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死の島の鬼ごっこ  作者: 夏みかん
第一部 SURVIVE
3/18

邂逅の果て

モニターに映し出されているのは島のあちこちに取り付けられたカメラからの映像であり、また鬼の着けているマスクの頭部に付けられた小型カメラからの映像であった。鬼が高校生たちを殺す際に血しぶきが舞うその映像は20人の男たちを魅了し、そして興奮させた。開始からそう時間が経っていないにも関わらず既に4組のペアが殺されている中、成金の賭けた2番と響の賭けた晴子たち13番はまだ生き残っている。彼らがどこに潜んでいるのかはモニターされておらず、それがまた男たちを興奮させる原因ともなっていた。現在は4つの映像が正面のモニターに映し出されている。右上は森を行く鬼、右下は川べりを歩く鬼、そして左下が藪を掻き分けて進む鬼の映像だった。残る左上の映像はここでも性行為にいそしむペアの映像だ。毎回毎回よくもこの状況下でこんな行為ができると思う。島の左側に位置する小さな小屋の中でそれは行われていた。ライブ中継されているとも知らずに。音声はないが臨場感は伝わっていた。


「こいつらに賭けなくて良かったよ」


どこからかそういう声が聞こえて笑いが起きる。時刻は18時となって、現在はディナータイムとなっていた。各々が好きなメニューをオーダーし、映像を見つつ舌鼓を打つ。この建物の中にある厨房では一流シェフたちが高価な食材を使って調理をしているのだ。貧相な物しか与えられていない逃げ惑う高校生たちに比べてなんと豪勢なことか。響は寿司を前に酒を飲みつつじっとモニターを見据えていた。そんな響の元に太った体を揺らしつつ、成金がやってきた。手にはワイングラスを持っているが、それが小さく見えるほどの巨漢だった。


「お互い、楽しめますなぁ」


下卑た笑みを浮かべてそう言う成金に対し、響は小さく頷いて見せた。この2人以外は全員が全滅に賭けている。しかもそれはいつ全滅するかまで競われているのだ。当たれば賭けた金額の4倍が手に入るのがこのゲームのルールだった。つまり、2番のペアが生き残れば成金に4億、響の賭けた晴子とエイジたち13番が生き残れば実に40億もの大金が転がり込んでくる。しかも、生き残るのはどちらか1人でも構わないのだ。


「2番の奴らがあんなことをしていないのを祈るよ」


成金はニヤニヤしつつ画面を見やった。響は冷たい目をそのぶよぶよとした横顔に向けつつ、酒の入ったコップを手に取った。


「あれをしたペアは必ず死ぬ。当然でしょう、生きるか死ぬかの場面であんなことをしていたら絶好の獲物ですからね」


響の言葉に頷く成金。だが、こういう映像もなくてはならないとも思っている。今、画面に映っている2人は同意の上で行為に及んでいるが、大抵は男が女を無理矢理襲うものだ。そういう映像は興奮する。いや、殺しの映像に比べれば落ちてしまうが、それでも充分に楽しめた。


「何故13番に賭けたのかな?」


成金は画面を見つつそう質問を投げた。響は表情を変えずに酒を飲むとコップを置く。


「あの三島エイジという男に惚れこんだんですよ」

「ほぉ」


下卑た笑みを浮かべた成金を見ず、静かにそう言った響は足を組み替えた。


「武器を選ぶ際の冷静さ、そして選んだ武器。それに目が気に入った、それだけです」

「目?」

「彼の目は他の者とは違った光を持っていた。生きようとする意志、そして守ろうとする意思」

「守る?」

「ペアを守らずしてこのゲーム、勝機はありませんからね」

「なるほど。だが武器はどうかと思いますがな」

「日本刀と西洋の剣、あの選択は過去になかった・・・おそらく、彼は追う側の心理も読んでいる」

「そうですかなぁ?」


馬鹿にしたような言い方に成金の方を向いたときだった。大きな歓声がこだまする。あわてて成金が画面を見れば、右上の映像に男の頭をナイフで突き刺すシーンが映し出されていた。血を噴出して倒れる男を見た少女が逃げるように駆けて行く。鬼はそれを追わずにただ見ているだけだったが、やがてその場を素早く離れた。同時に少女はすぐに爆煙にまみれて消え、鬼のすぐ近くでも爆発が巻き起こった。その映像を見て大笑いする成金を見ずにいた響の口元にかすかな笑みが浮かぶ。はしゃぐ成金はそれを見ることなく、子供のように騒ぐだけだった。



