アリサ6
エロい表現注意
そして、その日の夜のこと。
「……んぅ」
ふっと目が覚める。
真夜中。
辺りはまだ暗い。
「……くぁ……」
エドが寝ている。
安らかな寝顔。
それを見て、ほっと安心する。
目が覚めた時、一番初めに見るのが愛しい人という幸せ。
それを今まで痛い程噛みしめてきた。
「……ぅくっ」
ぎゅぅっとその私の思考に反応するように、エドガーの左手がぎゅぅっと私の魔臓を握り締める。
その切なくなるような圧力に、ぷるぷる、と震える私の体。
――もし今してしまったら、どれほどの間抜け面をエドに晒してしまうかわからない。
そんなくだらないことを考えてしまう。
――今日は絶対にいつも以上に反応してしまうだろう。魔臓をぎゅむぎゅむと握られながら、子宮を責められたら、もう、どうなってしまうかわからない。
私はそろり、と布団から抜け出し、ぺたぺた、と冷たい床を歩いていく。
「……どこいくんですか、アリサさん」
セルティが、布団から身をおこし、こちらを眠そうに見た。
私は軽く首を竦める。
「……ちょっとエドに内緒でやることがあって」
「私も少しお話があるので、いいですか?」
「……ええ、もちろん」
「ありがとうございます」
そして、私達は二人、リビングではなく、私の地下の実験室へと向かった。
***
「……それで話って何かしら?」
「……ふふ。私達が話すことなんて一つしかないじゃないですか」
くすくす、と可笑しそうにセルティが笑う。
「……ふぅん」
その普段エドの前では見せないような、感情の籠っていないセルティの目。
私に何の興味も抱いていない、そんな目。
――ま、でもこんなものだ。
実際、今私も冷めた目でセルティを見ていると思うし、実際、セルティなど、あの人に比べたらどうでもいい。
エリーだってそうだろう。
所詮、私達は一人の男をそれぞれ愛しているだけにすぎないのだから。
正直、あの人と繋がれさえすれば、それ以外必要なものはないのだ。
「……ま、そうよね」
――そう。
私達の共通点?
それは簡単。
それは一人の男から与えられるすべてに、心の底から溺れてしまっているということ。
一人の男との会話、触れ合い。その全てが、私達にとって、狂ってしまいそうなほどの至上の美酒である、ということ。
「で、エドに何か?」
私は机に座り、魔道具を起動。
机の上にある板が光り、そこにいろいろな図形や文などが表示されていく。
それはエドの世界にあった“パソコン”という物によく似ていた。
「エドガーさんに抱かれて、どうでしたか?」
「……別にどうだっていいじゃない」
「よくないです。だって気になるでしょう?エドガーさんが他の女をどんなふうに抱いたか、とか」
「……幸せだった」
「ふふ、私もです」
特に動じることなく、ふわり、と微笑を浮かべるセルティ。
私はなんとなく恥ずかしくなって、クッキーを一つつまむ。
「私、初めての時なんですけど、緊張か嬉しかったからかエドガーさんにがっちり組みついちゃって。でもエドガーさんってば……」
「……ふ、ふぅん」
「エドガーさんのいつもと違った野性的な表情と、強引さ。そしてエドガーさんから絶え間なく与えられる痛みと快感、それを簡単に超える程の、今、私自身が求められている、この人を満たしてあげられている、という悦び。あまりにも凄くて、最後は気絶しちゃいました」
「……」
あ、あなたの初体験話なんて興味ないわよ……!
と思いながら作業をしつつも、耳を傾けてしまう。
私の時を思い出しながら。
……そんな風には求めてくれなかった。
そう思った瞬間、寂しい気持ちが心いっぱいに広がる。
あの人は優しくしてくれた。
蕩けそうなくらい優しく。
エドと体が溶け合って一つになるんじゃないかと思うくらい。
――でも。
セルティの時のような彼を、自分に見せてはくれなかった。
それが少しだけ悔しかった。
「……で?私とエドの相性でも探りに来たの?それとも私の見つけたエドの弱点とか」
――でもそういう話も面白そうだ。
何より、エドのことを話すのは、心に味わってはいけない充足感を感じてしまう。
エドとの性生活を他人に話すなど、エドに対する裏切りだ。
――でも、私と、エリーと、セルティ。この三人の間なら許される。
エドの話はなんでも楽しいが、こちらはそれに加えて、今までとは違ったアクセントを加えてくれることだろう。
「いえ、私が見つけたエドガーさんのちょっと気になった点を話そうかと」
「……!な、なによ……?」
エドの弱点なら網羅しているはずだ。
――隅々まで味わったから。
……文字通り隅々まで。
エドがどれだけ嫌がっても我慢しきれなかったから。
だが、それはきっと三人とも同様のはず。
――ならなんなのだろう?
