第16章
森の中は明るく静寂で、歩いていると心地よく穏やかな気持ちになれた。
時々、オルゴールやハープのような音色が風のように鳴り響き、瑠璃にはそれが笑い声のように感じるのだった。
「みんなが瑠璃さまを歓迎してます。会えて嬉しいって言ってます。僕みたいに形を取れないモノも、気持ちを風にのせて伝えようとしています」
パタパタと瑠璃の周りを飛んでいるマールに、小さくうなづいた。
「何となくだけど、みんなが歓迎してくれてる気持ちは感じられるわ」
瑠璃がそう告げると、近くで小さく可愛らしい声が響いた。
「ほんとうですか?」
瑠璃がキョロキョロと周りを見回していると、大きな水晶の柱の影から白っぽい何かが顔を出していた。
「クリスティ!」
マールが慌てて飛んでいった。
その子はマールと同じ姿をしていた。違いはマールより一回り小さくて、鱗が乳白色だと言うことくらいだ。
その鱗は真珠のように柔らかく輝いて、その姿は神々しいくらい美しかった。
「瑠璃さま、お会いしたかったです。私は水晶の精のクリスティです」
クリスティは嬉しそうに瑠璃に近づいてきた。マールより小柄なせいか、翼をパタパタさせても軽やかだった。語りかける声も少し高くて可愛らしい。
「初めまして。瑠璃です」
瑠璃がそう言うと、クリスティは顔を輝かせた。
「クリスティは女の子なの?」
「私たち石の精には性別はないんですよ、瑠璃さま」
「そうなんだ。ごめんね。可愛いなって思って」
瑠璃が慌てて謝ると、マールもパタパタと近づいてきた。
「クリスティはさっき形を取れるようになったばかりなんです。まだ小さくて可愛いですよね」
クリスティは照れたようにエヘヘっと笑った。
「クリスティは今まではその姿を取れてなかったのか?」
月人が尋ねると、クリスティが大きくうなづいた。
「そうなんです。多分、瑠璃さまがこちらにいらしたことに影響を受けたんだと思います。すごく嬉しかったですから。そうしたら、すごく大量の力が体の中から溢れだしてきて、気がついたらこの姿になっていました」
クリスティが嬉しそうにクルリとその場で回った。
「それなら、ルーナのお祖母さんの店まで一緒に行くか?」と月人が誘った。
「ほんとうはご一緒したいんですけど、まだ姿が安定しなくて、この場所から離れられないんです。ほんとうに残念です」とクリスティがため息をついた。
「そうなの?せっかく会えたのに……」
瑠璃がクリスティのことをそっと抱き締めると、クリスティは嬉しそうに瑠璃の肩口に頭を擦り付けた。
「いいな。クリスティ……」
そんな様子を見て、マールが羨ましそうにつぶやいた。
月人に「そろそろ行こう」と促されて、クリスティに見送られながら歩き出した。
「クリスティはどうして急にあの姿になったんですか?私がこの世界に来たことによって、何が変わったんでしょう?」
「クリスティの水晶もすごい力を持っているから、石の精の姿になるのは時間の問題でした。でも瑠璃さまの波動を近くに感じることによって、自らの力が倍増して、急に姿を変えられるようになったんだと思います。瑠璃さまとクリスティの波動は特に相性がいいもかも知れません。すごく羨ましいです」
月人は自分の肩でガックリとうなだれるマールの頭を撫でてやる。
「想像以上に瑠璃さんとこの世界は相性がいいみたいだ」
「あんまり自覚はないんですけど、何となく体が軽くなったような気がします。あとブレスレットが温かいように感じます」
瑠璃が自分で作った水晶とターコイズのブレスレットを見ると、「えっ?」と月人が振り向く。
「ちょっと見せてくれ!」と言って瑠璃の手を取った。
「月人、どうしたんだ?」
「ブレスにした水晶とターコイズの魔力が凄まじい」
月人が石に触れるとパアッと周りが明るく光って、今まで歩いていた場所と違う場所に移動していた。
「すごいな、これは!」
月人が驚いたように瑠璃の顔をまじまじと見た。
「月人さん。今、何があったんですか?」
さっきまで一本道を真っ直ぐ歩いていたはずなのに、目の前の道は二手に別れている。
「これはずいぶん先に進んだな。村への分かれ道に来ている」
瑠璃は訳がわからなくて首を傾げた。
マールが辺りを飛び回って確認する。
「ほんとだ。こんな一瞬でここまで来るなんてすごい!すごいです、瑠璃さま!」
興奮したマールがくるくる回るのを、月人が片手で掴んで止めた。
「私は何もしてないけど……月人さんの力じゃないですか?」
瑠璃が戸惑ったようにつぶやくと、月人はまだ瑠璃の手を取ったまま答えた。
「確かに石の力を使ったのは俺かも知れないけど、この石にこの魔力を集めたのは瑠璃さんの力だ。この石は『ブルームーン』では魔力は少ししかなかったのに」
「じゃあ、こんな短い時間で瑠璃さまが魔力を集めたってことですね。クリスティの変化が早まったはずですね」
月人は瑠璃の両手を握り締めて、何かに集中するように目を瞑る。
瑠璃は思わず赤くなってしまったが、振り払うわけにもいかず、ドキドキする鼓動を抑えてじっとしていた。
「瑠璃さん自身も魔力で満たされている。瑠璃さんに魔力を使う力がないのがすごく惜しいけど、でもこれからは疲労を感じないで動けると思うよ」
「魔力とか力とかわかりませんけど、体が軽くなったような気がするのはそのせいなのかも知れませんね」
瑠璃が繋がれた手をじっと見つめていると、月人が慌てたように手を放した。
「あ、ごめん」そう言った月人の頬も赤くなっていた。
そんな二人を不思議そうに見ていたマールが口を開いた。
「どうせなら、このまま石の力でビュンって村まで飛んで行こうよ。きっとみんな待ちくたびれてると思うし。ね、月人」
「う~ん。そうだなぁ。時間短縮にはなるけど。瑠璃さん、今の移動で体の負担に感じたことはなかった?頭が痛いとか、目眩がしたとか」
「いえ、何ともないです。やっぱり今の移動は結構な距離を移動したんですか?」
「ああ、突然発動して自分でも驚いたよ。この距離を瑠璃さんとマールを連れて移動するのは、かなりの石の魔力を必要とするからね」
「また移動するのに必要な魔力を、このブレスレットは持っているんですか?」
月人がまた瑠璃の手を取ってブレスレットの石に触れた。
「この水晶一粒でもお釣りがくるくらい。それって、すごいことなんだよ」
まだ自覚のない瑠璃に微笑みかけた。




