表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死の島の鬼ごっこ  作者: 夏みかん
第一部 SURVIVE
7/18

守る理由

石でできた跡地を出れば、もう夕方だった。残るはあと少し、そう思うが夜が長く感じられそうだ。秘密の隠れ家に移動すると言った健也と理恵に再度誘われたが、エイジはそれを断った。そんなエイジに従うようにして晴子も断り、2組は左右に分かれて歩き出すことになった。再会は約束したが、そのためには生き残らなければならない。お互いにそう思うエイジと健也だったが、健也はエイジたちよりも自分たちの方がその可能性が高いと見て内心ほくそ笑んでいた。そんな健也たちと別れ、丘を登る。レーダーに反応はあるが、それは健也たちであり、他には反応はなかった。そんな矢先、空気を震わせる音が響き、同時に岩山の向こう側麓付近に黒煙が上がった。思わずギュッとエイジの袖を握る晴子だったが、それをすぐに離した。


「爆発だな・・・それもけっこうな規模だ」

「誰かが死んだの?」


震える声でそう言う晴子に反応を返さず、エイジは距離的に敵がここまで来るのに数時間を要すると睨んだ。このまま爆発と正反対の位置に移動してもいいが、裏をかいて近づく手もある。だが、相手がこちらの正確な位置を把握しているのなら、それは危険だ。時間を稼ぐのならば離れた方がいい。そう、だからエイジは健也たちと行動を共にしなかったのだ。敵がこちらの位置を把握し、運営側が隠しカメラか何かでその動向すら把握しているのであれば隠れているほうが命取りになる。エイジは右手にあるブレスレットを見つつ、反対側を見やった。海岸があり、そして森も広がっている。


「あ、あそこに建物がある」


そう言った晴子が指を差した先には崩れかけた建物が存在していた。もしかしたらあそこが健也の言っていた隠れ家かと思いレーダーを操作すれば、やはり2人はそこへ向かっているようだ。


「ああいう場所は危険だ。とにかく寝床を探そう」

「危険って・・・」

「行くぞ」


エイジは晴子の言葉を遮ってそう言い、丘を下り始めた。岩山を背にし、廃墟を斜めに見ながら。片目のエイジはバランスに気をつけながら進み、それでも時々躓くようにしていた。そんなエイジを支えることをせず、晴子は黙ったまま並んで歩いていた。そうして森に入ると空が夕焼けに赤く染まっていた。夜はもうすぐそこまで来ている。早めに寝床を確保しようとした矢先、エイジが足を取られて緩やかな斜面に倒れこんだ。その瞬間、エイジの体が消える。


「三島くん!」


初めて名前を叫び、晴子が駆け寄った。するとそこには穴が空いており、地面を斜めに下っているようだ。


「大丈夫だ」


中から声が聞こえてきたためにホッとするが、あの怪我なだけに心配になる。


「出られる?」


そう聞くが返事がない。ますます心配になった晴子が中に入るかどうかを悩んでいると中からエイジの声が聞こえてきた。


「入ってきていいぞ・・・ここはいいかもしれない」


そう言われた晴子はエイジの様子も気になるためにその穴を滑り台に見立てて座る。そうして滑るようにして中に入れば、10メートルほどのところで土の地面が姿を現した。着地をし、立ち上がればそこにエイジがいた。無事なようでホッとし、それから周囲を見渡す。そこは岩がせり出す地下洞窟のような造りになっていた。空洞は狭いが隠れ場所は多い、そんなところだ。エイジは懐中電灯を取り出して奥を照らす。そうして晴子を促して奥へと進んだ。空洞は行き止まりになっているが、いくつか大きな窪みもある。エイジはその中から一番わかりにくい窪みを選んでそこを寝床に決めた。エイジは荷物を置いて座り、壁にもたれて深く息を吐いた。胸の出血は続いているがかなり収まってきている。ただ、片目なのがやっかいなだけだ。そんなエイジの横に晴子も座った。荷物を置くが、リュックからサブマシンガンを出して脇に置くのを見たエイジが小さく微笑んだために怪訝そうな顔をしてみせる。


