ボスを倒しに行くんだが
召喚されて数ヵ月が経った。
その間、俺はアリサと生活し、訓練と魔獣狩りに明け暮れる日々だった。
俺の魔法、魔力も成長し、小型魔獣ならを俺一人で、中型ならアリサと協力して倒せるほどになっていた。
(ちなみに、魔獣は小型、中型、大型、特殊型という風に区別されているらしい。
大型以上の魔獣は殆ど確認されないため、この分け方になっているとアリサ先生は言っていた)
ある夜、ソファーでゴロゴロしているとアリサが言った。
ちなみにアリサはいつかの白ウサギの寝間着を着ている。
とても似合っていた。
「エド、私達、そろそろ次のステップへ行ってもいいと思うの」
「……どういうことだ?」
俺の頭をもそもそと撫でながら、猫なで声そういうアリサ。
(何考えてやがる、この全身真っ白女は……)
いろんな意味で身の危険を感じ、一瞬背筋がゾッとする。
「この森のボスを潰しに行くの」
……。
ボス。一番強い魔獣ってことか。
「……なぜ?」
「私の師匠が、唯一この森で研究成果を残すことができなかった魔獣なの」
師匠の研究を続ける弟子。
元の世界でもよくある話だった。
「……それに、この森の脅威も減る?」
「そうね、一般的に魔獣のボスを倒せば、その辺りの魔獣の勢いは大きく削がれると言われているわ。だから、この件が解決すれば私たちの行動範囲や安全圏も大きく広げられるのは間違いない。この研究所を離れて街に行ったりとかもできるかもね」
――街か。
アリサ以外の人に俺は会ったことがない。
それは少し楽しみだ。
「アリサと俺ならそのボスを倒せるのか?」
「私だけでは凍らせて拘束することで精一杯だったの。けど今のエドガーと一緒なら確実に倒せるわ」
そう言って、アリサはそれまで両腕で抱きしめていた白いウサギのぬいぐるみを片腕で強く抱き締め、もう片方の腕をゲシゲシとそれにねじ込む。
それには特に突っ込まず、ただこの世界にもウサギっているんだな……とだけ思う。
「そいつはどんな奴なんだ?」
「大きな鳥みたいなやつね。私だけでは飛べないように拘束するだけで精いっぱいだったの」
アリサは今度は両腕でぐいーとウサギのぬいぐるみを締め上げる。
(……ウサギのぬいぐるみがかわいそうだろ?)
それにしてもでかい鳥か。
飛んでいる相手と戦ったことはない。
まあアリサが飛ばさせないと言うのだから、魔獣が飛ぶことはないだろうが。
「……だいたい分かった。いつ行く?」
「ッ!!!エドにしては随分あっさり決めるのね。
最悪色仕掛けで釣るしかないって思っていたのだけれど……」
アリサがぬいぐるみの後ろからチラチラと流し目を送ってくる。
(……お前の色仕掛けなんぞ効くか。どうせアリサ、お前は照れてまともにできないだろうし、俺がそれをおちょくって終わるぞ?)
俺がじとっとした目でアリサを見ていると、アホなことを考えていたアリサも、しぶしぶ本題に入った。
「……そ、そうね。今からちょうど一週間後の夜。ルーネの満ちる夜に行きましょう」
――満月の夜か。
「わかった。それまでに準備をしておく」
アリサがやれるというなら心配はない。
俺は頭の中に必要なものをリストアップしていく。
「ええ、頼りにしてるわ、エドガー」
アリサはその言葉の反面、成長した俺を見る目は少し寂しそうだった。
***
1週間後、満月に照らされながら、俺達は順調に森の奥深くまで進む。
俺達は悪路をひたすら走っていた。
この森のボスを殺すために。
突然、木々の間から熊の魔獣が、勢いよく俺達に飛びかかってくる。
「――ッ!アリサ!」
「わかってる!」
突然の魔獣に、俺の中で意識が切り替わる。
――速攻で殺す。それだけだ。
「――エドッ!」
アリサは熊を視認した瞬間、その両手両足を凍らせる。
「――シッ!」
そこを俺のナイフ5本が熊の頭部を一瞬で串刺しにした。
熊の魔獣はしばらく痙攣した後、動かなくなった。
魔獣の大きく鋭い牙、爪を見ながら、冷や汗をぬぐう。
「ふぅ、突然は心臓に悪いな……」
「行きましょう、エド。時間は限られてる」
アリサは熊の死骸に目を向けることなく進んでいく。
俺もそれに従った。
