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天然石に愛された娘  作者: 月森杏
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第3章

 


 ニヤリと笑う月人(つきと)瑠璃(るり)は頭を抱えた。

『これは働くことが決まったってこと?』

「もういい加減認めたら?取り敢えず扉の札を『Open』にしてきて」

 瑠璃はしぶしぶ月人の指示に従った。

 何だか口調もさっきとは違う。さっきのはお客さま対応だったのだろうか?


「じゃあ、瑠璃さんの荷物はバックヤードのこの棚に置いて。上着はこのハンガーに。奥の扉は倉庫で、石の在庫やアクセサリー製作の材料、備品なんかを置いてある。貴重な石が保管されてるケースには、鍵がかかっているから必要な時には声をかけてくれ。右の扉はトイレだ。ここの隅は簡単なキッチンスペースで、珈琲や紅茶はここで淹れてくれ。冷蔵庫もあるから自分の飲みたいものを買ってきてくれて構わない。あと、食事は外から取っているから、俺が注文する時に一緒に頼んでくれ。費用は店持ちなので心配ない」


「えっ?食事付きってことですか?」

「そうなるかな。隣の家を借りてカフェを開いているヤツがいて、そこから毎日届けて貰っている。味もまあまあだし、日替わりと称してメニューも豊富なので飽きることもない。我が儘も聞いてくれるから、瑠璃さんに好き嫌いがあれば聞いておくよ」

