表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死の島の鬼ごっこ  作者: 夏みかん
第二部 REVENGE
16/18

復讐への対峙

人がやって来る気配はない。だから、拍子抜けした自分を奮い立たせ、日の落ちた夕闇の中で身を潜める場所を探した。この岩場の存在は勿論、敵も熟知しているだろう。だから茂みのある場所ではなく、岩だけが乱立した少しの窪みに寝ころぶような態勢を取ったのだ。栄養はあれど簡素な携帯食料を口にせず、水だけを飲んで周囲への警戒を怠らない。対する雪乃は怯えたままであり、とりあえず落ち着かせようと食事を取らせたトウヤは周囲へ気を配りつつ雪乃の緊張を解きほぐそうと会話を試みるのだった。今のままでは足手まといではなく、もはやどういう行動に出るかわからない未知の存在でしかないからだ。勝手に動かれて爆死することだけは避けねばならない。


「怖い、よな?」


頷く雪乃はガタガタと震えていた。焦点も定まっていない目をしつつ、それでもトウヤへと顔を向けた。


「俺はこの島に来ることを望んでいたんだ・・・彼女が以前、こういう目に遭って、死んだ」


ビクッと体を揺する雪乃に死の恐怖が浮かぶ。元々気の弱い彼女にとって、どうにか精神を保つことだけを優先させている本能もその言葉には負けそうになっていた。


「だから俺はここに来たことを喜んでいる。彼女の復讐を遂げられるからだ。つまり、それは君の生存も意味している、わかる?」


今、言われた言葉の意味を理解したのか、少しだけ緊張が和らいだ気がした。それでも怯えた目も震える体もそのままだ。


「俺は必ず鬼を殺す。そして君は助かる」


簡潔にわかりやすくそう言い、トウヤは微笑んだ。だから、雪乃は小さいながらも頷いた。生きて帰れるのならなんでもいい、そういう目をしていた。


「でも、そのためには君の協力も必要なんだ」

「きょ、協力?」


怯えた目をしつつそう口にした雪乃の声を聞いたトウヤは少しホッとしていた。どうやら少し冷静になれてきたようで、こうなればどうにか緊張を解きほぐすことで自分の仕事がやりやすくなるからだ。


「このブレスレット・・・こいつのおかげで俺の行動が制限されてしまう。だから君はなるべく同じ場所で身を隠してほしい」

「で、でも・・・・見つかったら、私・・・ころ、殺されて・・・」

「そうはさせない、約束する」


上っ面だけの約束、それでも雪乃の心に何かを投げかけるには十分すぎる言葉だった。だからか、雪乃はかすかに頷いてみせる。生きて家に帰れるのであればその言葉を信じるしかないのだ。極限の状態の中で雪乃の精神はひび割れている。元々気弱な性格のため、イジメにも遭ってきた。高校進学とともにようやくそれもなくなった矢先にこれなのだ。


「まず、ここで1人をヤる」


力強い目をするトウヤに対して雪乃は唾を大きく飲み込むしかなかった。なんであれ、人が死ぬのは見たくはない。だが、それよりも家に帰りたい気持ちが大きいのだ。逃げればいいとも思えない。自分が逃げ切れるとも思っていない。だから雪乃としてもトウヤにすがるしかないのだから。


「本当に、そ、そんなこと出来るの?帰れるの?」

「5年前、1組の男女が生還した。男は重傷を負ったけれど、女は無傷だった」

「ほ、本当に?」

「復讐するにあたって色々調べたし、そういう人にも会った」

「む、無傷?」

「そうだ。君もそうなる」


にこやかにそう言うトウヤに少しだけ笑みを浮かべた雪乃が頷いた。壊れかけていた心のヒビが少しだけとはいえくっついた気がしたからだ。生きて帰った人がいる。しかも無傷で、だ。これが希望にならずに何になるというのか。


「とりあえず、今はここで機会を待つ」

「わ、わかった」


雪乃の震えは止まらない。でも、表情にはゆとりが出ていた。だからトウヤも微笑んだ。これでどうにか戦える、それを感じての笑みであり雪乃を気遣ってのそれではなかった。



開始から8時間が過ぎ、現時点で残っているペアはわずかに9組だ。ここ最近でもワーストに入る惨状に落ち込む声が上がっている。質云々の問題ではない。こういう時もあるのだ。高揚感を求めてここにいる者たちにとって落胆は大きく、かといって目を見張るバトルもない。ただ逃げ惑う者を殺すだけ。勝手に散り散りになって爆死するだけの展開は見ていて飽きてくる。霧雨ですら退屈のあまり酒が進んでいる始末だ。響はコーヒーを飲みながらただ死体を映すだけのモニターを見つめていた。表情に変化もない。


