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母さんといっしょ   作者: 守ー
4/10

第4話 「ありがとうの気持ち」



「これ美味しいよ?」

「あぁ、うん……」


 モモモモさんは嬉しそうにソフトクリームを食べている。

 ただ、本当にここでいいのだろうかとのモヤモヤした思いが、僕の中でモクモクと増幅して行く一方なのだ。


 母さんのオススメデートコース。

 父さんとの初デートの場所。

 それは、池のある公園。

 お約束のアヒルのボートもある。

 しかしこの公園、地元ではカップルで行くと、その後に必ず別れてしまうとの噂がある。

 母さんにそれを言うと、


「お母さんの時もそんな噂あったけど、賢治さんとの初デートがそこなのよ? 別れるどころかちゃんと結婚したじゃないの。そんな噂よりもお母さんを信じなさい?」


 と、一蹴された。

 なんでも父さんは、最初にこの公園でデートして別れなければ、以後別れる心配はなくなるとの理由だったそうだ。

 なんとも父さんらしいと言えば父さんらしい。

 でも全く共感は持てない。


 そんな所にモモモモさんと二人で来ているのだ。

 いや、二人ではない。母さんが当たり前のように隣のベンチに座っている。

 さっきチラと見た時は、ベンチの背もたれで頬杖ついてニタニタとこっちを見てた。


 他の人から見えなくて本当に良かった。

 デートに母さんもついて来るって、普通あり得ないでしょ……。

 てか、モモモモさんはデートって認識があるのだろうか?

 そう思ってモモモモさんを見たらモモモモさんと目が合った。


「そう言えば、双子の妹さん達は元気?」

「あ、ああ、元気なんじゃないかな?」


 目が合った瞬間だったので、ちょっと焦ってしまった。

 それにしてもモモモモさんは可愛くなったよな。

 小学校の頃のモモモモさんは、はっきり言ってあまり印象に残ってない。

 特徴と言えば眼鏡をかけてたくらいだ。

 それも再会した時に「百瀬桃花」と名乗られ、「モモモモさん」と連想してから、眼鏡をかけた目立たない女の子を思い出したくらいだ。

 って言うか、あれ?

 モモモモさんは小学校で妹達とは被ってない。妹達は僕らが卒業して入れ違いに入学したのだ。

 良く妹の存在を知ってたな。

 よっぽど仲がいいヤツはともかく、歳が離れているせいか、僕に妹がいる事はあまり知られていないんだけどな。

 しかも妹が双子って事も知ってるみたいだ。。

 そこまで知ってるのは、犬塚と数人の仲間だけだと思ってた。

 しかし良くご存知で。


「良く妹がいるの知ってたね?」


 思った事を口にしていた。

 しかしモモモモさん、ソフトクリームが手に垂れて来てるんだけどな。


「あ、あ、こ、これね? 私、食べるの遅いからいつもこうなっちゃうのよ……」


 モモモモさんは僕の視線に気づいたようで、質問には答えずにそう言って照れ笑いを浮かべた。


「そうそう、妹さん達の事よね? 鬼嶋くんは覚えてないみたいだけど、幼稚園の時に鬼嶋くんから直接聞いたのよ?」

「え?」


 なぬ?

 幼稚園も一緒だったっけ?