洞窟を出て崖を下り、岩場の反対方向に出た2人は海岸線から離れた場所を歩いていた。周囲はもうすっかり暗く、それでも懐中電灯は点けていない。光で相手に察知される恐れがあるためだ。エイジに並んで歩く晴子はマシンガンを手に持ち、時折さっと構えるようにしてみせる。安全装置をしたままだが、やはり構えると緊張感が走った。そんな彼女の横を歩くエイジは腰の左側に日本刀を差し、ベルトの後ろに剣を差して歩いていた。銃はお腹の部分に差し込んでいる状態で、両手は自由になっている。少し肌寒くなる中、2人は森に入る。暗い森はかなり不気味だったが、それでも月明かりのおかげか歩くことはできた。そうしていると巨大な木が姿を現した。膨れ上がるように根が張り、その中は落ち葉で満たされている。ビルかと思うほどのその巨木を見たエイジは笑みを浮かべ、その巨大な根っこが形成する迷路のような中に入っていった。落ち葉を掻き分けるが、たしかに虫1匹いない。


「どういう理由かしらんが、ありがたい」


そう言うとエイジは根っこから出て木を一周する。離れると危険なために晴子は根っこの外側を歩いて付いていった。そうして、エイジは晴子を伴って根っこの中に入る。てっきり奥へと向かうものだと思っていた晴子は外側へと向かうエイジに疑問を投げた。


「なんで奥に行かないの?」


外側は根っこと地面との隙間が少ない。逆に木に近づけば盛り上がった根っこと地面の隙間は大きく隠れやすいと思ったのだ。だが、エイジによれば隠れやすい反面見つかりやすいと言う。相手にしてみれば進入しやすく、また根っこ同士の隙間も大きいために狙いやすいらしい。そこで手前の狭い空間に身を潜めつつ大量に溜まった落ち葉で身を隠すのが効果的だと告げた。ここはエイジに従うことに決め、複雑に入り組んだ場所に寝転がると全身に落ち葉をまぶした。顔は出しているものの、入り組んだ根で外からは絶対に見えない。それでも武器は手のすぐ横に置いていた。落ち葉に覆われたせいか、温かさすら感じる。


「お前、いびきとかかく方か?」

「なっ!」


突然失礼な質問をされたためにそんな声を上げる。睨むようにエイジを見るが、エイジは上を向いたまま目を閉じていた。


「かくわけないでしょう?」

「自分で分かるのかよ・・・」

「うっさいなぁ!家族にも言われたことないし」

「うるさいなら起こしてやるよ」

「あっそ!おやすみ!」


怒った口調でそう言い、寝返りも打てずにいる状況を不安に思いつつ目を閉じる。だが緊張と恐怖で眠気が来ない。当然だろう、3人の鬼が自分たちを殺そうと迫っているのだ、眠れるわけがない。


「なんで私たちだったんだろ?」


ぽつりとそう呟きが漏れる。不安と緊張の中、寂しさがこみ上げてきたのだ。ただ家に帰ろうとしていただけだ。普通に道を歩いていたら背後から声を掛けられた。そう、振り返って見たのはスーツ姿の男だ。


「思い出した!」


晴子はそう言い、そして震える自分を必死で抑える。男は道を聞いてきた。それは知っている場所だったから道を教えている途中で徐々に意識がなくなっていく感覚を覚え、気がつけばあの空間にいたのだ。どうやったのかわからないが、あの男に拉致されてここへ連れてこられたのは間違いない。


