愛と復讐の先にあるもの
アメリカのとある組織から協力の打診があったのは、トウヤの失踪から4時間後のことだった。その交渉を行う日程を確認したタケルがトウヤの失踪を知り、エイジに連絡をしたのがその1時間後だ。おそらくは組織に拉致されたのだろうという見解に賛同したタケルは何とか島へと向かうあらゆる交通手段を調査したものの、該当するうような不審な船、飛行機などは見つからなかった。
「潜水艦は大げさすぎるし、な」
「民間の大物経営者がメンバーなら、そういう面でも完璧に偽装するでしょうしね」
桜子の言葉に頷くしかない。自分もエイジも、気が付けばもう島にいたためにその移動手段は不明なのだ。
「で、アルフレッドはなんと?」
アメリカでもこういうゲームが行われているという情報は掴んでおり、そちらで組織の壊滅をすべく活動している者たちの代表がアルフレッド・カーチスだ。今回、日米の反組織連合で協力しあおうと打診してきたのだ。
「彼らの情報、機材を駆使して島を探そうという話だよ。3日後に来日するそうだ」
「晴子ちゃんたちに知らせないと」
「そっちはお願いするよ」
タケルはそう言い、パソコンの画面を見つめている。ここに来た際にトウヤに取り付けた発信機は全くの別人に取り付けられていたこともあって歯がゆいのだ。逆に言えば、自分を監視している者を誘い込むか、拉致するか、あるいは脅す等しないと大きな情報は得られないだろう。
「君に危険が及ばないとは思う・・・・生還者の家族だからね。でも、もう関わらない方がいい」
その言葉に桜子はそっとタケルを見やった。タケルは車椅子ごと桜子に向き合い、そして真剣な目を向ける。
「命を奪うことはしないだろう・・・けど、危害を加えてくる可能性はある。それこそ、第三者を使って」
「それでも私はあなたを助ける」
「もう十分、君は義務を果たした」
「義務じゃない・・・これは私の意志なの」
間違った恨みから命を奪おうとした罰、その償いのためにここにいる桜子を解放してあげたいと思っていた。タケルにしても、彼女の妹を生還させたという気持ちはない。結果としてそうなっただけのことだ。現に彼女は精神を壊して自ら命を絶ったのだから。晴子と共に生還したエイジとは根本的に違う。
「君は僕を見るのが辛いだろう?」
「支えたい、それだけ」
「妹さんを、蘭さんを守れなかった男だよ?」
「守ることがどれだけ大変かがわかってる。エイジ君を見てなおさらそう思った」
恨んでいた事実は消えない。罵り、暴言を吐き、そしてその命を奪おうとした女が傍にいる理由などない。そうしているのは愛だ。
「あなたが好きだから、ここにいます。あなたが私を追い出しても戻りますし、逃げても追います」
「愛される資格などないよ」
「あります」
きっぱりとそう言い切る桜子を見つめるタケルの目に戸惑いが感じられた。桜子は同情を愛情と勘違いしている、そういう風に受け取ったのだ。だが、その目を見ればわかる。それが本気であると。
「同情ではないですよ?勘違いもしていません。あなたを愛しています」
目に浮かぶ涙を拭うことなくそう言い、両膝をついた桜子はそっとタケルの頬に手を当てた。
「一緒にいて、そして惹かれたんです。あなたという人間に」
「僕はこんなだ・・・人並みの幸せすら与えられない」
「だったら私が与えます。だから、あなたはそれを表現してください」
「表現?」
「私を愛してくれるなら、私は愛を与え続けます。幸せを与えます。子供も産んであげたい」
「でも・・・」
「晴子ちゃんは言いました。エイジ君から受けた恩を返すために一生を捧げるって。一生かけて愛し続けるって、それが恩返しになるかわからないけれど、それでも、それしか出来ないからって。私には恩はない。でも、支えることはできる」
桜子はそっとタケルの両手を握る。片方は人の手で、片方は義手だ。けれど両方から温かいものを感じる。そしてそれはタケルも同じだった。
「恩があるとすれば、妹は生きて帰ってきた、だからその恩は返せます」
「桜子・・・」