「危機感、いい感じだな」


初めて見せる優しい笑顔がそこにあった。顔の半分をガーゼで覆っていたが、それでもその優しさは充分に伝わってくる。晴子は恥ずかしそうにしながらも同じように壁にもたれると意外と温かいことに気づいた。岩はひんやりしているが、それでも慣れれくると気にならない。空気も閉鎖的なせいか暖かい感じになっていた。夕食にはまだ早いため、じっと座っているだけになる。晴子は目を閉じているエイジを見つつ、何を話していいかわからないで黙ったままだった。自分たちに健也と理恵のような信頼関係はない。あるのは生き残るためのペアであるということだけだ。お互いに名前しか知らず、それでいいと思っていた。だが、本当にそれでいいのかとも思う。それでも何も話題に出来ず時間だけが過ぎ、とりあえず何かを食べようということになった。リュックからパンを取り出して水も用意する。いくらかを健也たちに分けたといえ、明日の朝の分も確保しているので問題はない。そのまま無言で食事を摂り、無言のままで終わる。水を脇に置いたエイジが荒い息をしているが、その表情に苦しさはなかった。


「痛むの?」


ここでようやくそう言った晴子をエイジの右目が捉える。口の端を吊り上げて笑みを作ったエイジは大丈夫だと告げ、そのまま壁に頭を預ける形をとった。緩やかな雰囲気がこの地下には溢れている。島で過ごす最後の夜になるのか、人生最後の夜になるのかはわからない。ならば、後悔がないようにしたいと思う。


「私ね、千葉銚子第三高校2年の17歳、おひつじ座のB型」

「・・・・・・・クラス替えの時にする自己紹介か?」

「うっさいなぁ!あんたは?」


怒ったようにそう言うが、雰囲気は柔らかい。そんな晴子に苦笑し、そしてガーゼで半分覆われた顔を晴子に向けた。痛々しいその顔に微笑を浮かべて。


「岐阜の桜の宮高校2年の17歳、てんびん座のA型」

「岐阜?マイナーね・・・」

「悪かったな」


エイジはぶっきらぼうにそう言い、前を向いた。今度は晴子が苦笑し、同時にお腹が鳴った。やはり夕食がパン1個というのは少ないらしい。顔を真っ赤にした晴子がそっぽを向くが、エイジは噴出すように笑っていた。キッと自分を睨む赤い顔の晴子を見て、エイジは胸を押さえつつ大笑いをした。


「お前・・・・傷が痛むのに・・・・笑わせるな・・・・」

「笑うな!失礼な!しょうがないじゃん!パン1個だよ?お腹減るっての!」

「まぁ、確かにな」


笑いの余韻を残しつつ、エイジは右目に溜まった涙を指で拭った。そんなエイジを見た晴子は真剣な顔をしてそっとその右頬に手を添えるようにして触れる。熱い。まるで熱でもあるようだ。


