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死の島の鬼ごっこ  作者: 夏みかん
第一部 SURVIVE
9/18

日常の中で

3箇所の木に取り付けられたカメラからの映像が衝撃的な結末を映し出していた。富岡も殺され、そしてそれを成し遂げた13番の男もまた瀕死の状態にある。だが、これでゲームは終了した。見事に賭けに勝った響は拍手を受けて立ち上がるとモニターの前に向かう。うなだれたままの成金を見もせずにそこに立つと頭を下げた。


「お見事ですな」

「いやはや衝撃的な結末です」


周囲に人が群がる中、響は小さく微笑みを浮かべた後ですぐに真顔になった。


「まぁ、勘が働いた結果です。それに今回はもっといい収穫もありました」


そう言うと青い顔をした成金の前に進んだ。見下ろすようにした響を澱んだ目で見上げる成金。


「実は以前よりこのゲームに不正の疑いがあると、総帥から連絡を受けておりました。そうしたらば、今回のゲーム中にもそれが発覚し、その不届きものを発見した次第です」


その言葉にピクリと反応した成金の目が怯えたものへと変貌させていく。そんな成金を侮蔑の目で見下ろす響は軽く右手を挙げた。すると武装した3人の男がやってきて成金を抱えるようにして立たせた。


「成金さん・・・・あなたに不正の容疑が掛けられています。このゲームにおいて、いかなる不正も許されない。純粋なゲームに水を差したあなたは万死に値する」

「ち、違う!それに、私だけじゃないはずだ!」

「それも調査しますがね」

「違うんだ、本当に・・・違うんだよ!」

「総帥の前でその言葉が言えればいいですね」


冷たくそう言い、響は連行されていく肉の塊を見つめていた。ざわめくホールだったが、モニターに映し出された13番ペアの写真を見上げた響の表情が緩んだために緊張もまた緩んでいった。


「ルールに乗っ取り、勝ったペアには最良のケアを受けさせます」


響はそう言い、ホールを出ていった。残された者たちは成金の噂で持ちきりとなり、さらには次のゲームへ向けての改善点もまた話し合われるのだった。



この部屋に入れられてどれぐらいの時間が経ったのだろうか。白い壁に囲まれたこの部屋にあるのは簡素なベッドぐらいなもので、後はトイレとシャワールームがある程度だった。晴子はベッドにも乗らずにそれを背にして膝を抱えてうずくまっていた。エイジと引き剥がされた後、連行されるようにこの小部屋に連れて来られていたのだった。そこにある風呂にほぼ強制的に入れられたが、晴子は抵抗しなかったのだ。男性2人に体を洗われても無気力であり、抵抗すらしなかった。血と泥で汚れた制服は処分されたのか手元にはない。替わりに病院で支給されるような白い服を着せられて、今はここに軟禁されているような状態だった。ベッドに取り付けられている小さなテーブルの上には食事が載せられているが手はつけていない。食べる気などなく、あれほど空腹だったにも関わらず今は食欲もない状態だった。頭の中にあるのは血で染まったエイジのことだけだ。エイジは瀕死の状態だったが、自分はかすり傷1つない。守られていた、そう自覚したときに泣いたが今はもう涙の跡だけが残っている状態だった。会いたい、そう思うが気力が起きないのもまた事実だ。茫然自失状態にある中、正面にある扉が音もなく横にスライドするようにして開くのを無意識的に見やった。武装した男2人が開いたドアの左右に立ち、それから1人の紳士が姿を現した。スーツに身を固めたその男はツカツカと晴子の前に来て、それからベッドの方へと目を向けた。