 モモモモさんと一緒だったのは小学校だけだと思ってたよ……。


「私のこと、なんにも覚えてないのね? 鬼嶋くんのお母さんにも会ったことがあるのよ?」

「そ、そうなの? ごめん、モモモモさんとは小学校で初めて一緒になったのかと思ってたから……」

「もう……」


 記憶が全くない。

 どうしよ、気まずい……。


「でも仕方ないか……。私、年長さんの終わりに引っ越して来たから、幼稚園も三ヶ月くらいしか行ってないしね?」


 そう言う事か。

 ならば記憶になくて頷ける。

 母さんが亡くなった前後の記憶は、僕の中ではあまり残っていないからだ。

 しかしモモモモさんは、母さんにも会ってたのか……。

 きっと母さんのお腹が凄く膨れていた時だろう。双子だったから尚更だ。

 あの時は、まさか母さんが死んでしまうとは思ってもいなかった。

 双子の妹が産まれると聞いて、凄く幸せな気分だったな……。

 そんな事を考えてたら急に鎖骨の辺りがむず痒くなり、鼻の奥の方で線香の香りが漂って来た。


「お母さんの事を思い出させちゃったみたいね……。なんかごめんね?」


 僕はどんな顔をしてたのだろうか。

 モモモモさんが心底申し訳なさそうに僕を見ている。

 なんだかこっちが申し訳なさで一杯になって来る。


「いや、そんな謝る事でもないよ。それより凄い事になってるから、それ早く食べちゃわないと……」

「フフ、そうね?」


 話題をソフトクリームに変えたらモモモモさんの頬が緩んだので、少しほっとする。

 やはり笑顔はいい。一応、デートだし。


「でも、ちょっと手伝って?」

「へ?」


 モモモモさんがベトベトの手で持ったソフトクリームを近付ける。

 これって……え?


「私、全部食べられないしお願い。あ、でもサクサクのところは食べるからね?」


 モモモモさんはコーンのところが好きらしい。

 でもいいのだろうか。

 これって、関節ーー、関節なんだ?

 普通にシェア?

 ああ、ポタポタと……もうっ!


「ッ!」


 ポタポタきてたので、反射的に目の前のソフトクリームにパクついてしまった。

 これでも咄嗟の理性で、モモモモさんの手に舌が伸びなかった自分を褒めてやりたい。

 そのくらいにモモモモさんの手は、滴り落ちたソフトクリームで大変な事になっていた。

 でも、このままだと放っておけなくなってしまう……。


「フフ、懐かしい感じで美味しいでしょ?」

「………んん。コーンは残しといてあげるから、手、洗って来たひゃっ!?」


 冷静を装いながら話している途中、僕は悲鳴を上げてしまった。

 すぐ目の前に、ニタリとした母さんの顔があったのだ。

 なによ母さん、超近いんですけど!


「ど、どうしたの鬼嶋くん?」

「い、いや、ソフトクリームがモモモモさんの手に凄く垂れたから……」

「あ、ごめんね……。じゃあ、直ぐ洗って来るね?」

「うん……」


 顔を赤らめたモモモモさんは、ちょこちょこと水道のところへ駆けて行った。


「母さんっ!」

「フフ。ユウくんのパクリと行ったとこ、可愛かったわよ?」

「………」


 油断していたとは言え、これが幽霊の為せる技なのか……。

 母さんは、僕のパクリと行った場面を何度も模写してみせる。

 凄く楽しそうだ……。


「楽しそうだね?」


 皮肉を込めて言うと、母さんは両手を胸の前でがっちり合わせながらトロけるような笑顔で頷く。

 ダメだな、この母さん……。


「ユウくんの初パクリ見ちゃった!」

「なによそれ。そんなもんの初とか意味がわかんないんだけど……」

「初デートなんだから、何でも初なのよう。今日はいろんな初が見られるわねっ!」

「………」


 運動会とかでは、バズーカ砲みたいなカメラで子供を激写するタイプだな。ウチの母さん。

 そんな場面を想像したら、つい幽霊で良かったと思ってしまった。


「せっかくここへ来たんだから、次はアヒルさんに乗りなさいよね?」

「まあ、乗らない事はないけど、モモモモさんが普通のボートがいいって言ったら、多分そっちに乗るよ」


 この池にはアヒルのボートの他に、スタンダードな手漕ぎのボートもある。

 どちらかと言うと、僕はそっちの方がいい。

 アヒルのボートに乗ってる自分を想像したくない。


「モモモモちゃんは大丈夫よ。きっとユウくんが言わなくったって、アヒルさんを選ぶわ」


 やけに自信満々の母さん。

 モモモモさんの何がわかると言うのだろうか。

 女性ならではの選定要素がアヒルにあるのだろうか?


