生死の確率
正面のモニターの中では頭から喉までを裂かれる映像が鮮明に映し出され、大きな歓声が巻き起こった。明け方とあって眠気もあったが、ここへ来て興奮度は最高潮に高まった。夜は基本的に動きがないことが多いが、夜中の2時から明け方の追いかけっこ、そして女子生徒の惨殺と手首を切り取る男の映像はそんな常識を覆した。これはここ最近では屈指の名場面だと思う。成金はそう思いながら頭からいろいろなものを垂れ流すそのグロテスクな映像に見入っていた。これだからこのゲームはやめられないのだ。当初にこのゲームを考案したのは自分を含めたごく少数の金持ちだった。生で人の死を見たいという欲求が肥大化し、どうせやるならば逃げる人間を無差別的に殺そうということから始まった。インターネットゲームを経営していた人間がルールや土台を作って整備をし、この島を共同で買って改造を施した。最初は動物も虫もいたが、簡素なレーダーがそれらに反応したり、追っ手がそれに気を取られてしまい、試技段階で多くの成功者を出してしまっていた。動物などは明らかに追う側に不利となり、特殊な薬剤と電磁波を利用してそれら全てを排除したのだ。その結果を経ての今がある。追う側に高性能の動体レーダーを持たせて効率化し、さらには追われる側に心理的作用や追い込まれるような演出を行った。そうして得たこの快感はもはや中毒に近かった。総勢20人の出資者が映像に釘付けになる中、その画面に異変が生じたのは倒れている男子生徒を映していたその画面が激しく動いたときだった。一瞬誰かの顔が映ったと思った途端、画像が乱れて下から木を見上げるような感じで静止した。そこから全く動かない。しんと静まり返る中、全員が呆然とした表情を浮かべているのに響だけがニヤリとした顔をして画面を見つめていた。そう、木だけを映していた画面に現れたのは制服姿の男子だ。その顔を見た響が笑みを浮かべ、成金は青ざめた。そう、現れた男子が13番のペア、その男子のエイジだったからだ。エイジがカメラに向かって手を伸ばすと、画面は激しく揺れて地面を映し出した。見えているのは草の生えた地面と、さっき殺した学生の足の先だ。映っているのは靴だけだが、倒れていることがわかる。
「ここの映像はまわせないのか?」
誰かが叫ぶが映像に変化はない。制御室の中では慌しく動きがあるが、巨木の近辺にあるカメラからはその場所を捉えることはできない状態にあった。
「あいつ・・・」
忌々しそうにそう言い、成金は響を見上げる。その響は隣に座る男と会話をしながら酒を飲んでいた。よりにもよって響が賭けたペアの1人が鬼の1人を倒すなどあってはならないことだ。歯軋りする成金だったが、すぐに冷静になるとホールを後にする。そんな成金を目の端に捉えつつほくそ笑む響は酒のおかわりを要求した。ざわつきと動揺の中にあって1人冷静な響に注目が集まるが、響はそんな視線を無視するかのように次々と切り替わる画面を見据えるだけだった。
*
深い茂みの中に身を隠したエイジと晴子はカロリーメイトを食べつつ今日の動きを検討していた。さっきエイジが鬼の1人を倒したことによって生き残る確率はぐんと上がったが、これによって運営側を本気にさせた気もする。無線機はなかったが、今思えばマスクも調べておいた方が良かったとも思えていた。水も随分減ってしまったが、とりあえず補給は難しい。晴子はここまで何も言わず、何も聞かず、ただエイジの指示に従っていた。さっき何があったのか、手にした装備をどうしたのかも聞いていない。敵を殺した、そう言ったエイジの顔が鮮明に焼きついているためにそれが出来ない心理状態にあったのだ。黙々と食事を進める中、エイジはじっとレーダーを見つめていた。
「水が必要になるな」
ポツリとそう呟いたエイジを見た晴子だが、エイジはレーダーを見たままだった。
「殺された人のリュックには・・・なかったんだ?」
そう言うのが精一杯だったが、エイジはただ頷くだけだ。晴子はゆっくりと息を吐くと空になった箱や袋をリュックにしまった。放置すれば敵にここにいたことを察知されてしまうからだ。