「大丈夫?」


その真剣な言葉にエイジは頷き、小さく微笑んだ。


「ごめんなさい・・・私、あんたが怖かった。2人も殺したあんたが・・・でもね、でも・・・」

「しょうがないさ。でもその感覚は大事にした方がいい。この異常な環境の中で、その感覚は正常の印なんだからさ」


エイジはそう言い、再度小さく微笑む。晴子はそんなエイジをじっと見つめ、そして瞳を潤ませた。


「でも・・・同じ状況なのに、一蓮托生なのに・・・・私は無傷で、あんたはこんなに・・・」

「女は守ってやれ、それがどんなにいけすかない人間でも、男は女を守るものだ。死んだ兄貴の言葉だよ」


その言葉にきょとんとした顔をする晴子を見て、エイジはまたも苦笑を漏らした。それから昔話を始める。兄は病弱だった。生まれた時から体が弱く、そんな自分を嫌って剣道や空手を始めたが弱い体が祟って中途半端に終わっていたのだ。そんな時、兄から自分の分まで強くなれと言われた。だから剣道をして心身を鍛え、そして兄はそんなエイジを見て満足そうにしていた。そんな中、中学に上がってすぐに友達になった男からサバイバルゲームに勧誘された。エイジは持って生まれた天性の勘を生かして生き残り続け、いつしか天才プレイヤーの名を得るまでに至った。だが、兄はそんなエイジを叱った。そんなゲームは何も与えてくれない、そう言ったのだ。このゲームで友達と最強の称号を得たエイジはそれに反発し、兄と喧嘩をしてしまう。そんな中、兄は入院を余儀なくされた。数回の手術を行ったが、結局は帰らぬ人になってしまったのだ。仲直りのきっかけもなかったエイジが最後に見舞った時、息も絶え絶えの兄が言った言葉がさっきのそれだった。


「泣いたよ・・・ゴメンって謝れず、ただ泣いた・・・・兄貴には好きな子がいたんだよ。いじめっ子でさ、金持ちでいけすかない女だって言ってた。でもその子の泣いている場面を見たんだと。だから俺にそう言ったんだ、悔いのないようにって、自分のようにはならないようにって」

「だから?だから私を?」

「顔が好みだった・・・正直言うと、本当にタイプなんだ。でも、いけすかないって思った」


はっきりそう言うエイジに顔を赤くしたが、それは照れか、それとも苛立ちからか。


「でも守りたいって思った・・・こんな馬鹿げたゲームで死にたくはないって。だから、俺が生きるためには君も生きてもらわなきゃ困る。俺は男だから怪我をしてもいい、けど、君にはしてほしくないんだ。俺がタイプのその顔のまま、綺麗なままでいて欲しいってね」

「優しいね」

「いや、それに怪我されたら足手まといになるだろ?」


やっぱりエイジはエイジだと思う晴子はやれやれといった顔をしてみせた。エイジは微笑を浮かべ、それから晴子の方を見る。


「生きてこの島出ようぜ・・・んで、賞金貰って美味いもの、たらふく食べよう」

「あんたの奢りならね」

「やっぱいけすかねぇや」


そう言い、2人は笑いあった。何故もっと早くこんな風になれなかったのかなと思う。でも、これを最後の夜にはしたくない。晴子は理恵の言葉を思い出していた。


「生きて帰れたら、会いに来てよ」

「俺が行くのか?」

「そういうのが普通でしょ?」

「会いに行かされた上に奢らされるのか?」

「んー、それ以外のデート代なら出してあげる」

「上から目線だな・・・・って、デートするの?」

「タイプなんでしょ?」

「いけすかないけど、タイプだ」

「ん、じゃぁ、約束ね」


そう言い、晴子は右手の小指を差し出した。その子供じみた行動に思わず笑うエイジだが、晴子は微笑んだだけで文句も言わず、ずっと小指を立てている。


「わかった」


そう言い、エイジは晴子と小指を絡ませた。2人で約束をした、その事実がまた生きる気力を与えてくれた。だからこそ思う、自分は死んでも晴子だけは守ると。恋愛感情らしきものはまだない。ただ、それでも女を守らなければならないのだ。兄の言葉通り、そして今の自分の信念のために。



富岡によって一気に淘汰され、残るペアはあと2組となった。そう、成金が賭けた2番と響が賭けた13番のみなのだ。廃墟に隠れていた3組を急襲し、罠をしかけてペアを分断して爆発させたのだ。そしてその爆発に驚いた2組を追いかけて殺害し、今に至っている。この状況に傍観者たちの熱気は最高潮に達するのだった。残る追っ手は1人になったとはいえ、それは最強の戦士である富岡なのだ。過去幾多の男女を惨殺してきた無慈悲な追跡者がその2組に迫る残り時間はあと12時間。その富岡は真夜中にあってパンをかじりつつ端末に表示されたメッセージを見ていた。食事中につきマスクを外しているために堂々と見られるのはありがたい。