「復讐は何も生まない、でも、愛情はたくさんのものを生みます」
「君はもう、僕にたくさんのものを与えてくれたよ」
タケルはそう言い、微笑んだ。そんなタケルを見つめる桜子の瞳から涙が零れ落ちる。
「でも僕は貪欲みたいだ・・・だから、傍にいて欲しい。僕も君を愛しているから」
蘭を死なせたという心の傷はタケルも桜子も同じだ。3日間、生きて帰ることだけを念じて過ごした仲だとはいえ、精神を壊した原因は自分にもあると思えた。だから桜子の罵倒も恨みも全部受け止めた。こんな身体になってまで生き延びたことを呪ったこともある。それでも、ここまで支えてくれた桜子の気持ちは本物であり、その愛情も本物だ。だからタケルの中にもそれが芽生えた。蘭のことがあるために隠してきたが、もうその必要はない。これは傷の舐めあいでなく、真の愛情なのだから。
「蘭ちゃんは、許してくれるかな?」
「あの子は優しい子ですから」
「そうだった、そうだったなぁ」
3日間、極限状態の中でも自分を気遣ってくれた少女のことは忘れない。
「傍にいます」
「いてくれ」
そっと抱きしめあう2人の前途は多難だろう。けれどきっと乗り越えられる、そう思えた。
*
「死亡を確認、か」
書類に目を通しつつ背負ったバッグを下す。九州から戻ったばかりのエイジはため息をつくとソファに腰を下ろした。疲れているのは出張先でバタバタしていたせいではない。それもあるが、今、目にしている書類の内容のせいだ。小暮トウヤの死亡が確認されたのだ。死因は単独のバイク事故、ということになっているが実際はそうではない。死亡診断を下した医師に手を回して裏は取ったが、右手首の傷は鋭利な刃物によるもの、そして額の傷で致命傷となったのは銃創だ。額を撃ち抜かれて死んだ、それが医師の診断結果だったのだ。
「アメリカの反対組織からの接触は今日だっけ?」
毎日の電話とメールのおかげか、晴子を通じてタケルの活動は逐一報告されている。夕方のまぶしい日差しを遮るようにカーテンを敷いた晴子は頷きながら炭酸ジュースをテーブルに置いて、エイジの横に腰かけた。
「今現在も会議中。でも、小暮さんが死んだのはやっぱショックだなぁ」
「俺に会いたいって言ってたんだろ?タケルさんと会った直後に拉致、か」
「きっとタイミングを合わせたんだと思う。これ以上嗅ぎまわらせないように」
「だろうな」
ふぅと一息ついたエイジがジュースを飲む。暑かったせいか一気に飲み干すと天井を見上げた。九州まで行ったのは雑誌の取材もあったのだが、あの鬼ごっこが行われている島がそちら方面にあるという情報を掴んだからだ。だが、結局手がかりも何もなかった。あれから5年、組織からの接触はないが視線は感じている。いつもどこかで監視をしているのだろう。
「小暮さん、結局、復讐は果たせなかったかぁ」
晴子はやりきれない気持ちを表情に出してエイジの肩にもたれかかった。そんな晴子の頭を器用にそっと撫でる左手は5年前の怪我のせいで完全に開くことは出来ない状態にある。
「忠告はしたんだけどさ、私、この性格だし・・・上手く伝えられなかった」
「島でのことを思い出すと当然だよ。俺だって冷静に説得できたかどうかわからない」
「私よりかはましでしょ?」
「かなぁ・・・でも、きっと止められなかったよ。復讐心は消せないからね」
「そうだね」
頭に浮かぶのは桜子の姿だ。彼女もまた妹の死をパートナーであるタケルのせいにしていた。それを知っているからこその言葉である。それにあの島で起きたことを知らないで復讐心だけで突き進んだ若者に説得は不可能だ。自分たちは運が良かった、そうとしか思えない過酷な状況の中で復讐を果たすなど何も知らないからこそ言えるのだろう。だからトウヤは死んだのだ。
「とりあえず風呂入るよ、沸いてる?」
「もちろん!」
「よし」
のっそりと立ち上がるエイジが自室に荷物を運んでから風呂場に行けば、そこには上半身裸の晴子がいたために驚いてしまう。
「一緒しよ?」
「いいよ」
