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天然石に愛された娘  作者: 月森杏
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第11章

 

 瑠璃が『ブルームーン』を出ると、辺りはもう暗くなっていて、空には銀色の三日月が輝いていた。

『今日は歩いて帰ろう』今日知った色々なことを考えたくて、瑠璃は歩き出した。

 シンと静まり返った住宅街をゆっくりと歩くと、瑠璃のコツコツっと言う足音だけが響く。この住宅街は灯りは点いているものの、人が生活している気配が希薄だった。

 玉木は近くに住んでいるはずだが、月人やラパンはどこに住んでいるんだろうと、瑠璃は考えた。明日確認してみよう。

 瑠璃には、月人たちが何者であるかよりも、その存在が突然いなくなってしまわないか、と言うことの方が今は気になっていた。

『私は、明日もちゃんとお店に辿り着けるのかな……』心細くなった瑠璃は、手首に嵌められたブレスレットの存在を確かめた。これがあれば、きっと大丈夫。

『ターコイズーー人生の守護石。どうか、これからも彼らの近くにいられますように』


 翌日、瑠璃はいつもより早目に家を出た。バスを降りて、あの住宅街までの道をドキドキしながら歩いた。

 隣の広いお屋敷の白壁が途切れたところには、いつもと変わらず、小さくて可愛い『ブルームーン』が木々に囲まれて静かに建っていた。

「月人さんはまだ来てないみたい。いつもよりずいぶん早く着いちゃったからなあ」

 店には灯りも点いていないし、扉の鍵もかかっている。タマの姿も見えないし。

「そうだ!『ラパン』に行ってみよう!」瑠璃は思いついて明るく笑った。隣からはいつもの微かな人声が聞こえてくる。


 瑠璃が隣の黄色い石の壁に添って歩いて行くと、小さな門が開かれていた。その門をくぐって芝生の中の石畳を進んで、やっと『ラパン』に辿り着いた。

 芝生の両側にはパラソルつきのテーブル席が幾つか配置されていた。

「きっとここが、きのうのルーナさんの風で煽られちゃったのね」

『ラパン』は大きなアーチ状の窓がある煉瓦造りの素敵なお店だった。店内は大きな窓のおかげで明るく、たくさんのパンが並べられているコーナーと、ショーケースに並べられた色とりどりのスイーツのコーナー、窓の側は『イートイン』も出来る喫茶コーナーになっていた。喫茶コーナーは思ったより広く、この時間帯にしては混んでいた。


 瑠璃はパンを買って喫茶コーナーで食べることにした。

 トレイを持ってウロウロしていると、後から声をかけられた。

「あれ?瑠璃さん。どうしたの?」

 振り向くと、ちょっと驚いた顔をしたシェフ姿のラパンが立っていた。

「ちょっと早く来てしまったので、ここでパンを食べて行こうかなって思って。今までなかなかお店に来れなかったので、いざ選ぶとなると迷ってしまって」

「そうなんだ。嬉しいな。それなら、このチーズフランスが焼き立てでお勧めだよ」

 ラパンは手に持っているトレイのパンを差し出した。

「ほんとだぁ!焼き立てのいい匂い!それにまだ温かいです」

 瑠璃はラパンお勧めのチーズフランスと珈琲を注文して喫茶コーナーに向かった。


 窓際の二人席が空いていたので、窓に向かって腰掛ける。

『パンを選ぶのに時間がかかっちゃったから、あんまりゆっくりは出来ないな』

 瑠璃はまだ温かいパンをちぎって一口食べた。中から湯気がたつくらい焼き立てだ。外はカリっと中はもちもち、チーズもトロッとして、「もう最高に美味しい!」瑠璃が美味しさを噛み締めていると、急に陰が差した。

 瑠璃が驚いて見上げると、目の前に月人が立っていた。

「えっ、えっ?月人さん、どうしたんですか?」瑠璃がもぐもぐしながら、焦って尋ねると、月人は少しはにかんだように微笑んだ。

「ラパンから、瑠璃さんが喫茶に来てるって連絡もらって、飛んできたんだ。俺も今から買ってくるから、一緒にいいかな?」

「は、はい。もちろんです。お勧めはこの焼き立てのチーズフランスです。最高ですよ!」

 瑠璃が今食べているチーズフランスを指差すと、月人はうなづいてパンコーナーに向かった。


 月人は瑠璃と同じものを持って、すぐに戻ってきた。

「最後の1個だった!」と言って瑠璃の前に座った。

「えっ?本当ですか?さっきはトレイに山積みだったのに……すごいですね」

「あ、ほんとだ!まだ温かい。焼き立てってこんなに美味いもんなんだな」

 にっこり笑う月人に、瑠璃も嬉しくなってしまった。

『美味しいものは人を幸せにするなぁ』瑠璃は心からそう思った。

「でも残念ながら、あまりのんびりは出来ませんよ。開店準備が有りますから」

 瑠璃が時計を指すと、月人がニヤリと笑った。

「別にいいんじゃないかな。そんなに急がなくても」

「えっ、でも……」

「俺が店主なんだし、お客さまもそうそう来ないよ。瑠璃さんもゆっくりしていって」

 月人はパンを堪能しながら、珈琲をゆっくり飲む。

『それで、いいんですかぁ!』と瑠璃は心の中で叫んだ。


 二人で『ブルームーン』に戻ると、タマがふて腐れたように扉の前で寝そべっていた。

「二人で何処に行ってたのかなあ?もう開店時間は過ぎてるよ!」扉を開ける月人を恨みがましい目つきで見上げる。

「ああ、ごめんね。タマ!今日は早く来すぎちゃったの。それで、お店が開くまで『ラパン』でパンを食べてたの。『ラパン』に行ったの初めてなんだ」

 嬉しそうに話す瑠璃に、タマはなおも食い下がる。

「じゃあ、何で月人も一緒だったんだ?」

「ラパンが店に瑠璃さんが来てるって連絡くれたからな」

「な、何で俺には連絡くれないんだ?」

 月人が振り返って足元のタマを見る。

「それはお前が携帯を持ってないからだろ?仕方ないじゃないか」

 月人は瑠璃を店の中に招き入れると、バタンと扉を閉めてしまった。


 猫の姿では扉を開けられないタマが玉木になって入ってきた。

「月人、お前、ほんとに容赦ない奴だな」

 玉木はブツブツ言いながらテーブルに座ろうとするが、月人に遮られる。

「これから開店準備で忙しい。暇なら、掃除を手伝え」

 月人に箒とちり取りを渡されて、玉木はしぶしぶ掃除を始めた。瑠璃もジョウロを持って前庭に出ると、いつもより遅めの日課の水やりを始めた。

 可哀想だけど、今日はタマと遊んであげられないな。

 さっきのしょんぼりとしたタマの姿を思い出して、瑠璃はちょっとだけ笑ってしまった。

 中身は玉木なのに、やっぱりタマの姿だと可愛く思えちゃうんだよね。


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