第6話 「初めてのディナー」【後編】
「サープラァーッ!!」
勢い良く開けられたドアの前に父さんがいた。
その後ろには双子の妹達と優香さん。
父さんは僕の後方にいるモモモモさんに気づいたみたいで、言葉とは裏腹にセルフサプライズ。ラの口のまま固まっている。
妹達も同様に気がついたみたいで、ニタニタ同じ顔して笑っている。
優香さんも勿論気がついていて、父さんの肘を引っ張りながら「ごめんね」と書いた顔を向けている。
しかし、なんのサプライズだよ。
今日は誕生日でもなんでもないし……。
母さんは僕の足元にしゃがみ、僕に隠れながら父さんを覗き見て顔を赤らめている。
なんだよコレ……。
「あ、あの私、鬼嶋くんとお付き合いする事になりました百瀬桃花と申します。きょ、今日初めてお邪魔させて頂いて……。あ、あの、今日は私、帰りますので……」
「いやいやいやいや、いいんだよ桃花ちゃん。あれだよあれ。こうしてみんなで押しかけたのは、息子が一人で寂しがってんじゃねえかと思っての事よ。いいから桃花ちゃん、コイツといてやっておくれ? なあ、ユウ?」
なあって、父さん。僕に振るなよ。
モモモモさんが物凄く困惑してるじゃないか。
全く、父さんは相変わらず初対面の相手にも馴れ馴れしい。
まあ、堅苦しいよりかはいいけど。
それにしてもいきなり「桃花ちゃん」は無いだろ。
瞬時に距離縮め過ぎだろ。
僕だってモモモモさん止まりなのに……。
「ああ、父さん達は勝手に来ただけだから、本当に気にする事ないからね?」
「でも……」
僕の言葉てモモモモさんは益々オロオロし、僕と父さん達とを引っ切り無しに目を彷徨わさせる。
「「勝手にって、ヒドイよお兄ちゃん!」」
妹達のシンクロした声が上がった。
同じ顔で同じように頰を膨らませている。
その手にはそれぞれピザの箱。
優香さんも「ダメよっ」と言いながら、手には飲み物が入ったビニール袋をぶら下げている。
「おし、そんじゃ俺達は帰るとするか?」
父さんはワシワシと妹達の頭を撫でて笑ってみせる。
「鬼嶋くん?」
モモモモさんが懇願するような目を向けて来る。
「いいよ父さん、入ってよ………」
「おう、そうか。じゃ、みんなでお邪魔すっか?!」
そこは一度は「いいのか?」くらい聞けよ……。
と思いながらも、さっさと妹達を中へ追い立てる父さんに呆気にとられる。
「なんかお邪魔しちゃったみたいでごめんね?」
「いいよ母さん……」
優香さんがすれ違いざまに小さな声で謝って来た。
きっと、優香さんは最初から反対だったのだろう。
父さんが思いつきで言い出し、賛同する妹達を優香さんが窘める……。
うん、大体の流れは想像出来るな。
「ああ、おほん。私はこの倅、ユウの父親でしてな? 名を鬼嶋豪と申す。この度は倅の彼女に会えるとは思ってもおらず、我ながら驚きつつもこの幸運を喜んておりまする。うんうん、眼福眼福……」
誰だよ父さん。
意味わかんないんだけど、その話し方。
てか、モモモモさんが困ってんじゃないかよ……。
「カッコイイ……」
カッコ良くないから、母さん!
相変わらず僕の足元でしゃがんでいる母さんは、
顔を赤らめながら父さんに見惚れている。
「「あ、私、(杏です)(花です)」」
一緒に喋るなよ。
モモモモさんが聞き取れないだろうよ。
「こっちが杏で、こっちが花。見ての通り双子の妹」
「うん。初めまして、百瀬桃花です。お兄さんとお付き合いする事になったので、これからよろしくお願いします」
僕の説明に頷いたモモモモさんは、小学生の妹達に律儀に頭を下げた。
そんな事しなくていいのに。
妹達は偉そうにシンクロして腕を組んでいる。
全く、お兄ちゃんの彼女に向かって!
