跡って年々直りにくいよね。
「そこの異人よ」
「え?私…ですか?」
ふと顔をあげて声の方を見ると、いかにもファンタジーで出てきそうな暗めの灰色のローブを着たお爺さんが居た。
ようやく、おかしいと気づいた私は、周りを見回す。
そこは、私の小さなアパートの部屋では無かった。
不思議な薄桃色の石の床で、壁はクリーム色。
教会のような造りだ。でも、大きな天窓がある。
高い天井の天窓から陽が降り注ぐここは、空気が澄んでいるように感じた。
「お前には何が出来る?何を得意とする?」
「えっ?」
「何が、できるのだ?」
いきなり何言っちゃってんの?!
怖いよ〜…ちょっと二回目の問は語尾か強いし!
「えーっと…なにがって、言われ、ましても…」
「何も、できんのか?」
事態を把握も出来ずに言葉に詰まっていると、更にお爺さんから問いかけられる。
何故か、ゾワッと悪寒がした。
「メッ…メイク!メイクがっ!得意ですっ」
手を置いたままの、先程まで私が顔を伏せて寝ていたボックスを見て、そう叫ぶように伝えてしまった。
アパートの部屋にあったベッドもカーペットもここにはないが、顔を伏せて凭れていたこのボックスは、ここにあった。
このボックスには、私のコレクションとも言えるメイクグッズがぎっしり詰まっている。
メイクブラシからファンデーション、アイシャドウやクレンジングまで。
友人には、メイクアップアーティストじゃないんだからと苦笑いされる程の充実ぶりである。
それを眺めながらの週末の晩酌が私のご褒美なのだ。
…寂しいやつって言うのやめて。
「メイク、とは何だ」
「えーっと…化粧です。女性を更に美しく、ついでに男性も」
「…ほう」
ほうってなんだよフクロウかな。
怖いから言い出せないけど、ここはどこで、今一体どういう状況なんだろうか。怖いよ〜帰りたいよ〜。
何か涙出そう。アラサーなのに。
「ならば、一度実力をみてみよう」
「は?」
「タロス、侍女を1人連れて来なさい」
勝手に話しを進めだしたお爺さんは、突然現れた光の球に向かって話している。
大丈夫かな、このお爺さん。
***********
ガショーン
「セト様、お待たせ致しました」
しばらくすると、変な音とともに扉が開き、今度は背の高い茶髪のイケメンが現れた。肌の色が白い。目の色が蒼い。北欧系…?
さらに、群青色の爪襟、銀の縁取りの軍服みたいな服。
足なっが!
顔ちっさ!
肩幅あって程よい身体の厚み…!
何かもう、ありがとうございます!っていう気持ちになる。
人種とか詳しくないから何て表現したら良いか分からないけど、とにかくかっこいい。
「早かったな、タロス。して、侍女は?」
「はい、こちらに。廊下にいた者を適当に連れて参りましたが…」
「構わん。ここに」
なるほど、イケメンはタロスさんと言うお名前か。
ついでにお爺さんはセト“様”。
目の前でタロスさんとお爺さんがやり取りしだし、侍女さんと思しき方が座り込んだままの私の目の前に連れてこられる。
侍女さんは戸惑い顔だ。
「この者に、メイクとやらをしてみせよ」
「え」
ジーッとセト様とタロスさん、そして侍女さんから視線を受ける。
セト様からは並々ならぬプレッシャーを感じる。
抵抗は許されぬ…って感じ。
これが夢なのか現実なのか。
私がそれを判断する猶予もましてや要素も見当たらず、とにかくやるしかないって空気だけはビシビシ肌で感じるわ。
空気読む日本人、ここで抵抗なんてシナイヨ。
「えーっと…では……とりあえず侍女さん?」
「はい、シエナと申します」
「あっ、結と申します」
シエナさん名前だけだし、私も名前だけで良いよね。
そこの爺さん私の名前すら聞かず特技聞いてきたんだぜ、失礼な爺さんだと思わない?