「食事は気に入りませんでしたかな?」


そんな男を睨むでもなく見上げる晴子を見た紳士、響は小さな微笑みを浮かべて見せた。


「あなたは見事に生き残った。賞金の1億は後日届けます。それと、今回は3人の鬼を倒したボーナスも追加しています。それ以外にも君たちはいろいろ役立ってくれたのでね」


その言葉を聞いても晴子に反応はなく、顔を膝に埋めるようにしてしまった。


「彼は今、手術中です」


その言葉にピクリと反応した晴子が顔を上げる。やはりそこに興味があるのかと思う響は笑みを消し、片膝をついて目線を低くした。


「ですが、助かる見込みはとても低い、ゼロに等しい。だが、最高のスタッフと医療機器で頑張っています」

「・・・・殺そうとしたくせに?」


感情のない声でそう言った晴子の言葉に苦笑した矢先、晴子の平手が響の頬を捉えた。響は頬を赤くしながらも何もせず、ただじっと晴子を見据えていた。背後に立つ男たちを手で制しながら。


「過去、島を出たのは4人の男女、つまり2組だけです。その全員が今の彼のような状態だった。1つめのペアは、男は下半身不随に左目失明、女は片腕を失い、精神を病んだ。なぶられている間に時間切れで生き残ったのです」


静かにそう言い、晴子の反応を見れば少し感情が戻った目をしているのがわかる。


「2つめのペアですが、男は左腕と右足を切断、女は全身を切り傷にされた上に精神崩壊だった。こちらも時間切れで生き残った。攻撃を受けている最中に岩山を転げ落ち、それで助かったわけです」


2つのペアはどちらも時間切れギリギリで鬼に遭遇し、殺されかけていたところでタイムオーバーとなったのだ。時間が来れば一切の手出しはせず、完璧なケアをするのがルールだった。そう、だからエイジもまたその命を救うための懸命な処置を受けているのだ。


「あなたのように無傷、しかも時間も余っている状態で、というのはありえないことです。」


それに鬼3人の襲撃を受けていたにも関わらず、そう響は心の中で付け加えていた。


「まぁ、あなたの援護射撃も役立った。最後の鬼の体内に12発の弾丸が残っていましたが、致命傷にはならなかった。が、それでも彼の動きを鈍くした結果、君のパートナーは最後の反撃を繰り出すことが出来た」


エイジは瀕死の状態だが、晴子は無傷。このゲームの構造上、それはありえないといってもいい。あの状況で正確にマシンガンを撃った晴子に驚愕さえしていた。エイジを信頼し、その言葉を守った、たったそれだけのことだが簡単に出来ることではない。そう、この2人の間にあったのは本物の信頼だった。だから生き残ったのだ。


「あと2時間でヘリの準備が整います。それまではここでお待ち下さい」


最後まで丁寧な口調でそう言い、響は立ち上がると部屋を出て行った。閉じられた扉によって白の空間が戻り、晴子はまた顔を伏せた。エイジはまだ生きている、それだけが分かった。だが、生存の可能性はないに等しい。晴子は声を殺して泣いた。彼が生かしてくれた命だが、これでよかったかどうかもわからない。いつしか声に出し、晴子は号泣していた。もう一度エイジに会いたい、思うことはただそれだけだった。



今日の授業が終わるチャイムが鳴り響き、晴子は大きく背伸びをしてみせた。あと一ヶ月で夏休みとなるが、目指す大学に進むためには勉強漬けになるのは間違いなかった。高校3年生の夏休みなどないに等しい、そう思いながらもやれ海だキャンプだに誘われているが、自分も行く気にもなっていたために浮き足立っている。この学校に移って1年が経つが、ここへきてようやく慣れた気がする。窓の外に見えるのは分譲予定の家々が建てられているものだった。開発途中の郊外だが、あと1年もすればここもかなり豊かになるだろう。


「晴子、今日は?」

「どっかで勉強でしょ?」


この学校に来てすぐに友達になった玉井美紀の質問に質問で返す。いつもどこかで勉強しようと誘ってくるが、いつも帰る途中でカラオケへ行ったり、ドーナツ店でガールズトークになっているのだった。だからこその言葉だった。