「いえ、好き嫌いは全くありません」

 瑠璃はそんな贅沢を言える生活をしていなかった。


「じゃあ、今日は普通に日替わりでいいね?」

 月人はそう言ってスマホに手を伸ばすと、日替わりランチを二つ注文した。

「えっ?でも私、まだ何もしてないのに」

 戸惑う瑠璃に、月人はニヤリと笑いかける。

「大丈夫。これから働いて貰うからね。それにお腹が空きすぎて逃げられちゃったら困るから」


 その後、瑠璃は月人に言われてお店の前庭の植物に水をやった。天気のいい日にジョウロで花に水やりをするのは気持ちがいい。庭のお世話は瑠璃の日課になりそうだった。

「やあ、君が新しく『ブルームーン』で働く人?」

 突然、後ろから声がかけられた。

 慌てて振り返ると、白シャツにチノパン姿で、エプロンをかけた優しそうな男がトレイを持って立っていた。

「は、はい!よろしくお願いします!」

「うん。よろしくね」男がニッコリ笑って、さらに何か話しかけようとしたところに、「おい!」と不機嫌な声が割って入った。


「何で今日に限って店主自ら運んでくるんだ?」

 月人はお店から出て来て、男の持っているトレイを取り上げようとした。そんな月人に瑠璃が唖然としていると、男はひょいっとそれをかわしてお店の方に向かう。

「ダメ、ダメ!ちゃんと最後までお届けしないとね」

 男が先にお店に入ってしまうので、月人と瑠璃は慌てて追いかけた。


 男はテーブルにトレイを置くと、椅子のひとつに腰掛けていた。

「今日はここでいいよね」

『お店の中はやっぱり不味いんじゃ』月人の様子を伺うと、月人は諦めたようにバックヤードに入ってお茶の準備を始めた。

「あ、私も手伝います」

 瑠璃もバックヤードに行こうとすると、「今日のところはいいんじゃない?」と何故かカフェの男が瑠璃に椅子を勧めてくる。


 仕方なく瑠璃も座って待っていると、月人が3人分の珈琲をトレイに載せて戻ってきた。

「それでお前は店に戻らなくていいのか?」

「だって、ここに新人さんが来たのを見逃せないでしょ?店はもうすぐ終わりだし」

 月人はため息を付きながら、それぞれの席に食事をセッティングしてくれた。

「それで、何でわかったんだ」

「そりゃあ、月人が二人前の日替わり頼んだらピンと来るでしょう」

 月人が頭を抱えてため息をつくと、男はグッと親指をたてて笑った。

 それから「冷めないうちに召し上がれ!」っと瑠璃の方に向き直った。


「い、いただきます!」瑠璃は手を合わせて食事を始めた。

 まだ戸惑ってはいたが、料理を作った人の前では冷めないうちに食べるのが礼儀だと思ったので。

 今日の日替わりはピタパンのチキンサンドとミネストローネ、付け合わせにハッシュドポテトとサラダ、デザートはカボチャプリンだった。一口食べて感動した。

『美味し~い』あまりの幸せに瑠璃の顔が緩むのを、カフェの男は満足そうに見ていた。


「瑠璃さん、この男は隣でカフェをやっている内田和哉(うちだかずや)だ。いつもは他の店員が運んでくるのに、今日は好奇心丸出しでやって来たようだ。お前は料理で忙しいんじゃないのか!」

 月人が一応と言う感じで男を紹介すると、内田は「ひどいなぁ」と言いながら自己紹介を始める。

「内田和哉です。お隣さん同士よろしくね。隣のカフェの店主で料理人やってます。と言っても本当はパンやお菓子がメインなんだけどね。何かご希望があれば、いつでもお申し付けください」

「ありがとうございます。天川(てんかわ)瑠璃(るり)です。今日からこちらにお世話になることになりました。よろしくお願いします。お料理とても美味しいです。これからお昼が楽しみになりました」

「それはよかった。瑠璃さんに会いに、これから毎日僕が運んでこようかな」

 笑顔で答える内田に、また「おい!」と月人が声を低めた。

 そんな月人に「冗談だよ」と、内田は面白そうに口を歪めた。


 食べ終わった食器をトレイに載せて内田は帰っていった。

 瑠璃はコーヒーカップを洗いながら月人に声をかけた。

「内田さんとは仲がいいんですね」

「ああ、付き合いが長いからな。同じ時期に店を開いたし、歳も近い」

「そうなんですね。じゃあ、店長さんは……」瑠璃がそう言うと、月人が食いぎみに遮る。

「店長さんて、もしかして俺のこと?」怒ったように睨む月人に、瑠璃は困ったように返す。

「えっと~、店主さん?」

「俺が『瑠璃さん』って呼んでいるんだから、『月人』でいい」

「でもやっぱり雇用主ですし、会ったばかりですし、お名前呼びはちょっと……」

「いいから、呼んでみて!」

「つ、月人さん?」

「ああ、それでいい」月人はやっと睨むのを止めてくれた。

『名前呼びとか、照れちゃうなぁ』瑠璃は心の中でつぶやいた。


 それからの瑠璃は、月人からレジの打ち方や備品の使い方、店内の商品の説明を受けた。

 その間、電話は何本か掛かったものの、お客さまはひとりも来なかった。

『このお店、ほんとうに大丈夫なのかなぁ』と瑠璃は心配になってしまった。

「瑠璃さん、そろそろ時間だよ」18時半近くになって月人が声をかけた。

「でも、閉店時間までまだありますし、閉店後の片付けとかあるんじゃないですか?」

「それは俺がやるから大丈夫。開店準備を手伝って貰えるだけで助かるよ」


「では、お言葉に甘えて」瑠璃が帰り支度を始めると、月人が思い出したように声をかける。

「瑠璃さんはどうやってここまで来たんだ?バス?」

「歩きですけど」瑠璃が答えると、月人はちょっと驚いた顔をした。

「まさか帰りも歩く訳じゃないよね?ここまで何分ぐらいかかった?」

「え~と、だいたい30分くらいです。私は歩くのに慣れてますし、バスに乗ったとしても、停留所4つ分くらいだから勿体ないです」そう答える瑠璃に月人は慌てて言い募る。

「イヤ、それダメだから!お願いだからバスで帰って!この辺は人通りも少ないし、もう暗いんだからね。ちゃんと交通費としてバス代も出すから」

 月人は瑠璃と一緒にお店を出て、バス停までの道を丁寧に教える。

『大丈夫だと思うんだけどな』瑠璃はそう思いながらも、素直に月人の言葉に従った。



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