なーんて、心の中で愚痴りつつ。声には出さない。
「シエナさんは…普段はお化粧、は?」
どう見ても、ポイントメイクをしている様には見えない。
それなのに、ベースメイクはしっかりしている様だ。
こういうのが好きなのかは知らないけど、『艶』や『ナチュラル』といった表現とは対等にあるような質感。
乾燥したらバリバリ剥がれてきそうだ。
そこまでベースメイクをしっかり塗っておきながら、ポイントメイクをしていないからバランスが悪い。
日本人より彫りが深い顔立ちだからまだマシだけど、これが日本人だったらただののっぺらぼうである。
「お化粧は女性の嗜みですもの。もちろん毎日しております」
自身満々に答えるシエナさん。
その視線がチラチラと別の方向に時折飛ぶのは、間違いなくタロスさんを意識してのことだろう。
…イケメンだもんなぁ。
しかし、とにかく。
このお化粧はいただけない。
「ファンデーションは、マットなものがお好みなんですか?」
「は?ファン…?何ですか?まっと?」
うーん。
伝わらないのか…。
あまり種類がないのかな?
「とりあえず、彼女に似合う、私が美しいと思う形にして構いませんか」
振り返りセト様と呼ばれたお爺さんに確認をする。
この中で一番偉い感じの人に聞いておけば間違いないだろう。
「構わん」
「分かりました」
ちょうど良い椅子が無いので、申し訳ないがとりあえず侍女さんを私と同じ様に床に座らせ、私のコレクションが入っているボックスから、コットンと洗顔不要のクレンジングを出す。
「シエナさん、しばしお顔をお借りします」
「え!あの…」
ちらりとセト様を見たシエナさんは、諦めたように目を閉じたのだった。
***********
まずは、こののっぺりがっちりお肌に乗ってるファンデーションを落とそう。
タップリのクレンジングをコットンに含ませて落としていく。
……やっぱなぁ。首と色が違うから気になってたけど、色の合わないファンデーション付けてたんだなぁ。
しかもやっぱりごっそりファンデーション塗り重ねちゃって。
でもファンデーション自体はそこまで悪いものじゃない感じする。
つける前の商品を見てないからなんとも言えないが…。
ここまでしっかり付くのは、粒子の細かさとかモチの良さかあるんだろうし、メイク技術が良くないだけかな…?
「シエナさんのお化粧方法は、一般的なものですか?」
「えぇ…というか、どういう意味です?!」
「あっ、シエナさんはちょっと静かにしててくださいね」
「は?んぶっ」
私の質問にちょっとイラッとした様子だったので、口元付近をわざと拭く。
静かになった。
ちらっとセト様を見ると、片眉を上げて見返してきたので、改めて質問。
「シエナさんのお化粧は一般なものですか?こちらの女性は皆…こう…お肌をきちんと塗ってらっしゃるような…感じ?ですか」
「分からぬ。タロス、そなたの方が詳しいだろう」
「…セト様、私は詳しくは…」
「そこはどうでも良いんで教えて下さい」
「…大体の女性は、そこの侍女のような感じだ」
「分かりました」
イケメンタロスが女の化粧に詳しいかどうかなんて一目瞭然である。
変な爺さんより詳しいに決まってる。
会話をしつつ、しっかりクレンジングを済ませると、そばかすの散った白いお肌が露わになった。
シエナさんの髪の毛は綺麗な栗色。
まつげも眉毛も、髪の毛よりはワントーン暗いけど栗色だ。
顎は小さくはないが、輪郭がスッとしているので横顔も美しい。
「シエナさん」
「…はい」
「どっか気になる所はあります?」
「あの…」
ちらっとまたタロスさんの方に視線を投げるもんだから、ちょっと無神経だったなと反省。
少し顔を寄せて、耳打ちしてもらう。
「顔の点々が…」
「そばかすですか」
「そば?」
コソコソと小声でのやりとりたが、“そばかす”の概念が無いのか不審な顔して聞き返されてしまった。
とにかく、そばかすが気になるのもあってあののっぺりベースメイクだったのかな。
オーケーオーケー。
私だってシミ、そばかすに悩むお年頃。
しっかりカバーして見せますよ!
