第13章
翌日、いつも通りに『ブルームーン』の扉を開けると、見慣れたスーツ姿ではない月人が立っていた。月人は生なり色の麻のシャツにジーンズというラフな格好だった。
その隣にはいつもの黒コーディネートの玉木が、むすっとした顔で立っていた。
「玉木、そんな顔するな。仮にも接客業なんだから。昼もおやつも、『ラパン』から好きなもの取ってもいいから、もう少し機嫌を治せ」
「おはようございます」瑠璃が挨拶すると、二人が振り向いた。
「瑠璃さん、おはよう!」玉木は瑠璃には機嫌よく挨拶をした。
「おはよう。瑠璃さん」月人はそんな変わり身の早い玉木を呆れたように見ながら、瑠璃に微笑みかけた。
「スカートじゃない瑠璃さん、始めて見たよ」
玉木がそう言うと、瑠璃は恥ずかしそうに答えた。
「きのう、動きやすい服装でってことだったので。ジーンズなんか久し振りです」
「うん。結構森の奥まで行くからね。靴もスニーカーだし、その格好なら大丈夫だ」
月人がそう言ったので、瑠璃もホッとした。
「それで『水晶の森』にはどうやって行くんでしょうか?ルーナさんは風と共に現れた感じでしたが……」
「あっ、あいつは特殊だから参考にはならないよ」
玉木が呆れたように言うと、月人も笑いながらうなづいた。
「今日は、俺がいつも通っている道から行くから大丈夫だよ。この前はルーナも慌てていたんだろう。普通ならお祖母さんに叱られる方法は取らないからね」
「確かにな」玉木も同意してうなづく。
そして「なあ、やっぱり俺も一緒に行くのはダメなのか?3人の方が心強いだろう?」と月人に執拗に食い下がった。
「今さら何を言ってるんだ。それに向こうに行っても、ルーナのお祖母さんに追い返されるぞ」
月人に言われて、玉木はガックリと肩を落とした。そんな玉木を見て、瑠璃は何だか可哀想になってしまって、早くひとりでもお店番ができるようになろうと決意した。
「そろそろ出掛けようか」
月人は瑠璃に向かってそう言うと、石を入れるリュックと、お土産のお菓子とパンがたくさん入った『ラパン』の紙袋を2つ持った。
「あっ、私も持ちます」
瑠璃が手を出すと、「それなら、こっちを頼む!」と言って、手に持った小さい方の紙袋を差し出した。
「玉木、じゃあ、行ってくる!」月人がそう言って向かったのは、店の出入り口の扉ではなく、バックヤードの奥の倉庫に続く扉だった。
「えっ?こっちですか?」瑠璃が思わず尋ねると、月人は「そうだ」と、倉庫の中に入って行く。
『ここに外に出る、出入り口なんてあったかな』瑠璃が首を捻っていると、月人がいつも鍵がかかっている高額の石が入ったケースに近づいて、そのすぐ横の壁に手をついた。
すると、何の変鉄もない壁が僅かに光って、まるで自動扉が開いたように細長い通路が現れた。
「これって魔法?」思わずつぶやいた瑠璃を、月人は振り返ってじっと見つめた。
「これから行く世界は、そう言う所だよ」
驚いて目を見開く瑠璃に月人がそう告げると、「あんまり瑠璃さんを脅かすんじゃない!」と後ろにいた玉木が、月人の頭を軽く小突いた。
「いった!」頭に手を当てて月人が玉木を睨む。
「別に脅かしてるつもりはない!」
「とにかく、くれぐれも気をつけて行ってこい!瑠璃さん、いってらっしゃい!」と見送ってくれる玉木に、瑠璃も「いってきます!」と笑顔で答えた。
数歩歩いて振り向くと、出入り口はいつの間にか消えていた。照明は見当たらないが、壁と天井が白く輝いていて、人が二人余裕で並んで歩けるくらいの通路の中は、淡い光で満ちていた。
「この壁も天然石なんですか?淡く光っていてすごく綺麗です。見る角度によって青い光の筋が浮かびますね。まるでムーンストーンみたいです」
「瑠璃さん、すごいね。当たり!ムーンストーンだよ」月人は嬉しそうに微笑む。
「えっ、でも高価なムーンストーンを壁や天井に使うなんて……」
驚く瑠璃に月人は首を振る。
「表面に薄く張ってあるだけだ。それに光の魔力を注いでいる。目に優しい光だろう?」
ちょっと得意そうな月人が可笑しい。
それから数分歩いて、狭くて白い通路に少しだけ圧迫感を感じ始めた頃、通路は急に行き止まりになった。
「行き止まりになっちゃいました」
瑠璃が慌てて駆け寄ると、「大丈夫だ!ここが通路の出口だから」安心させるように月人が教えてくれた。
また月人が行き止まりの壁に手をつくと、その壁がスッと消えた。
「指紋認証みたいなものだよ。石たちに呼ばれた者だけが扉を開くことができる」
月人に言われて瑠璃も納得した。
『ここは私のいる世界とは違う世界……』
通路から一歩足を進めると、そこは優しい光に満ち溢れ、色とりどりの花が咲き乱れる野原だった。瑠璃が慌てて振り返っても、そこには通路も何も存在しなかった。もし、近くでその様子を見ている人がいたとしたら、それは何もない空間から、突然瑠璃と月人が現れたように見えただろう。
「ここはもう、月人さんの世界なんですか?」
「ああ、その入り口って所かな。少し行った所に小川が流れていて、それを渡ってしばらく歩くと『水晶の森』が見えてくる」
「結構歩きますか?」
瑠璃には月人の言う『少し』とか『しばらく』って言うのが判断つかなくて聞いてみた。
「う~ん。歩くのが苦にならないって言っていた瑠璃さんなら、大丈夫だとは思うけど。途中休憩しながらゆっくり行こう」
「はい」うなづきながら、瑠璃は少し心配になった。歩くのは自信があるが、帰りは重い荷物を持っているのだから大変だ。それでも、ちゃんと月人の役に立てるように頑張ろうと瑠璃は思った。




