表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死の島の鬼ごっこ  作者: 夏みかん
第二部 REVENGE
12/18

復讐するは我にあり

今日もバイクで風を切る。制限速度を遥かに越えたスピードは一歩間違えば死に誘うほどだ。それでもそのスピードを維持し、男は急カーブを曲がった。死ぬつもりなどない。そう、まだ死ねない。恋人の突然の訃報から半年足らず、まだそれを受け入れることができなかった。下校途中で突然消息を断った恋人が無残な姿で戻ってきたのは失踪から3日後のことだった。警察は事故死とし、捜査もあっさりと終了していた。だが、額の傷は明らかに人為的なものだったはずだ。だから小暮こぐれトウヤはその不可解な事故死に納得せずに警察に詰め寄ったが、結局、何も変わらずに今に至っている。付き合って2年になる恋人を失った虚無感よりも納得のいかない憤りの方が大きいせいか、トウヤは親の反対を押し切って高校を中退し、恋人だった松島咲夜の死の真相を追い求めていたのだった。失踪していた3日間に何があったのか、そこが鍵となる。18歳の自分が調べられる手立てはインターネットしかなく、それでも有益な情報はいくつか得られていた。ここ数年、同じような事件が起こっていたからだ。そしてその全てに共通する言葉がある。それが『死の鬼ごっこ』である。拉致された十代の男女が謎の島に連れてこられ、賞金を掛けて鬼ごっこをするというものだ。3日間生き残れば大金を手にできるが、鬼に捕まると死が待っているらしい。今や都市伝説となったその鬼ごっこに何かを感じたトウヤが調査を開始して4ヶ月、ようやく手掛かりを掴んでいた。咲夜の一家は夜逃げ同然に引越し、今ではもうどこにいるのかも分からない。ただ、地元に残した咲夜の墓があるせいか、トウヤにとってはそんなことはどうでもよかった。何を聞いても知らないと言い、娘の死の真相を知ろうともしなかった連中に興味などないのだ。いや、今思えばおそらく真相を何者からか聞かされ、そして口をつぐんで逃げたのだと思える。トウヤはバイクのスピードを落とし、信号で停止する。真夏の暑さの中でもスーツを着込んでいるせいか、その下は汗でまみれていた。目的地、いや、待ち合わせ場所はもうすぐそこである。ようやく掴んだ死の鬼ごっこの内容、それを思い出して怒りの表情になる。嘘か真か、ランダムで人を拉致し、強制的に島に送り込んでゲームを強要するなどありえない。人権の無視などでは済まされない内容に表情はますます険しくなった。ネットの書き込みの信憑性は低いものの、何故かその内容は吟味され、肯定されている。トウヤは島から生還した何者かがそれを書き込み、扇動しているかもしれないと信じて今日まで動いてきた。あらゆる努力と行動を惜しまず、ただ咲夜の死の真相を追った結果、今日、島から生還したという人物に会うことになっていた。信号が青に変化し、トウヤはバイクを加速させた。その人物が本物であれ偽者であれ、話を聞く価値があるはずだ。そして本物なら、どうやって生還できたかを聞けば今後の知識となって役に立つだろう。島へ行き、咲夜の仇を討つための役に。



指定された場所に立つこと20分。約束の時間となった。緊張はさほどないが、周囲への警戒は怠らない。この半年で体を鍛え、サバイバルの知識も得た。銃や刀剣の扱いも勉強し、護身術も習ったほどだ。復讐、ただそのためにそうしてきた。何故かはわからないが、トウヤには自信があったのだ。咲夜は島へ連れて来られ、そして殺されたのだと。勘なのか、死んだ咲夜の意識のせいか、トウヤは島へ行って咲夜を殺した者を殺すことしか頭になかった。


「小暮トウヤさん?」


警戒も忘れて復讐を考えていたトウヤはハッとし、すぐに声のした方を振り向いた。そこに立っていたのは黄色いワンピース姿の女性だ。ショートカットに切り揃えられたかなりの美女がそこにいる。トウヤはそんな美女にさえ警戒を露にしつつ頷くと、いつでも戦えるように神経を張り巡らせた。