 などと考えながらソフトクリームを食べている自分に気づいて、瞬時に顔が熱くなる。

 やはり単なるシェアと考えるのは無理がある。

 て言うか、無意識に垂れないように食べていた為、コーンの縁をぐるり舐め上げながら上手に食べていた。

 これは確実に反則技だろう。

 このあと何処から食べろと言うのだろうか……。


「どうしたのユウくん、顔赤くして?」

「お待たせーっ」


 母さんとモモモモさんの声が同時に聞こえ、僕はコーンから目を離してそちらへ目を向けた。

 瞬間、コーンがふいっと僕の手から消えた。


「サクサクのところはあげなーい」


 モモモモさんはそう言ってコーンをパクリ。

 うわぁ、それは僕の唾液で……。


 思ったところで遅かった。


「なんか、ここのあまりサクサクしてないのね……」

「………」


 これは黙っておこう。うん。


「あ、あれだけ溶けてたから、そりゃしっとりもするよ……」

「そうかなぁ……。でも、普通はもう少しサクってのが残ってるんだよ。それで、だんだん下に行くにつれてサクサク感が増して行くんだけどな……」

「………」


 不満そうに首をかしげるモモモモさん。

 何やら妙なこだわりを持っていたらしい。

 もう何も言っちゃいけない!


 首を傾げながらも、次第にサクサクと音を立てはじめると、モモモモさんの表情も明るくなって行った。


「フフ。チューする前に唾液交換しちゃったみたいね?」

『母さんっ!』


 変な事言うのはやめてくれ。

 本当、勘弁して欲しい……。


「鬼嶋くん大丈夫? 顔赤いわよ?」


 もぐもぐしながら心配そうに顔を近づけるモモモモさん。

 益々顔が熱くなって来る。

 その直ぐ真横に顔を並べる母さんのニタニタした顔が、違う意味で熱さを増幅させる。


「い、いや、大丈夫大丈夫。ちょっと僕も手を洗って来るわ……」

「う、うん……」


 逃げるように水道へ走る。

 全く、母さんときたらろくな事を言わない。

 モモモモさんもモモモモさんで、自然に食べ過ぎだよ。全く。


「ねえねえ、初関節キスの気分は?」

「………」


 僕は無視して手を洗う。

 完全に息子を楽しんでいる。

 しかし手洗いで心を落ち着かそうにも、上手に食べていたのであまりべとつきもなく、ササっと洗えてしまった。


「母さん、あまり変な事しないでくれよ?」

「変な事なんかしないわよう。それよりもユウくんの方こそ、最初っから変な事しないのよ?」

「わ、わかってるよ!」


 僕は可笑しそうに笑う母さんを残し、早足でモモモモさんのところへ向かう。


「お待た、せ……」


 モモモモさんは母さんと同化していた。

 母さん、キモイからやめてよ……。


『母さんっ!』


 全力で念話で叫ぶと、母さんは嬉しそうに舌を出して隣のベンチへ退散した。

 全く、息子のデートで楽しみ過ぎだよ……。


「じゃあ、そろそろスワンボートに乗る?」

「え?」


 アヒルじゃなく、スワンだった。

 母さんと僕はアヒルだとばかり思ってた……。

 てかアレ乗るのって決定事項だったの?

 モモモモさんはペットボトルの水を一口飲んでバッグに仕舞うと、嬉しそうにボート乗り場の方へ歩き出した。


 僕の手を引いて。


 うわ、これじゃデートみたいじゃないか!

 やっぱり今日はデートなのだろうか?

 モモモモさんもそのつもりなのだろうか?