「ドーナツか、それとも・・・・」

「私、ドーナツね!」


美紀の言葉を遮ったのは久保田景子だ。小柄なくせに自己主張の激しい性格のせいか、校内でも目立つ存在だった。そんな2人とともに学校を後にする。真新しい家々が建ち並ぶこの新興住宅地はまだ出来て1年半しか経っていない土地だった。美紀の家も景子の家も父親の仕事の都合でここに引っ越してきた状態にあり、出来たばかりのこの高校に2年生になった時から編入してきたのだった。それに遅れること数ヶ月、晴子がここに来ていた。そう、あの地獄のような鬼ごっこから一ヶ月後のことだ。生き残った晴子は眠らされてヘリに乗せられ、気がつけば自宅にいた。両親は何の音沙汰もないまま3日間も行方不明だったために誘拐されたと思っていたが、事故に遭ったのか怪我をした晴子は病院へと担ぎ込まれていたのだ。傍に全ての荷物がなく、身分を証明するものもなかったので身元確認が遅れたが、その後、無事に両親に連絡がついて迎えに来てもらったのだという。だが、それらは全てでたらめだった。10億もの金と引き換えに今の生活を強いられていたのだ。あの組織がどれほどの規模を持つのかはわからないが、少なくともかなりの権力を持っているということは分かった。父親の会社に介入し、出世をさせて引越しまでさせていた。費用も家も全て組織が持ち、その迅速さは異常なほどだった。両親もまた何者かに説得されていたのかそれを簡単に受け入れて今に至っている。税金も免除され、新居もまたただで手に入っているのだ。高校の編入も簡単に出来、晴子にしても両親にしてもそこには何も触れないでいた。晴子は両親には島でのことを話している。それに関して憤慨していた父親も、翌日の帰宅時には辞令を受けてそれに従っていた。その際、何者からかの説明を受けたらしいが詳しくは聞いていない。とにかく、今は平和だった。数億の資産も得た両親も島でのことを深く知ろうとはしていない。全てが晴子の知らない部分で動いていたのだ。それを知った晴子は両親を問い詰めたが、満足のいく答えは返って来ていない。不信感を募らせる晴子に対し、両親からは、ただこれ以上の詮索はお前の命に関わる、そう言われたことからそれをやめたのだ。自分はおろか両親まで危険にさらすのであればこのまま口を閉ざすしかないのだから。だが、全てを忘れて生きることは出来ない。未だに夢に見るあの地獄の3日間だが、それでも思い出すのはエイジのことだった。あれから1年以上が経つが、まだ約束は果たされていない。いや、おそらく一生果たされることはないのだろうと思う。それでも晴子はエイジを待ち続けている。そう、約束がある限り、待ち続けたかった。


「東京の大学受かって、こんな場所とはおさらばしたいねぇ」


美紀の言葉に苦笑し、晴子は自分もどうするかを悩んだ。エイジに話した学校にはもう通っておらず、その近くにも住んでいない。おそらく、調べても無駄だろう。そう、自分がそうだったように。晴子はエイジのことを調べたが、自分と同じように転校したことはわかった。だがどこへ転校したかは絶対に明かされず、また新しい住所もまた分からないままだった。転校と言われたが、エイジの安否はわかっていない。事務的にそう言われただけであり、わざわざ岐阜まで出向いて調べたが、あれ以来エイジの姿を見た者はいなかったからだ。自分もそうなのだろうが、あのゲームを生き残った人間はこうして強制的に引越しをさせられ、その経緯を調べることはできないでいる。これもまた相手組織の大きさを知らされた要因にもなっていた。仲良し3人組は他愛のない話をしながらいつも行くドーナツ店に入れば、景子がにんまりと笑って窓際の席を指差した。そこには学年で一番と言われるイケメンの高寺剛たかてらつよしが座っていた。そう、これは景子の策略だ。剛はなにかにつけて晴子にアプローチを掛けてきていた。それこそ、何度告白をされたかわからないほどに。うんざりしつつここで帰るわけにもいかない晴子は景子を睨んだが、それ以上は何もしなかった。結局4人で勉強をしたが、隣になった剛はやたらと馴れ馴れしくしてくるのが気になって捗るものも捗らなかった。そう考えるとエイジは実に紳士的だった、そんな風に思う晴子だが表情にも態度にも変化はなかった。誰と一緒にいても思い出すのはエイジのことばかり。命の恩人であり、そしてかけがえのない人だと改めて思う。あんな状況だったからそういう感情がある、そう思うが、1年経った今でもそれが変わらないためにこの想いは本物だと思う晴子だった。