もしかして、エドの内に眠る、特別な衝動を掘り起こすことに成功した、とか?
エドがとっても興奮するような変態的な行為を見つけた、とか?
だが、次にセルティから飛び出したのは、全くの真逆。
――そして、新たな嵐の幕開けでもあった。
「――エドガーさんの魔獣化、進行してきてるとは思いませんか?」
***
今、エドは私の氷の中で眠っている。
地下の一室。
眼を冷ませば自身で砕けるようになっている、内側からの衝撃に脆い氷。
昔、エドと会う前。
エドをこちらの世界に呼び出す前に、もしエドが錯乱した時用に編み出しておいた技だ。
氷の中、エドの右腕からは血が溢れ。
左腕はそのまま。
「――エドガー」
そっとそれに触れて、一人語り掛ける。
「――あなたは幸せだった?私のほんの少しでも、幸せだった?」
エドが来てから、私はいつも幸せだった。
いつも。
どんなときも。
おはようを言うだけで幸せだった。
おやすみなさい、を言うだけで幸せだった。
エドを見つめているだけで幸せだった。
エドに笑顔を向けられるだけで幸せだった。
――でも、あなたは?
無理やりこちらの世界に連れてこられたあなたは?
こんな風になるまで傷ついただけなんじゃないか。
辛い思いをしてるだけなんじゃないか?
エドは、ボロボロだ。
……いつも。
この人はいつもぼろぼろ。
私はいつも幸せだったけど、エドはいつもぼろぼろ。
エドは自分の腕を切る瞬間、死人のように暗い目をしていた。
――それが、本心なのだろうか。
「……エドと話せないだけで、こんな簡単に苦しくなるのね……」
――気持ち悪い。
エドと一緒にいても、一緒にいられていない、この状況が気持ち悪い。
「……アリサさん、エドガーさんは?」
ぼぅ、とエドを見つめていると、部屋の隅から幽鬼のように少女が起き上がり、ふらふらとこちらへとやってきた。
「――まだよ」
そう一言告げると、セルティはこくり、と頷いて。
エドの前でぺたり、と座り込んだ。
その胸には強く強く、エドの切り落とされたばかりの右腕を抱き締めたまま。
――あの時から片時も離そうとはしない。
その血に汚れた少女は、ぼう、とエドを見上げた。
少しの間でこんなにも憔悴しきってしまった私達。
こんな弱い弱い私達が、エドのために一体何ができるというのだろう。
エドに何をしてあげられるのだろう。
私達は、ただエドに縋りつくだけの、とっても哀れな、人のココロに飢えた乞食。
――笑えない。
「……アリサ様、私、もしエドが死んだらどうしようって考えたことあったんだけど……」
セルティの隣にぺたん、としゃがみ込んだエリーが言う。
髪はぼさぼさ。
目には隈。
狼の耳は力を失い、だらり、と倒れている。
「――簡単だね。絶対私も一緒に死んじゃう」
「……」
無言。
私もセルティも答えない。
答えない?
――違う。
この場合は、否定していない。
――これが正しい。
「……!!!」
その時、私のおなかの底から何かがこみ上げる。
そして。
「――オぐ」
――びちゃびちゃ。
私は、吐いた。
エドが苦しんでいるという状況で、何もできない私が気持ち悪くて。
エドにとって私が何なのか、考えるのが辛くて。
「エド……えどぉ……」
そして、また私は泣いた。
***
夜は、巡る。
そんな私達に関係なく、何度も何度も。
そして―――。
ある朝、目を覚ましたら。
――エドがいなくなっていた。




