地獄へようこそ
謎の島で行われる死の鬼ごっこ。
これまでとは違ったシリアスでバイオレンスな物語。
極限状態の男女が選択するのは逃亡か、戦闘か。
楽しんでください。
頭に響く不快な音に意識が急速に覚醒していく。だが、それでもまだ瞼は重く、目は開かない。断続的に脳に響く不快な音はそれでも目を覚まさそうと奮闘し、仕方なく重過ぎる瞼を開いた。冷たい床の感触に触れつつ、のっそりと身を起こして焦点の合ってきた目を遠くに向ける。巨大なモニターと両サイドにあるこれまた巨大なスピーカーが確認できたが、さっきまで映画でも見ていたっけと考えてそれを否定した。自分は帰宅途中だったはずだ。そう、確か学校からの帰宅途中で背後から声を掛けられた。そこまでを思い出し、完全に意識が覚醒して立ち上がった。同じようにしている数十名の男女を見て驚きつつ、肩より少し長い髪を撫でながら水守晴子は今の状況を把握できずにうろたえるのが精一杯だった。どうやらここにいる全員がそうみたいで混乱しているようだ。見た限りすべてが違う制服を着た高校生のようだった。
「おはよう、諸君・・・といっても、朝ではないがね」
突然正面の巨大モニターに映し出されたのは奇妙な仮面をつけた男だ。服装はタキシードを着ているが、仮面はピエロのようである。白い手袋をはめた手を顎にやりつつ、口元だけを露出させた仮面の下の表情がニヤリとした顔つきになるのが分かった。
「まず、今の君たちの状況を説明しましょう」
ざわつく空間内を制するようにそう言い、男は右側へと移動した。正確に言えば画面がスライドしただけだが。すると空いた左側にどこかの島を上空から撮影したらしい映像が表示される。
「君たちは今、この島の中心にある建物にいます。島はまぁ、名もない無人島。虫や動物も一切存在しない、摩訶不思議な島でございます」
おどけるような言い方はピエロだからか。男はそう言い、指を鳴らせば島の中心部がクローズアップされていった。そこには壁で覆われた簡素な建物が存在している。晴子は膝が震えるのを感じながら、ただじっとその画面を見つめることしかできなかった。
「君たちには今からこの島で鬼ごっこをしていただきます」
その言葉を聞いた数人の男子生徒が怒鳴り声を上げた。この状況で抗議をし、悪態をつける彼らを凄いと思う晴子だが、まだ状況を掴めていない大人数の生徒たちが黙ったままなので自分もそうしていた。
「鬼は3人。ですが、殺人のプロ・・・・つまりは兵士なわけです」
男はそう言い、再度指を鳴らす。すると画面に完全武装をしたマスク姿の3人が映し出された。手に持っているのは銃やナイフといった武器だ。悲鳴も出せず震える晴子は気を失いそうになりながらも必死で自分を保とうとする。これは夢かと思うが、今はただ情報を知りたいという気持ちがそれに勝っていて画面から目を離せなかった。
「この3人から3日間逃げきることができれば、1人につき1億円が支給されます。そう、ただ逃げるだけ。戦う必要はありません」
その言葉にどよめきが起こる。3日間、この広い島で3人から逃げれば1億円が手に出来る。色めき立つ明らかに野蛮的な風貌をした男子生徒数名が奇声をあげる中、ふと隣を見た晴子は鋭い目つきで画面を見つめている男子に気づいた。精悍な顔つきはイケメンの部類に入るだろう。だが、その身に纏った空気は人を寄せ付けないものを持っている。
「ただし、相手は兵士、見つかれば命はないでしょうがね」
その言葉を聞いた男子生徒の奇声が止まった。男はそれを満足そうに確認し、それからニヤリと微笑んでみせた。その口元だけの笑顔を見た晴子は背筋が冷たくなるのを感じる。逃げ切れるかもしれないが、見つかれば死ぬ。何故自分がこんなことに巻き込まれているのか理解出来ず、ただ困惑するだけだった。
「しかしながら、こちらも鬼ではありません。あなた方にも武器を差し上げます。身を守るか、戦うかは自由ですよ。でもね、相手は、鬼は殺しのプロです」