「知ってるか?ここ数年、いろんな学校のヤツらが失踪してるんだが、捜査もろくにされずうやむやにされてるって話」


高田洋平はそう言い、その都市伝説に近い噂話を周囲にしている様子を晴子は見ていた。休み時間だが、珍しく景子も美紀も近寄って来ていない。見れば、男子とその話で盛り上がっているのだ。ため息をつきつつ窓の外へと顔を向ける。梅雨の合間の晴れた空がそこにあり、明日の土曜日もまた快晴だと天気予報が告げていたことを思い出していた。もう梅雨明けが近く、夏が近いということだ。


「なんか、どっかの島で殺人ゲームしてるとか。それに失踪したヤツらが関係してるらしいぜ」


確かな情報だと思う晴子だが、思い出したくもないために明日のことを考えた。それでも頭をよぎるのはエイジのことだった。会いたい、たまらなくそう思う。


「殺人者と鬼ごっこするとかなんとかで、生き残ったら何億ももらえるんだとさ!俺、生き残る自信あるからなぁ、行きたいぜぇ!」


それは何も知らないバカの戯言だとしか思えない。お前は確実に初日で死ぬだろう、そう思う晴子はエイジとパートナーになったその運の良さをあらためて噛み締める。そう、自分の相手がエイジでなかったならばどうなっただろう。仮に今、話をしている洋平だった場合、まず今こうしてここにはいなかっただろう。殺されていたか、犯されていたか、とにかくろくなものじゃなかったのは確かだ。


「鬼ってか、そんな奴ら返り討ちだぜ!」


そう言って笑う洋平に呆れつつ外を見ていると、鳥が飛んでいるのが見えた。遠くを行くその鳥をぼんやり見つめていた晴子は鳥になってエイジを探したい、そう思う気持ちで溢れていく。笑顔、冷めた顔、怒った顔。そして最後に見た虚ろな目をしたエイジを思い出し、ギュッと目をつぶった晴子はそのまま机に突っ伏した。最後に見たエイジはピクリとも動かず、触れていた血は温かかった。それだけは鮮明に覚えている。生きていて欲しい、そう思う。だが、死んでいるのを確認するのは嫌だ。安否を知りたいが、死んでいることは知りたくない。我侭な自分をどうすることも出来ず、晴子は顔を突っ伏したまま少しだけ泣いたのだった。



金曜日の放課後はどこか浮かれ気分になっている。そう、自分を除いて。遊びに行こうとする者や、待ち合わせをしているカップルなど様々な中、さっさと帰り支度をしている晴子は美紀と景子がいないことを見てため息をついた。こういった時は必ず昇降口で何かが待っているのだ。この間は景子に人が待っていると言われてエイジかと思い、あわてて行けばよそのクラスの男子で告白を受けた。また別の日には美紀から頼まれて2年生の男子と一緒に下校させられてもいたのだ。今日も嫌な予感しかしないため、さっさと教室を出た晴子だったが、その嫌な予感は的中していた。


