ボスと戦うんだが
まず、アリサにマジックバックから取り出した魔獣の骨を10本放り投げると、アリサはそれを固めるように、長さ1.5m幅30cmほどの大きさの氷の長剣を10本作り出した。
魔力の含まれた魔獣の骨が氷剣の芯となっているので、丈夫なうえ、魔力も通しやすい。
「エド、使って」
「助かる」
俺はそれらを空中に浮かべる。
これなら攻撃には申し分ないし、いざという時には壁にも使える。
ナイフで翼を切るなんてことはナイフの強度的にも難しいからな。
「作戦通りいきましょう。私が片方の翼の根元を凍らせるわ。エドはそこに全力をぶつけて叩き折って」
「了解」
そして俺は10本の魔獣のナイフ、追加でマジックバックから取り出した2本の長剣も俺の周囲に浮かべる。
計22本。
これで戦闘準備は万全だ。
アリサの魔力の届く距離は俺の約2倍。
俺が前衛、アリサが後衛。
俺の魔法は、俺の目に映るすべての物を操る。魔法すら俺の物とできる。いや、してやる。
そして、俺の目に映らない物は、アリサが凍らせカバーする。してくれる。
心配はない。
俺達は最高のコンビだ。
お互い呼吸を整え、頷いた。
もう戦闘が終わるまで話すことはない。
「――行くぞ」
俺はそう呟くと一気にドラゴンの右側面に向かって全力で走った。
今できる最高の速度、力で剣を飛ばすイメージを作る。
(俺の全力で叩き折る!)
ドラゴンに近付きながら、氷剣10本を一気にドラゴンの翼の根元まで飛ばした。
ブォンブォンと空気を潰しながら飛んでいく、俺の武器。
そして翼に氷剣が届く瞬間に――翼が凍りつく。
(――完璧だ、アリサ)
凍り付いたドラゴンの翼に俺の武器が届き、氷剣1本1本がゴリゴリと凍らされたドラゴンの翼を削っていく。
『――ガァァァァァァァ!!!』
突然自身を襲った魔術と翼を貫く剣に驚き、ドラゴンが目を覚ます。
だが、10本の氷剣が通った後には、もう翼は本体から離れていた。
ズシィン……とドラゴンの羽根が1枚、根元から崩れ落ちる。
『――ガギャアアアアアアア!』
洞窟に響く轟音。
一瞬で翼を失ったドラゴンは、その痛みで我を忘れたように暴れ始めた。
ドラゴンの腕は宙を掻き、その尾は地面に叩きつけられ、その咆哮は鳴りやまない。
――だが、その間も俺たちは攻撃の手を緩めない。
ドラゴンは洞窟で生活をしているため視力が弱いのか、俺達をまだ見つけられていない。
ここであともう一撃は入れたいところだ。
「……次だ」
俺は次の攻撃のためドラゴンを観察するが、反対側の羽根を狙うことはせず、先ほどからほとんど動かないドラゴンの右足に狙いを定める。
(尾と腕は無理だ。未だに激しく振り回されている。ただ右足を正確に狙うためには尾と腕が邪魔だ。足が正確に狙えない。もっと近づかなければ!)
――ゴッ!
尾が地面に打ち付けられ、岩の破片が飛んでくる――が、ナイフで弾き飛ばす。
この程度は問題ない。しかし、腕、尾の攻撃に当ってしまえば即死は間違いない――!
「――エド!行って!あなたは私が守る!」
(アリサ!)
その言葉を聞いた瞬間思考を切り替え、俺は全力でドラゴンの右足に向けて接近する。
ドラゴンの攻撃を気にする必要はない。
右足までの距離を一気に詰める。
あと少し――!
――ゴヒュゥッ――!
