第31章
ノワールは『竜の洞穴』に近づく気配に意識を集中した。
「何だ。また結界をでも張ろうと言うのか!」
怒りが込み上げてきたが、どうやらそれほど強い魔力は感じられない。
それなりには力を持っているようだが、結界を張れるほどではないようだった。
「何故ここに?」と疑問に思いつつ、ノワールは初めての人間との対面に少し緊張しながら洞窟の入り口に向かった。
ノワールが洞窟から顔を出すと、入り口付近の木の根元に女がひとり腰かけていた。
「えっ、女?」
ノワールは驚いた。
前のブラックトルマリンの精の記憶にも、人間の女がこれほど森の奧に来たと言うことはなかった。
様子を窺ってみると、どうやら泣いているようだ。
うつむいて、頭を膝に押し当てて肩を震わせている。
静かな森の中に、しゃくりあげる女の泣き声が響いていた。
ノワールは思い切って声を掛けてみることにした。
「おい!お前、こんなところで何をしている?」
誰もいないと思っていたのに、突然響いた低い声に驚いてその女は顔を上げた。
「だ、誰?誰なの?」
ブルーグレーの長い髪が女の動作に合わせてさらさらと揺れる。
「それはこちらの台詞だ。人間の娘が何故こんな森の外れにいるんだ?」
ノワールは姿を見せることなく問い質した。
「それは……」とその女が口ごもる。
「ここはお前のような若い娘が来るような所ではない!とっとと去るがいい!」
その言葉が気に障ったのか、女は先ほどまでのおどおどした感じとは明らかに態度を変えた。
「な、何よ!私が何処に行こうと勝手でしょう?この森は誰のものでもないんだから。森が拒まない限り誰でも自由に出入りできるのよ。そして私は今まで拒まれたことはないわ。あなたこそ誰なのよ!」
その女の強い言葉にノワールは驚いた。
今まで泣いていたのが嘘のように、声のする方を強気に睨み付けてくる。
「姿を見せないなんて、あなたこそ怪しいわよ。いったい誰なの?」
ノワールが洞窟から姿を現すと、その女は安堵したように息を吐き出した。
「何だ。石の精だったの。驚かせないでよ」
じっと睨み付けるノワールを、気にした風もなく話し続ける。
「私、黒い石の精なんて初めて見るわ。何の石の精なの?」
なかなか答えないノワールを不思議そうに見つめた。
石の精が自分に敵意を持つことがあるとは思ってもいないようだった。
「私は村の『天然石屋』のルーナよ。セレスの孫の……もしかして、石の精の姿になったばかりなの?う~ん。でも森のみんなは人間に対して共通の認識を持っているのよね?知らない?私のこと」
「人間のことなど知らないな」
冷たく返された言葉に、ルーナは蒼い瞳を見開いた。
「そんなことあるのね。私、この森の石たちはみんな仲間なんだと思っていたわ」
「ふん。俺はあいつらとは違う!」
「あなたも、ひとりぼっちなの?それで森のこんな外れにいるの?」
「あなたもって、お前は別にひとりではないのだろう?」
ルーナは悔しそうに首を横に振った。
「気持ち的にはひとりだわ。お祖母ちゃんも村のみんなも、私のことをいつまでも役に立たない子供扱いだし、月人だって……せっかく頑張っても、余計なことをするななんてひどいわ!何でみんなして私のこと仲間外れにするのかしら?」
納得がいかないと唇を噛むルーナを、ノワールが興味深そうに見た。
こいつは使えるかも知れないと。
「そうか。お前も仲間外れにされたのか……」
「やっぱりあなたもそうなのね。だから人間とも距離を置いているのね」
「ああ、俺はこの森では滅多に現れない石だし、持っている力も他の石とは違うから避けられている。俺の存在が知れたら、逃げられるか攻撃されるかするだろうな」
「えっ、そんなのおかしいわ。珍しいってだけで、何か悪いことをした訳じゃないんでしょう?」
「そうだな。ただ、俺の力が他とは違うってだけだ」
「そんなのってひどいわ」
ルーナは自分のことのように憤慨した。
「そうだ!私が味方になってあげる。お友だちになりましょう?あなた、何の石の精なの?名前は何て言うの?教えて!」
「俺は……ノワールだ。ブラックトルマリンの精だ」
「ノワール……いい名前ね。この森にブラックトルマリンの結晶があるなんて知らなかったわ」
ノワールは不思議な感じがした。誰かに名前を呼ばれたのは初めてだった。
「お前は俺が恐くないのか?」
「別に恐くはないわ。石の精は生まれた時から側にいたし……」
「俺は他の奴らと違うらしい」
「そう?私は特に感じないけど。ねえ、お前じゃなくて、ルーナって呼んでくれない?」
「ルーナ……」
「そう。その方が嬉しいわ」
不思議なことに、ルーナはノワールのマイナスエネルギーを感じていないようだった。
「お前はどうして仲間外れにされたんだ?」
「もう、お前じゃなくて、ルーナ!」
少し不満そうに口を尖らせて、ルーナは答えた。
「村には、私と同じくらいの若者がいないの。お祖母ちゃん世代と親世代、後は子供たちが何人か……両親は小さい頃に死んじゃったし、兄弟もいなくて、私はいつもひとりぼっちだった。だから一生懸命魔力を使えるように頑張ったの。みんなの役に立てるようになって、必要とされたかった。でも、お祖母ちゃんはまだ早いって力を使わせてくれないのよ。私だってもういろいろ出来るのに……魔力だって、お祖母ちゃんには叶わないけど、村のみんなより強いはずなのよ。『天然石屋』の血筋なんだから。それなのに、みんな、私の言うことなんて聞いてくれないのよ」
「そうか。俺はお前が、ルーナが強い魔力を持っているってわかるけどな」
「ほんと?」
ルーナが嬉しそうに聞き返した。
「ああ、俺はルーナの魔力を感じてここに来たからな。きっと他の奴らはルーナの力に嫉妬しているんじゃないか?そんな奴ら、気にすることはないよ」
ノワールが自分の気持ちをわかってくれて、ルーナは満足そうにうなづいた。
「そうよね。せっかく私が手伝おうとしてるのに、文句を言ったり止めさせようとしたりして、みんなの方が悪いのよね。もう、困ってても手伝ってあげないんだから!そっかぁ、みんな私に嫉妬していたのね」
「そうだ。ルーナは何も悪くない」
「『天然石屋』に来るお客さんも、みんな私のことを子供扱いするのよ。特に月人とかタマとか……私は妹なんかじゃないのに!私、もっと役に立てるのに!」
「ルーナを子供扱いするのは、自分がルーナに負けるのが恐いからだろう」
「そうなのかな?」
「ああ、きっとな。ルーナの実力を認めたくないんだよ」
「だからみんな、魔力を使っちゃいけないって言うのかしら?そんなのひどいわ!」
ノワールに煽られてルーナが不満を募らせていく。
「ああ、ひどい奴らだな」
ノワールはそう言ってニヤリと笑った。