「お待たせして申し訳ありません。では案内しますね」


自分の警戒心など感じないのか、美女はにこやかにそう言うと歩き出す。トウヤは警戒を一層強めつつ女性に並んで歩き出した。Tシャツの下にはナイフも仕込んである。周囲にも気を配り、女性を横目で見やった。鼻立ちもすらっとした本当に美人だ。胸は控えめだが、それでもスタイルはいいと思う。


「今日も暑いですね?お車で?」

「バイクです」

「あら、バイクじゃ暑かったでしょうに」


見た目同様清楚な口調だが警戒を解くことはない。


「慣れてますから」

「そうですか」


そっけないトウヤに笑顔を見せ、女性は目の前にある高級そうな高層マンションのエントランスへと入っていった。トウヤは20階を越えるだろうそのマンションを見上げてから女性の後に続く。相手の名前も知らないが、名乗らないところをみるといろいろと考えられる選択肢は増えていく。罠か、それとも島に関わる者だからか。それとも島に関わる者たちと敵対しているからか。そもそもネットを通じて知り合い、そしてその熱意に感動して会いたいと言ってきたのは相手の方だ。この女性がその相手なのか、それともこのマンションで待つ何者かがそれか。トウヤは警戒心を一層強めつつ女性の後に続いて広いエントランスへと入り、エレベーターの前に立った。


「ここのセキュリティーは万全です。それに、連中は彼に手出しが出来ない立場にあります」


さっきとは少し雰囲気の違った空気を出しつつ女性がそう口にする。


「連中?」

「島の運営に関わり、そしてゲームをして遊んでいる者たち」


少し目を細め、女性はトウヤを横目で見やった。妖艶というよりは威圧感を放っている。トウヤは唾を飲み込み、いつでも腰のナイフを抜けるように臨戦態勢を整えた。ただ、罠でも何かしらの情報を得たいという欲求はどんどん大きくなっている。やがてエレベーターが到着し、2人はそこに乗り込んだ。女性は22階のボタンを押す。最上階は24階のようだ。


「ここでの会話は全て盗聴されているでしょうが問題ありません、私たちは・・・ですが」

「と言うと?」


エレベーターは外が見えるようガラス張りだが、左右の壁はそうではない。だからトウヤは扉近くの右側の壁に背を向けるようにして立った。


「おそらく、あなたは近いうちに島に導かれます・・・確実に」

「願ったり叶ったりだよ」

「あの島での生存率は一桁すら切っていますがね」

「低いけど、それでも何人かは生還してんだろ?あんたも、じゃないのか?」

「私は当事者ではありません。今からあなたが会う人がその生還者です」

「へっ」


鼻で笑うトウヤを見ず、女性は外の景色へと目をやった。高層ビルが多いとはいえ、そこから見える景色は素晴らしいものがあった。夜景ならば感動したかもしれない。そう、半年前の自分であれば。もう感動とかそういう感情は失っている。咲夜を失った時に、同時に。思い浮かべるのは額に傷のある咲夜の顔。白く、生気を完全に失った死人の顔だ。


「到着です」


その声と同時にエレベーターがゆっくりと停止して扉が開く。促されるままに外に出たトウヤは目の前の光景に言葉を失った。扉を出てすぐのところに駅の改札のようなものが2つあり、その奥にやや広めの円形のホールが存在していた。その向こうにドアがあるのだが、ドアの前には門がある。どれだけ厳重なんだと思うトウヤを尻目に女性はパスを取り出して改札機のような物にあてがった。するとピッという機械音が響き、改札をふさいでいた遮断機が開く。女性がそこを通り、トウヤもまたそこをくぐった。今度は別のパスを門の右脇にある機械に当てると門が開いていく。


