第7話 「将来を考える日」
「フフ、これ見てよ鬼嶋くん。やっぱり双子よねぇー」
モモモモさんはスマホの画面を見せてくれた。
[お兄ちゃんはダメダメだけど、料理だけは上手だからいいお婿さんになるよ!]
[ダメダメのお兄ちゃんだけど、料理だけは上手なのでいいお婿さんにしてください!]
同時刻にコメントされていた。
あいつら……。
「な、なんかごめん……」
「なんで謝るのよう、可愛い妹さん達じゃないの?」
きっとさっきからモモモモさんは可笑しそうに笑っているのだろうが、また母さんのせいでその表情が凄い事になっている。
今は電車でバイトに向かっているところ。
勿論モモモモさんは大学。
時間を合わせて一緒に向かっているのだ。
ただ、母さんが今日も一緒に乗り込んで来ている。
電車嫌いの母さんは何処へ行ったのやら……。
よって、モモモモさんと同化してキモイ事になっている。
本当やめて欲しい……。
「でも本当に美味しかったわよ!」
「ああ、ありがとう……。でも、一口二口しか食べられなかったでしょ?」
あの日は旺盛な食欲を見せた妹達が料理を粗方食べていたからだ。
まあ、微笑ましくもあったのだが。
「うん、でも本当にお店で食べるみたいだったな。鬼嶋くんはそっちの道へ進んだら、絶対成功するんじゃないかって思ったわよ!?」
「そ、そんなに?」
「うん!」
キモモモさんになったモモモモさんに言われてもイマイチ説得力がないが、やっぱり褒められるのは嬉しい。
電車が揺れる度に現れる母さんのニタニタ顔には萎えるが。
「今からでも志してみたら?」
「そ、そうかな……?」
「うん、好きなら尚更いいと思うわよ?」
「そんなもんかね……」
などと話している内に電車はO大前に着いた。
わさわさとホームに降り、モモモモさんと母さんの分離にほっとする。
こんなのがこれから続くと思うと憂鬱で仕方ない。
「ちゃんと考えてみるといいんじゃない?」
「そうかな……」
「うん。鬼嶋くん、ぜったい才能あるよっ!」
「はあ……」
ホームに降りてからも、ベンチに座ってそんな事を話していると、
「○*□*△○*△□*○△□?」
バックパックを背負った外国人に話しかけられた。
「○○美術館に行くのに、この電車でいいのか聞いてるのよ」
母さんが耳元で教えてくれた。
ああ、そう言う事か。
僕はカップルだろう外国人を路線図のあるところまで連れて行き、身振り手振りで降りる駅を教えてあげた。
「○○△□! アリガトゴザマシタ!」
外国人カップルは満面の笑みで到着した電車に乗り込んだ。
どうやら伝わったみたいだ。
「鬼嶋くん、フランス語わかるの?」
「え?」
モモモモさんが驚いた顔で見上げて来る。
今のフランス語だったのか。道理で全くわからなかった。
「いや、そう言う訳じゃないんだけど……」
母さんに通訳してもらったなどと言えない。
軽はずみな事をしてしまった……。
ただ、偶にこう言う事があるのだ。
僕は何故か外国人に声をかけらる事が多い。
それを母さんに通訳してもらって、身振り手振りでそれに答えるのだ。
それが自然に出てしまった。
「すごいよ鬼嶋くん!」
「…………」
「あれだけ聞き取れれば、フランスで料理の修行だって出来るんじゃない?」
「修行っ!」
飛躍し過ぎだよモモモモさん。
しかもコレ、母さんの通訳だし……。
「そうよ鬼嶋くん、鬼嶋くんの才能をフランスで伸ばすのよ!」
「ふ、ふらんす……ねぇ……」
行ってみたい気はする。
ただ、あくまでもボンヤリとしたレベル。
まさか本当に行ってみようなどとは考えた事もない。
「ほら、可愛い彼女さんもああ言ってるわよ?」
『だから母さんは一番状況がわかってるでしょうに!』
母さんが耳元でコソコソ言って来る。
まあニタニタお笑いになって……。
楽しみ過ぎだよ!