そこをやけに強調すると思う晴子だが、戦う気などない。逃げればいいのだから。そう逃げ切れば生きて帰れる、それだけだ。
「けれど、ルールもあります。あなた方は男女20名ずつの40名。そう、逃げるのは男女ペアになってもらいます。皆様、右腕をご覧下さい」
男の言葉に晴子が右手を無造作に挙げれば、そこには腕時計のようなものが装着されていた。青く輝く不思議な石のような物がはめ込まれた単純なブレスレットといったほうがいいか。取れないだの、外れないといった声が上がる中、晴子もまた取ろうとしたが完全に一体構造となったそのブレスレットはどうやって着けたのかもわからないような代物だった。
「それはペアになった相手を認識し、20メートル離れれば爆発するものです。爆発といっても手が吹き飛ぶだけではありません。完全に身体がバラバラになる、そんな強力なものなのです」
そう言い、男が指を鳴らせばまた画面が切り替わった。すると台の上に置かれたブレスレットが表示され、画面の端がカウントダウンを開始する。やがてそれがゼロになると台はおろか周囲もまた砕けるようにしてブレスレットが爆発をした。
「20メートル離れた時点で2人ともこうなりますのでご注意下さい。では早速ペアを決めましょうか」
詳細な情報を開示せず、ただ淡々と進行する男にさまざまな野次が飛ぶが、晴子は震えるだけだった。周囲ではブレスレットを外そうと懸命になっている者もいる中、何故こんなことになっているのか、何故こんなことをしなくてはいけないのかを考える。自分は家に帰る途中だったはずだ。こんなことに巻き込まれることはしていないし、誰かに恨みを買った覚えもない。帰りたい、ただそれだけを考えていた。
「今からブレスレットにランダムで番号を表示させます。同じ番号同士がペアです。コンピューターがランダムで選ぶので、公平にペアを分けています。1番のペアから順番に前に出てください。では、まず1番のペアです」
男が高らかにそう言った瞬間、どこかでピッという電子音が鳴り響く。そして悲鳴と奇声が上がった。見るからに不良のような出で立ちをした金髪の男と、優等生と分かるお下げの女子がその声の主だった。
「さぁ、前へ。あなたたちには2人で5つの武器を選べます。ただし、銃を選んだ場合、予備のマガジンは1つにカウントされます。銃が4つにマガジン1つ、それで5つというわけです。もちろん、銃には弾丸が装備済み」
「なんだ、楽勝で逃げ切れるじゃねぇか」
見た目も危なそうな男はそう言い、前に進み出た。そんな男が、自分のペアが来ないことを見て強引に女の手を引っ張って前に連れ出してくる。女子生徒は膝から崩れるように床に座るが、その顔を見た男の表情がやらしさを湛えた笑みに変化していった。彼女がかなりの美少女だったからだと周囲の人間がわかるほどに。
「では、右側の武器庫へどうぞ。そこで武器を選んでもらいます。制限時間は5分。選んだ後は外へ出てください、遠くへ逃げるのもよし、近くに潜むのもよし。ゲーム開始は全員が外に出てから2時間後です」
仮面の男がそう言い、1番のペアが武器庫へと向かった。正確には男が女を引きずっていく感じだったが。
「さぁ、ではどんどんペアを決めていきましょう!」
仮面の男は両手を上げて高らかにそう言い、困惑する女子をよそに男子たちは盛り上がりを見せるのだった。
*
12番目のペアが武器庫へ移動するのを見やる晴子は残る男子生徒をそっと見やった。残る男子は8人、その中で素朴そうな男子は2人だ。できればその2人のうちのどちらかと組みたいと思う晴子は今のこの状況に流されている自分に気づいていなかった。そう、みんなそうだ。突然こんなところに連れてこられ、生死をかけた鬼ごっこを理不尽にやらされるという事実を受け止めている。いや、そうしないと頭がおかしくなりそうだった。あまりに非現実的すぎるこの状況がそうしているのだと思う。そんな晴子は右手から聞こえた電子音に体をビクつかせ、恐る恐る右手を見やった。青い光の中に浮かぶ白い数字。『13』がそこにあった。あまりに不吉な番号にめまいがする中、隣から男子特有の低い声が聞こえてきた。