「でも・・・なんで・・・・」

「誰でも良かったんだろうなぁ」


小さくそう言い、エイジが自分を見ていた。泣きそうな顔を見られたくなくてそっぽを向いたが、エイジがまだ自分を見ているような視線を感じる。


「自宅マンションの近くで男に声を掛けられた・・・・何を話したのかは覚えていないけど、だんだん眠くなった。んで、起きたらコレだ」


エイジの言葉に親近感が湧く。つまり、この島に連れて来られた者たちは皆そうやって拉致されてきたのだろう。しかも誰でも良かったとは、腹が立つ。


「無差別にいろんな場所から選んで連れてくる。おそらく、こういうゲームを楽しんで開催している奴らがいるんだ。かなり大掛かりだし、金も相当掛かってるだろう」

「金持ちの道楽で、私たち殺されるの?」

「そうらしい」


晴子は両親と妹の顔を思い浮かべた。つい昨日まであった当たり前の日常はもうない。そう、生きて逃げ延びない限りそうした日常を手にすることはないのだ、永遠に。


「帰りたい」


ぽつりと呟く晴子から嗚咽が漏れた。エイジはそんな彼女に声も掛けず、手も触れない、ただ黙ったまま上を向いていた。生き残るために必要なものを考え、明日をどうするか考える。この場所にずっといるのも手だが、おそらく相手はこの場所さえ熟知しているだろう。隠れるにはもってこいの場所だからだ。だが、それを逆手に取ればチャンスもある。そう考えつつ目を閉じた。嗚咽はまだ続いていたが、やがてそれも聞こえなくなる。規則正しい寝息を横に聞きつつ、エイジは仮眠を取ることに決めたのだった。



いつでも目が覚めるように仮眠を取っていたとはいえ、少しの時間は深く眠っていたようだ。だが幸いにもまだ敵はここまで来ていないらしく、辺りは平穏で静かだった。虫の声もなく、ただ風が木々を揺らす音だけが耳に響くような感じだった。薄明るくなってきたことからして夜明けも近いようだとわかる。木の根で薄暗いとはいえ、足元を見ればそれがわかるほどだ。隣で眠っている小さな寝息の晴子を見つつ、エイジは今日をどうするかを考えた。おそらく、3人の鬼は分散して島を右か左回りに移動しつつ自分たちを狩るだろうと思う。だが、相手の装備が不透明なため、無線でやりとりをしているのであればこちら側がさらに不利になるのは間違いない。1人でも倒せることができたなら、それは生き残る確率が上がるだけでなく自分たちペアにも圧倒的に有利に働くだろう。敵の武装が奪えるということは敵の全てを知ることになる。これはサバイバルゲームでも同じだ。ただ、ゲームというのは同じでも今は自分たちを本気で殺しに来ているところが違う。しかもパートナーから20メートル以内で戦わなければならないというハンデも背負っているのだ、逃げることすら難しい。かといって強気に出ても勝てる見込みは薄い。機先を制する以外に勝つ見込みはほとんどないだろう。あと2日、時間は長い。ならば逃げることが生き残るための近道かと思いかけた時だった。誰かが走ってくる音が聞こえる。おそらく1人、つまり、ペアではないということだ。エイジは冷静になりつつ晴子を軽く揺さぶった。身を捻る晴子に誰かが来たと告げるが、まだ意識が現実に戻っていないらしい。エイジは晴子の体に落ち葉を被せつつ刀を手に持った。そのまま自分にも落ち葉を掛けているとようやく現実に戻った晴子が大きな目でエイジを見ている。エイジは小声で誰かが近づいていると言い、そのままじっとするように告げると晴子は何度も頷いて緊張で強張った顔を上に向けていった。ゲームが始まって以来の緊張感が2人を包み込む。近づく足音は大きくなり、やがて木の根のすぐ近く、2人の隠れている場所の反対側で止まった。緊張する晴子を見ず、エイジは小さく呟いた。


「誰かが逃げてきたみたいなだな」


その声に意識で頷き、晴子もまたその人物に集中する。荒い息遣いも聞こえる中、木の根を登っているような音が聞こえてきた。だがその人物が1人というのが気になった。その瞬間、凄まじい速さで近づいてくる足音にさらなる緊張が走る。逃げてきた人物がヒッというような小さな悲鳴をあげ、慌てふためいている様子も分かる。そんな近い距離だ。


「じっとしてろ、気配を消すように頑張れ・・・眠るようにしていればいいんだ」


エイジはそう言うと胸の方に日本刀を持ってきた。それを右手に握り、落ち葉に隠れた左手には銃が握られていた。やがて足音がすぐ近くでし、木の根を上がる音がする。しかもそれは自分たちのすぐ近くだった。晴子は緊張を最大にしつつ目を閉じ、必死で気配を消そうとする。エイジもまたじっとしたまま動かずにいた。真上を通過する何者かが急に素早く動く。同時に男の悲鳴が上がった。男の隠れていた場所が見つかったのか、落ち葉の上を這うような音が響いてきていた。木の根の迷路を這いずり回っているようだ。晴子はその人物がこっちに来れば自分たちも見つかると思って戦々恐々としていたが、エイジは冷静に音だけでその場所を断定していく。どのみち高さのないここに来る可能性も低く、上からも見えないために安全といえば安全だろう。エイジは相手が完全に反対側に移動したのを確認し、それから上半身を起こした。木の太さは相当あるが、それでも20メートもない。反対側に移動しても爆発はしないだろうと考えた。