「2番を残せ、か」


意味ありげに笑い、富岡はもう1つのメッセージを表示させた。そこに書かれている文章を読み、さらに笑みを濃くする。雲で隠れた月を見上げつつ、縁を白く照らすその雲を見て笑みを消した。


「まぁ、当然の話だわなぁ」


雲を見つつそう言った富岡は水を一気飲みし、それから端末を地図に切り替えた。点滅する番号は2つ。2と13だ。見る限り、2番の方が近く、しかも襲撃しやすい廃墟だ。富岡はニヤリと微笑み、時計を確認した。現在は午前0時12分、ここから2番のペアが潜む廃墟までは3時間程度だろう。


「早朝に襲うのはセオリーだな」


富岡はそう言うとその場に寝転がった。こんな夜中に動くのは性に合わない。1、2時間ほど仮眠を取ることにしたのだ。頭の後ろで腕を組み、それを枕にした。


「2人を倒した13番の男か・・・・楽しみすぎて仕方がないぜ」


精悍な顔つきを悪魔に変えたその笑みはしばらくの間消えることはなかった。



夜明けはまだだろうが、今が夜中という気はしない。のっそりと身を起こした健也は横で眠っている理恵を見つめた。下着姿で眠るその愛らしい顔に笑みが漏れるが、それは優しいものではなかった。そう、どこか醜悪な笑みだ。つい数時間前に愛し合った相手だが、愛情というべきものは薄い。美人を手中に収めた、ただそれだけの話だ。あと半日もすればこの島から出られ、理恵を彼女にして友人に自慢も出来る。その上、この地獄を行き抜いたという自信がさらに自分を高めてくれる気がするほどだった。ペアになった時から理恵を物にしようと企み、優しく接しながら自分の強さも見せてきた。運が良かったのが大きいが、これまで敵に見つからずにこんないい場所を確保できたことが誇らしかった。そんな健也がシャツを羽織り、リュックの中の水を取り出したときだった。ジャリっという地面を踏みしめる音が廃墟に響いたのだ。それも1度ではなく、こっちに迫ってきているのが分かる。そうそれは足音だった。途端に緊張が走り、急いで理恵を起こす。こんな時間に追っ手かと舌打ちをするが、残っているペアかもしれないという希望も抱いていた。だが進入したらしい足音は1人分だ。20メートル離れれば爆発するリスクを犯してここに1人で来るはずもない。そう考えた健也はすぐに身支度を整えて銃を構える。こんなものを使ったことなどないが、手にしているだけで少しだけ恐怖感が和らぐのがわかった。理恵もあわてて服を掴んで健也の脇に来る。足音は止んだが油断はできない。健也はじっと様子を伺い、理恵もまた服を持ったままの状態で怯えた目を暗闇に向けていた。急に途絶えた足音だったが、入ってきてすぐに引き返したのかとも思う。だが、そんな考えが甘いと悟った時にはもう遅かった。ドサッという音が背後にこだまする。あわてて振り返れば、そこにいたのはマスク姿の武装した男だった。最後の1人になった鬼の登場に理恵が悲鳴をあげるのと健也が銃の引き金を引くのとはほぼ同時だった。



廃墟を進む映像に出資者たちもまた息を飲んだ。眠い早朝だったが、その眠気も一気に吹き飛ぶ。突然の緊張感がたまらなく自分たちを興奮させ、そして予測不可能な事態にさらにその興奮度が増すのだ。そう、成金もまた予想外の展開に興奮していた。しかし、その興奮は他の出資者とは違う。顔は青ざめ、そして小刻みに震えていた。心臓は早鐘を打つように鼓動を早くし、頭の中は混乱していた。今、モニターに映っているのは2番のペアだ。しかもそれは廃墟に設置されているカメラからの映像ではない。2人がいた場所にカメラは設置されていないため、鬼のマスクに取り付けられた映像しかないのだ。そう、つまり自分が生き残る方に賭け、鬼である富岡にその2番は残せと伝えたにも関わらずこの状況だ。何故こんなことになったのか指揮所に行って確かめたいが、今すぐ動くことは不正をしていることが公になるだけだ。そう、みんなこのバトルに注目している。成金が賭けた2番が生き残るためには富岡を殺すしかない。逃げるのはもう不可能だろう。盛り上がりを見せるホールの中でぐったりとシートに腰掛ける成金は富岡を信じて画面を見続けた。これは演出だと信じたい。そんな成金を響が見下ろしている。その目は笑みを湛え、そしてそのままの目を正面モニターに向けた。


