第32章
それから度々ルーナはノワールの住む『竜の洞穴』を訪れた。
ノワールはルーナの愚痴を聞いてくれて、決してルーナを否定する言葉を言わなかった。
「あんなに私のことを邪魔にしていたのに、最近は手伝いをサボり過ぎるとか、何処で何をしているんだとか煩いの。ひどいと思わない」
「ああ、ひどいな。やっとルーナの持っている力を理解したのかも知れないな」
「今さら遅いわよね。絶対に向こうから『悪かった。助けてくれ』って言うまで助けてあげないんだから!苦労すればいいのよ!」
「そうだな。すぐに助けたりしたら図に乗るからな」
ノワールの言葉に気をよくして、ルーナは大きくうなづいた。
更に愚痴をこぼすルーナは、自分の口調がどんどん過激になっていることも、ノワールが自分の愚痴を興味なさそうに聞き流していることにも気がつかない。
その表情は日に日に陰っていく。
ルーナ自身はノワールのマイナスエネルギーに気がついていないが、その体はだんだん影響を受けてきて、心も考えもマイナスに傾いていた。
普段のルーナだったら、ここまでセレスや村人たちを悪く言うことはなかったはずだ。
ルーナは人より多くの魔力を持っているが、まだその力をコントロール出来ていない。
それ故に、マイナスエネルギーをも多く体に受けてしまっていた。
ノワールはそんなルーナの様子を見て内心ほくそ笑む。
『こんなに早くマイナスエネルギーに影響されるとはな。余程不満が溜まっていたんだろう。切っ掛けさえあれば、心をコントロールするのは容易いな』
そんなノワールの思惑も知らずに、ルーナはノワールに微笑みかける。
「私のことをわかってくれるのはノワールだけよ。私、ノワールの為なら何だってするわ。いつでも言ってね。やっぱり、ひとりぼっちの経験がない人には私たちの気持ちなんてわからないのよね」
『お前のはひとりぼっちなんかじゃない!ただの甘ったれだ!』
ノワールは憎々しげにルーナを睨みつけた。
『いいだろう。思う存分利用させてもらおう』
「ルーナ、実は助けて欲しいことがあるんだ」
ノワールが遠慮がちに口にすると、ルーナは驚いて目を見開いた。
いつも自信満々なノーワールの弱気な態度に驚いたのだ。
「えっ、どうしたの?何かあったの?私で出来ることは何でもするよ」
ルーナがノワールの小さな手を取ると、気がつかないうちにマイナスエネルギーが流れ込んできた。
「どうやら俺はこの森から力を受けられないようなんだ。他の石たちは俺のことを拒絶して力を分けてくれないから。俺の元々持っている力は他の奴らと違うし、このままだと俺はこの姿を保っていられなくなるかも知れない」
「そんな。どうして……この森では石たちはお互いに力を育てわけあって生きているわ。人間にだって必要なら力をわけてくれる。私だって魔力を使うのに森の力を貰っているわ。ノワールにだけわけてくれないなんて、そんなの変よ!」
「でも、実際そうなんだ。きっと俺が他とは違う力を持っているのが気に入らないんだ」
ルーナが泣きそうになりながら尋ねた。
「ねえ、このまま森から力を受けられないとどうなるの?」
「それは……」
「ねえ、ノワールはどうなっちゃうの?」
「……たぶん。消滅する。少なくとも、この姿は取れなくなる」
ルーナがガックリと膝をついた。
「そんなの、イヤだ~!ノワールが消えちゃうなんて絶対にイヤ!」
肩を震わせて泣いているルーナにノワールが静かな声で懇願した。
「だから、ルーナに助けてほしいんだ」
ルーナが涙に濡れた顔を上げて、ノワールのルビーのような目を見つめた。
「わ、私に助けられるの?何をすれば……あっ、私の持っている力をあげることは出来ないの?」
ルーナはノワールの手を握って、自分の力を注ごうとするけれど上手くいかなかった。