「どうぞ」


女性にそう言われて門をくぐると、門は勝手に閉まっていった。


「このマンションって、みんなこうなのか?」


さすがに驚いたトウヤに薄く微笑んだ女性が首を横に振る。


「この階だけです。この階はオーナーの専用階、つまり22階はオーナーの家のみとなってますので」


これだけのセキュリティーを持つオーナーこそが今から会う島の生還者なのだろう。島で生き残れば大金を手にできるというのは本当らしい、そう思うトウヤがドアの前に立つと、女性はまた違うキーカードを取り出してドアの横にある機械にそれを通した。赤いLEDが青く輝き、女性がドアを引く。音もなくドアが開かれると女性はトウヤに入るよう促した。大理石を敷き詰め、まるで高級ホテルのVIPルームのような立派な玄関がそこにある。広いなどというものではないその玄関に圧倒されつつ靴を脱ぎ、用意されていたスリッパを履いた。そうして女性に誘導され、まるで迷路のような通路を進んで行く。多くの部屋を無視して奥に進めば、扉もない広い空間へと出た。天井から床までのガラス張りのそこはリビングのようだが、まるでホールのように広い、いや、広すぎる。その広いリビングの奥にソファがあり、豪華なテーブルや大きな壁掛けテレビなどの家具が並んでいた。トウヤが立つ入り口付近には質素なほどなにもない。その対比に少し笑みが漏れた。広さの意味を知ったほうがいい、そう思えたからだ。半分ほどしか使わないのなら2部屋に分ければいいのにと、そう思う。


「どうぞ」


女性が先導し、リビングの奥へと向かうがそこに誰もいなかった。そのままソファに座るよう言われたトウヤは腰のナイフの位置を少しずらしてから腰掛ける。警戒は常に怠らないようにしていた。女性はリビングの右奥にある冷蔵庫に向かうと冷えた飲み物を準備し、洋菓子をテーブルに置く。そうして少々お待ち下さいと声をかけると左にある扉の向こうに消えた。相手が何者なのか分からない状態で目の前の飲食物に手をつけるわけにはいかない。トウヤは周囲を窺いつつ部屋のドアの場所を確認し、いつでも逃げられる準備を怠らなかった。窓から見える景色は素晴らしいが、言い換えればどこからでも自分を狙えるということになる。その点も警戒しているとドアが開いた。そこから姿を現したのは車椅子に乗った男だ。左腕は義手のようで、そして右足も同様のようだ。隠す気が無いのか、それとも自宅だからか、むき出しの機械的な義手義足をそのままにやって来た男はにこやかな笑みを浮かべると車椅子を押す先ほどの女性に指示して窓全部にカーテンを掛けさせた。真夏の昼間とはいえ、カーテンをされた部屋は薄暗い。電気が灯るものの、人工的な光とカーテンを透過する光のせいか、妙な明るさが部屋に保たれていた。


「待たせて申し訳ない・・・いろいろ準備もあったもので」


男が車椅子から立ち上がり、トウヤもまた立ち上がった。差し出された右手を握って握手をしてから2人が腰掛ける。女性は男の分の飲み物を用意し、男の後ろに控えるようにして立った。


