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天然石に愛された娘  作者: 月森杏
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第29章

 

 部屋の外が何だか騒がしいなっと瑠璃は思った。

「何だろう?」と月人たちと顔を見合わせていると、扉をすり抜けて、次々とマールたち石の精が飛び込んできた。

「瑠璃さま、気がついたんですね!」

「瑠璃さま~」

「待って!置いてかないで!」

「……うっ、瑠璃さま」

「うわぁ!ほんとだ!瑠璃さまだぁ」

 我先にと、ベッドに起き上がった瑠璃に抱きつく石の精たちで、部屋の中は一気に騒々しくなった。


 瑠璃は石の精たちひとりひとりの頭を優しく撫でた。

「みんな、心配かけてごめんね。私はもう大丈夫だから」

 マールたちのうるうるした黒い瞳を向けられて、瑠璃は思わず微笑んだ。

「こら、お前たち!瑠璃さんは意識が戻ったばかりなんだから、あんまり騒いじゃ駄目だぞ!」

 月人に言われて、口許に手を当てて「シーッ」と互いの顔を見合せる姿が可愛い。

「瑠璃さま、もう起き上がっても大丈夫なんですか?」

 マールが心配そうに顔を覗き込む。

「うん。大丈夫。まだちょっと力が足りないけど、今はこのブレスレットから力を貰えてる気がするのよ」

 そう言って瑠璃がブレスレットを見せると、石の精たちは安心したようにうなづいた。


「瑠璃さん、申し訳ないが、もし大丈夫そうならルーナと会って貰ないかな?ルーナは今、ほとんどの意識を黒の石の精のノワールに奪われている。瑠璃さんなら、何か情報を引き出せるかも知れない」

 先ほどとはうって変わって真剣な玉木の態度に、瑠璃は驚いたように顔を上げた。

「……ノワール?」

「瑠璃さん、知ってるのか?」

 月人が心配そうに瑠璃の様子を伺うと、瑠璃は自信がなさそうにうなづいた。

「……たぶん。意識がなかった時の夢の中で会ったの。夢かと思ったんだけど、そうじゃないみたい。ノワールは『水晶の森』にいて、そこにいる私が精神体だって言っていた。早く自分の体に戻れって。そうじゃないと戻れなくなるって言って、魔力で私を戻してくたの」

「ノワールが?信じられないな……」

「そう言えば、瑠璃さんが体に戻ってきた時、何か魔力を感じたよ」

 信じられないと首を振る月人に、ラパンが思い出したように言った。

「マイナスエネルギーを使った魔力には思えなかったけど……」


「それは、ノワールは瑠璃さんに敵意を持っていないと言うことか?」

「そうですねぇ。よくは思っていないと思います。でも敵意と言うのも違う気がするんです。実際に私が戻るのを手伝ってくれた訳だし。何故かノワールのことを怖いとは感じなかったんです。ノワールから感じたのは『孤独』です。まるで心が凍りついて、触れるもの全てを傷つけようとするように。圧倒的な孤独と他者を拒絶する力が、側にいるものも悲しい気持ちに、マイナスの気持ちにさせてしまう。そう。私はノワールを見ていて悲しくなってしまったわ。何故だかわからないけど……」

 瑠璃はノワールのことを思い出して、ぶるりと体を震わせた。


「あの、私、『竜の洞穴』に行って少し思い出したことがあって……」

 ルチルがおずおずと口を開いた。

「前にも少しお話ししましたが、ずっと昔に、私の前のルチルクォーツの精が若い頃、『水晶の森』の石たち全てとブラックトルマリンの精が敵対して、ブラックトルマリンの精だけが孤立してしまったことがありました。ブラックトルマリンの精のマイナスエネルギーは暴走して、力の弱い他の石からエネルギーを奪っていきました。このままでは『水晶の森』自体が衰えてしまうと、その時の石の精たちが協力して、ブラックトルマリンの精の力を奪い、石の精としての姿を滅しました。そして、そのマイナスの力の全てで、残されたブラックトルマリンの結晶を何処かに封印した。私が聞いたのはそんなお話でした。その後、今のブラックトルマリンの精は、信じられないくらい永い永い時間をかけて、少しずつ力を溜めて石の精の姿を取れるように成長していったんだと思います。小さな結晶から、あの塔のような六角柱の柱に成長するまでの永い時間を、たったひとりで堪えてきた。私たちには忘れ去られた記憶ですが、ブラックトルマリンの精にとっては積もり積もった孤独な記憶なんでしょう。私たちのこと、すごく恨んでいるんでしょうね」