にっこり微笑む晴子を見てエイジもシャツを脱ぐ。鍛えているために筋肉質な体が現れるが、大きく斜めに走る傷だけではない無数の傷跡がそこに刻まれていた。晴子はいつものようにそっと大きな傷に触れる。島で刻まれたその傷は晴子を守った証だ。だから晴子はそれに触れる。受けた恩を忘れないように。
「お背中流します」
「よろしくお願いします」
そう言い2人は浴室に入った。この後、いつものようにくすぐりあいなど、過度なスキンシップが行われたのは言うまでもない。
*
薄暗い部屋の中にあるデスクだけが明るく照らされていた。こういう雰囲気を好むのか、それとも落ち着くのか、響は書類を目にしつつデスク上のコーヒーカップへと手を伸ばしかけ、それを止めた。正確には止めさせられた、だが。赤くランプの点滅する電話を見てカップを置き、そのボタンを押して受話器を上げる。そこから聞こえるかなり焦った声にも動じず、響は一通りの報告を聞いてから受話器を置いた。少し冷めたコーヒーをすすり、それから書類をデスクの上に戻す。
「やはり、そう来たか」
ほくそ笑む響はデスク上の書類へと目だけを送った。霧雨に関する極秘調査、それに関する事柄が書かれた書類からコーヒーカップに視線を移す。小暮トウヤの死から2年、こうなることは予想が出来ていた。あのゲームがすべてのきっかけかとエイジと晴子の顔を思い浮かべる。彼らが成し遂げた功績は良くも悪くも組織にヒビを入れたのだ。
「好きにはさせんよ、霧雨」
小さくそう言い、コーヒーを飲み干した響の口元には妖しい笑みが浮かんでいるのだった。
*
久しぶりのデートのはずだった。ショッピングモールの駐車場に車を止めて外に出たところで意識を失って、気が付けば薄暗い部屋の中にいたのだ。別に体を縛られているわけでもなければ怪我もない。のっそりと起き上ったエイジは隣で気を失っている晴子を見やり、揺すって起こす。7年前のあの出来事を思い出し、何故かエイジは小さな笑みを浮かべていた。顔と体に刻まれた傷が疼く。それは恐怖からくる痛みか、それとも歓喜からくるものかはわからない。晴子もまた目を覚まして状況を把握した際に薄い笑みを浮かべていた。
「ようこそ、三島エイジ君、水守晴子さん」
電気が点いたせいで目がくらむがすぐに慣れた。どうやらここは倉庫のような場所だ。簡素な造りで何もない。あるのは灰色の壁、床、天井だけだ。正面からやって来た男は短い髪をし、鋭く細い目をしていた。野心に満ち溢れている、そんな目を。だからエイジは晴子かばうように立ちながらも薄く微笑んだ。こちらは身の内に鬼を棲まわせている、そんな目をしている。エイジの左顔面、額から顎近くにまで頬を走る傷を見たその男は笑みを濃くし、2人の前に立った。
「初めまして、私は東山霧雨、このゲームの主催者であり、統括者でもある最高責任者です」
「確か生還者は2度と呼ばれないのがルールだったはずじゃ?」
「以前までのルールはね。私が総裁になってから変更したんだ」
「あんたが総裁?響って人は?」
「彼は1年前に失脚したよ」
「どうせ失脚させた、の間違いだろ?」
「そうかもしれないね」
睨みながら問いかけるエイジにも笑みを崩さない霧雨は組織を牛耳って1年でルールの大幅な変更を行っていた。徐々に自分を支持するものを集めて勢力を拡大し、響を追い出したのだ。もちろん、決起を前に総帥が亡くなったことが大きいだろう。だがそれを幸いに響を追放して自分がその座についたのだ。支持する者に恩恵を与え、そうでない者は追放した。絶対王政を敷いてルールを見直し、半年前からゲームを再開したのだった。そして今、万全の態勢の元でエイジと晴子を再度召喚したのだ。
「今回、君たちはゲストだ。つまり今回のゲームは特別に41組で行われる」
高らかにそう宣言した霧雨に対し、エイジは不敵な笑みを消さないでいる。そんなエイジに寄り添う晴子の顔にも恐怖はなかった。それを不信に思いながらも強がりだと受け取った霧雨はさらに言葉を続ける。
「もちろん、鬼はまず君たちを狙うだろう。あの伝説の英雄を仕留めれば鬼としての知名度も抜群だからね」
「俺たちはゲームを知り尽くしているぞ」