「ここにいろ。ただし、腕輪には注意しておけ」


そう言ったエイジが銃を腹部に差し込んだ時だった。


「行かないで・・・1人にしないで・・・お願い!」


懇願する晴子の目には涙が溜まっている。自分勝手で独断的なエイジだが、見えなくなるのは怖い。エイジが殺されれば自分も間違いなく死ぬし、20メートル離れた時点で確実に死ぬのだから。恐怖に取り憑かれた晴子を見つつ、エイジはここにいれば安全だと告げて這うようにして行ってしまった。晴子は絶望感に押しつぶされそうになり、後を追おうとするが体が動かない。置いていかれた恐怖心より、自分を殺しに来ている人間がいるという恐怖心の方が勝っていた。見えなくなったエイジの無事を祈りつつ、ただ震えることしかできない自分が情けない。嗚咽を漏らす口を押さえ、晴子はただじっと寝転がることしかできなかった。



詰襟の制服はもうドロドロだった。ゲーム開始時には岩山の傍に身を潜めていたが、近くにいたペアが武装した男に惨殺されるのを見て逃げたのだ。男はそんな自分たちに気づいていたのか、ゆっくりと後を追ってきた。海岸線を迂回しつつ藪の中を這いずり回って逃げてきた。だが、敵は狡猾でそれすらも読んでいたのか、突然目の前に現れたのだ。それが追ってきた者か、別の者かはわからない。格好も同じだったこともあり、2人は走った。だが藪に足を取られた女が転び、追っ手はその女に迫る。男はもう守ることなど頭になく、藪の中に身を潜めるのが精一杯だった。やがて悲鳴と同時にガサゴソとした音、水を滴らせるような音が聞こえてきた。女が死んだと理解したが動けない。動けば見つかって自分も殺されてしまう。しかもその場から逃げ出せば爆発して死ぬ。それを理解しているからか、敵もその場から動いていないようだった。そこからは我慢比べとなった。夜中の死闘は静寂だけを持っていた。全身を流れる汗も気にならず、男は藪の中でじっとする。その時、相手が動いた。同時に悲鳴が聞こえてきたことから、どうやら別のペアが敵に遭遇したらしい。相手が動く音を聞き、男は藪から這い出た。注意深く這いながら人の気配が右側に移動しているのがわかる。男はさっき聞いた音の場所まで身を屈めて進むと、目の前の光景に息を飲んだ。悲鳴を上げそうな口を必死で両手で押さえる。自分のパートナーが首を刃物で切り裂かれていた。ぱっくり裂けたそこからはとめどなく血が流れている。そう、川のようだと冷静に思った。男は震える手で女の右手を持ち上げる。これが女に付いている以上はここから離れることは出来ないのだ。男は武器庫で選んだサバイバルナイフを使って女の手首を切り取りにかかる。もう理性もなく、ただ助かりたい一心でそれに没頭した。なんとか手首を切り離し、腕輪を持つ。ついでに女の選んだ銃を2つ持ち、周囲の気配を伺うが何も感じない。ホッとしつつ女の顔を見やる。可愛くない顔をしているがとりあえず胸だけを揉んだ。精神が病んでいる、自分でもそう思う中、ハッとなってその場から逃げ出した。こんなことをしている場合ではない。とにかく走ったが、これがいけなかった。離れた場所で動く者がある。それはあの武装した男だった。どうやら他のペアを見失ったらしく、逃げる自分を追うようにして動き始めた。小さな悲鳴を上げつつ全力で走る。距離は結構ある上に背の高い藪が幸いした。そうして駆けて行けば正面に巨大な木が見えてきた。男はその張り出した根を目指した。木を目の前に振り返り、小さな悲鳴を上げて根に上がると複雑な迷路のようになったその中に潜り込む。やがて足音が近づき、男は緊張と恐怖心に負けて這うように根の中を移動した。敵はそんな自分に気づき、根の上を歩きながら追ってきているようだった。このままではここで殺される、そう思う男の脳裏に浮かんだのはパートナーだった女の死体。首を裂かれて血を流すあの姿だ。自分の姿をそこに重ね、恐怖心から根の中を飛び出した。転がり落ち、背中を打ち付けても体が動くのはありがたいが、機動力は格段に落ちた。足は重く、息も苦しい。そのせいもあって、目の前に降り立つ者を見て全身を震わせた。迷彩柄の服に黒いズボン、そして茶色いベストにガスマスクのような物をつけた異形の存在がそこにいた。腰に銃を装備し、背中にX状に背負った剣が絶望感を与える。そんな相手が静かに背中の剣を抜き放った。命を乞うこともできず、ただ呆然とそれを見上げることしか出来なかった男の頭頂に振り下ろされた剣が喉までを裂いた。血を噴出しながら倒れこむ死体を見下ろす男は血のついた剣を一振りしてそれを払い、それを鞘にしまった直後だった。背後から近づく気配に振り返り、再度剣を抜こうとする。だが、その剣は抜かれずに終わった。真横から首を貫通する刀によって。