 ルチルの話に辺りは重い空気に包まれた。

「僕たちのことを……?」

「昔にそんなことがあったなんて……」

「確かにそれじゃあ恨まれてしまうかも……」

「恨まれてるなんて、どうしたらいいの?」

 力なくうなだれる石の精たちの中にあって、マールが叫んだ。

「でも、僕は瑠璃さんに危害を加えたことは許せないよ!」


 怒りで体をぶるぶる震わせるマールの頭を撫でながら、瑠璃が口を開く。

「恨んでいるとしても、どうしてこんなことをするのか、ちゃんとノワールに話を聞かないと。争うだけでは問題は解決しない気がするの。とにかく今は、ルーナさんにお話を聞いてみましょう」

 そう言って瑠璃はベッドから立ち上がった。

「ルーナさんは、今、何処に?」

「ああ、今はルーナの部屋で結界で拘束しているよ」

「えっ、結界って?」

「僕たち、兎族と猫族の二重の結界だよ。僕たちもこちらの世界だと魔力を使えるからね」

「そうなんですかぁ……」

 ラパンの言葉に瑠璃が目を丸くした。


 瑠璃がルーナの部屋の扉をそっと開けた。月人たちと石の精たちは瑠璃の後ろに控える。

「ルーナさん、入りますね」

 瑠璃が一声かけて部屋に入ると、その場で急に立ち止まった。

「えっ?」後ろから覗き込んだと玉木とラパンが思わず声を出した。

「……これって、どう言うこと?」

 瑠璃の疑問の声に、そこにいた全員が部屋に駆け込んだが、そこにルーナの姿はなかった。

 部屋の真ん中には、ルーナを拘束するのに使った椅子が倒れていた。

「何でだ?結界は破られてないのに!」

 玉木が呆然としたようにつぶやいた。


「これは、どう言うことなんだ?」

 呆然と立ち尽くす玉木とラパンを月人が振り返る。

「いや、有り得ないだろう……あの状態で二重の結界を破るなんて。なぁ、ラパン」

「ああ。あの時、ルーナの体にはそんな魔力は残っていなかったはずだ」

「いったい何処に消えたんだ?」

 瑠璃は扉のところに立ち尽くして、そんな3人様子をじっと見つめた。

 その時、何かが足元で反射して光った。

「何かしら?」と瑠璃が近づいてみると、部屋の隅に卵形の水晶が落ちていた。


 瑠璃がその水晶を拾い上げて月人に渡した。

「月人さん。これ、床に落ちてました。この水晶、力が感じられないんですけど……」

 心当たりがないのか、月人は首を傾げた。

「えっ、月人、ちょっと貸して!」

 ラパンが月人から奪うように水晶を取り上げると、「やられた……」と悔しそうに膝をついた。

「何だ?どうしたんだ?」

 玉木がラパンの持つ水晶を覗き込む。

「これは、あの時の……」

「ああ、ルーナがマイナスエネルギーを移した水晶だ。これを使って結界を抜けたんだな。破られていなかったから油断した!」


 玉木とラパンが悔しそうに地団駄を踏む。

 そのらしくない様子に瑠璃はことの重大さを噛み締める。

「あの水晶のマイナスエネルギーなら、『竜の洞穴』まで飛べるか?」

「わからないが、ここからはだいぶ遠くまで行けるだろう」

「とにかく、一刻も早くルーナの体を取り戻さないと……」

「僕たち、森のみんなにルーナとノワールを見かけなかったか聞いてみるよ」

 月人たちの話にマールたちも慌てたように続く。

「やっぱり向かった先は『竜の洞穴』なんでしょうか?」

 瑠璃の問い掛けに全員がうなづく。

「ああ、間違いないと思う。あの場所にいる限り、俺たちに手出しは出来ない」

「あいつらはマイナスエネルギーを取り込めるし、僕たちは近づくのが難しい」

「ああ、何でルーナから目を離したんだ!くっそ!」


 ルーナを心配するのは当たり前だと思う反面、瑠璃には月人たちの発言がネガティブなことが気になった。そこにマイナスエネルギーの影響を感じずにはいられなかった。

「みなさん、落ち着いてください!」

 思わず大きな声を出した瑠璃を、みんな、驚いたように振り返った。

「みなさんはマイナスエネルギーに囚われています。ここでそんなことを言い合っていても始まりませんよ。一刻も早くルーナさんを取り戻すためにも、今は行動を起こさないと」

「そうだな。瑠璃さんの言う通りだ。マイナスエネルギーと言うのは、ほんとうに厄介だ……」

 月人が大きく息を吐き出す。

 玉木とラパンも、マイナスエネルギーを吐き出すように深く息を吐いた。。

「取り敢えず、『竜の洞穴』に行きましょう。ここで悩むよりも『竜の洞穴』の近くにいた方が、対処法を思いついた時、すぐに行動できるはずです。ひょっとしたら、ノワールと遭遇して交渉できるかも知れません」

 瑠璃の力強い言葉に、みんな各々うなづいた。

『何としても、ルーナさんを取り戻さないと……』

 例えルーナによく思われていなくても、そう瑠璃は強く心に誓った。



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