「初めまして小暮トウヤ君。私は秋雅あきまさタケル・・・あの島で生還した2組目のうち、男の方です」

「どうも・・・で、早速ですが、島に関することをお聞かせ願えますか?」

「その前にもう一度確認を取りたい。君は島で恋人を亡くした復讐のためにいろいろ嗅ぎまわっている、と?」

「はい。島を知り、島へ行って咲夜を殺したヤツを殺したい、それだけです」


トウヤの目に宿るどす黒い輝きを見たせいか、タケルはため息をついて飲み物を口にした。


桜子さくらこ、下がってくれていいよ」

「はい」


そう言われた女性、桜子はトウヤに礼をしてからリビングを後にした。そんな桜子の姿を見つめていたトウヤを見やったタケルが少しだけ口元を緩める。


「彼女は榊原桜子さかきばらさくらこ。私の世話をしてくれている人だ」

「恋人、ですか?」

「いや・・・私を監視している側の人間、だったからね・・・ただ、ま、パートナーという点ではそれに近いかもしれない」

「監視?」


意味がわからず、トウヤが怪訝な顔をしてみせる。それももっともだという表情を浮かべたタケルが微笑み、トウヤに飲み物を促した。


「彼女の妹と私は島でパートナーだった・・・だから、彼女は私を恨み、監視していたんだよ」

「意味がわかりません」

「そうだね・・・彼女の妹は死んだんだ。6年前、島から生還した半年後に・・・まだ16歳だった」

「生還したのに?」


トウヤの言葉に苦笑し、それから一息おいてタケルは島でのことを語り始めた。下校途中に立ち寄ったゲームセンターのトイレで何者かに拉致されたタケルは気がつくと広い空間にいたという。そこには似た年頃の男女40人20組がいた。そして突然モニターが点き、ピエロの面を被った男が現れてルールを説明したのだ。島で3日間、鬼から逃げ延びれば1億円を与えようと。だが掴まったら死が待っているとも告げた。男女がパートナーになり、特殊なブレスレットのせいで男女が20メートル以上離れればそれが爆発して死ぬとも言われた。そしてペアで5つの武器を選ばされて島へと放り出されたのだ。鬼の数は3人。殺しのプロであり、武器も携帯した恐ろしい相手だった。タケルがペアになったらんをつれて逃げ惑い、地形を利用してどうにか3日間をやり過ごすことに成功していた。切り立った山の崖に身を潜めて残り時間を待ったのだが、鬼の1人に見つかって追いつめられた。残り時間は数分だったが、極限の状況のせいか蘭の精神はその時既に壊れかかっていたそうだ。多くの死体を見、死の恐怖に取り憑かれた結果だった。常人でも耐え切れないその極限の状況下の中、2人は鬼に襲われた。残り時間もわずかな中でさらなる絶望を与えるためか、鬼はタケルの右足を銃で何発も撃ち、左腕を切り取った。蘭もまた右手の指をそがれ、さらに全身を薄く切り刻まれたのだという。この時、蘭の精神は完全に壊れた。それでも蘭を救おうとしたタケルが欄の腕を掴んだとき、足場の悪さから崖を転がり落ちたのだった。それが幸いし、鬼が追ってくるまでの間にタイムオーバーとなって生還したのだ。だがタケルは1億と引き換えに左腕と右足を失い、頭部にもダメージを受けて視力も落ちてしまった。蘭は精神を破壊され、生還後に精神病院へ入院するも、職員の隙をついて逃亡し、屋上のフェンスを乗り越えて投身自殺したのだった。そのあまりに凄まじい話を聞き、トウヤは身を固まらせた。16歳の少女の精神を破壊するほどの3日間など想像もできない。


「桜子は精神が無事だった私を恨み、何度か殺しに来たほどだ。家族の精神すら破壊するあのゲームの主催者を私は許せない。だが本の出版も不可能、講演会なども出来ない。先に阻止されるんだ」

「阻止・・・」

「よほどの力をもった組織なんだろう。いや、実際にそういう組織らしい」


全てが事前に阻止された。ネットでの公表もただの噂話、都市伝説、そんな風に置き換えられている。それに監視こそされていないものの、盗聴などは当然のようにされていた。機器の捜索をすれば部屋にこそないものの、それこそ周囲の至るところから電波らしいものが出ているらしかった。


「いろいろあったが桜子は私を許し、今では世話を焼いてくれている。それでも、私が彼女の妹を守りきれなかったことは許せないのかもしれない」

「守る?でも、ペアにも武器が与えられるんでしょう?」

「君は銃を撃てるか?剣で人を刺せるか?実際、それを手にして殺しに来た相手に同じことができるかい?」

「・・・・・できます」

「君に出来ても君のパートナーには出来ないよ。高校生の女の子にそれが出来るはずもない」


復讐の鬼である自分には可能だ。むしろそうしたいのだから。だが、パートナーはそうではない。


「そういうことだ。そこらじゅうにある死体。追ってくる鬼。離れれば爆発するという恐怖。出来るのはただ逃げることだけだよ」

「反撃して、仲間を揃えて鬼に立ち向かえばいいじゃないか!」

「極限状態の中、逃げればいいという思考しか働かない状態の中でそれは無理だ。広い島だから逃げればいい、そういう思考がまず前に出る。徒党を組んで戦えばいいなんて考えは島を出てから気づくものだ」

