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天然石に愛された娘  作者: 月森杏
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序章

 


 今日も空は青く晴れていて、オフィス街のこの勤務時間帯は人通りも少なく静かだった。

「ああ、終わってしまった」

 瑠璃(るり)はこの世の終わりのようなため息をついた。

 確かに瑠璃の会社員人生はいったん終わりを告げたのだ。

 勤続15年をもうすぐ迎えるというこの時、突然倒産の憂き目にあってしまった。


「はぁ~」何度目かわからないため息をついて空を仰ぐ。

「明日からどうしよう……」

 瑠璃は中学生の時、両親を事故で亡くし、高校を卒業するまで親戚の家でお世話になっていた。

 両親が瑠璃に遺した貯金は微々たるもので、高校を卒業するのと、卒業してから一人暮らしをする資金で、ほとんど使ってしまった。

 親戚は北海道に引っ越してしまい、今現在近くに頼れる人はいない。

 元来の人見知りの性格と、ひとりで生きていくことに精一杯で、友達は少なかった。その友達も全て会社の同僚で、今困っているのは瑠璃と同じだった。


 卒業後、運よく今まで勤めていた会社に就職することができたが、お給料が少なかったので貯金は少ししかできなかった。生活費もなるべく切り詰め、洋服も小物も実用的なものしか買わずにきたのに現実は厳しい。

 古いワンルームのアパートの家賃さえ、あとどのくらいもつだろうかと瑠璃は心配でたまらない。

「すぐには失業保険は出ないだろうし、取り敢えず明日からハローワークに通わなくちゃ」


 瑠璃はいつもならバスに乗るところを、今日はとぼとぼと歩いて帰った。何となく真っ直ぐ帰りたくなかった。アパートでひとりになったら、大声で泣き喚いてしまいそうだった。

 どうしよう、ただそれだけを頭の中でぐるぐると考えながら、瑠璃はひたすら歩いた。

『歩いているといいアイデアが浮かぶってよく聞くけど、ほんとなのかな?』


 瑠璃は迷わないように車の多い広い道路に沿って歩いていたが、急に思いたって横道にそれてみる。迷っては困るので、進む方向は間違えないように気をつけて進む。

 瑠璃はスマホの地図アプリを見ても、目的地に辿り着けない残念なタイプだった。ある意味、これは冒険だった。


 道を曲がってからしばらく歩くと古い住宅街に出た。広めの敷地に木々や塀に囲まれて、思い思いの家が建っている。石や煉瓦で建てられた洋館風の家が多く、趣があってとても素敵だ。なかには瑠璃がずっと憧れていたイングリッシュガーデンの庭もあった。門も黒いアイアンがアールヌーボー風の格子になっていたりして、思わず中を覗きたくなるほどだ。

『素敵なお家だなぁ。私も1度でいいからこんなお家に住んでみたいな』

 瑠璃は今までアパートにしか住んだことがなかった。親戚にお世話になった時も、アパートとそう変わらない古いマンションで肩身を狭くして暮らしてきた。

 庭のある家に住むのが小さい頃からの瑠璃の夢だった。


 素敵な家の外観を楽しみながら、不審者と思われない程度にゆっくりと歩いた。

『うわぁ、大きな家……』

 蔦のからまる白壁の塀がしばらく続いて、それが1軒の家だと気付いた。建物自体はそう大きくないが、庭がものすごく広い。

 白壁の塀が途切れると、普通に隣の家に続くと思われた場所に不似合いな空間があった。

 その少し奥まった所に『天然石ブルームーン』と看板を掲げた小さなお店があった。

「こんな所にお店が?」


 恐る恐る近寄ってみると、白壁に青い瓦屋根の可愛らしい雰囲気のお店だった。道からお店までは前庭のようになっていて、何本かの木と色とりどりの花が自然な感じで植えられていた。大きめの窓からは、吊るされたサンキャッチャーと天然石のクラスターが、陽を受けてキラキラ輝いていた。

「可愛いお店ねぇ」

 窓から除き込むと、壁一面の棚には様々な天然石が連になって並べられていた。棚面が斜めになっていて石がよく見えるようになっている。


 瑠璃の唯一の趣味は手芸だった。安い布地で洋服を作ったり、シンプルな小物に刺繍したり、ビーズでアクセサリーを作ったり、いわゆるハンドメイドが大好きだった。

 もちろん贅沢に材料に拘ることはできなかったが、いつか本物の天然石や真珠を使って、自分の思うままにアクセサリーを作ってみたいと思っていた。

 天然石やヴェネチアンビーズをお店で眺めるだけでもワクワクした。ボーナスが出た時は、迷いに迷って自分のお気に入りを1粒だけ買った。


「それももうできなくなっちゃうんだな……」

 瑠璃はそうつぶやくと、名残惜しそうに窓から離れようとする。

 もう生活に余裕がなくて1粒の贅沢もできそうにない。いつもは楽しめるのに、今は見ているだけというのも切なく感じられた。

 その時、近くの木の扉が微かな音をたてて開いた。

「どうぞ中でご覧下さい」

 声をかけられ瑠璃はハッとした。



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