そこで左方から尾が風を切りながら飛んでくる。
この大きさのものを操作するのは不可能、だが――。
「――ッ!」
突如、俺の側に分厚い氷の壁ができる。
それを空間魔法で左にぶっ飛ばし、尾を弾く。
「――エドッ!」
次は右から腕。
今度はアリサの作ってくれた氷剣を全て重ね、盾に使う。
防御することはできたが、バギョギョギョッ、と何本か氷剣が折れた。
そこを俺は斜めに転がるようにして通り抜ける。
「――よしッ!」
やっと右足の元に辿り着いた。
攻撃できるのは一瞬。
すぐに先ほど弾いた尾が戻ってくる。
「――らぁッ!」
俺は背中の長剣を交差させるように、ドラゴンの関節の奥へねじ込んだ。
『――ギャォォォォォォォ!!!』
上級魔獣の牙で作った剣だ。
アリサの師匠が残していったものらしい。
ドラゴンの皮膚をもやすやすと貫く鋭さに、それの元の持ち主の恐ろしさが垣間見える。
ぐぴゅり、とドラゴンの足から血が噴き出す。
「――追加だ」
長剣を抜いた後、その傷口にナイフをぶち込む。
これで右足の神経、健はズタズタだ。
もう右足は動くまい。
(もう用はない。この場から離脱する)
俺はそのまま右足を通り過ぎ、ドラゴンの腹の下を潜ってドラゴンの左側に転がり込む。
『アギャァァァァァ!!!』
苦痛に苦痛が重なりドラゴンの絶叫はさらに大きくなる。
これでドラゴンは右の翼と足を失った。
ドラゴンの体は大きくバランスを崩し、右側に倒れこみ、それにつられてドラゴンの首も地面に落ちる。
(とどめだ)
俺はそのままドラゴンの頭部に長剣の狙いを定めようとした――が、その時。
『――ッ!』
ドラゴンと、目が合った。
――ドラゴンもまた俺を視界に収めることに成功する。
その眼は怒りに赤く染まっていた。
その眼光だけで人を殺してしまえるのではと思うほどに。
『――ゴァァァァァァ』
俺が気付いた時には、ドラゴンの魔術は発動されていた。
俺の周囲の地面が盛り上がり、土流が俺を飲み込もうとする。
必死に俺の頭が打開策を考える。
――どうすればいい!?
そこで、俺は自分の魔術でアリサの氷壁をずらしたことを思い出す。
目の前のこの土砂もできないわけがない。
――やれるはずだ!俺の魔法で!
正面の土砂が左右に自分を避けていくのをイメージし、放つ。
(――よし)
俺の前を避けていく土砂。
俺は魔法で目の前の土砂の流れをずらすことに成功し、何とかやり過ごす。
だが、ドラゴンの魔法は止まらない。土砂は2波、3波と俺を襲う。俺の視界は土砂で塞がれドラゴンを視認できない。攻撃できない。ひたすら土砂の対処のみをし続ける。
今は絶好のチャンスのはずだ。
ドラゴンは体制を崩し、頭も容易に狙える状態のはず。
どうにか攻撃するチャンスを――!
『グギャァァァァァァァ!!!』
ドラゴンの悲鳴と共に、土砂の勢いが突然止まる。
「――エド!」
アリサの声が聞こえる。
俺は勢いの落ちた土砂の中、迷わず正面に突っ込んだ。
ドラゴンをその視界に収めるため――そして、決着をつけるため。
土砂を抜けた先のドラゴンは、その残りの手足が極大の氷で封じられ、右目が氷塊で潰されている。
(さっきの悲鳴はこれか――!)
アリサの作ってくれた一瞬の隙――逃しはしない。
走りながら長剣を飛ばす俺と、右目を損傷しつつも、残る左目を頼りに俺を魔術で狙うドラゴンの視線が交差する。
(勝負は一瞬――ここで決めるッ!)
俺の長剣がドラゴンの左眼の奥までぶち込まれたのと、土砂が俺を襲ったのはほぼ同時。
俺は土砂の勢いのまま吹っ飛ばされた。
だが、上空に吹っ飛ばされながらも俺は見た。
ドラゴンの全身から力が抜け、倒れていくのを。
そして、アリサが俺に駆け寄ってくるのを。
(……アリサ、お前は本当に、最高のパートナーだよ)
地面に勢いよく叩きつけられた衝撃で、俺は意識を失った。