「ガハッ」


マスクの下の顔がそううめき、内側が赤く染まる。もがくように両手でその首をかきむしるようにした直後、男はその場に倒れこんだ。血の溜りが出来るのを見下ろしつつ、肩で息をしているのはエイジだった。手はおろか、全身も震えている。人を殺したという感覚が恐怖と後悔を伴って押し寄せていた。息を荒くしつつ、吐きそうになるのをグッと堪えた。殺さなければ殺される、そう考えても後味の悪さは残った。エイジは震える自分を抑えるようにグッと拳を握り、倒れている男に近づいて刀を引き抜いた。そのまま相手のズボンで血のりを拭いて鞘に納める。仰向けに倒れてくれたのは幸いだと思いながらマスクを剥ぎ取れば、30代らしき精悍な顔つきの男だと分かる。口の周りについた血が目を引くが、エイジはそこから目を逸らして男の武装をチェックし始めた。腰から銃を抜き、脇に置く。そしてベストをチェックすれば携帯電話のような機械が入っていることが分かった。それを取り出してみればスマートフォンのようにしか見えない。とりあえず脇にある出っ張りを押せば、それがレーダーであることが確認できた。どうやら動態センサーのようだ。エイジはそれをポケットに入れるとベストをまさぐった。だがこれといったものは出てこず、役に立ちそうなのは双眼鏡だけだった。だが、触ってみて分かったのだが、このベストはかなり分厚い。血が付いているがそれを脱がせば思ったよりも軽かった。防弾ベストの代わりにはなるかと血を拭き取って脇に置いた。ズボンや上着も調べたが何もなく、今度は頭を裂かれて死んでいる高校生の方へと移動した。凝視できないほどの惨状にこみ上げる吐き気をこらえ、男の武器をチェックする。だが持っているのはサバイバルナイフだけだ。落としたのか、それともパートナーが持っていたのか。とにかくそれを取り出し、背負っていたリュックの中身を確認する。水はもうなかったが、カロリーメイトが2つ入っていたためにそれを持った。そうして持てるものを手にして晴子が隠れている場所に向かう。人を殺したというのに、今はもう冷静な自分がいる、それがどこか嫌悪感を与えていた。必死だったとはいえ、こうも簡単に人を殺せてしまうとは思ってなかったからだ。暗い顔をしたエイジがそっと晴子を呼べば、晴子は急いで出てきた。


「だ、大丈夫?」


青い顔をしたエイジにそう聞くが、エイジはぎこちない顔で微笑むだけだった。そんなエイジが手にしている荷物を見た晴子の表情も曇ったが、エイジはその説明を後にしてここから離れることを告げた。ポケットからスマートフォンのようなものを取り出し、画面を表示させるその動作を見つつ、晴子は逃げていた人物や追っ手のことが気になって仕方がないといった風で立っていた。エイジは3分ほど機械をいじり続け、そうして森の方へと歩き出す。画面に表示されているのは円が3重になったものであり、他には何もなかった。


「動物や虫が邪魔なわけだ」


エイジはそう呟き、晴子は怪訝な顔をする。そうして何気なく木の方を振り返れば、その脇に倒れている人を見て体をビクつかせた。どう見ても死んでいるとわかる血の溜まりも見えたからだ。それが敵なのか、それとも逃げていた人なのかもわからず、晴子はギュッとエイジの肘あたりをつまんだ。


「追われていた人は殺された・・・追っ手は・・・俺が殺した」


静かにそう言ったエイジを見やる晴子は怯えた顔をして掴んでいた服を離す。そんなエイジは晴子を振り返り、それから苦々しい顔をして天を仰いだ。木々で空ははっきり見えないが、随分と明るくなっている。ため息をついて前を見たエイジは行こうとだけ言い、晴子はなんともいえない顔をしつつ数歩下がった位置から歩いていくのだった。

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