第26章
タイトル変更しました。
静まり返った部屋の沈黙を破ったのはスピネルだった。
「な、何を言っているんだ。そんなこと出来る訳がない!今は冗談や我が儘を言っている場合じゃないんだぞ。瑠璃さんの今の状態をわかっているのか」
さっきまで庇ってくれていたスピネルの怒声に、ルーナは怯むこともなく言い放つ。
「それは、たいして力が無いくせに、あの女が首を突っ込むのが悪いのよ!」
「ルーナ、あなた何てことを……」
セレスは目を見開いて、震える口許を両手で押さえた。
「そんなことを言って、私に力を貸して欲しくないの?みんな、困っているんでしょう?」
「それなら、証明してくれ!マイナスエネルギーを集めることが出来ると言うことを!」
スピネルは自分のリュックから、『竜の洞穴』から持って来たブラックトルマリンの結晶を取り出した。
その結晶を見て、ルーナはフンと鼻で笑った。
「ずいぶん力の少ない結晶なのね」
その様子に、苦労をして結晶を持ち帰ってきた男たちが憤懣やる方ないと言った顔をした。
「ルーナ、あなたどうしてしまったの?」と、セレスがらしくない震える声でつぶやいた。
「あなたは我が儘なところはあったけど、優しい娘だったのに……」
セレスはガックリとソファーに倒れ込んだ。
そんなセレスにルーナは苦し気に顔を歪める。
「優しいだけの娘じゃ、誰も認めてくれなかったじゃない!」
セレスが悲しそうにルーナを見つめても、ルーナは平気な顔をしていた。
みんなに可愛い笑顔を向けていたルーナとは、まるで別人のようだった。
「それで、ほんとうに出来るのか?」
スピネルの厳しい声に、ルーナは不敵に笑った。
「もちろんよ!」
ルーナはポケットから卵形の水晶を取り出した。
「それは?」とスピネルに問われて、ルーナは手のひらの水晶をみんなに見せた。
「これは倉庫に置かれていた力を無くした水晶よ。力のない状態じゃないと、マイナスのエネルギーは移せないわ」
そう言ってルーナが何か呟くと、ルーナの手の中の水晶が小さい稲妻のような光を放ち、発光し始めた。そして、その発光が治まると、水晶はマイナスエネルギーに満ち溢れ、代わりにブラックトルマリンの結晶はエネルギーを失っていた。
「あなた、何でそんなことが出来るの?」
セレスが驚愕に目を見開くと、ルーナは場違いな微笑みを浮かべた。
「ねっ、お祖母ちゃん。驚いたでしょう?私、こんなことも出来るようになったのよ」
その子供のように得意気な笑顔に、一同は凍りついたように動けなくなった。
「ああ、ついにこうなってしまったか……」
凍りついたその場にそぐわない、何処かのんびりしたような声が響いた。
「お、お前は……」
スピネルが振り向くと、黒猫のタマが、人間の玉木の姿で扉を開けて立っていた。その後ろにはラパンの姿もあった。
「タマ、あなたはしばらくの間、出入り禁止のはずよ」
セレスがそう言うと、「それは何故?」と玉木が問い返してきた。
「何故?何故って………何故だったかしら?」
セレスがボンヤリと呟くと、スピネルが口を開いた。
「またお前がイタズラしてセレスさんを怒らせたんじゃないか!」
「イヤ、俺はそんなことしてないよ。ルーナの様子がおかしいから、様子を見に来ただけだ」
ルーナが可笑しそうに笑い出した。
「タマったらそんなことを考えていたのね。お祖母ちゃんのマイナスの意識に働きかけて、出入り禁止にしておいてよかったわ。まあ、あなたにはそんなこと、通じなかったみたいだけど」
「ルーナ。あなた、さっきから何を言っているの?」
「セレスさん、そいつはもう元のルーナじゃない!あいつの影響を受けて変わってしまった」
「あいつって?」
玉木に言われてセレスはルーナの方を振り返る。
「私ね、ブラックスピネルの精の友達なのよ。すごいでしょう?彼の名前はノワールって言うの。彼が力が欲しいって言ったから、私、協力してあげたのよ」
「それじゃあ、あなたが石たちから力を奪ったって言うの?」
セレスが悲痛な声で叫ぶと、ルーナは残念そうに首を振った。