「公正さこそがゲームを盛り上げる、そうでしょう?」


誰に言うでもなくそう呟いた響はワイングラスを手に取ると、笑みを浮かべたままそのグラスを口に近づけるのだった。



無防備に立つ相手に銃を向けて引き金を引く。そう、それで終わったはずだった。だが引き金は引けず、弾は出ない。慌てる健也をよそに一瞬で間合いを詰めた富岡は瞬時に銃を掴むとせわしなく手を動かしてその銃をバラバラにしてみせた。呆気にとられる健也を見やり、そのまま背中にある剣を引き抜く。健也は立ち上がり、理恵をかばうようにしつつ構えを取った。銃はまだあるが、今はこの危機的状況をなんとかしてからだと判断したのだ。柔道の有段者である自負もあり、懐に飛び込めさえすれば勝機はあるはずだ。そんな顔をしている健也を見つつ、富岡はマスクの下の表情を笑みに変えた。ここまで生き残った男が銃の安全装置すら知らない雑魚だとは思わなかった。かといって一瞬で銃を分解した自分に再度銃を構えなかったのは評価できる。だが、やはり雑魚だとしか思えない。この廃墟の構造は知り尽くしていたために天井と地下の間にある隙間を縫って背後を取ったのだ。震えている下着姿の女の格好を見ればついさっきまで何をしていたかも分かる。命を狙われ、そして常に追われている状況でそんな行為に及ぶなど愚の骨頂だ。若い男女をペアにした時点でこういう行為を覗き見るのもまた出資者たちの楽しみの1つでもあるが、過去生き残った2組はこういう行為をしていない。そう、現実をしっかり見て行動する者、そして運を手にした者だけが生き残れると富岡は思っている。行為中に殺害するのが最高に楽しいと思うが、終わった後で残酷な現実を見せつけて殺すのもまた楽しいと知っている富岡はマスクの下で笑みをさらに濃くしていた。そんな富岡は剣を構えるでもなく、だらりと下げていた。そう、健也はこれを挑発と受け取りつつもそれを利用することにした。相手は自分の強さを知らない。全国クラスの実力を持つ自分の一番の持ち味はそのスピードだ。だから健也は駆けた。やや低い体勢から足を取りに行ったのだ。その両手が富岡の膝を捉えた、その瞬間だった。剣が下から上に振り上げられる。同時に健也の右腕が富岡の左膝を掴んだ。だが、その手に力が入ることはなかった。


「残念だったな」


右手の剣を天井に向けた富岡の声が耳に届く。健也は驚愕の表情でマスク姿の富岡を見て、それから自分の左腕を見やった。あるはずの腕がない。そう、腕は肩口から消失し、地面に転がっていた。それに気づいたのと同時に理恵が悲鳴を上げる。物凄い量の血を噴出しながら健也は両膝を地面について絶叫した。


「さて」


富岡はそう言い、腰を抜かした理恵に近づいた。下着姿の理恵は激しく震え、そして狂気に満ちた目をしている。そう、鮮血を噴出す左腕を失った健也を見た理恵の精神は壊れかけている。あと数時間だった。その数時間を逃げ切れば無事に帰れるはずだった。何をおいても君を守る、そう言った健也の顔を覚えている。愛しいと思い、身体を重ねてその温もりから安心感を得た。この人ならば全てを預けられると思っていた。だが、その人は片腕を失って絶叫している。絶望感しかない状態の理恵を無理矢理立たせ、顔を掴んで健也の方を向けさせる。血の池に膝をついたままの健也は身動きが取れずに失った左腕を掴むかのように右手で宙をまさぐっていた。そんな健也を見やった富岡は剣を背中に戻した。この2人を殺すのに武器はもう必要ないのだ。