「それでも俺は復讐のために戦う」

「君1人ならそれか可能かもしれない。だが、パートナーがいる中でそれは不可能だ」

「何故?」

「パートナーが殺された場合、その死体から20メートル離れることは出来ない。そんな制約の中で君はどう戦う?」


タケルの強い言葉にトウヤは黙り込んだ。ペアになる、しかもブレスレットによる制約は今初めて聞いたことだからだ。男女が入り乱れて逃げるというゲームだと思っていただけに、タケルは考え込むようにして黙るしかなかった。


「逃げることが重要だ、そう思わせてくる運営側の心理操作は半端じゃないよ」

「あなたたち以外の生還者も、皆そうやって?」

「最初の生還者は私たちの生還の1年前らしい・・・男は下半身付随になった上で片目を失明し、その後、島でのトラウマに苦しんで自殺している。パートナーの女性は精神崩壊で今でも入院中だ」


生き残ってもそんな状態にさせるゲームの内容に絶句する。少し甘い考えだったかと思うトウヤを見たタケルがアイスコーヒーを一口飲んでから言葉を再開させた。


「だが、5年前、最後に生還したペアは今も普通に生活している」


曇った表情のままタケルに顔を向けるトウヤ。目の前にいる生還者のタケルですら大怪我を負い、残る3人は精神を壊している。なのに生還後も普通に暮らしているとはどういうことなのか。


「男の方は大怪我を負ったものの五体満足。女性に至っては、奇跡というしかない・・・無傷だ」

「無傷?」

「かすり傷一つ無かったそうだ。男は全身傷だらけだけどね。しかも驚いたことに、その男は追っ手の鬼を3人、全て倒している」

「その2人を知っていますか?どこにいるのかわかりますか?」


希望の光が見えた気がした。女性を無傷で生還させながら敵3人を全て倒した男がいる。それが可能であれば自分の復讐も達成できるはずだ。自分は死んでもいい、復讐さえ遂げられるならば。


「会っても君には参考にならないよ。彼と君では考え方に違いが大きすぎる」

「その人に会ったことがあるんですね?」

「ある・・・だが、彼はともかく、パートナーだった彼女が君との接触を拒むだろうが」

「何故?」

「君の意思に賛同できないからだ」


きっぱりとそう言いきるタケルの意図がわからない。何故、殺された彼女の復讐を願う自分に賛同できないのか、同じような体験をしたのであれば同情的になってもいいはずだと思う。そんな憤りを感じるトウヤを見たタケルはため息をつくと桜子を呼んだ。


「すまないが晴子はるこさんを呼んで欲しい」

「いいの?」

「今の彼をエイジ君に会わせるわけにはいかないからね」

「・・・・わかりました」


そう言い、桜子は少しトウヤを睨むようにして部屋を出て行った。


「晴子にエイジ?」

「彼らはすぐ近所に住んでいる。結婚はしていないがね、同棲中だ」

「何故、俺にエイジって人に会わせてくれないわけ?」

「多分、エイジ君が君を許さないからだ」

「どうして?」

「彼は彼女を守るためだけ、無傷で生還させるために戦った。君の考えとは正反対だ」

「それは個人の自由でしょ?」

「君にはわからないだろうが、あの島でパートナーを心身ともに無傷で生還させ、鬼を3人殺す。それがどんなに難しくてどんなに大変なことか・・・だから、エイジ君は君を許さない」

「何様だよ」


吐き捨てるようにそう言ったトウヤにため息をつき、タケルは立ち上がるとぎこちない動きで窓のカーテンを開けた。眩しい光に手をかざしつつトウヤがそっちを見やるが、タケルは窓の方を向いたままだった。