「1日もたずに全滅、なんてあるんですか?」

「過去4回ほど、だったか・・・それでも22時間ほどだったから、今回はワースト更新かもなぁ」


表情に変化はないが口調に変化がある。つまらない、そんな声色だったのだ。


「君の推薦はまだ残っているね・・・上手く隠れた、とは思えないが」

「復讐が目的なら、動かざるをえないですから」

「そうなれば、死ぬ、がね」


コーヒーを口にしながらそう言い、響は小さく微笑んだ。死は決定的だと言わんばかりの笑みだ。


「勝ってもらわないと困るんですけどね」

「祈るしかない」

「無論です」


微笑み返す霧雨の目の奥に何かが光っている。しかもどす黒い光だ。だから響は理解した。この男は人として壊れている、と。ここにいる連中は皆人として壊れている。いや、人ではない。若い高校生の男女を拉致してここに連れてきて無理やり生死を賭けた鬼ごっこをさせるのだ、正気ではない。そこにあるのは欲望のみ。人が死ぬところを見たい、スリルのある賭けをしたい、そういった欲望だけが肥大化したバケモノなのだ。帰す気などないのに1億円という餌をぶら下げて希望を与え、そして絶望の中で死んでいく様を見て大笑いをする。そんな人間などいるものか。


「響さんは全滅に賭けてましたけど、堅実ですね」


霧雨の言葉にも表情を変えず、響はただモニターを見つめていた。確かに全滅に賭けるとは堅実すぎるだろう。元々生還率は一桁もないのだから。


「でも、5年前、彼らの生還には賭けた、何故です?」


どす黒さが増す。そうか、と響は納得できる答えを得た。


「何かを感じた。彼の目に、彼の行動に。武器を選ぶ際にもそれが出ていた。他の連中にはない慎重さと大胆さ、そして必ず生きて帰るという意思を感じたからだ」


響は霧雨を見てそう言った。


「皆、生きて帰りたいという目をしていますがね」


どこかバカにしたような口調だが表情は硬い。だから響は視線を外すことなく言葉を続けた。


「生きるための知恵を絞り、戦闘はなるだけ避ける。鬼の思考を呼んで行動し、奇襲を仕掛ける。どんなにピンチでもそこに活路を見出す強い意志。そして、パートナーを死守する行動力。数多くの者たちを見てきたが、彼にような男はまず存在しない」

「だからあなたは彼を贔屓にした、ですか?」

「そうだ。それに彼は前人未到の快挙をやってのけた。だから、その報酬は受け取るべきだ」

「たとえ組織のルールに反しても?」

「その価値がある」


強い目に押されたのは霧雨だった。三島エイジの伝説は録画されているものを見ている。だが別に何も感じなかった。運が良かった、ただそれだけなのだ。


「価値ですか」


呟く霧雨は響の心の奥底を覗こうとしている、そんな目をしていた。


「彼女は無傷だった。その意味を考えるといい。そして、その困難さ、大変さ、そして偉大さを」


霧雨は響の言葉の中にエイジへの尊敬を感じ取っていた。何故そこまで入れ込むことが出来るのか理解できない。三島エイジと水守晴子はただのプレイヤーでしかないのだから。



開始からどれぐらいの時間が流れたのだろう。真っ暗な中を照らすのは半月の明かりだ。人の気配はないものの、2度ほど爆発音や銃声、悲鳴が聞こえてきた。雪乃は眠ることも出来ずそれらの音に敏感に反応しては身を震わせている。だからといってトウヤに彼女を気遣う余裕などなかった。どこから敵が来ても対応できるように気を張り、攻撃をシミュレートする。サバイバルゲームに格闘術、そして剣さばきに至るまで何度も何度も頭の中で反芻してみせた。勝つイメージを抱き、それを実行する、ただそれだけを念頭に。そうしておそらく真夜中と思しき時間、その時は来た。だが、シミュレーションにはない靴音がトウヤのイメージを崩していく。何故ならば、近づく人影は3つだからだ。舌打ちをしつつどうするかを思案するが、今はこれをやり過ごすしかない。一度に3人を倒せるほどの度胸と覚悟はないし、何より生存確率が少ないためだ。奇襲をかけて銃を乱射しても致命傷にならなければ反撃される。自分はどうにかなっても雪乃が殺されては身動きが取れなくなるし、その雪乃はおそらくここから動けないだろう。そんな雪乃は溝になった地面に寝ころぶようにしつつ両手で口を押えながらガタガタと震えている状態にあった。戦うことなど不可能で、逃げることすら出来ない極限の精神状態にあった。