「で、こっちが母さん。母さん、百瀬桃花さん。小学校の時の同級生なんだ?」
「そうなの? 良かったわね、ユウちゃん。よろしくね、桃花さん」
「よろしくお願いします……」
なんだコレ。
付き合ったその日に家族全員を紹介かよ。
結納じゃないんだから勘弁して欲しい……。
「あれ、俺は?」
「さっき変な自己紹介してたじゃねえかよ」
「そっか……」
「次は俺だ」的な緊張した顔でスタンバイしてた父さんを無視したら、我慢出来ずに自分から突っ込んで来た。
頼むよ父さん。
初デートなんだよ、初デート。
て言うか、超絶な人口密度。
母さんは相変わらず僕の足元で小さくなっているけど、生身の人間が六畳間に六人。
内二人が小学生とは言え、生身六人プラス幽霊一人。
この密度と言ったら半端じゃない。
「とりあえず、座れるとこ座っててよ……」
「座れるとこ無かったら、桃花ちゃんの膝の上に座っちゃうぞ?」
「…………」
父さんを無視してパエリアの様子を見に行く。
チラリとモモモモさんを見ると、慌てて父さんの座るスペースを作っていた。
「「へえー、幼稚園も一緒だったんだー!」」
妹達の声がシンクロして聞こえて来る。
モモモモさんを一人にするのもなんだが、せっかくのパエリアを焦がす訳にはいかない。
まあ、そのおかげで少しは打ち解けているようで、少しほっとする。
「キャッ!」
『なんだよ母さん!』
いきなり足元の母さんが悲鳴をあげたので、念話で思いっきり叫んでしまう。
いつになく静かだと思ったら全く……。
と思った時、
「ユウ、ビアグラスないのか?」
父さんが目の前まで来ていた。
チラと母さんを見ると、ぽぉっと蕩けるように父さんを見上げていた。
全く、どんだけ好きなんだよ……。
「無いよ、んなもん」
「ワイングラスは?」
「だから、んなもん無いって。だいたい僕は未成年なんだけど?」
「未成年だって、酒くらい飲めるだろ?」
「……いいから、グラスは人数分なんて無いし、ビールは缶のまま飲んでよ!」
「しょうがねぇな、童貞が。でも女性陣にはグラスくらい出せよな?」
おい、童貞は関係ないだろうよ。
父さんはいそいそと戻って行った。
なんなんだよ……。
「カッコイイ……」
だからカッコ良くないから、母さん。
とは言いつつ、歯磨き用のグラスなどを洗い、総動員でグラスを用意した。
丁度パエリアも出来上がって、フライパンのまま狭苦しい六畳間へ持って行く。
「「あ、お兄ちゃんのパエリア久しぶりー!!」」
妹達の喜びの声がシンクロする。
実家にいた時は、妹達には何かと作ってやったものだ。
優香さんは「ユウちゃんは料理が上手なのよう?」などと、自慢するようにモモモモさんに耳打ちをしている。
確かに優香さんも、僕が作る料理を「美味しい美味しい」と言って食べてくれていた。
そう考えると、なんだか懐かしい。
未だ家を出て半年やそこらだけど、こうしてみんなの顔を見ると妙に安心する。
いつも母さんが一緒なので、特別寂しいとは思っていなかったけど、こうして妹達の顔を見ると少しぐっと来る。
「「ねえねえお兄ちゃん、桃花さんってO大なの知ってた?」」
「ああ、知ってたよ。死んだ母さんと一緒で驚いたよ」
「「ねぇー」」
妹達がシンクロして聞いて来てシンクロして応えた。
チラリと父さんを見ると、若干遠い目をして缶ビールを呷っていた。
やはり父さんも思うところがあるのだろう。
足元の母さんを見ると、そんな父さんを見ながら涙を溜めていた。
何も言うまい。
「じゃあ、食べよっか?」
「おう、そうしよう! お前の好きなピザも買って来たからな?」
妙にテンションを上げた父さんが大袈裟にピザを開けてみせる。
然程この手のピザは好きではないのだが、今は何も言うまい。
出来の良い妹達は、勉強の話などをモモモモさんに聞きながら楽しそうにピザを頬張っている。
パエリアとサラダは、あっという間に平らげられた。
久しぶりの料理だったが味は問題なかったようで、妹達は感激しながら食べてくれた。
勿論モモモモさんも目を丸くしながら、「すっごく美味しい」と言って、本当に美味しそうに食べてくれた。
自分が作ったものであそこまで喜ばれると、やはり嬉しいものだ。
今日はお家ご飯で正解だった。
ハプニング満載だったけどね?
