第12章
瑠璃の『ブルームーン』での日々は穏やかに過ぎていった。
初めてのお給料日には驚いてしまった。
「月人さん、これ、貰いすぎじゃないですか?」
現金でもらったそれは、瑠璃が考えていたものよりずっと多かった。一緒に袋に入っていた明細書とは合っていたけれど。
「うちはタイムカードはないけど、時間はちゃんと付けてるから間違いないと思うよ。時給と交通費、あとブレスレットの製作代だね。この店は特殊だけど、ちゃんと役所には届けてあるから所得税と雇用保険料は引かせてもらっている。瑠璃さんには自分で確定申告をしてもらわないといけないけど、わからないことは何でも聞いて欲しい。最初の確定申告は、会社に勤めていた時の年収で計算されるから税金も高くなって、この給料も手元に残るのはそんなに多くないと思うよ」
「そうなんですか。前の会社はお給料が低かったので、そんなに変わらないと思います。でも確定申告は自分でしたことがないので、いろいろ教えて下さい。あと明細書にある製作代って?その作業も時給に含まれていると思ってました」
瑠璃が戸惑い気味に口にすると、月人は首を振った。
「最初はそう考えていたんだけど、瑠璃さんの場合は特別だったからね」
「特別って?」
「そう。作るブレスレットに特別な力が込められているから、多少値が張ってもみんなが欲しがるんだ。この住宅街の住人も結構買いに来ている」
そう言えば、瑠璃の作ったブレスレットは次の日にはなくなっていた。お客さまが来た訳ではないのに、どうしたのかなっとは考えていたが。
「特別な力って、もともと石が持っているんじゃないですか?」
「そうなんだけど、瑠璃さんが作るとその石の魔力がより強力になる。しかもその波動が心地いい。元々の魔力が弱い者には、瑠璃さんが作るブレスレットはたまらない魅力なんだよ」
瑠璃が驚いて目を見張る。
「私は自分の力も月人さんの力もわからないです。石の声も聞こえません。でもブレスレットは『手にしたお客さまに、素敵なことがありますように』そう心を込めて作っています」
「ありがとう。心を込めてもらって、石たちが喜んでいるよ」と、月人が笑うので瑠璃も嬉しくなった。
最近の月人はすごく笑うようになったなっと、瑠璃は思った。今までのように皮肉っぽくない、心からの笑みは見ていると、こちらまで温かい気持ちになる。
「私、これからもっともっとブレスレット作りも頑張りますね」
「ああ、期待している」
張り切る瑠璃に、月人の笑みはどこまでも甘い。
『こんな顔、絶対玉木さんには見せられないよ』
たぶん自覚のない月人に、瑠璃も違った意味で焦っていた。
それから1週間が経った頃、瑠璃は思い切って月人に尋ねた。
「あの~月人さん?まだ仕入れに行かなくて大丈夫なんですか?結構在庫も減ってきていますし。まだまだ私にひとりで店番を任せるのは心配かも知れませんが、私もいつまでも甘えている訳にはいかないと言うか……」
「そうだな。そろそろ行かないと駄目かな。でも、今まで行ってなかったのは瑠璃さんのせいじゃなくて、ここのところ大口の注文がなかったからなんだよ」
「そう言えばそうですね」確かにと、瑠璃は小さくうなづいた。
「じゃあ、今回は瑠璃さんも一緒に仕入れに行ってみよう?」
月人がいいことを思いついたという顔で言った。
「えっ?でも仕入れ先って、こことは違う世界なんですよね?そこって、私も一緒に行けるんですか?」
瑠璃の頭の中は『?』でいっぱいだ!
「瑠璃さんはこの店に入れるんだし、石たちにも認められているから大丈夫だよ。それに瑠璃さんも『水晶の森』を見てみたくない?」
月人の言葉に瑠璃はパッと顔をあげた。
「行きたいです!」
その瑠璃のすばやい反応に、月人も満足そうにうなづいた。
『水晶の森』ってどんな所だろう。瑠璃は想像してワクワクした。
「じゃあ、明日の朝から出掛けよう。朝って言ってもいつもの時間に、この店に来ればいいから。ルーナたちにお土産も持って行きたいから、今のうちにラパンに頼んでおくか」
月人は何やら色々と準備を始めた。
『水晶の森』ってルーナさんの世界だったんだ。そう思ったら、瑠璃のワクワクが少しだけ萎んでしまった。
『この前、ルーナさんは泣きながら帰ってしまったけど、誤解は解けたのかしら?会うのがちょっぴり怖いな」
「そう言う訳で、明日店番を頼むな!」
手に『ラパン』の紙袋を持って、ニコニコしながら『ブルームーン』に入ってきた玉木は、月人の言葉に絶句した。
「な、な、何でだよ!」やっと立ち直った玉木が反論すると、「いつものことだろう!」と月人は膠もない。
「あ、あのですね」と、瑠璃が慌てて間にわって入る。
「えっと、私も今回、月人さんの仕入れにご一緒させていただくことになって……」
「何だよ!瑠璃さんと二人で行く気かよ。そんなのズルいだろう!それに、向こうの世界に行くなんて、瑠璃さんに危険かも知れないぞ!」
瑠璃の言葉を遮ってごねる玉木に、月人が「どうしても、瑠璃さんに『水晶の森』を見せたいんだ。俺も一緒だし、仕入れに行くだけだから大丈夫だ」と説得する。
「それならさ、3人で『水晶の森』に行こうよ。絶対楽しいから」
玉木が名案だろうっと言うように、月人と瑠璃の顔を交互に見た。
「それ、全然問題が解決してないし、お前が一緒に行く意味がわからない。店は休めないし、お前は『水晶の森』にしばらく出入り禁止だ!ルーナのお祖母さんが怒ってる」
「えっ?ルーナのお祖母さんが?マジで?」
玉木がたちまちシュンとしてしまった。
『ルーナさんのお祖母さんってすごいんだな……』
瑠璃からも何とか玉木にお願いして、明日の店番を引き受けてもらうことになった。
「もう、今度だけだぞ。あ、でも、瑠璃さんだけで店番することになったら、俺、張り切ってお手伝いするからね」
最近は玉木の姿の時も、何故か背後に揺れる、感情だだ漏れの尻尾を感じる瑠璃だった。最初はクールかと思ったのに、瑠璃は思わず笑ってしまった。
その後、玉木のお持たせのサバランとアールグレイを楽しみながら、明日のことを色々と話した。