*****
化粧水でしっかり水分補給。
ここの気温がいまいち分からないけど、とりあえずは乳液なし。
UV下地はきめ細かいパール入り。
スポンジで薄く延ばしていく。
そばかすはコンシーラーを使うけど、そんなに躍起になって隠すほど濃くないそばかすだから、一つ一つ消していく処理はしない。
リキッドタイプのコンシーラーを色合わせのためにパレットで混ぜてから、肌に落としていく。
スポンジで馴染ませて、と。
これだけで終わりにしても良いくらいお肌がきれいだ。
羨ましい。
これだけ元肌が良い状態なら、余計な事しない方がいいかな…?
大きめのフェイスブラシにルースパウダーをつけて、ブラシに粉を馴染ませてからふわりと軽く撫でるように顔にのせていく。
このパウダーも、私のお気に入りである。
お肌がツルンと見える、粒子がこまかくて艶が出るのだ。
そして、次はアイブロウ。
眉毛自体はしっかり元の形があって、きれいに整えられているので、毛がまばらになっている所を描き足すだけだ。
クリアマスカラで毛流れを整えて終了。
アイメイクは、ビューラーを取り出す。
が、これ…いきなりやってパニックになられても困る。
…やめておこう。
「シエナさん、軽く目を瞑って下さい。良いと言うまで開けないでくださいね」
「…はい」
シエナさん、めっちゃ不安そうなんだけど…。
なんかごめん。
アイライナーのカラーはブラックブラウン。
真っ黒よりも肌馴染みが良いし、ブラウンよりも目力を出せる。
目を瞑ったシエナさんの瞼を指で軽く押さえて、「動かないでくださいね」と言いながらラインを引いていく。
アイラインを知らない人にアイライン引くとかハードル高い。
めちゃくちゃ緊張しながらも細く描けた。
目尻は少しだけ跳ね上げておく。
シエナさん猫っぽいし。
アイシャドウは細かなラメの入ったピンクパープル。
目尻寄りに濃くなる様に陰影をつけていく。
アイホールの真ん中にはパールが強いピンクベージュをのせて。
下瞼の涙袋にも、このピンクベージュをのせる。
本当にこの、ピンクベージュ買って良かった。
優秀すぎる。
マスカラはブラウン。
アイメイクの概念が無いかもしれないから、いきなりつけまつげレベルの仕上がりにするのは周囲の反応が怖い。
しかし…シエナさん睫毛の毛量すごいな。
毛の色が黒じゃないから近くで見るまで気づかなかったんだけど、みっちり生えてる…しかも長い…う、羨ましい。
悔しく思いながらも手は止めず、ふさふさ睫毛にマスカラをつけていく。
今度はチーク。
白い肌に合うような青みがある赤ピンクをのせる。
丸くのせると子供っぽくなってシエナさんの顔立ちには似合わないので、サッと頬に斜めに滑らせるようにのせていく。
次はハイライト。
クリームタイプを使う。
目尻側のCライン、頬骨の少し上、鼻筋に少しと唇の山の上にチョン。
唇はシエナさんの白いお肌に映える、濃いめのヌードピンク。
赤も良いけどちょっと気合入りすぎちゃうからここは避けておく。
「シエナさん、目を開けてください」
少しシエナさんから離れて全体を見る。
…うん、いいかな。
自然かつ色っぽい。
素材が良いとあんまり余計な事しなくても良い感じに仕上がるんだなぁ…。
「どうでしょうか」
振り返り爺さんを見ると、呆然とシエナさんを見ていた。
え、シエナさんに爺さんが惚れちゃうパターンとか求めてないけど。
イケメンタロスはどうなの?!と思って爺さんの隣に視線を滑らせると、タロスさんは少しびっくりしているようだけども平然としている。
シエナさんも爺さんの熱い視線に戸惑い気味だ。
「あの…どうなんですかね…」
「素晴らしい!!」
「うぉっ」
爺さんの叫びに男らしい驚きをしたのは、タロスさんじゃない。私である。
「こんなに、先程の侍女が美しくなるとは…!」
爺さん感動している。
とりあえず合格したようだ。
良かった…。
「そなたにはこの国に留まり、メイク?とやらの発展に努めよ」
「はぁ…」
