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死の島の鬼ごっこ  作者: 夏みかん
第二部 REVENGE
13/18

愛情の定理

結局、何の助言ももらえず、島に関する簡単な情報だけを得て帰路に着く羽目になった。生き残るために必要なことはわからず、ただ男女がペアになり、制限下で逃げるということが新たに得た情報だ。


「何もせず助けてもらっただけの女が、偉そうに」


吐き捨てるようにそう言うが、心の中に重いものが残っている。晴子を無傷で生還させるためにエイジは瀕死の状態になった、その事実。自分は本当に復讐を遂げられるのだろうか、不安もまた大きくなっていた。ペアが足を引っ張れば鬼を殺すどころではない。エイジのやってのけたことがどんなに凄いことかを理解しつつも、怒りがそれを拒絶させていた。大股で早足だったせいか、思いのほか早くバイクの前まで来られたトウヤは再度マンションの方へと顔を巡らせ、それからため息をついた。エイジに会えば何かが得られる、そういう気持ちが大きいからだ。


「小暮トウヤさんですか?」


不意に右隣から声をかけられ、トウヤがそちらを向けば初老の男が汗を拭きながら自分を見上げている。


「はぁ・・・そちらは・・・・」


言葉が、意識がそこで途切れた。痛みを感じることもなく気絶してしまったのだ。バイクに寄りかかるトウヤをいつの間にそこにいたのか、簡素な服の男が支える。人通りもあまりないため、その異様さに誰も気づかない。老人が頷くと男はトウヤを支えるようにしてすぐ目の前に停めている車へと運んだ。あたかも熱中症でフラフラの友達を介抱するかのようにして。そうして男とトウヤが車に乗り込み、残った老人が携帯電話でどこかへ電話をかける中、車は行ってしまった。


「完了しました」


簡潔にそうとだけ言い、老人は電話を切ると雑踏の中に消えていったのだった。



すぐ階下がエイジと晴子の家のせいか、桜子はそこにいた。タケルは調べ物があると言って書斎にこもり、時間もあるのでそうしたのだ。


「さっきはごめんなさい・・・やっぱ、あの件になると感情的になるもんで」


本当に申し訳なさそうにそう言う晴子が紅茶を差し出す。冷たい飲み物が苦手な桜子のために熱いレモンティーを入れたのだ。自分はアイスコーヒーを入れてテーブルを挟んだ向かい側に腰掛けた。


「私ですらそうだもの・・・当事者の晴子さんがそうなってもおかしくない」

「はぁ、ダメダメ!ああいう部分は直したい」

「エイジ君に嫌われるから?」


悪戯な笑みを浮かべる桜子にため息をついて返すが、図星なだけに何も言い返せない。晴子にとってエイジは恋人であり、恩人であり、そして無くてはならない大切な人だった。エイジにとっては共に地獄を見たパートナーであり、恋人にすぎないだろう。だが、自分は違う。たとえ恋人関係を解消してもエイジのために尽くしたいと思う存在だった。それほどの恩を受けたと自覚している。


「でも、彼、嗅ぎまわっていることは知られているだろうから・・・」

「自業自得、でも、後味悪いよねぇ」


あのゲームに関わっている人間は大きな権力を保持している連中ばかりだろう。だからこそ島のことは一切報じられず、誰も何も取材しない。いや、させないでいるのだ。現にタケルやエイジがどんなに動いても効果がないのだから。大学2年の際にタケルの方から接触してきて知り合い、今はタケルが1億を元手に儲けた金で建てたこのマンションに格安で住まわせてもらっている。エイジは出版社に就職し、晴子は銀行務めだ。一応、2人の間では来年ぐらいに結婚したいと考えていた。


「復讐だかなんだか知らないけど、本当にあいつの彼女は島で?」

「そうみたい。他の犠牲者と同じみたいだし」

「そっか・・・なら、もうダメかもしれないね」


ため息しか出ない。あの島に行ったからこそわかる。あそこへ行って生きて帰ってくることの難しさ、困難さは誰よりも理解出来ている。現にあれから5年半経つものの、4組目の生存者は出ていないようだ。タケルはお金を駆使してそういったネットワークを構築し、反組織を掲げようと努力している。かつて運営に関わった者と接触をしたこともあるが、直後にその人物は謎の死を遂げた。島からの生還者には手出しをしない、その掟に乗っ取って。だが、調べれば調べるほど相手の組織の巨大さに舌を巻くしかない、そんな状況だった。