「だからといって再び生還できるかはわからない」
「かもな」
「さぁ、他の羊たちも目覚める頃だ・・・ホールへ移動しようかね」
霧雨がそう言い、背後にいた銃を持った2人に目で指示をした時だった。けたたましい警告音が鳴り響き、警戒を促す赤いランプが点る。あわてて霧雨がどこかに電話をかけ、銃を持った2人はエイジたちにそれを向けながらも落ち着かない様子を見せていた。
「2人をここに監禁しておけ」
そう言い、倉庫を出ようとした時だった。入口のドアが開いて武装した緑の迷彩服を着た集団がなだれ込んできた。銃を突き付けられたせいか、エイジたちを見張っていた2人は武器を手放すと両手を上にあげる。そのまま膝をついて緑の服の者に服従する態度を見せた。
「東山霧雨さんですね。もろもろ、数多くの罪であなたを逮捕、拘束します。一切の言い訳は通じません。弁護士もなし。まぁ、当然ですけどね」
「お前は?」
周囲を銃を持った男たちに囲まれて両手を上げる霧雨の前に立ったのは黒いスーツに身を包んだ男だ。
「私は笹山。日本政府直属の特殊戦略室室長で、特務官です」
その肩書きを聞いた霧雨が青ざめる。確か数年前に設立された日本の裏組織だ。警察や自衛隊とは別に治安を維持する裏の治安部隊。決して表には出ない影の組織として日本を牛耳る政財界や政治家の中で噂になっていた。どんな権力にも屈しない秘密組織、それの頂点に立つのがこの笹山亨である。
「以前からここのことは調べていた。けれど、関係者に大物が多くてね、迂闊には手は出せなかったんだけど、今回、超大物が我々に味方をしてくれた」
「超大物?」
「機密事項なんでね、言えるのはここまでだ」
笹山が拘束を指示し、隊員が手際よく霧雨を後ろ手に手錠をかけた。悔しそうにする霧雨が笹山を睨みつけるが、笹山は薄ら笑いを消すことはなかった。
「悪いなぁ、また生還したわ」
エイジの言葉に殺気をこめた目で睨むものの、連行されてはどうすることもできない。そのまま倉庫の外に出ればかなりの大部隊が動いていたようで施設内は緑の服の人間たちで溢れかえっていた。ヘリが空を舞い、隊員たちが降下するのを見つつ、高性能なレーダーを持つこの島にどうやって近づいたのか不思議そうにする霧雨は施設の外に出て海を見やり、そこで驚愕の表情を浮かべて見せた。そこにあるのは2隻の潜水艦だ。そこからボートで島に乗り込んできたのだろう。施設を制圧し、それからヘリで舞い降りたのだ。愕然とする霧雨がヘリに乗せられる。何十年にも渡って秘匿されてきたこの島の存在に何故気づいたのか、そもそもありとあらゆる権力者が集うここは政府としても黙認する場所だったはずだ。政府関係者の中にも出資者はおり、ここで殺戮鬼ごっこを楽しんでいたのは確かだった。霧雨は上空から島を見た。数多くの若者たちが眠るこの場所こそが自分の居場所だった。そしてようやくその居場所を独占できたというのに。歯噛みする霧雨は窓から目を離し、頭を抱えるようにしてうなだれるのだった。
*
「40名、全員無事です!」
「ご苦労、保護をしてケアも」
「ハッ!」
笹山に報告をした隊員が敬礼をして走り去って行く。それを見ながら笹山の隣に立ったエイジは大きく息を吐くと肩をほぐすようにしてみせた。
「ゲームオーバーですね」
「君のおかげだよ」
「そうですかねぇ」
「あの人を動かしたのは君だろう?」
そう言われてエイジは苦笑した。晴子はエイジの手を握りながら周囲を見渡す。7年前の悪夢の地は晴子の中であの時の光景を鮮明に思い出させていた。だが恐怖はない。エイジが隣にいるからだ。
「ここで死んだ人たちのリベンジは達成です」
「あと数年早く動けていたらと思うと歯がゆいがね」
笹山は悔しそうにそう言い、それから空を仰いだ。この島のことは6年前から追っていた。だが、あまりに大掛かりな計画だったせいかその全容を掴むだけで4年を費やし、関係者を探り当てるのに苦労していたのだ。だが、2か月前にある大物から接触があって今に至っている。だから今回の計画を知り、エイジたちの体内に発信機を取り付けて敵の計画通りに拉致させてこの島を突き止めたのだ。