「水ほとんど残ってなかった・・・敵も、持ってなかった。だから、どこかで補給が出来るかもしれない」
その言葉にエイジを見れば、エイジは前を向いていた。それから疑問を顔に出した晴子の方へと顔を向ける。
「相手も3日間動きっぱなしだろうから、一度建物に戻るという非効率的なことはしないはず。なら、どこかに補給ポイントがあるはずだ。その方が動きが取りやすい」
言われてみれば確かにそうだ。逃げる者を追いつつ定期的にあの建物に戻ることはロスタイムにしかならない。それなのに食料と水は持っていなかったことからして島のどこかにそういった補給ポイントがあってもおかしくはないのだ。エイジの言葉に納得する晴子だったが、それでもさっき何がどうなったかは聞けないでいた。そういう雰囲気をかもし出しているせいもあるが、晴子も聞くのが怖かったのだ。エイジが人を殺した、その事実が怖い。たとえ自分たちの命を守るためとはいえ、殺す気で殺したとなれば恐怖心も湧く。初めて会った時からクールで自分勝手で、それでいて頼りになる男だと思う。だが、それでも人を殺せるとは思えなかった。少し心を開いた時のことだけに、余計にショックが大きかったのだ。エイジもまた昨日に比べればずっと寡黙で、さらに冷たさを増したように思える。今も食事を終えてレーダーをいじっているだけの状態だ。
「近くに、といっても1キロ以内に動いているものがある。2つだから・・・俺たちと同じかもな」
レーダーの有効範囲は約1キロだが、大きく動いているものしか探知できない。それを100メートルまでに絞れば這っているだけで感知できる代物だった。間近にいれば揺れただけで見つかる可能性もあるが、追っ手はこれをポケットに入れていたことから大きな範囲でしか使用していないらしい。あくまでゲーム、ということなのだろう。追う側も追う立場を楽しんでいる、そう思えた。そうしていると何かしらの操作をしたらしく、突然レーダーが島の全景を表示させた。慌てるエイジを見た晴子もまた画面を覗き込むようにしてみれば、島のいくつかの場所がオレンジ色に点滅している。
「敵の位置?」
「にしちゃぁ数が多い・・・補給地点か何か、か?」
「ラッキーじゃん!」
言ったそばからこれとはかなりラッキーだと思う晴子をよそに、エイジは顎に手を当てて何かを考え込むようにしてみせる。
「いや、そうでもない」
「なんで?」
「他の2人がそこにいたとしたら、こっちが危ない」
エイジはそう思い、さらに考えを巡らせる。晴子にしてみればレーダーもあることだし平気だと思うが、エイジはしばらくじっと考え込んだ。
「一番近くのポイントへ行ってみるか・・・」
もし何かがあればよし、何もなくても点滅している理由はつかめるはずだ。それに、1人を倒したこの近くにもう1人がいる可能性は少ないと判断していた。3人で島の中を逃げるペアを探すとなれば分担するのがセオリーだ。ならばそれに賭けようと思う。
「他のペアも誘うの?」
「いや、リスクは少ないほうがいい。追っ手を倒すのならいいが、逃げるのなら人数は少ない方がいい」
追っ手を倒す、その言葉に冷静さが戻る。無口になった晴子を横目で見つつ今いる場所を確認したエイジは奪い取ったベストを晴子に着るように言い、端末をレーダーに切り替えつつ一番近くのポイントへ向けて動き出すのだった。晴子は少し汚れているそのベストを着込む。ちょっとした防弾ベスト代わりにはなると判断したのだ。エイジは何も言わず歩き出す。晴子もまたリュックを背負うと少し遅れて歩き出すのだった。
*
無言のまま歩いていた。つかず離れずの距離とはいえ、話す内容もない。この島に連れてこられてランダムにペアになっただけの関係であり、お互いに名前しか知らない状態だ。他のペアがどうかはわからないが、深く知りたいとも思わない晴子はエイジ自体に興味がなかった。映画などでこういう状況に陥った男女が恋仲になるなどしていたが、所詮は映画の中の話だとしか思えない。ただ生きてこの島を出たい、それだけだった。エイジもまた同じなのか、自分に関する質問を投げてこない。それに自分の身の上話も振ってこなかった。今歩いているお互いの距離をそのままにいる、そんな感じだ。