「さて、と」

「いるのか?」

「いたら、の話だ」


3人がそう会話をする中、トウヤは懸命に気配を消しにかかった。


「いたら出てこい」


1人がそう声を出し、暗視ゴーグルの付いたガスマスクのような物をはぎ取った。


「相手をしてやるぞ」


ゴトンとそれを地面に落としながらそう言う男の両脇では残りの2人が小さく笑っている。ここに気配がある、それがわかっているからこその言葉であり、残り4組になったという余裕から来る言葉でもあった。あとたった8人を殺せば仕事は終わる。しかも今回は疲れもないのだから。


「どうする?」


自問自答をする。3人をまとめて殺せるチャンスだ。咲夜の無念を晴らす、そのためにここにいるのだから。


「動かずにここにいろ」


耳に口を近づけてかすかにそう言い、真横に位置する男に銃を向けた。ヘルメットのないそのむき出しのこめかみを撃ち抜き、瞬時に場所を移動しながらマシンガンを乱射、そう頭の中で描いた直後だった。


「甘いな、坊主!」


男が一気に駆け寄って来る。あわてたせいか引き金を引く指がぶれ、弾は当たらない上に男は岩を避けようと不規則な動きを見せつつトウヤに肉薄した。ここにいてはまず雪乃が狙われる。仕方がなく移動するが、そこにもう1人が回り込んだ。


「おっと」


さらに3人目も背後を取る。トウヤを中心に三角を描くように対峙した鬼たちを前に嫌な汗しか流れないトウヤだが、その口元には笑みが浮かんでいる。復讐する、それが出来る歓喜が恐怖を超えているのだ。


「なるほど」


マスクのない男がじっとトウヤを見てそう呟いた。その意味がわからないが、トウヤは何も言わない。月明かりに照らされた男は短髪であり、額に大きな傷があった。鋭い目が印象的であり、殺気もまた巨大だ。


「どうする?俺とやりあうか?」

「そうしないと帰れない」

「帰る気などなさそうだが?」

「あんたらを殺せるなら、ね」

「そうか」


トウヤの言葉に納得した様子を見せた男は武器を収納できるベストを脱いで少し遠くに投げた。その意図がわからず、トウヤもここで表情を曇らせる。男はナイフだけを持ち、それをトウヤへと向けた。


「なら、サシで勝負といこうじゃないか」

「へぇ、気前がいいな」

「俺を倒せば残る2人のどちらかと戦う。お前は3人抜きをしないと勝てないハンデ戦だがね」

「はなっからハンデだらけじゃねぇかよ」


鼻で笑うトウヤに向かって、確かに、とつぶやき、男は肩をすくめてみせた。


「俺の名は剣崎、剣崎斗真けんざきとうま。元傭兵で、このゲームには5年前から参加している古参だよ」


何故自己紹介をするのかわからないが、だからこそトウヤは頷いた。


「5年前、か・・・・生還者によって鬼が全滅した後からってわけか」

「そうだ。が、それを知っているってことは、お前が復讐者か?」

「知ってたのか」

「情報だけだ。お前だとは知らなかったさ。興味もないし、な」


本当に興味がないのだろう、剣崎は素っ気なくそう言った。


「なら、松島咲夜を殺したのもお前か?」


トウヤの目が鋭くなる。剣崎にしても他の鬼たちにしても、今回の羊の中に復讐者がいるとしか聞いていない。わざわざ嗅ぎまわった揚句に復讐という名の自殺をしに来たバカに興味などないのだ。それにそんな覚悟で生き残れるほどここは甘くはない。


「そうかもしれないし、違うかもしれない」

「惑わす作戦か?」


そう言った瞬間、他の2人がマスクの下で大笑いをする。剣崎にしても手を口に当てながら喉を鳴らして笑っていた。


「何がおかしい?」


怒気を含んだ声を聞いても笑みは消えなかった。


「いちいち惑わす必要もないし、殺した人間の名前も覚えちゃいない。誰が誰かなんて知らないし、興味すらない。お前らは逃げ惑う羊、俺たちはそれを狩る狼なんだから」


心底バカにした言葉に奥歯が砕けるかと思うほど強く噛みしめる。こいつらにとって自分や咲夜は狩りの対象でしかない。ただ追い、殺すだけの存在なのだと理解した。だから怒りが全身を駆け抜けたのだ。勝手に拉致し、勝手にゲームに参加させ、勝手に殺す。そんなことが許されていいはずがない。


「ちょうど退屈してたんだ・・・お前が俺を殺せたら2時間やろう。また逃げて次のチャンスを待て」

「ここで一気にけりをつけるさ」

「そうか、なら、ここで死ね」


ナイフを構える剣崎は少し前傾の姿勢を取った。対するトウヤは銃を構える。ズシリとした重みを両手に感じつつ安全装置を解除した。弾は7発、剣崎を殺すには十分だ。


「咲夜の仇を討つ」

「やってみろ」


月に照らされた2人が互いに一歩前に踏み出す。殺気が溢れる中、剣崎の口元から笑みが消えたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