逆に更にマイナスエネルギーが注ぎ込まれてしまう。
「それじゃ、ダメなんだよ」
「じゃあ、どうすればいいの?私に何が出来るの?」
「俺も必死で色々試してみたんだけど、一つだけ方法があった」
「えっ、方法があるの?それはどんな方法?」
「人間が採掘した後の石からはエネルギーを受け取れる」
「えっ、でも……」
ルーナがノワールの言葉に狼狽えた。
「でも、それって石から力を奪うってことじゃ……」
ノワールがルーナの目を見てゆっくりと首を振った。
「イヤ、それは違う。奪うんじゃない。貰うんだ。石はまた森に戻せば力を溜めることが出来るだろう?それに人間だって、その石の力で魔力を使うんだから同じことだろう?」
「それは……」
何か違う。人間は石との間で昔から契約を交わしているのだ。
ルーナはそう思いながらも、ノワールの赤い瞳から目を反らせなくなっていた。
「ルーナ……ルーナの力が必要なんだ。ルーナにしか頼めない。お願いだ」
ノワールの言葉はルーナがずっと求めていたものだった。
「……ノワール」
ルーナはいけないことだと思いながら、気がつくとうなづいていた。
ノワールはルーナと一緒に村に出かけるようになった。
周りの結界を張って、ルーナの気配で自分の存在を消し去って村に侵入した。
最初は『天然石屋』の水晶の結晶から力を奪い取った。
ルーナは初めは嫌がっていたが、ノワールが消滅を逃れたのはルーナのお陰だと感謝すると、これは仕方のないことなんだと納得したようだった。
寧ろノワールに力をわけてあげない石たちのせいなんだと。
『天然石屋』、採掘場と会を重ねる毎にルーナは何も言わなくなった。
そんな罪悪感もあって、ルーナはどんどんマイナスエネルギーに影響されていった。
ある時、ルーナが珍しく感情を顕にして『竜の洞穴』にやって来た。
「どうしたんだ?ルーナ」
ノワールは驚いた。ルーナにはもうここまでの自我は残っていないと思っていたから。
「月人が……月人がお店に……」
ルーナはひどく興奮していて要領を得ない。
月人と言うのは『天然石屋』に石を仕入れにやって来るルーナの幼馴染みだと聞いていた。
そしてルーナがその男のことを、ずっと特別に思っていることもノワールは知っていた。
「つ、月人がお店に女の人を雇ったって、タマが……」
「それが何か問題なのか?」
そう言いながら、これは嫉妬だなっとノワールはうんざりした。
突然、風が吹き荒れて森の木々がざわざわと揺れた。葉っぱが引き千切られて飛んでいく。
「ルーナ!力を抑えるんだ!」
ノワールが力の暴走を抑えようと、ルーナの肩を揺さぶった。
虚ろだったルーナの瞳に、ほんの少し光が戻った。
「だって、私の方がずっと前から好きだったのよ」
ルーナの目から大粒の涙が溢れだす。
「それなのに、あんな優しい目で見つめるなんて。あんな風に笑いかけるなんて。許せない!」
ルーナの絶叫を、ノワールは苦々しく聞いていた。
ノワールにはルーナの気持ちがわからない。
くだらないとさえ思う。
「店まで会いに行ったのか?」
確かその男はこことは違う世界で天然石の店を開いていたはずだ。
「行ったわ。だって、気になったもの。月人が最近ここに来ないのは、やっぱりあの女のせいだった。何故、私じゃダメなの?私だって石たちに愛されてるわ。そりゃ、向こうの世界でそう言う人は珍しいのかも知れないけど、でも自分では石の声が聞こえないし、力も感じられないって言ってた。そんな女の何処がいいの?」
ルーナは「どうして?」を繰り返し、その女に対して恨みの言葉を吐き出した。
辺りにマイナスエネルギーが渦巻き、ルーナの体を真っ黒に覆った。
「堕ちたな……」
それを見てノワールが暗く嗤った。