「あの茂みの中か?」
エイジが端末を見ながらそう言い、目の前の茂みへと視線を向ける。晴子も同じようにしてみるが、ただの茂みしかなかった。エイジはそこに行き、端末を見つつ四つんばいになって茂みの中を探り始める。晴子は無防備なエイジを気にしつつ周囲をきょろきょろとしてみせた。
「扉?」
不意にエイジがそう呟き、茂みの中にあった鉄製の扉を引く。その扉は茂みの中に上手く隠されていたが、良く見ればわかるレベルの状態だった。鉄の扉を引きあげるようにして開くと中にはトランクが入っている。エイジはそれを取り出し、トランクを開いた。すると中には食料に水、そして救急セットに数本のマガジンが収められているではないか。エイジはそのトランクを覗き込む晴子に微笑みつつそれを閉じ、手に持って立ち上がった。その後レーダーを確認するが半径500メートル以内に動く者はない。ホッとしながら落ち着ける場所を目指し、晴子を伴って歩き出した。
「こうやって隠していたわけね?」
「効率的だよな。こっちも見つける可能性もある。ただ、リスクも大きいけど」
「レーダーがあったから、だね」
「そうだけど・・・これではっきりしたな」
「なにが?」
エイジの意図が読めずにそう質問を投げると、エイジは岩がいくつもせり出した場所を見つけてまずはそこへ向かおうと告げた。岩は大小さまざまで、大きい物は高さ2メートルもある。その岩陰に潜むように座り、2人はトランクを開けてまともな食事を取った。主にパンだが、それでもありがたい。空腹を満たすほどではないがそれでもそれは美味しかった。水も豊富に手に入ったので一気に喉の渇きを潤す。そうして落ち着いた晴子はさっきの質問を再度投げかけてみた。
「ねぇ、はっきりしたって、何が?」
端末を操作していたエイジが晴子を横目で見るが、あくまで端末は離さない。そんなエイジをじっと見つめる晴子は答えを聞くまでそうするつもりでいた。
「このゲームをやってる連中は、俺たちを生かして帰す気はないってことだ」
「どうして?」
「レーダーはまだわかる。そこそこ広い島で鬼は3人しかいないわけだしな。けど、このトランクは島全体に10箇所もある。逃げている者にこんな物を見つける余裕もないし、その存在も分からないように隠されている。敵はこうして食料を補給するが、俺たちはそれは出来ない。空腹感と恐怖、それに伴うストレスの中で逃げ延びるのは不可能に近い。できたとしても、運がよければ何回かのゲームに対して1ペアってところだろうさ」
言われてみれば納得できた。たしかに昨夜はそれなりに眠れはしたが、そんな場所がそうそうあるはずもない。空腹感に喉の渇きもある。恐怖心もあって晴子も少し追いつめられた感じがしていた。
「どんなに強い精神を持っているか、それが生き残る鍵だ。喉が渇き、腹が減った人間は川へ向かうだろうし、そんな人間は追いつめやすい。こっちは武器もまともに扱えないし、圧倒的に不利なんだよ」
「でも・・・1人減ったんでしょ?」
その言葉にピクリとエイジが反応したが、そのまま端末を操作している。そんなエイジを見つつ、晴子は岩にもたれるようにしてみせた。
「生き残る確率は減ったかもしれない」
ポツリとそう呟くエイジを見つめていた晴子の表情が驚きに変化する。敵は3人で1人減って今は2人だ。こちらに有利になったはずだが、なぜそんなことを言うのだろうか。エイジは何も言わずにレーダーを確認すると残りの食料と水をリュックに詰めた。残ったマガジンは自分たちの銃に合わないため適当にばらまくと、行くぞと声をかける。晴子は立ち上がると今度はエイジと並んで歩いた。エイジは前だけを見つつ進み、晴子もまた遠くに見える大きな岩山だけを見据えるようにして歩き出すのだった。