第28章
閉じ込められた部屋に入ってきたのは、今一番会いたくない男だった。
男はツラそうな顔をしてルーナのことをじっと見つめた。
「言いたいことがあるなら、さっさと言えばいいでしょう!」
そう言い捨ててそっぽを向いたルーナに、月人はどう言ったらいいかわからなかった。
目の前のルーナは、小さい頃から知っている妹みたいな女の子で、玉木やスピネルから聞かされたやり取りが信じられなかった。
「ふん。今さら助けてくれって言っても、あんな女助けないわよ!」
憎々しげに言い放つルーナに、月人は悲し気な顔をする。
「何故、ルーナは瑠璃さんのことをそんなに嫌うんだ?そんな態度、お前らしくない……」
「クッ」と、拘束されて椅子に座るルーナが泣きそうに顔を歪めた。
「ルーナ?」
月人が慌てて駆け寄ると、ルーナは俯いて肩を震わせた。
「ウフフフフッ、アハハハハッ!お前、馬鹿か!この女が何故こんなことをしているのか、本気でわからないとは、こいつもある意味哀れだな」
突然笑い出したルーナに驚いた月人は、ルーナの肩を揺さぶった。
「ルーナ……」
しかし、その様子はルーナとは似ても似つかない。
「お前は誰だ!ルーナを何処にやったんだ!」
月人が思わず掴みかかると、ルーナは面白そうに顔を歪めた。
「気をつけた方がいい。一応、体はルーナとか言う女のものだからな。マイナスエネルギーに充てられて、もう自我もほとんど残ってないようだがな。アハハハハッ」
「黙れ!お前の好きにはさせない!」
「はっ、この状況でどうするって言うんだ?」
ルーナの姿をしたものは、月人を馬鹿にしたように嘲笑った。
「なるほどな……」と、玉木が部屋に入ってきた。
「その体に少しはルーナの自我が残っているんだな。そして、それは月人によって引き出されやすいと……」
玉木が不敵に笑うと、ルーナの姿のそれは不機嫌そうな顔をした。
「お前のことをルーナって呼ぶのも不愉快だ!お前、名前は何だ?」
「そうだな。俺もそんな名前では呼ばれたくはない。俺の名前はノワールだ」
「……ノワール。やっぱりな」
玉木はニヤリと笑った。
「まあ、俺はその一部って言うだけだけどな。本体は別にいるから、たとえ、俺に何かあっても影響はない」
そう言うノワールを玉木が睨み付けた。
「ルーナの体に、俺たちが何かする訳ないだろう!」
ノワールは意味がわからないと言う顔をして、月人と玉木の顔を見た。
「当然だ!ひとりぼっちのお前にわかるはずがない!」
玉木が吐き捨てるように言った。
「そうだな。お前のことを友達だと言って協力していたルーナを、こんな風に切り捨てるようなお前にはわかるはずもない!」
そう月人に言われたのが悔しいのか、ノワールが言い返す。
「人の気持ちもわからない、鈍いお前には言われたくない!」
そんなノワールの言葉を、月人は敢えてじっと耐えていた。
玉木がフッと笑った。
「まあ、月人が鈍いのはほんとうだけど、自分の気持ちには漸く気づいたんだよ。大切なものを守ろうとする人間は強いよ」
「なっ」と、言い澱む月人にノワールがポツリと呟く。
「それって、あの瑠璃とか言う娘のことか?」
「何故、瑠璃さんのことを知っている?ルーナとして会ったからか?」
「いや」ノワールは首を振った。
「正確にはもうひとりの俺だけどな」
「瑠璃さんを襲った時のことを言ってるのか?」
月人の声が思わず低くなる。
「いや。あの時は、名前なんて聞く必要なんてなかったからな」
「じゃあ、いつ?」と玉木が詰め寄ると、ノワールが「クククククッ」と可笑しそうに笑った。
「お前たち、ほんとうにあの女のことが大切みたいだな。これはいい……」
ノワールのふてぶてしい態度に月人と玉木が憤る。
ノワールをギロリと睨み付けて、玉木が何かに気がついたように目を見開く。
「大切に思っているのは、瑠璃さんのことだけじゃない」と、玉木がノワールの頭を優しく撫でた。
「や、止めろ!気持ちが悪い!」