*****
そんな出来事から一週間経ち、私はここで仕事をしている。
メイクをする、という仕事を。
どうやらこの国、定期的に別の世界から人材を召喚しては国を発展させるという事業に取り組んでいるらしく、召喚されたのは私だけでは無かった。
シエナさんのお化粧をしたときにファンデーションが悪いものじゃないと思ったのは正解で、化粧品開発の専門家が召喚されていたのだ。
その方も日本人男性で、日本では色々研究していたようだが、商品を開発出来てもメイクテクニックが無かった。
しかも、何故か召喚されるのは男性が多く、きちんとしたお化粧がこの国に行き渡ることがなかったらしい。
召喚された段階で言語は統一されるらしく、コミュニケーションに困ることもなく、日本で言うところの公務員的立ち位置を与えられ、非常にホワイトな就業体制である。
「でもなぁ、出会いがなぁ」
「ないのよねぇ」
私の呟きに同意してくれたのは、アンジェリカである。
召喚された人の中で私以外唯一の女性である。
仕事場の休憩スペースのソファでだらけている姿からは想像できないが、アンジェリカはアメリカで育毛の研究をしていた。
絵に書いたような研究者で、育毛の研究してるくせに、髪の毛もお肌も全く自分でかまうことをしない。
生まれ持った小麦色の肌と、堀の深い顔立ち、しっかりとした眉毛と切れ長の目。厚みのあるぽってりとした唇。
ノーメイクなのにこの差よ…。
世の中の不公平を嘆きたくもなる。
アンジェリカにメイクはいらん、いや、メイクしたらさらに絶世の美女になるからメイクしてみたいけども。
「日本の小説だと、異世界へ行ったらセクシーな男にもてるってパターン読んだことあるわ」
「アンジェリカ、何の小説読んだの…」
「うふふ」
「アンジェリカはすでにモテモテじゃん」
「そう?好みじゃない男はお断りよ」
「くっそ…」
先の会話でお気づきだろうが、異世界に来たからと言って特に心をときめかせる出会いは無い。
ここは剣と魔法の世界らしいのだが、騎士団とかさ、期待するでしょ乙女なら…!
ちなみにタロスさんも騎士団の人だった。
爺さんは異世界から召喚するのを担当している神殿のエライ人。
興味ないから忘れちゃったけど。
いや、全然本当に、見向きもされない悲しさよ。
騎士団て…!本当に憧れるのに…。
どうやら、155センチで平たい顔族の私はパッと見子供に見えるらしく、恋愛対象にしにくいらしい。
日本では平均的な身長、体重、顔立ちなのに…!
ちなみに、召喚される人々には10代の若者は居ない。
なんと、28歳の私が召喚された人の中では若い方に入るのだ。
得意分野がありそうな人々を呼び寄せているらしいが、どの分野の人材が欲しい、とか指定も出来ないらしく、唯一召喚するにあたって指定できるのが年代層だけなので、ある程度何かを熟練しているであろう年代層を呼び寄せているらしい。
なので25〜60歳くらいの幅があるそうな。
結構適当だよね、異世界。
*****
異世界。
それは、ファンタジーの代名詞。
魔法や剣でモンスターを倒したり、美しいお城がある。
とりあえず顔面が美しい人々が多い。
男性は背が高くて細マッチョ。
女性はボンキュボンだったりスレンダーだったり。
とにかく美しい、みたいな。
そしていつの間にか転移した主人公は、現地の素敵な人と出会い、冒険したり恋愛したりする。
選ばれし者的な…そんな……
「そんな感じだと思ってた」
「そりゃ残念だったよね、分かる。まぁ、命あって良かったね」
休憩スペースの机の上にある、差し入れの緑色のクッキーをアンジェリカとつまみながら、窓から見える空は昼間でも黄色く、雲は薄緑色だ。
「さて、そろそろ仕事に戻るかなぁ」
「私も研究室に戻るわ。ユイ、午後から王妃様のとこ?」
「うん、今日お姫様たちでお茶会あるらしいから」
「頑張ってね」
「アンジェリカもね」
*****
お城は顔パスになった。
騎士ともすれ違う。
でも、恋は始まらない。
異世界に行ったけど、ロマンスなんて転がっていなかった。