表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
母さんといっしょ   作者: 守ー
8/10

第8話 「思えた事と思った事」

 


 バイトの帰り道。

 僕は悶々と考えながら歩いていた。

 犬塚にあれだけはっきり言われるのは初めてだ。

 きっと、今日の僕の様子が余程変だったのだろう。

 腑に落ちないところもあるが、あれがアイツの本心なのは間違いない。

 それに、アイツなりに僕の事を思って言った事だろう。

 やはり料理の道に進むべきなのか?


 これから専門学校に進む?

 それとも何処かの店に修行に入ってしまうのが手っ取り早いのか。

 それならば一層のこと渡仏する?

 いや、渡仏って……。


「お母さんも付いて行ってあげるわよ?」

「え?」


 悶々と考え事をしていたら、横から母さんが話しかけて来た。


「フランスよフランス。そうね、お母さんの大学のお友達でユリちゃんって子がいるんだけど、その子は今、フランス人の旦那さんとパリで暮らしているから、とりあえず連絡してみなさいよ?」

「…………え?」


 丁度考えていた事だけど、いきなり何を言うんだか。


「どうせならパリで修行しなさいよ。向こうに行ったら言葉も直ぐに覚えるだろうし、語学の勉強にもなるじゃない?」

「い、いや、だって急過ぎない?」

「急でもなんでもないわよう。だって料理は、子供の頃からずっと好きだったんでしょ?」

「まあ……」


 なんか言ってる事が微妙に違うようだけど、本筋は間違っていないので言い返せない。

 それに、確かに行ってみたいと言う気持ちはある。


「フフ。ユウくん、それだけじゃないのよ? ユリちゃんの旦那さんなんだけどね。かなり顔の広い人だから、レストランとかにも口が効くはずよ?」

「………」


 その母さんの友達の旦那さんと言うのは、ショールームを経営しているそうで、ファッション関係ではかなり有名らしい。

 母さんはそのつてを利用出来るのじゃないかと言う。


「でも、母さんが死んでからだいぶ時間も経ってるし……」

「手紙を出すだけ出してみればいいじゃない?」

「連絡先もわかんないし……」

「そんなの家に戻れば直ぐ見つかるわよ」


 母さんはなかなか引かない。

 逆に盛り上がって来ている。


「そしたら、これから母さんがお家に行って見つけてくるわね。ユウくんはモモモモちゃんと会って、ちゃんとこの事を話し合うのよ?」

「いや、だから未だ……」


 母さんがフッと消えてしまった。

 便利なものだ、幽霊ってヤツは。


 それにしても、急展開過ぎないか?

 今朝こんな話になったばかりで、本当にフランスへ行く事になるかもなんて言い難い。

 しかも、死んだ母さんの友達のつてを頼るなど、どう考えても発想がおかしい。

 六歳で死んだ母さんの友達の事なんて、急に思いつく事でもないだろうに。


「どうしよ……」


 と呟いた時、僕の携帯が振動した。

 モモモモさんからの着信だ。

 もう駅にいるらしい。

 言い訳を考える時間もないじゃないか……。



「お疲れさま!」

「あ、うん……」


 可愛らしい笑顔に迎えられ、益々話し難くなる。


「どうしたの?」

「いや……」


 こんな可愛い子と付き合ったばかりだと言うのに、これでいいのだろうか。

 他にも方法があるような気がする。


「あ、フランス行き、ちゃんと考えてくれてたんだね?」

「え?」


 僕の顔に書いてあったのだろうか。

 見透かしたかのように言うモモモモさん。

 それにしても、なんだか嬉しそうな顔をしている。

 そんなにフランスへ行って欲しいのだろうか。


「ちょっと今日一日考えててさ……」

「喫茶店でも入る?」


 モモモモさんは僕に何かを感じたらしく、話の途中で聞いて来た。


「そ、そうだね……」


 僕らは改札を通らずに、近場のカフェに入る事にした。

 なんだかモモモモさんはご機嫌だ。

 僕は音符が出ているようなモモモモさんの足跡を追った。



「……と、まあそんな感じで、死んだ母さんの友達に手紙を書いてみようと思ったんだ」


 僕はコーヒーにも口をつけずに話していた。

 席に腰を下ろすや、つらつらと訴えるように。

 話し方が愚痴っぽかったかも知れない。

 そのくらい自分では判断がつかない事で、誰かに聞いてもらいたかったのだと思う。


「いいんじゃない?」


 モモモモさんは考える事なく言った。

 でも、先ほどまでの嬉しそうな顔は影を潜めていた。


「そうなったら私、待ってる……」

「ま、待ってるって?」

「だから、鬼嶋くんが修行が終わって帰って来るまで、私は鬼嶋くんの事を待ってる」

「…………」


 なんでそんなに僕の事を?

 との言葉が口を出かけて、奥の方へ落ちて行った。


「すっごい有名になって帰って来ても、私のこと知らないなんて言わないでね?」

「そ、そんな事は絶対にないよ……」

「フフ、嘘。私の事なんて忘れちゃってもいいよ?」

「な、何を言ってんの?」

「だって、もしかしたら向こうの人と結婚して、向こうでずっと暮らすかも知れないし……」

「絶対にモモモモさんの元に帰ってくるからっ!」


 僕は何を言っているのだろう。

 未だ行くとも決まっていないのに、これじゃ行くのが決定しているみたいじゃないか。

 ただ、さっきから心の奥底では、決定事項として捉えている気になっている。

 これが僕の望みだったのだろうか。


「ありがとう……」


 モモモモさんは恥ずかしそうに言った。

 モゾモゾしながら周りを気にするモモモモさん。

 僕はかなりの大声を出していたらしく、店内の人はみんな僕らの方を見ていた。

 そりゃ恥ずかしいわな……。


「とにかく、未だ行くと決まった訳じゃないんだけどね?」

「うん。でも鬼嶋くんは行くわ!」


 モモモモさんの言い切った言葉で、益々決定事項として自分の中で固まった気がした。

 でもモモモモさんは、なんでそこまで確信を持って言うのだろうか。

 僕と付き合ったはいいけど、やはり後悔でもしてるのだろうか。

 遠距離でフェイドアウト的な……?


