第9章
本日2回目の投稿です。
「えっ?何を言ってるの?私が石に呼ばれてここに来た?前にもそんなこと言ってたけど、それってどういうことなの?もう、誰かいい加減教えて!」
瑠璃は心の中で叫んだつもりだったけど、実際は思い切り声に出していた。
「瑠璃さん、混乱させてごめん。あなたには石たちの声は聞こえないのに……」
月人が申し訳なさそうな顔で言うので、瑠璃は驚いてしまった。
『えっ?聞こえないよね、普通?』
瑠璃が心の中で思い切り突っ込んでいると、今度はルーナが驚きの声を上げた。
「えっ、聞こえないの?それじゃあ、普通の人間じゃない!」
「ふ、普通の人間ですけど、何か?」
「じゃあ、何でこのお店に来れるの?」
ルーナが前のめりになって尋ねてくる。
「だから、石たちがそう望んでいるからだ!ルーナも瑠璃さんのこと、落ち着いて見ればわかるはずだ」
『う~ん、私にはさっぱりわからないんですけど……』
ルーナが唸っている瑠璃をジッと見つめながら、不満そうに椅子に座り直した。
月人は姿勢をただして瑠璃に体を向けた。
「瑠璃さん、改めて説明させて欲しい。今まで黙っていて申し訳なかったけど、ここは、この住宅街はちょっと特殊な場所なんだ。時空の狭間みたいな場所だ。住んでいるのも訳ありの者が多い。人間じゃない者や、魔力を持つ者がいたりする。特にこの店は特殊で普通の人間はこの店に来られない。時々、迷い混んだりする人がいても二度目はない。この店に通えること自体が有り得ないことなんだ。瑠璃さんのことは石たちが呼んだんだって、ひと目見てすぐにわかったよ。だから、この店で働かないかって誘ったんだ」
話の内容は驚くことだったが、瑠璃には思い当たることもあった。その上で月人に疑問をぶつけた。
「何故、石たちは私のことを呼んだんですか?」
「瑠璃さんから出ている波動が、石たちに心地いいものだったんだと思う。それは俺も実際に感じている。ただあの時は、瑠璃さんの波動が乱れていた。これからどうしたらいいか、不安で押し潰されそうになっていた。石たちはそれを感じて、俺に助けてあげて欲しいって言ってきた。俺もそうしたいと思ったんだよ」
「じゃあ、月人のこの人に対する思いはそう言うことなの?」
瑠璃が混乱して何も答えられないでいると、ルーナがもう黙っていられないと言うように、話に割り込んできた。
月人は僅かに逡巡するとうなづいた。
「最初は石たちの意識に引きずられているのかと思った。でもそうじゃないって、今わかった」
「今なのかよ!」今までここにいなかった人の呆れたような声が響いた。
「玉木さん……」瑠璃が顔をあげると、扉のところに相変わらず黒コーディネートで決めた玉木が立っていた。
「「タマ!!」」二人同時に批難の声をあげた。
玉木さんはいつもと変わらない様子で、『よっ』と片手を上げた。
「玉木さんて、もしかしたら黒猫の『タマ』なんですか?」
玉木は『バレちゃったか』と言うようにニヤリと笑って、一瞬で黒猫の姿になった。
黒猫のタマは足音もなく驚きで固まっている瑠璃に近づくと、ヒラリとその膝に飛び乗った。その瞬間、月人の手が伸びてタマの首根っこを捕まえた。
「お前、瑠璃さんの膝に乗るなんて、どう言うつもりなんだ!」
「ニャッ」と抗議の声をあげた後、タマは玉木の声で喋り始めた。
「なっ?お前は最初から俺やラパンが瑠璃さんに近づくのを邪魔していた。最初からだ。今さら自分の気持ちに気がつくなんて呆れるよ」
タマは月人の手に首の皮を掴まれて、ブラ~ンとだらしなくぶら下がっている状態なのに、何故か偉そうに月人に文句を言った。
「だからルーナ!お前も諦めろ!」
「な、何でよ!私の方がずっと前から月人のことが好きだったのに~!」
ルーナは椅子を蹴倒すような勢いで立ち上がると、泣きながら扉から駆け出ていった。巻き起こった風で扉が『バッターン!』とすごい勢いで閉まった。店の外では木々の枝がざわざわ揺れて、吹き散らされた葉っぱや花が渦を巻いていた。
しばらくして、扉や窓ガラスのたてる音が止むと、月人が「おい!」とタマに声をかけながら、掴んでいた手を離した。
タマはあっという間に、瑠璃の前で玉木の姿に戻った。
「ほんとうに玉木さんがタマだったんですね?あ、でも、どっちが本当の姿なの?」
戸惑っている瑠璃に、玉木は『教えない』と言うようにニヤリと笑う。
「タマ!お前、またルーナのことからかって遊んだだろう?可哀想じゃないか。好きなのにからかってばかりいると、ほんとうに嫌われるぞ!」