「あ、晴子」

「なに?」


素っ気無くそう言い、靴を履き替える。


「門を出たところでさ、あんたを待ってる人がいるよ」


またそのパターンかと思う。けれど無碍に断ることも出来ず、どうするかを思案しつつ上履きを下駄箱にしまった。


「で、今日は何年生?」


まさかまた剛ではないだろうな、そう思いつつも一応聞いてみた。相手が剛ならばここいらではっきりさせておく必要がある。


「多分、よその学校だと思うよ。私服だけど」

「げぇ、そっちのパターン?」


この近辺に高校はここしかないが、バスで移動する距離にもう1つ存在していた。晴子はバス通学なため、そこでもよく告白を受けていたのだ。よくもまぁ、よく知らない人を好きになれるものだと思う晴子がため息をついた時だった。


「ってか怖そうだったよ・・・・顔に大きな傷とかあったしさ」


その言葉に晴子がピクリと反応する。


「ど、どこ?どこに傷?」

「左部分にこう、ズバっと」


指で顔の左半分を縦になぞったのを見た瞬間、晴子は駆け出していた。急いで校門へ向かえば、数人の生徒がひそひそと何かを話しながら集まっているのが見えた。それらを掻き分けて校門を出た晴子はそこに立つ人物を見て表情を歪ませた。Tシャツにジーパン姿の男子がバイクを背に立っている。左の額から瞼を通過して顎まで達する縦の傷があるが、間違いなくそこにいるのはエイジだった。両手を口にあてて複雑な表情をする晴子を見たエイジは苦笑混じりの顔をして右手を挙げた。それを見た晴子はエイジの胸に飛び込んでいた。周囲が騒然とし、景子と美紀もそれを見て驚きつつもニヤニヤした顔を見合わせる。また、剛は嫉妬に狂った目で2人を睨みつけていた。


「三島君・・・・生きて・・・・」

「随分遅れたけど、約束守りに、会いに来た」


泣きじゃくる晴子の耳に聞こえるその声はまさしくエイジのものだった。声をあげて泣く晴子に困った顔をするエイジはそっとその頭を撫でた。


「どうして・・・どうして・・・遅いよ!」

「悪い。これでも急いだんだぜ?なんせあれから半年経ってようやくまともに動けるようになったからさ。それからいろいろ調べて、んでやっとここだとわかった」


その言葉に顔を上げる。エイジは傷の残った顔を緩ませて微笑むともう一度晴子の頭を撫でた。


「ここは目立つから、移動しないか?」


その言葉を聞いた晴子が我に返り、校門の方を見やる。冷やかしの声や口笛が響く中、美紀と景子がぐっと親指を突き立てていた。だから苦笑し、それからエイジに対して頷く。エイジはバイクを押し、晴子が横に並んで歩いた。同じ方向に歩く生徒たちの視線を浴びながら、日影を選んで歩いていく。


「その手・・・」


ふと何となしに見た左の手のひらに傷が見えた。正確にはハンドルを握るその手から見えたのだが。エイジはその言葉に反応し、一旦止まって左手をかざした。


「勝利と栄光の左手だよ」


微笑みながら見せた手のひらには真横に走る切り傷があった。それはあの最後の一撃を与えた際に負った傷だ。そう、折れた刀の先を掴んで富岡の首を刺した際に出来たものだった。握った刃が手のひらに食い込んだ際に出来た傷、それは間違いなく勝利を掴んだ印だ。晴子はそんなエイジの左手をなそるようにしてみせる。傷がはっきりとわかるほどの状態に思わず目が潤んだ。


「まぁおかげで完全に開けないんだけどね。握れないよりは全然いい」


そう言い、エイジは左手を目いっぱい開いて見せたが、手のひらの傷がつっぱるせいか、指を反らせることもできないでいた。瞳を潤ませた晴子が今度はそっと顔の傷に触れてみた。消えそうもないその傷跡はかなり痛々しく見える。


「あと1ミリ深かったら失明だったそうだ。運がいいよな、俺。こうして生きていることすら奇跡だったらしいから」


そう言い、エイジは笑った。おそらくは全身も傷だらけだろうと思う晴子は涙を流し、それを見たエイジは困った顔をするしかなかった。

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