「せめてこれ以上被害者が出ないようにと活動しているが、無駄なんだよ・・・私やエイジ君がどんなに動いても、敵は強大だ。そんな組織でも、彼らはエイジ君だけを恐れている。彼の行動を監視し、邪魔をしても、決して彼に危害は加えない。何故だかわかるかい?」


タケルはトウヤへと向き直り、冷たい視線を浴びせた。思わずひるんだトウヤだが、睨み返す度量は備えている。それが度量かどうかはわからないが。


「彼は鬼を3人倒した。たった1人でね。つまり、彼は英雄なんだ。主催者は生き残る人間を賭けの対象としているらしい。そんな中、たった1人でパートナーを無傷で生還させ、鬼を全滅させた伝説の英雄を崇拝する主催者もいるってことだ。だから彼は活動を止めない。世の中に全てを知らしめるために今でも戦ってるんだ」

「なら、俺が伝説を引き継いでやるよ」

「無理ね」


そこで不意に女性の声がした。あわてて振り向けば、桜子ではない女性がそこにいた。彼女が晴子なのだろうか。しかし近くに住んでいるとはいえ、いくらなんでも早すぎると思う。まるで近隣の階か、別の部屋にいたかのようなタイミングである。セミロングの髪は茶色いが、顔立ちがはっきりしていて美人系だ。いや、美人だと思う。桜子が可愛い系だけにモデルのような印象を受けた。


「島のこと、いろいろ調べてるっての、この子?」


晴子は嫌そうな顔をしつつ桜子に顔を向け、トウヤを指差した。その口調と態度にカチンとくるトウヤが一歩前に出た。


「なんだよその言い方は」

「悪かったわね、こういう話し方でさぁ!」


腕組みして晴子も前に出る。やれやれといった顔をするタケルを見て桜子も苦笑した。


「晴子さん、落ち着いて・・・・彼が島のことを調べている経緯は昨日話した通りです。だからこそ、私は彼をあきらめさせたかったのですがね」

「ほっといて行かせてあげればいいじゃない?っても、近いうちに行くことになるんだろうけど」


鼻で笑うようにそう言う晴子に詰め寄ったトウヤが間近で睨みつける。晴子も負けじとにらみ返し、部屋の空気はますますピリピリしたものになっていった。


「偉そうなことほざいてるけど、あんたはエイジって人に守られてただけだろ?」


嫌な笑みを浮かべるトウヤを見る睨んだ目はそのままだ。図星だが、だからといって何も感じなかった。


「あんたじゃ誰も守れないでしょうけど」

「守るさ、3人の鬼を殺して」

「無理」

「あんたの彼氏はやったんだろ?なら俺にも出来る」

「エイジには知識と経験があった。それでも死に掛けた・・・・・頭でっかちのあんたにゃ、無理なのっ!」

「いいから彼氏に会わせろ!」

「残念だけど、彼は今、九州ですので」

「役立たないヤツだ」


その瞬間、晴子の右手がトウヤの左頬を打った。睨む晴子の目に怒りが宿っていた。それは男のトウヤですらひるむほどの怒り。恩人である彼氏を罵倒された、その怒りにトウヤは押されてしまったのだ。


「あいつの悪口は許さない!たとえ誰であろうとも、絶対に!」


強い意思がそこにある。絶対に許さないという信念がそこにあった。思わずたじろいでしまったトウヤだが、それでもまだ晴子を睨んでいるのは男のプライドのせいかもしれない。


「悪いけど、帰るね・・・・桜子さん、また後で連絡下さい」


桜子とタケルにそう言い、晴子はトウヤに背を向けるとドアに向かった。


「エイジは生きるために、私を帰すためにボロボロになりながらも人を3人殺した。そんな覚悟の無いあんたは生き残れない。自分の命を捨てようとしてまでそうしてくれた恩を返すのが私の生きる目的。だから、私はあんたを許さないし助言もしない」


晴子はトウヤを睨み、それから部屋を出て行った。残されたトウヤはギュッと強く拳を握り、晴子の消えたドアを睨みつけることしか出来ないのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