狼狽えて叫ぶノワールに、玉木が頭を撫で続けながら言った。
「この体はルーナのものだ。少しだが、意識も確かに残っている」
玉木がノワールの中のルーナを確かに見つめながら言った。
「そんな、馬鹿な……」
「確かに人間は弱いかも知れないけど、身の内に秘めている想いは弱くないよ。マイナスエネルギーに負けないくらいにね」
振り返ると、扉のところにラパンが立っていた。
「瑠璃さんが無事、体に戻ったよ。まだ意識は戻らないけどね」
それを聞いて月人と玉木が安堵のため息を吐いた。
「よかった……ルーナを頼む」と言って月人が駆けていく。
何故かノワールも安堵しているように見えて、ラパンが首を傾げる。
『うん?何でだ?』
客間に駆け込んでベッドの側まで近寄っても、横たわる瑠璃にこれと言った変化はなかった。ただ僅かに頬に赤みがさしているのと、さっきまで全く感じられなかった瑠璃の魔力を少し感じることができた。
「瑠璃さん、お帰り」
月人はベッドの側に膝まづくと両手で瑠璃の手を握った。
その時、月人の指が瑠璃のブレスレットに触れた。
「……瑠璃さん」そう言って月人がブレスレットの石をなぞると、石は白く光だし、瑠璃を眩く覆っていく。
月人はあまりの眩しさに目を一瞬瞑るが、徐々に視界を取り戻した月人の瞳に映るのは、穏やかに微笑む瑠璃の顔だった。
「瑠璃さん、大丈夫?気分は悪くない?痛いところは?」
矢継ぎ早に問いかける月人に、瑠璃はボンヤリと視線をさ迷わせる。
「……月人、さん?」
何とか起き上がろうとする瑠璃に、「無理しちゃダメだ」と言いながらも、月人は瑠璃の背中に手を置いて助け起こす。
「月人さん、ありがとうございます。あ、あの、ここは何処でしょうか?月人さんは、どうしてここに?」
今度は瑠璃が矢継ぎ早に質問を始める。
「瑠璃さん、よかった。すごく心配した……」そう言って月人はふわりと瑠璃のことを抱き締めた。
「あ、あの、月人さん?」
瑠璃は驚いて体を硬直させるが、決して嫌ではなかった。むしろその温もりが心地よかった。
「あ、ごめん!」
しばらくして、月人がハッとしたように瑠璃から離れた。
困ったように瑠璃を見る月人の顔が僅かに赤い。
「ここは『天然石屋』、セレスさんの家の客間だよ。俺がマールたちに呼ばれて、森に倒れていた瑠璃さんをここまで運んだんだよ。意識がなかったからね」
「えっ、えっ?運んだってどうやって?」
瑠璃が急に焦り出して目を白黒させる。
月人は瑠璃が何に焦っているのかわからなくて首を傾げた。
「それは……抱いて運んだんだけど?」
瑠璃はまたベッドに倒れ込んで、顔まで布団を被った。
『私、お、重いのに!月人さん、絶対重いって思ったよね!い~やぁ~!』
布団の中でジタバタする瑠璃を、心配そうに月人が見つめる。
「瑠璃さん、どうした?具合が悪くなったのか?」
その時、後ろでプッと吹き出す声がした。
「お前ってほんとうに女心がわからないヤツだよな」
「黒の石の精にまで言われてたもんな」
その声に瑠璃が慌てて飛び起きた。
「玉木さん、ラパンさんも!どうしたんですか?」
「どうしたって、なかなか二人が帰ってこないから心配しだよ。俺」
「僕たち、お姫様を迎えに来たんだよ。そしたら、ほんとうに眠り姫になっていてビックリしたよ。目が覚めてよかったね、瑠璃さん」
「ああ、ご心配をお掛けして、ほんとうにすみませんでした。来てくれてありがとうございます。嬉しいです」
瑠璃がベッドに上半身を起こしてにっこり笑った。
「ふ~ん。眠り姫をちゃん目覚めさせるなんて、王子様はキスでもしたのかなぁ」
ラパンが意味深に笑うから、月人が慌てて立ち上がった。
「ば、馬鹿言うな!ブレスレットの魔力が働いたんだ」
「やっぱりすごいんだね、瑠璃さんのブレスレット。俺のルチルクォーツのブレスレットにも、力が宿ってるかな」
玉木が自分のブレスレットをじっと見た。
瑠璃はブレスレットと月人を見比べて思った。
『また、助けられちゃったな』