「エイジ君がいたら、少しはましだったかな?」


桜子の声が暗くなる。


「同じでしょ。エイジなら殴ってたかも。甘えんなー!ってね」

「目に浮かぶ」


そう言って笑いあった。知り合って2年ほど、晴子と桜子は親友になっている。年上の桜子だが、姉という感じはしない。だからタメ口で話をしているのだ。


「ところで、桜子さんたちは結婚しないの?」


唐突にそう言われ、桜子は少し動揺した感じでカップを置いた。それを見た晴子の口元に嫌な笑みが浮かぶ。


「私は・・・・・私たちはそんな関係じゃないから」

「タケルさんは桜子さんに負い目があるけど、でも愛情は感じるよ」

「・・・・でも、私は彼を罵ったんだし、和解したとはいえ、それでも・・・」

「桜子さんの気持ちはタケルさんにも伝わってる。だから、あとは言葉にすればいいだけなのに」

「まぁ、うん、考えておくね」


こりゃ動きそうにないなと思う晴子はおせっかいながら2人をひっつけようと策を練る。ポーカーフェイスは苦手だが、平静を装いながらアイスコーヒーを口にした。


「エイジ君みたいだったら、よかったのにね」


その桜子の言葉にストローから口を離した晴子が小首を傾げた。言葉の意味がわからないのだ。


「彼がエイジ君みたいだったら、そしたら、私も・・・」

「エイジみたいって?」


晴子がますますわからないといった顔をして見せ、桜子は苦笑を浮かべつつスプーンで紅茶をゆっくりとかき混ぜる。


「エイジ君は晴子さんをすごく大切に想ってる。同じ地獄を見た人だから、それ以上の感情がそこにある。でも、タケルさんは違う。妹を守れなかった後悔から私に償おうとしてる」

「守れた方が奇跡なんだけどね・・・現にエイジは死ぬ気だった。私を救うために、あいつは捨て身の攻撃に出た結果、生き残っただけ・・・あの島で生きて帰ることの難しさは、無事だったからこそよくわかる」


エイジ以外の男がパートナーだったなら、自分は五体満足どころか精神に異常をきたしていただろう。それは断言できる。常に晴子に気を配り、自分を犠牲にしてまで守ろうとしてくれたからこそ今の自分がいると思っていた。一生掛かっても返せないほどの恩。だから晴子はエイジの傍にいる。彼を愛し、支えることでその恩を返すために。


「タケルさんも心と体に傷を負った。生き残るためにペアの女性を助けようとしたでしょう。自分が生き残るために必要だし、そうしたいと思ったはず」


そうでなければ生還など不可能だ。生き残った晴子の言葉は重く、桜子は黙り込んでカップの中の紅茶へと視線を落とす。妹とともに戻ったタケルは同じ病院に入院した。島でのことを話したタケルを見て精神を病んでいると決め付け、既に精神を破壊されていた妹を見た桜子はその原因がタケルにあると言い張った。タケルは反論せずただ黙っていたのが印象的だ。彼もまた大怪我を負っていたのに。やがて妹が自殺し、タケルへ復讐すべく包丁を持ってタケルの病室へ行った。逆恨みでしかない。だが、そうせざるを得ない心理状態でもあった。妹とは本当に仲が良く、だからこそあんな無残な姿になった妹を見ていられなかったのだ。包丁を突きつけても何も言わず、タケルは泣いていた。そして震える手でタケルの心臓に切っ先を向けた時だった。


「あなたが罪を背負うことは無い。私もまた命を絶ちます」


泣きながらそう言い、タケルは失った手足をもぞもぞさせてベッドから転がり落ちた。前に進もうとするが上手くいかず、ただその場でもぞもぞと動くことしかできない自分が歯がゆい。


「自殺することもできないのか・・・・俺は・・・・」


床を這いながら泣くタケルに覆いかぶさり、わんわん泣いたのは桜子だった。憎しみの方向を間違った、それに気づきながらもそれを演じ続けた。退院したタケルを監視すると言って無理矢理上がりこんで今に至っている。当初はタケルの自殺を阻止するためだったが、今では島でのことを少しでも世間に公表するために活動する同志として協力するためだ。やがてそれは愛情に変わったが、タケルからはそれを感じない。いや、感じない振りをしていたのかもしれない。


「素直になるのって、難しいわね」


桜子の言葉に首を横に振る晴子。


「そうでもないよ」

「晴子さんが羨ましい」


そう言って笑いあう。当事者の晴子が素直に愛情を表現し、そうでない自分が素直になれない。それが可笑しくて2人は笑いあったのだった。

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