「まさか、最初は私にそんな力はなかったわ。私は採掘された天然石の置き場所にノワールを案内しただけ。ノワールも初めて会った時は、今ほどの力はなかったし。でもプラスのエネルギーを得て、マイナスのエネルギーが力を増すなんて不思議よね。ノワールが何であの女にマイナスのエネルギーを注入したのかは、正直わからないわ。やっぱり邪魔だったのかしら」
「ルーナ……」玉木が悲しそうにルーナの名前を呼ぶと、そのルーナの姿をした何かは笑った。
「ふん。この無力で愚かな女は、もう意識の外に追い出されていて自分の自我も保てていない。だから、お前たちのために何かをしようなどと言う気持ちは、もはや存在しないのだ」
「いや、それでもその体はルーナのものだ!」
玉木の瞳が金色にキラリと光った。
「ルーナを部屋に閉じ込めよう!俺と玉木で結界を張るから」
今まで黙っていたラパンが口を開いた。
慌てて逃げようとしたルーナの体を、ふたりの二重の結界が徐々に囲い込んでいった。
静かに扉が開いて、月人はゆっくりと顔を上げた。その手は瑠璃の手を握ったままだった。
「いつまでそうしているつもりだ?」
玉木が不機嫌に声をかけた。
「そうしていても、瑠璃さんの意識は戻らないぞ」
ラパンが月人に近づくと、その肩に手を置いた。
月人が驚いたように目を見開いた。「お前たち、何で……」
「僕たち、友達じゃないか」とラパンがニヤリと笑った。
「お前たちも、ただメソメソしているだけでいいのか?」
玉木のその言葉に、石の精たちは顔を上げると勢いよく首を振った。
玉木とラパンが、じっとベッドに横たわる瑠璃のことを見下ろした。
瑠璃は倒れた時と変わらない様子で、白い顔をして、見た感じ呼吸をしているのもわからないほどだった。
「新しく色々なことがわかったから、取り敢えず下に来てくれ」と言う玉木の言葉に、月人とマールたちは、ラパンを瑠璃の元に残して居間に向かった。
詳細を聞いて月人たちは「ルーナがそんな……」と驚きを隠せなかったが、月人はハッとしたように飛び上がると、玉木の胸ぐらをぎゅっと掴んだ。
「じゃあ、お前!何が起こっているか、わかっていたのか?わかっていて、ここに来るのを止めなかったのか?」
月人が責めるように詰め寄ると、玉木は黙ってそれを受けた。
「………瑠璃さんが行くの、止めただろう?」
「あれが止めたと言うのか?もっときちんと、危険があると言ってくれたら……」
苦々しい顔をする月人に、玉木も申し訳なさそうな顔をする。
「あの時は、こんなことになっているとは思わなかった。ただルーナの様子がおかしいので心配していたんだ。結果的に夜になってもお前たちが戻らないから、何かあったんだろうと思って、ラパンと一緒にここまで来たんだ」
月人は掴んでいた玉木の胸元を放すと、ソファーに座り込んだ。
「お前たちには、猫族と兎族としての力がある。そのどちらかの力で、瑠璃さんを元に戻すことが出来ると思うか?」
玉木はしばらく考えた後で、首を横に振った。
「いや、わからないな。マイナスの力が関係しているのなら、たぶん俺の領域だと思うが、変に力を加えて不測の事態が起こっても困る。まず、そのブラックトルマリンとやらを取っ捕まえて話を聞くしかないな」
「そんなに簡単に捕まえられるとは思えないんだが……」
強気の玉木に対して、月人は力なくうなだれた。
「どうした、月人?お前らしくないだろう?」
玉木が不思議そうに月人を見た。そして徐にその背中を思い切り叩いた。
うっと呻くと、息が詰まったように月人咳き込んだ。
「急に何するんだ」下から睨む月人に、玉木はおどけたように肩を竦めた。
「体の力がマイナスに傾いているぞ!今のお前を見たら、きっと瑠璃さんもガッカリするだろうな」
「なに?」と月人の瞳に光が戻った。
「……そうだな。すまない。玉木の言う通りだな。絶対、黒の石の精を見つけ出そう!」
「見つけ出すより、こっちから呼び出そう。こっちにはそいつのお友達がいるからな」
玉木が悪い顔でニヤリと笑うので、周りの男たちはみな背筋をぞくりとさせたのだった。




