吸血鬼の夜は長い
――部屋に響くノック音。
「……アルトか」
――声を聴かずとも、魔力の性質だけで判る。
私の愛しい恋人のものだ。間違える筈も無い。
……いや、これでは前振りのようだな……。まあいい。
「――どうぞ」
不埒な輩であるなら闇へ葬るのみ。
「えへへ、お邪魔しまーすっ」
……愛しの恋人であるなら、心から迎え入れるのみだ。
「ふふ――伯爵、ニコニコだね?」
「アルトこそ、随分と機嫌が良さそうじゃない、か――」
――思わず息を呑む。
「……メイドか?」
いや、何を言っているんだ私は。どう見てもメイド姿じゃないか、アルトは。
……アルトは使用人ではなく恋人のはずなのだが。
……もっと言えば性別も男だ。見た目は幼く愛らしいが。この上無く異性装が似合ってしまう程度にはとても愛くるしい容姿をしているが。愛おしいのは容姿に限った話ではないが……。
「えへ、そうだよ。似合う?」
――くるり、と一周、アルトが廻る。
ぴょこり、と頭の獣耳が一瞬動き、
ひらりふわり、とスカートが舞う。
ぐるり、と遅れて尻尾も廻り、
……すかさずはらり、とブリムが宙へ。
「わっ――」
……なるほど、獣耳のせいで固定しきれないのか。
「――よっ、と」
「よく拾い上げたな」
ブリム、接地を果たすこと叶わず。見事だ。
さすがイヌ――もとい狼。人間の姿を得てなお、反応速度は常人以上だ。
「おほめに預かり光栄ですっ」
――得意気に一礼。私も拍手せねばなるまい。
顔を上げたアルトは、さて――どんな笑顔で私に微笑みかけてくれるのだろう。
「……伯爵、調子悪い?」
……この表情は想定外だ。
「……何故だ?」
そんなに心配そうな顔をされると、こちらまで落ち着かない。
……なにかアルトを不安がらせるような事をしてしまったのだろうか。心当たりは無いのだが――。
「……ええとね、いつもなら『スッ』って拾ってくれそうなのにな、って」
「ああ――」
……それは。
「少し疲れていてな。反射神経が鈍った。すまない。大事は無いぞ。吸血鬼は『寝て起きれば治る』、大抵のことはな」
……メイド姿に見惚れていたから、とはなんとなく言いづらい。
「……そっか」
――尻尾がしゅん、と下に垂れる。
獣耳までしょげてしまっているな……。余計不安にさせてしまったか、ううむ……。
「ア、アルト――」
「……でも、それならちょうど良かった!」
「……へ?」
私ともあろうものがなんとも気の抜けた返事を。
「あのね、オレ――伯爵がね、最近忙しそうで大丈夫かなって思って……。それでね、少しでも休まるようにしてあげたいなって思ってたんだけど……先生がね? 『メイドになってご奉仕するのは?』って」
――舌打ちを噛み殺した。
街医者の入れ知恵か。本当に碌でも無いな……。
……碌でも無いが、まあ……少しくらいは感謝してやらんこともないか、うん。少しだがな。
「それでね、伯爵の使用人さんたちに相談して――これ、予備の服貸してもらったんだ。ふたつ返事で『いいよー』って。ふふっ」
……うちの使用人たちも大概――ああもう、左右にくるくる動くな! スカートを、スカートを機嫌良さそうに翻すんじゃない!
くそ……頬が、流石に頬が耐え切れない――!
「えへ……改めてどうかな、似合ってるかな。
伯爵………オレ、ちゃんとかわいい?」
――小首を傾げる子犬の仕草。
「……だ、大丈夫!?」
「……大丈夫だ、心配には及ばないぞ……」
思わず膝から崩れ落ちてしまった。
「……少し、少しこう、なんかこう、……あの、だな」
ええい誤魔化そうとするな私。……これではまた余計に心配させるだけだ。
「――っ、……あの、アルト……」
……たった一言伝えるだけで、これほどまでに息が苦しい。
……鼓動がうるさい。
……言葉がふるえる。
……頭がまっしろ。
……涙がでそうだ。
……それに身体は、とても熱い。
人間の形を模した身体が、これではまるで本物じゃないか。
――見つめられて、目を逸らしたくなる。
……だけど、決して逸らさない。逸らしてたまるものか……!
「――――可愛い……とても、……すごく可愛い!
今すぐにでも抱き締めたいくらいだ!」
「……もう抱きしめてるよ?」
――優しい声が、私の耳をそっと撫でる。
――アルトの声。愛しくて堪らない、私の恋人の声。
「えへへ、ちょっと強いなあ……」
「すまん、思わず――!」
――力が入った、と言いかけた瞬間。
――離れようとする私を、アルトはそっと抱き寄せて。
「……だからね。
もっと優しく、ぎゅうってしてほしいな?」
……否が応でも力が抜ける。
「…………うん」
――アルトを、両腕でそっと抱き直す。
「……ふふ」
……両腕に収まる幸せ。
いや――両腕いっぱいの幸せ、だな。
「えへ、気持ちいい……」
――ふわり、ふわりと尻尾が揺らめく。
――頭を撫でると獣耳がぺたり。
表情までは見えないが――この様子だ、きっと蕩けた笑顔だろう。
……とても温かい。
「えへ……。オレ、ご奉仕しに来たのに……」
「……そういえばそうだったな」
――髪をくしゃくしゃと撫でてやる。
――アルトが頭を擦り付けてきて、少し首の辺りがこそばゆい。
……それすらも心地良い。
「……もうちょっとこのままでもいい?」
「構わないぞ。……なにせ、夜は長いからな」
――ふと思い出した。たしか学者の言葉だったか。
『熱い暖炉の前で過ごす時間は永遠にも等しいのに、恋人と過ごす時間は一瞬で過ぎる』
……嘘だな。
だって恋人と過ごす時間はこんなにも穏やかで、緩やかに過ぎていくのだから。
――吸血鬼の夜は長い。
外付けあとがき(活動報告):
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1366660/blogkey/2302645/
感想とかあれば是非よろしくね。(下の方になんか書き込むフォームがあると思う)
難しいこと考えずに「>任意の箇所 ここすき」とかそういうノリで書いてもらえたら嬉しい。「この辺もっと詳しく!」とかそういうのも続き書く時の参考にする可能性がある。
ちなみに伯爵とアルトはビブリオバトる(発表済み別作品 https://ncode.syosetu.com/n2765ev/)の世界にもパラレル的に存在するのでなんかどっかでふらっと出てきたりするようなこともあるかもしれない。その時はフフッとしてもらえたりしたら幸い。