「その大物が来ましたよ」
晴子がそう告げると2人が背後を振り返った。グレーのスーツに身を包んだその人物は響であり、そのままエイジの目の前に立った。
「7年ぶり、だね」
「その節は色々お世話になりました」
色々、その言葉を嫌に強調したエイジに響は苦笑してみせた。
「あなたも、お元気そうだ」
「おかげさまで」
素っ気なくそう言う晴子に苦笑を濃くする。
「響さん、以前にも言いましたがあなたは我々と取引をした身の上とはいえ、今後の自由はかなり制限されます。組織のこと、ゲームという名の殺戮、その尋問も待っています」
「ええ」
苦笑ではない不敵な笑みを浮かべた響は海へと目をやった。
「これで私の復讐も終わりですよ」
「復讐?」
意外な響の言葉に晴子が反応する。主催していた側の人間の復讐とは何なのだろうか。むしろ復讐を遂げた感覚に近いのは自分たちの方だ。
「その昔、このゲームが開催されて間もない頃、私の恋人と、私の親友がこれに参加させられた」
そう前置きをし、響は簡単がら昔話をし始める。響が高校生の頃、付き合っている彼女がいた。だが父親は家柄を尊重するあまり響には彼女は合わないとして別れるように進言していた。だが、響はそんな父親に反発して交際を続けつつ親友に相談をしていたのだが、その矢先に2人が謎の失踪を遂げた。その3日後、死体となって2人は見つかった。心中、そういう風に決めつけられて処理された2人に響は憤慨し、泣いた。そんな響を見た父親が見せたビデオがこの島でペアを組まされ、35時間の逃亡の後に死亡したその一部始終であった。その瞬間、響の中で何かが壊れた。響は父親に従順になり、そのすべてを受け継ぐべく勉強し、努力し、そして上り詰めたのだ。権力こそが正義、そう信じる者たちをどん底に落とすために権力を手に入れた。だが、歳を取る毎に父親への復讐心は薄れていったのだ。島でのゲームに関与するようになってもそれは変わらない。こうしてあの2人は死んだのかと思うだけだった。それでも心の奥底では何かがかすかにくすぶっているのを感じてはいた。それが表に出たのがエイジと晴子の生還だ。エイジは晴子を無傷で生還させた。その一部始終を見てかつての恋人のことを鮮明に思い出したのだ。それでもまだ今の響の全てを破壊するほどの衝動には至っておらず、父親への復讐心も湧き上がってこない。そんな中で父親が死に、その死に顔を見ても何の感情も湧き上がってこなかった。そう、霧雨の策略でその地位を追われるまでは。裏切りに裏切りを重ねられて追放された時、その復讐心が牙を剥いた。皮肉にも父親ではなく、霧雨に向いたのは何故かはわからない。地位を追われた復讐心と、ゲームによって殺された恋人の復讐心が混ざり合った結果だと思っているものの、それが真相かどうかもわからないでいた。すべての破壊衝動に駆られた結果、笹山とコンタクトを取り、組織の壊滅に協力をしたのだ。もちろん、自分は罪に問われないもののあらゆる協力を惜しまないという条件のもとに。
「死んだ彼女の存在も薄れていた。復讐などどうでもよかった。ここに来れば皆死ぬ、無事では済まないと知っていたからだ。なのに君はそれを覆した。自分だったらそうできた、その思いを抱いていた自分を思い出したんだ。だから、すべてを失って私はここにいる。彼女の死んだこの島の、その真上に」
響はそう言い、空を仰いだ。権力が人を腐らせ、人の心の繋がりすら失わせた。だからをそれをせせら笑うためにゲームをする。必死で生きるために逃げるその無様さを見るために。自己を守るために他人を犠牲にするその醜さを見るために。残酷に殺される様を見て笑い、命乞いをするその姿をバカにした。なのに、エイジは知恵を使い、知識を駆使して戦った。必死にもがく人間の底力を見せたのだ。だから彼は出資者の中でも伝説となり、神格化されたのだ。権力者たちが失った熱いものを持っていたから。
「でも、きっと彼女さんはあたなを許さない・・・親友さんも」
晴子の怒りに満ちた声に頷き、響は歩き出した。
「復讐か」