「愛しあった男は出血多量で死ぬぞ」


そのくぐもった声もほとんど理恵には届いていない。元々白かったその肌が蝋のごとくさらに白くなっていた。愛らしい唇も艶やかなピンクではない。青く、そして黒ずんで見えた。


「さぁ、お前の愛で受け止めてやれ」


そう言った富岡は理恵の頭を掴んで健也の傷口にそれを押し当てた。さらなる絶叫が廃墟にこだまする。その美しい顔も綺麗な髪も赤く染まった。とめどなく流れ出る血が理恵の顔を、上半身を染めているのだ。そして理恵の顔が傷口にぐりぐりと押し付けられた健也もまた想像を絶する痛みに叫びを上げる。気絶しそうな感覚に倒れこみ、地面を転がってその痛みを全身で表した。富岡は赤く染まった理恵を解放すると放心状態の理恵を見やる。


「さぁ、お前も切り裂いてやろう」


武器も持たずにそう言ったが、理恵に恐怖を植え付けるにはそれだけで充分だった。理恵は苦痛と恐怖で歪んだ顔をした健也を見るが、焦点は合っていない。


「た、た、たすけ・・・・助けて・・・・・たす・・・」


言葉にならないうめき声を上げる健也はもう自分の知る健也ではなかった。あの自信に満ち溢れ、安心感を与えてくれた健也はもういない。全身を血に染め、片腕を失って怯えた顔をしている健也はさっきまでのあの健也ではなかった。


「助けてやれよ」


そう言ってぽんと肩を叩かれた時だった。理恵は絶叫しつつ健也を置いて駆け出した。とにかく逃げたい、それだけだ。この場から逃げて家に帰りたい、その思いが理恵を突き動かしていた。


「い・・・行くな・・・・・戻れ・・・・・戻って・・・」


暗闇に消えた理恵を見つめる健也がそう呟き、ずるずると体を動かすがどうにもならない。富岡は素早く奥に移動すると今いる空間を出て分厚い壁を背にする。何かの警告音が響いたが、それはすぐに止んだ。いや、かき消されたのか。そう、すさまじい爆発が巻き起こったのだ。壁を背にしていた富岡もその爆風と衝撃に身を揺らせたほどだ。やがて黒煙が晴れ、静寂が戻ってくる。富岡が爆発のあった空間に戻れば、健也が倒れていた場所はコンクリートが破壊されていた。壁に血が飛び散っており、その辺にもヒビが走っている。肉と思われるものも散乱していた。この廃墟も次回までに原形を留めているかは不明だが、隠れる場所でなくなったのは間違いない。こんな痕跡を見れば誰もここに身を隠そうとは思わないだろうから。富岡はマスクの下で微笑み、元来た道を進んだ。その途中でも壊れた床や壁、血や肉の痕などが確認できたが立ち止まることはせず外に出る。薄明るくなってきたとはいえ、まだ周囲は夜だった。


「ラスト1組か」


そう呟いてニヤリと笑う。そう、その最後の1組に2人の仲間を殺した人物がいるのだ。出会うのが楽しみで仕方がない。富岡は端末を取り出し、13番の表示を拡大させて眉をひそめる。


「藪のど真ん中?」


知っている限りそこに隠れる場所などない。こちらを牽制する罠か、それとも別の何かが。訝しがる富岡は明るくなるのを待って行動しようと考えた。まだあと14時間は残っている、焦る必要などないのだ。それに相手は過去最強のプレイヤーだ、楽しまなくては嘘になる。富岡は一旦廃墟の中に戻って休憩を取るようにして座り込む。健也の肉塊が散乱するそこに。血の臭いも、火薬の臭いも富岡には心地よかった。


「成金の親父は今頃ご立腹だろうな」


心の中でそう呟き、クククと笑う。そうしてマスクを脱ぐと水分を補給するのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