「これやるからグラス買っとけよ?」
父さんが一万円札を手渡してニヤリと笑った。
三本ほどビールを飲んで超ご機嫌でのお帰りだ。
「つーかこの狭い部屋にまた来るの?」
「おう、また来てやる」
僕は「ハハ」と、乾いた笑い声とともに一万円札を受け取り、もう片方の手を父さんに差し出した。
なんとなく足りない気がしたのだ。
「桃花ちゃんの送り賃もあんだろうが」
ぺしんとその手を叩きながら言う父さん。
みんなでモモモモさんを家まで送ってくれる事に決まったのだ。
なんせモモモモさんの家は実家から歩いて五分ほど。
さっきまで知らなかった事実。
しかし、初デートの帰りに自分の家族が彼女を送る事になるとは……。
「じゃあ鬼嶋くんまたね?」
「あ、うん……」
「「お兄ちゃんまたねー!!」」
「おう……」
モモモモさんを両側から腕をがっちり固める妹達。
なんだか楽しそうだ。
「今日はごめんね? ちゃんとご飯たべるのよ?」
「うん……」
優香さんだけは申し訳なさそうに片手拝みに帰って行った。
ふぅー。
終わった。
妙に広々して感じる我が家。
一気に寂しくなるもんだな。
「初デートの公園に行った日に賢治さんが来るなんて、これって何かあるのかしら……」
おっと、母さんを忘れてた。
寂しいって事はなかったな。
母さんはうっとりとドアを眺めている。
「やっぱり賢治さんはカッコイイわねぇ……。歳を重ねてシブくなってたしーっ。キャー」
「…………」
聞かなかった事にしよう。
ヤクザの三下がヤクザの親分になったくらいの変化だ。
どうせわかり合えない。
「ユウくんも賢治さんに似れば良かったのにねぇ?」
「…………」
本気で言ってるのだろうか。
あんな極道面、不幸の元だろうに。
喧嘩とか強くなかったら最悪なんだよ、ああゆうの。
「でもユウくん、目が賢治さんよね? フフ。ユウくんも目だけは男らしくてカッコイイいいわよ?!」
「…………」
そうだ。
僕は全体的に母さんに似ているが、目がやけに鋭い。
美人の母さんに似てるのだから普通ならモテそうなものだけど、この目が台無しにしている。
犬塚から聞いた評判だと、僕は一見優しそうだけど突然人を殺しそうで怖い。だそうだ。
殺す訳ないっつーの。
「どうせなら頰にデッカイ切り傷でも付けたらどうだ?」
犬塚談。
妙に整った顔に、目だけが鋭くて怖いからそんな事を言われるんだと。
ならば最初から怖さをアピールして、実は優しいんですよ作戦。らしい。
愚策もいいところだ。
なら目の整形でもした方がマシじゃないか。
僕がそう言うと、
「そうすっと、お前とは友達でいられなくなる」
犬塚談。
なんだよそれって感じで終わる。
そんな顔だ。僕の顔。
「風呂入る……」
「あ、そうね。初デート後の初お風呂よ。
しっかり思い出に刻むのよ!」
「…………」
何を刻めと言うのよ母さん。
「あ、そうだ。その前に例のお掃除しといてね!?」
例の?
ああ、あの水溜りの事か……。
僕は初デートの締めに、下の掃除をするのだった。