「えっ?そうなんですか?」
瑠璃が驚いて目を見開くと、玉木が『フンッ』と鼻を鳴らした。
「仕方ないだろう?俺は性格が猫なんだからさ!」
「えっ~!まさかのツンデレですかぁ!」
瑠璃は呆れ顔の月人の隣で、ガックリと肩を落とした。
瑠璃が少し気持ちを落ち着けて口を開く。
「でも……このままでいいんですか?ルーナさん、何か誤解したまま出て行っちゃいましたよ。玉木さんはそのままの方がいいのかも知れませんけど、ルーナさんが可哀想です」
「誤解?」月人が低い声で問い返す。
「そうです。玉木さんが言ったんですよね?月人さんが私のことを、えっと、その……」恥ずかしそうに口をモゴモゴさせる瑠璃を見て、にやけていた玉木の顔が引きつる。
「だって、私と月人さんは従業員と雇用主ですから!」
キッパリと言い切る瑠璃に、玉木は気の毒そうに月人を見る。
「えっ~と……月人、何かごめん!」
気を取り直したのか、月人が真面目な顔で瑠璃に向き合うと、言葉を改めて問いかけてきた。
「それで、瑠璃さんはこの店のことを知った上で、今まで通りここで働いてくれますか?あなたの感じてたように、確かに俺もこの店も怪しいですから……」
「えっ?瑠璃さん、ここを辞めちゃうの?」玉木が焦った顔をする。
「瑠璃さんは普通の人間で、周りにもそう言う人間しかいなかったんだから、俺たちみたいな存在を受け入れるのは難しいだろう」
「でも瑠璃さん、割りと平気な感じで……」
「混乱していて、まだ実感できないのかも知れないし、俺たちの前だから、平気そうに振る舞ってくれているのかも知れない。瑠璃さん、答えは急がないので、ゆっくり考えて返事を下さい」
月人の言葉に、瑠璃は自分が考えるのを放棄していたことに気がついた。タマの姿が玉木に変わるのを目の前で見ても、まだ信じられない自分がいた。
「私、やっぱりまだこの状況が信じられなくて……」
瑠璃は月人と目が合わせられなくて、下を向いた。
そして、ハッと何かを思いついたように顔をあげた。
「つ、月人さんも普通の人間じゃないんですよね?だったら、どう違うんですか?」
「俺は人間ではあるけど、違う世界で魔力を持って生まれた。石たちに魔力と強い意志が宿る世界だ。そこで俺は魔力を使って技術者のような仕事をしていた。山を削って道を作ったり、作物を通常より早く育てたり、怪我や病気の人を癒したり、石に宿る力を利用して、いろいろなことをやってきた。そして、ある石を求めてこの世界に来て、ここで店を開くことにしたんだ」
「すごいですね。月人さん、まるで魔法使いみたいです」
強張っていた瑠璃の表情が少しだけ柔らかくなったのを見て、月人はホッとしたように息を吐き出した。
瑠璃は心の中に問いかける。自分はどうしたいのか。
もう既に、月人やお店のことを怪しいとは思っていなかった。あの時は、色々なことに疑心暗鬼になっていて、騙されるかも知れないと言うことが怖かった。
月人のことはもう信用しているし、お店もとても居心地がいい。このままずっと働けるといいなって思っていた。
でも、例え月人が石たちから頼まれたとしても、たいして仕事のない自分が、このままここでお世話になってもいいのかと瑠璃は悩む。
『個人的なお客さまがほとんど来ないことも納得したし……どうしよう。ここを離れたら、もう月人さんとも、玉木さんとも(タマとも)、内田さんとも会えなくなるんだ。そんなの嫌だ!せっかく見つけた自分の居場所も、私を受け入れてくれる人たちも手放さないといけないなんて……』
瑠璃は決心したように顔をあげた。
「私、今まで通りここで、『ブルームーン』で働きたいです」
瑠璃の返事を聞いて、月人も玉木も嬉しそうにうなづいた。
「もっとゆっくり考えてもいいんだよ。戸惑うこともたくさんあると思うから」
「何言ってんだよ、月人!せっかく瑠璃さんが決心したのに。気が変わっちゃったら困るだろう。ねっ、瑠璃さん。今まで通り、日課の水やりの時には俺と遊んでね。俺、頭撫でて貰うの好きなんだよね。その為に、毎日きちんと起きてるんだから」
玉木が瑠璃の手を触ろうとするのを何とか止めながら、月人が嫌そうな顔をする。
「えっ?玉木さん。まだタマの姿でお店に来るんですか?」
瑠璃が呆れたように言うと、玉木はニヤリと笑った。
「だってこの姿じゃ、瑠璃さんに撫でて貰えないじゃないか」
怒った月人が立ち上がる前に玉木は店から逃げ出した。