「でも本当、真剣に考えた方がいい……かも……」
モモモモさんは最後口ごもるようになった。
僕が思っている事と同じ思いに至ったのかも知れない。
「でもモモモモさんと離れる事になるから、フランスなんかに行きたくないな」
「…………」
モモモモさんが少し寂しそうな顔をした。
情け無い事を言ってしまったのかも知れない。
「変な言い方してごめん……。実際、フランスとか料理云々じゃなくて、将来の事を決め兼ねてるからさ。未だ何とも言えないんだよね……」
「うん。でも私の事を考えてくれるのは嬉しいけど、将来はちゃんと好きな事をやってね?」
「う、うん……」
なんだか妙な空気になってしまった。
将来か。
確かに母さんが現れてから毎日のように言われているので、前よりは考えるようにはなったけど……。
「じゃあ、行きましょっか?」
「ああ、そうだね……」
僕らは少し早めに家を出て来ている。
こうして少し間、話がしたいとのモモモモさんの提案だ。
しかし僕にとっては重い話になってしまった。
でも、いつまでもバイト暮らししてられないのは確か。
モモモモさんと再会し、付き合うようになって状況は更に変わった。
そろそろ真剣に考えた方が良いのだろう。
そう思いながらモモモモさんと別れ、バイトへと向かった。
「どうした鬼嶋?」
「なにが?」
昼メシ休憩に入って直ぐ、犬塚が声をかけて来た。
「なに食う?」が常套句の犬塚にしては珍しい事だ。
「なんか悩みごとがあんだろ? お兄ちゃんが聞いてやるぞ。話してみ?」
「誰が兄ちゃんだよ……」
「あ、じゃあ、お前の妹達をまとめてもらってやっから、義弟って体で聞いてやるぞ?」
「絶対やらねぇ。それに、お前は彼女出来たばっかりじゃねえかよ」
相変わらず面倒くさい男だ。
僕らはこの調子でコンビニまで昼メシを買いに行き、現場近くの木陰で昼メシを食べた。
「そう言えばお前、今後どうすんだ?」
「仕事の事か?」
僕はなんとなく聞いていた。
こんな能天気なヤツに聞いても、参考になる訳でも無いと思いながらも、つい聞きたくなった。
「そう、将来の仕事の事」
「なんだお前、そんな事で悩んでたのか?」
「まあ、悩んでたって程でもないけど……」
犬塚はニチャっと笑う。
なんかムカつくなコイツ。
「俺、リリコと付き合ったじゃん?」
「お、おう……」
ニチャっとした笑いがヌチャっとしたものに変わる。
聞かなきゃ良かったかも……。
「リリコの兄ちゃんが会社やってんだよ。そんでこの前、フリーターしてんならウチ来ないかって言われてさ? 正直、何やりてーかわかんねえけど、リリコと結婚すんならそれもいいかなって、丁度思ってたところだったんだな。鬼嶋、コレどう思う? ダサい?」
「い、いや……いいんじゃねえか?」
「ダサいならダサいって言ってくれよな?」
「いや、彼女と結婚まで考えての事だろ? 何もダサくねえよ」
「そっか?」
「ああ」
犬塚の顔がブチャっと緩む。
まあ、コイツは何処で何をやってもやって行けそうだ。
なんとなく父さんに似たオーラを感じる。
意外と出世しそうなんだよな、コイツ。
「お前は料理の道に進むのか?」
「え?」
「えってお前。俺は料理くらいしか、お前のいいとこ知らねえんだけど?」
「こんだけ付き合い長いんだから、他にもあるだろうがよ!」
「いや、悪いがねーな」
「…………」
バッサリ切りやがる。
確かにコイツに褒められたのは、家に遊びに来た時に作ってやる料理くらいだ。
そう思い返すと、なんかムカついて来た。
「好きなんだろ、料理?」
「ま、まあな。でも、好きと職業にするのとは違うだろ?」
「お前バカか? 好きな事が職業に出来るんだぞ? 俺がゲームやってるだけで稼げたら、どんだけハッピーだと思う? 想像してみ? どうだ、最高だろ?」
「…………」
最高かどうかは、ポテチをポリポリやりながらゲームする、ブクブク太った犬塚しか想像出来ないので何とも言えない。
ただ、なんかスッキリした気分だ。
確かに好きな事を職業に出来るのは超ハッピーだ。
金になればだけどな。
「あっ!」
「なんだよ、いきなりデカイ声出して」
「もしかしてお前……」
犬塚が怯えた目を僕に向けて来る。
「だからなんだよ?」
「……彼女出来たろ!?」
「…………」
バレた。
隠すつもりは無かったが、言うタイミングを逃していた。
喜んでるのだかバカにしてるのだかわからない犬塚の表情がなんともムカつく。
「百瀬桃花って覚えてる?」
「モモモモッ! マジかっ!!」
完全にあの当時のモモモモさんしか知らないリアクションだ。
まあ、確かにそうなるのは否めない。
でも、ビックリするぞ犬塚!
「そう、モモモモさん。偶然再会して付き合う事になったんだよ」
「ほう……」
「ほう」とか言いつつ、気の毒そうな顔をしやがる。
だからビックリするぞ、犬塚!
「なんかお前がわからなくなって来た……」
「なんだそれ」
「いや、だってお前、『僕が童貞なのは可愛い子に捧げる為だ!』なんて泣きながら言ってたろ?」
「泣きながら言ってねえし、そう言う相手がいなかったってだけの話だっただろうに……」
犬塚の中では完全にデフォルメされているようだ。
確かにリリコちゃんは可愛いさ。
でもモモモモさんだって!
「だからって、何もあのモモモモは無いだろっ……痛っ!」
犬塚の頭に小枝が落ちて来た。
いや、母さんの鉄槌が落とされた。
ナイスだ母さん!
『母さん、もういいからっ!』
母さんが犬塚の後ろで拳大の石を振り上げていた。
母さんが可愛らしく肩をすくめて舌を出す。
母さん、ソレ下手すると死ぬからね……。
「まあ、お前がいいんならいいけどよう……」
犬塚は落ちて来た小枝を手に首を傾げながら言う。
死ななくて良かったよ……。
「そう言うけど犬塚、モモモモさん、超可愛くなってるんだぞ?」
「そっかそっか、ごめんごめん」
なんかムカつく。
『やっちまえ、母さんロボ!!』
「いやよ。お母さん、ロボじゃないし」
そうですね。
本当にやって欲しくて言った事じゃないからいいんだけど。
「とにかくお前は料理の道に行くか、適当に就職してクビになって転職を繰り返すかしか道はねえな?」
「無い事無いだろうよ……」
「いや、俺には見える!」
なんだよその言い切り。
まるで料理以外は無能みたいじゃないかよ……。
「そのくらいお前は他の事に関しては無能って事だ!」
「ッ!」
はっきり言いやがる。
てかココ。もう一度小枝くらい落としてもいいと思うのだが。
母さんはフムフムと頷いている。
全く、もっと息子を信頼して欲しい。
「いい機会だからお前も考えといた方がいいぞ?」
「ああ……」
なんだか最後は諭された感が凄い。
犬塚にこんな風に言われるとは……。
「お、時間だぞ。とりあえず今はガッツリ稼ぐか?!」
「だな……」
そうして僕らは肉体労働へと戻ったのだった。