呟くエイジは島を見つめる。7年前、ここで自分は死にかけた。地獄の3日間を生き延び、そして今、再びここに立っている。
「懐かしいとか思わない。ただヤな気分」
晴子の言葉に頷き、エイジは悲しげな顔をしてみせる。ここでいったいどれだけの若者が死んだのだろう。生還したタケルたちも心と体に大きな傷を負っている。そう考えれば自分たちは本当に運が良かった。
「ここで受けた恩は忘れない。でも、島のことは忘れてしまいたい」
「忘れればいいよ」
「そうしたら、恩も忘れちゃう」
「それも忘れろ」
「それだけは絶対に無理だよ、だって・・・・」
そこで言葉が途切れる。だからエイジは晴子を見て、晴子はエイジを見つめた。
「エイジが好きだから」
はっきりそう言った晴子に恥ずかしそうな顔をしたエイジがそっぽを向く。苦笑する笹山は島を見て、それから2人にヘリに向かうよう促した。この島には血が染みついている。怨念も、そして無念も。けれど、たった1つの例外がそこにある。その例外の背中を見つめて歩く笹山はこの島で起きた事実の全てを後世に残す努力をしようと決意を新たにするのだった。
*
床から天井までがガラスで出来た窓から外を見やる。22階にあるこの部屋から見える夜景は格別だが、何年も住んでいれば飽きてくる。それでも、周囲の再開発のせいかここ最近は景色に変化があってそれを楽しむことが出来ていた。車椅子ではなく、義足とはいえ自分の足で立っているタケルは後ろから近づいてくる桜子へとガラス越しに微笑みを送った。
「晴子ちゃんたち、今頃は雲の上ね」
そう言い、綺麗なネオンが瞬く夜景を見つめる。
「ヨーロッパ一周とは豪勢だなぁ」
そう羨ましげに言い、タケルは窓から離れてソファに腰かけた。桜子も微笑みながら重い体をゆっくりとソファに沈める。そして大きく膨らんだお腹を愛おしげに撫でれば、そっとその手にタケルの手が重ねられる。もうすぐ産まれるわが子には幸せになってほしいと願う2人は寄り添うようにしてドキュメンタリードラマを流すテレビへと目をやった。
「本の第二弾、進んでる?」
「進めなきゃ、エイジ君に怒られるよ」
「でもエイジ君が担当で良かったじゃない」
「他の人の方がまだ気楽に締め切りを延ばせたよ」
そう言い、笑う夫の顔がまぶしい。あの島でのことをフィクションとして小説に書いたところ、売れに売れたのだ。勿論、フィクションとなっているがすべては事実だ。生還した自分たちの末路も含めて現実と同じにしていた。桜子の了承も得ているし、妹の生きた証として書いてほしいとの要望もあった。結果としてこの物語は元々都市伝説もあり、インターネット上で島でのゲームが組織の壊滅で終了したとの書き込みもあっての大ヒットになったのだった。出版を持ちかけたのはエイジであり、第二弾の内容はオリジナル展開となって最後は全滅する終わり方になるが、タケルは密かに第三弾のプロットも作り上げていた。男が女を無傷で生還させる物語、それはエイジと晴子の物語でもある。その2人も先日ようやく結婚し、今はハネムーンに向かう飛行機で雲の上にいる。エイジは晴子の言う恩を嫌い、それでも晴子はエイジに尽くした。タケルの話や、響の供述などを笹山から聞いていかに自分が特殊だったかを再確認したせいだ。だからエイジは深く感謝をしている。けれど、エイジが結婚を決めたのは恩を受けるためではない。あんなことがあっても強く生きる晴子を幸せにしたいという想いがあったからだ。そう、それはある種の復讐だ。自分たちをあの地獄の島に叩き落とした連中への復讐、それは自分たちが幸せになることだ。そしてそれはタケルにしても同じである。
「あ、動いた」
愛おしげにお腹をさする桜子の言葉にタケルもあわてて手を置いた。命の脈動がそこにある。だからタケルは微笑んだ。幸せを実感して。そしてこの幸せを守ることを決意したのだった。
これにてこの物語は完結です。
愛と復讐に満ちた死の島の鬼ごっこ。
もう少し掘り下げた物語にしたかったですが、力量不足です。
読んでいただき、ありがとうございました。