「俺が相手だ。よろしく」
ぶっきらぼうにそう言った男はさっき見た美形の生徒だった。さっきから腕組みをしたまま画面を睨んでいたのは知っている。イケメンと一緒ということが少しホッとさせたが、持っている雰囲気があまりに鋭すぎて嫌な感じを受ける。男が歩き出し、仕方なく晴子もそれに習った。前に出た2人はそのまま距離を置いて右側にぽっかり空いた空間へと向かって歩いた。吐き気がする中、前を歩く男子に遅れまいと着いて行くのがやっとの晴子は扉のないドアをくぐる。そこは薄暗い廊下になっており、その突き当たりには黒づくめの人間が2人立っていた。銃を持ち、ガスマスクをした不気味な風貌に思わずヒッと声をあげ、立ち止まる。そんな晴子を振り返った男子だったが、何も言わずに先に歩いていった。置いていかれたくない晴子があわてて後を追う。不安と恐怖だけが心を支配する中、男子は平然とした顔で2人の前に立った。
「入ってから5分で強制退去となる」
そう言ってドアを開けば、中は小さな電球が1つだけの簡素な部屋だ。だが壁一面にある棚には無数の武器が見えていた。男子は晴子を振り返り、無理矢理右手を掴むとその中に入った。その途端に扉は閉じられ、2人きりとなる。怯える晴子を無視して男はぐるっと棚を見やり、それから右の奥にある棚に向かった。そこは刀剣が収められた場所だ。晴子はそんな男子を見つつ近くにあった銃を手に取る。ずしりとした重い感触に怯えながらもそれを持ったまま移動しようとした時だった。
「武器は俺が選ぶ。あんたはそこでじっとじてろ」
鋭く睨む男の言葉に怯えつつ、晴子は首を横に振る。自分の命を守る武器ぐらい自分で選びたい、そう目で訴えるが男はそんな晴子を無視して数十本ある刀剣の中から何本かの日本刀を選び、鞘から抜いては戻すの作業を繰り返した。
「残り3分」
部屋に響き渡る声に焦る晴子は銃を持ったままだ。男は1本の刀を抜き、その刃を確認してから鞘に戻すと脇に挟んだ。それから同じようにして今度は剣を脇に抱える。
「残り1分」
その声にますます焦る晴子の傍に来た男は強引に晴子の手から銃を奪うと棚に戻し、いくつかあるサブマシンガンの中から1つを選んで晴子に渡した。ついでに傍にあるマガジンも手渡す。さっきよりも火力が増したことにホッとしつつ、その武器を抱える晴子は拳銃を見ている男を見つめた。
「あと30秒だ」
その声にも焦りを見せず、男は銃を吟味してその中からアクション映画などでよく見るブローバック式の銃を選んだ。
「行くぞ」
男は素っ気無くそう言うとドアへと向かった。制限時間が来て扉が開く。男たちに促されて武器庫を出た2人はそのまますぐ脇にある簡素なドアを開かれ、そこから外に出た。見れば、金網に囲まれて作られた通路が高さ20メートルはあろうコンクリートでできた壁の中にはめ込まれた鉄扉まで続いている。2人はその前に立つと扉を押して外に出た。空の明るさからして今は昼時のようだ。完全に森となったその場所に呆然としていた2人はすぐ脇に立っている別のガスマスクの男から簡素なリュックを手渡された。チラリと周囲を見れば銃を構えたガスマスクの男たちが多数見える。
「食料と水だ。少ないから考えて使え」
銃を向けられつつそう言われ、男は睨むようにその兵士を見ていた。それから震える晴子の手を引き、右側へと移動していく。木の多い正面の森ではなく、なだらかな斜面を上がるようにして進む男に疑念を感じた晴子は手を振り払うようにして立ち止まった。
「何なの、あんた!武器も勝手に選ぶし、道も勝手に選ぶし!」