「あのね、正直言ったら私だって行って欲しくないのよ?」


 モモモモさんは僕の考えを見透かしたように言う。

 また顔に出ていたのだろうか。


「ならどうして?」


 思わず口をついて出ていた。


「私が送り出せるのならそれもいいかなって思えるの。だって、鬼嶋くんを後押し出来るんだよ? もし、こうしてお付き合いする前の話だったら、私、何も知らないまま、鬼嶋くんとは再会も出来なかったんだしね?」

「…………」

「それに、こうして再会して直ぐにこんな話になるのは、それなりに理由があると思うのよね……」


 どんな理由なのだろうか。

 それにしてもモモモモさんは、どうしてそこまで僕の事を慕ってくれているのだろうか。

 まるで再会を願ってくれていたみたいじゃないか。


「私、ずっと好きだったのよ?」

「へ?」


 心の声が通じたのか、モモモモさんは耳を疑うような言葉を言った。

 僕にそんな要素は皆無だろうに。


「幼稚園の時、最初に話しかけて来てくれたのが鬼嶋くんだったんだよ? あの時は転入したてで孤立してたから、すっごく嬉しかったんだ。鬼嶋くんはもう直ぐ双子の妹が産まれるって、嬉しそうに話してたなあ……。鬼嶋くんは全く覚えていないみたいだけどね?」


 その当時、嬉しくて浮かれていた事は覚えている。

 しかし、母さんが死んでしまった事によって、その辺の詳細は記憶から消去されてしまったように無いのだ。

 なので、モモモモさんとも小学校から一緒だと思ってたくらいだ。


「ご、ごめん。丁度そのくらいの頃の記憶が曖昧って言うか、ほぼ無いんだよね……」

「うん。お母さんの事があったからしょうがないよね……」


 そんな事まで察してくれていたのか……。

 僕の事をそんなにわかっていてくれたのに、僕はモモモモさんを何もわかってあげられていなかった。

 存在すら忘れていたくらいだし……。


「それにあの時は仲間外れされてたから、鬼嶋くんが声をかけてくれた事で、少しずつみんなと打ち解けられたんだもの。私にとっては大きな事だったんだからね?」


 モモモモさんが、何処か遠くを見るような目で言う。

 確かにあの頃はそう言うのが嫌いで、仲間外れだったり、いじめられてたりする子と逆に仲良くしてた。

 もっとも小学校に上がってからは、それが元で自分もいじめられたりして、あからさまな行動はとらなくなっていたが。


 でもそうか。

 そんな事が僕とモモモモさんにあったのか。

 でも、だからと言ってその思いを持ち続けるって、その時のモモモモさんは余程心細かったのだろうか。

 それにしては小学校の頃のモモモモさんは、一度もそんな素振りも見せなかったような……。

 モモモモさんからバレンタインのチョコすらもらった記憶がない。

 まあ、「あ、モモモモだ」などと、揶揄い半分で会話した記憶しかないから、それも仕方ない事か。


 しかし、そんな前から僕の事を……。


「とにかく、お手紙出してみてからの事よね?」

「あ、ああ。そうだね……」


 モモモモさんが紅茶に口をつけた事で、僕も漸くコーヒーに口をつけた。

 すっかり緩くなったコーヒーがやけに苦く感じる。

 モモモモさんへの申し訳なさが味に出てるようだ。


 それからは主に料理の事について話した。

 決してフレンチにこだわりがある訳ではない事。

 初めて食べた死んだ母さんの実家の割烹料理の事。

 その母さんが凄い料理上手だった事。

 そんな母さんから料理を教わった事。

 教わった料理を工夫して作ったら母さんに褒められた事。

 褒められるのが嬉しくてすっかり料理が好きになった事。

 そして、工夫し過ぎて凄く不味い料理を作ってしまった事。

 口下手な割に妙にすらすらと話していた。


 思えば、今まで料理くらいしか褒められる事がなかった。

 一番僕を知っている犬塚でさえ、そんな事を言っていた。

 やはりこれはチャレンジしなきゃいけないのかも知れない。


 自分の知らない料理を学ぶ。


 なんだかワクワクして来る。

 自信などは無いが、素直に楽しそうだ。

 そう、楽しそうなのだ。


 そして、好きな事が職業になる。


 確かに犬塚が言っていたように、好きな事を職業に出来るのは超ハッピーだ。

 何も渡仏する事はないと思う。

 でもこの機会を逃したらもう一生訪れないだろう。


 本気出してみるか。


 モモモモさんと話している内に揺るぎない決意をしている自分がいた。

 この子が全面的に応援してくれる。

 そう考えると尚更だった。


 それにしても、将来の事は一人暮らしをしながらゆっくり決めて行こうと思っていた。

 正直、そうして半ば逃げていた事でもある。

 それがこんなに早く道を定め、歩み始めるとは思ってもいなかった。


 がんばろう。


 純粋にそう思った。

 がんばって、必ずものにして帰って来よう。


 とにかくがんばろう。


 モモモモさんの為にも、そう思えた。


「なんか、いい顔してるよ鬼嶋くん」

「そ、そう?」


 ならば迷う事はない。

 やってやろう。いや、これはやるしかないだろう。


 母さんの友達がダメだったとしても、とにかく挑戦してみよう。


 自分の為にも、そう思った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