***
先ほどの魔獣で、俺はアリサ先生の講義を思い出していた。
相変わらず、白衣に眼鏡、指示棒を持ってアリサは俺の前に立っている。
「いい、エド?」
そう言うと、アリサは壁に貼られた表をべしべし、と指示棒でたたいた。
「魔獣には小型、中型、大型、規格外がいるの。
これは主にその体と、魔獣の持つ魔力の大きさで区別されるわ。
まあ要は戦闘力でそれぞれ分かれている――くらいの認識でいいわ。
大事なのは、ここ」
大型と書かれたところをぐりぐりとする。
「大型魔獣より上の魔獣は、小型、中型とは決定的に違う所があるの。
それは……なんだと思う?エド?」
「小型、中型とは比べ物にならないほど魔力が大きい…とかか?」
それまでボケーッと聞き流していた俺は、つい思いついたことを口から出す。
「うーん、もちろん大型の魔力は圧倒的に中型より大きくなってるわ」
アリサ先生は眼鏡をクイッとした後、腕を組む。
……流石本職、その仕草が似合う。
「でも根本的に違う。大型になると、魔獣は魔術を使うのよ。これは、魔術師のようにその視界に入った者を一瞬で攻撃できるということ。もし大型魔獣が突然町中に現れたとしたら、地方都市ならばわずか数時間で滅んでしまうとも言われているわ」
「……そんなにやばいのか?」
「圧倒的に人間より身体能力に優れているだけでなく、その視界に入った者には魔術が飛んでくるのよ?
この脅威がわからない?」
アリサは指示棒をくるくると人差し指で回す。
「魔術の使えない人はもちろん一方的に蹂躙され、魔術使いでも縦横無尽に飛び回る魔獣を魔術で捉えることは難しい。大型魔獣を倒すには、魔獣の攻撃からの防御、魔獣の拘束、魔獣への攻撃、これらが不可欠なため、平均的な魔術師30人の協力がいると言われているわ」
「……なぁ、アリサ。今度倒しに行く森のボスは?」
俺の問いかけに対し、アリサは指示棒を机に置き、手を後ろに組んで俺に微笑みかけた。
「――もちろん大型よ」
***
熊の魔獣の後は特に何事もなく、目的の洞窟に辿り着いた。
アリサは俺に振り向いて言う。
「……エド、そろそろボスのねぐらよ。作戦は大丈夫?」
「まずは先制攻撃で翼を凍らせ切断して、飛べなくする。次にアリサが氷で4肢を拘束。その時点で脅威になりそうな部位を俺が切断。最後に脳天にナイフを突っ込む」
アリサが俺の言葉に頷いた。
「あと、常に魔獣の死角から狙うこと。できなければ障害物を置くこと。最悪私の後ろに隠れること。いいわね?」
「ああ、大丈夫だ」
そう言って俺はアリサの白髪をぐしゃぐしゃと撫でる。
「……それは終わった後までお預けよ」
アリサが俺の手をぺい、とのける。
そのじとぉっ、とした責めるような視線。
アリサは俺がしたくてたまらないと思っているようだ。
さも自分が主導権を握っているかのような言いように、思わず俺は笑ってしまう。
(――緊張しているみたいだからな。俺も、お前も)
「ああ、お預けだよな、アリサ」
俺が子供に言い聞かせるように言うと、アリサは顔を赤くして俯いた。
――だがそんな風に気を緩めるは一瞬だけ。
「……いくぞ」
「……ええ」
俺達はアリサの持ってきていた暗闇を見通すゴーグル(魔道具という物の一種らしい)をつけて、洞穴の中に入っていった。
***
洞窟を進んで行くと、奥には大きな空洞があった。
――そこには圧倒的な存在感。
この森のボスが。
圧倒的な強者が。
そこにはいた。
眠っている。その巨大な体を丸めるように。
その顎にはぎっしりと鋭い歯が並び、その背には巨大な翼。
大きな鈎爪のついた、俺の体ほどの太さがある4肢。
太く長い尾には、人など容易に串刺しにできるほどの鋭く長い棘が、数え切れないほど生えている。
俺は、未だかつてないほどの武者震いを感じていた。
「……おいおい、鳥じゃなかったのか?」
少しおどけて、アリサを見る。
「羽根があって飛ぶ……鳥みたいなものでしょ?」
アリサも、見たこともないほど恐ろしい笑顔でいた。
凄惨で隙のない、冷たくて狂気的な表情。
それは、この戦いがアリサですら命賭けであることを意味していた。
森のボスは――ドラゴンだった。