 一体どう思っているのだろうか、モモモモさんは……。


 身体中の血が顔に集まるのを感じながら、あれこれと思いを巡らせている内に料金を支払う。

 そして、いつの間にかアヒル、いや、スワンの中へと身を滑らせていた。


「じゃあ鬼嶋くん、宜しくね?」

「っ!」


 隣を見てギョッとした。

 また母さんがモモモモさんと同化してたのだ。


『母さんっ!』

「もうアヒルさん、出ちゃったから……ね?」


 後ろに身体を反らせて、モモモモさんから脱皮する形で返してくる母さん。

 ねじゃないよねじゃ。可愛く舌を出して笑いやがって……確信犯め。

 それと母さん、アヒルじゃないし……。


「……それじゃあ、ずっと一緒だったのは犬塚くんだけなんだね?」

「あ、うん。そうだね。今でもしょっちゅう会ってるのはアイツだけだな……」


 なんの話だったかわからないが、多分回答は間違いないはず。

 母さんのせいで全然集中出来ない。

 僕は足に力を込め、漕ぎに集中する事にした。


「疲れちゃうでしょ、そんなに頑張って漕がなくってもいいよ?」

「え、ああ。犬塚とはバイトも一緒だよ?」

「全然聞いてなかったでしょ?」


 全然ってこたない。

 そもそも聞いてなかったと言うか、聞けなかった。

 モモモモさんと同時だったり、交互に母さんが話しかけて来ていたからだ。


「あそこへ行きましょ、あそこ! 賢治さんとの思い出の場所なの!」


 と、池の中央付近にある小島を指差したり、


「モモモモちゃんは可愛いねぇ」


 と、脱皮の体制でモモモモちゃんの頭を撫でたり、


「犬塚くんには、ちゃんとお付き合いしてから紹介しなさいよ?」


 と、妙に犬塚を敵視した口調で言ったりと。

 もうモモモモさんの話どころではなかった。

 訳わからない。

 それでもギリギリなんとか聞いていたつもりだけど、もうキャパオーバーだ。


「でも初めてのデートだもんね、私達。私も緊張しちゃってるけど、鬼嶋くんも緊張してくれてるのかな?」

「………」


 何故かこの時ばかりは母さんが黙っていて、モモモモさんの声が綺麗に聞こえて来た。


 ーー初めてのデートだもんね、私達ーー


 鼓膜がゆっくりと振るえて、優しくこだましている感覚。

 聞き間違いじゃないよな?


「デート……なの?」

「えー、鬼嶋くんから誘っておいてそれはないんじゃないの?」


 モモモモさんが口を尖らせる。

 その後ろで脱皮した母さんが眉をひそめている。

 絵面が怖い。


「あ、いや、ごめんごめん。なんかあっさりOKもらったから、デートって感覚じゃないのかと思ってた……」

「デートよ……」


 ぽっと顔を赤らめるモモモモさん。可愛い。

 けど、すぐ後ろの母さんがそれを台無しにしてくれる……。


「じゃ、初デートって事?」

「まあ……そうね……」


 なんだか胸が熱くなって来る。

 相手もそのつもりだったとわかるだけで、こうも違うものなのか。

 しかしそうなって来ると、益々母さんが邪魔でしょうがない。超ニタニタしてるけど。


「今よユウくん、告りなさいよっ! ほら、正式にお付き合いを申し込むのよ!」

「ッ!」


 母さんに煽られて言う事でもない気がするんだけど。


 でも……。


「モモモモ、いや、桃花さん。僕と正式に付き合ってくれませんか……」

「………うん」


 少し間が空いたとは言え、モモモモさんの口から「うん」との応え。

「うん」はOKって事でいいんだよな?

 僕と付き合ってくれるって事でいいんだよな?

 うわ、身体中が熱くなって来た。

 少し潤み気味のモモモモさんの瞳が愛おしい。

 ついさっきまでと全く景色が違って見える。

 モモモモさんが全く別人のようにも見える。

 ただ、母さんが小さく拍手をしているのが邪魔だ。

 いや、良い。

 もうそれ込みでこの感動の映像を脳裏に刻もう。

 なんだなんだ。

 こんな気持ち初めてだ。


「鬼嶋くん?」

「あ、ああ、ごめん。なんか嬉しくって……」


 モモモモさんが恥ずかしそうに笑った。

 その笑顔もさっきまで見てた笑顔と別物に見える。

 可愛さが倍増している。

 こんな可愛い子が僕と付き合ってくれるのか?

 嘘だろ……。


「ね?」


 母さんがしたり顔で顔を寄せて来た。


「おめでとう」

「ッ!」


 そして、僕の頰にキスをした。

 なんか違うんじゃないの、母さん。

 ここは告った相手からキスされるか、僕がキスするのがベターなんじゃないの?

 見えないからいいものの、母親が息子の初デートについて来て、更に告白を強要して成功したら褒美のキスって……。

 普通は絶対あり得ないから!


 でも、母さんの目に薄っすら光るものを見て、口に出すことはなかった。

 その代わり、


『ありがとう』


 つい念話で言ってしまった。




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