ヒステリックにそう言う晴子に男も立ち止まった。横に流した前髪が風に揺れる中、鋭い目をしつつ晴子に対して正面を向いた。
「誰が何の目的で俺たちにこんなことをさせているかはわからん。けど、生き残るために必要なのは知識と行動力だ」
「なにそれ?」
不貞腐れたようにそう言う晴子に対し、男が今上ってきた斜面を振り返れば、急ぎ足で逃げる男女が森の中に走っていくのが見えた。
「ああやってみんな正面にある森へと向かう。隠れられそうだからな。俺が鬼ならまず森へ向かうね。わんさか殺せるからな」
晴子はその言葉にごくりと唾を飲み込んだ。確かにそうかもしれない。人間の心理的に逃げ場所を求めるのであれば、追う方もそうするだろう。
「それと、武器。あんた、銃を撃ったことあるのか?」
常に不機嫌そうにものを言うが、どうやらこれが彼の話し方らしい。だが睨むようにしてそんな話し方をされれば萎縮してしまうのも無理はなかった。
「あるわけない!」
「なのにあんたが選んだのは重い銃だった。けど、そいつは軽い。軽量化されつつも照準が特化したサブマシンガンだ。女でも構えさえしっかりすれば狙いは取れる。撃ちつくしてもいいように予備のマガジンもある」
確かに最初に持っていた銃に比べて今持っているマシンガンは軽い。晴子はその重さを確かめつつ、何故この男はこんなにも銃の知識を持っているのかを考える。制服を見た限りは普通の男子高校生のはずだ。自衛隊員にも見えない。
「あと、画面で見ただけだったけど、鬼の武装は主に刀剣だった。3人とも銃を装備していたが、背中に2本の剣と足にナイフを持っていた」
あの混乱した中でよくもそこまで冷静に見ていたと思う。自分など混乱し、ただあの画面を見て恐怖しか湧いてこなかった。どういう格好をしていたかもほとんど思い出せないほどだ。
「たとえ銃を当てても、確実に殺すならとどめをさしに来る。その際は刀剣を使うんだろう。なら、反撃のチャンスはそこしかない。だから剣を選んだ」
「でも・・・頭を撃たれたら・・・」
「あの仮面の男はこれはゲームだと言った。しかも何度も繰り返されてきたと思えるほど手際がよく、すべてが整っている。つまり、追ってくる鬼も熟練した兵士だろう。俺が鬼ならこの状況を楽しむね」
つまりは確実に手ごたえのある方法で殺すということか。妙に納得できる説だが晴子は憮然とした顔をしたままだった。何よりこの落ち着き払った態度が気に入らない。恐怖すら感じていない風なその言い方に嫌悪感を得ていた。
「なんでも理解してそうな言い方ね・・・なら、どうして私が選ばれたわけ?なんでこんなことするわけ?本当に1億ももらえるの?」
まるで主催者に言うような質問を男にぶつけるが、男は無表情のままじっと晴子を見つめている。そんな視線にすら嫌悪感を抱きつつ、晴子は男に詰め寄った。
「何でも知ったようなこと言わないで!」
「サバイバルゲームの経験上、慣れているだけだ。俺だって怖い」
微塵も表情を変えずそう言う男から恐怖など感じられない。晴子は侮蔑の目を男に向けつつため息をついた。
「サバイバルゲームとこれを一緒にしないで!」
「似たようなもんだ。とにかく俺の指示に従ってもらう」
「嫌だと言ったら?」
「2人とも死ぬだけだ。爆発にしろ、殺されるにしろ、な」
男はそう言うと斜面を登り始める。晴子は腕組みをしてその背中を睨み続けた。と、右手のブレスレットがピピピという音を鳴らし、色も紫色に変色しているではないか。
「早く来ないと爆発して死ぬぞ。まだ始まってもいないのに第1号だ」
立ち止まってそう言う男に渋々ついて行くしかない晴子は不機嫌そうにしつつリュックを背負い直し、銃を持ったまま男に並んだ。
「私、水守晴子。あんたは?」
「三島エイジ」
素っ気無くそう言い、エイジは晴子を見ることなくどんどん斜面を登っていくのだった。