アリサ4
――私は、一人だった。
いつもいつも、一人。
そして――またそうなってしまった。
――でも、昔と一つだけ違うことがある。
この世界には、あの人がいるのだ。
私のココロの中には、もうあの人がいるのだ。
「……ぁぁ……エド、おなか減らしてはいないかしら……」
私は一人、朽ち果てた遺跡から夜空を見上げながら、なんとなくそれが気になった。
***
エドはどうやら怪我をしてしまったらしい。
私を追っていたうざい女が、エドからの大事な大事なお願いを放棄するほどの。
私は先ほど別れを告げたばかりなのに、今すぐにでも会いに行きたい気持ちをぐっと抑えて、その女に伝言を頼んだ。
――本当にこれが最後のチャンスよ、と。
私は自身の手を見る。
――こげ茶色。きれいなチョコレート色だ。
あの日からどれほど経ったか。
私の肌は、もうほとんどが黒く染まっていた。
どうやら、もう魔力が体中から溢れ出しているらしい。
脳の奥まで到達するのも時間の問題だろう。
最後は脳が、理性が破壊され、支配される。
魔力に。
本能に。
「――本能、か」
――魔獣になった私は何を始めるのだろう。
前の魔女は、暴れまわった。
その怒りをぶつける相手を探して。
私は……?
私は何をするのだろう……。
「ふふ……そんなの決まっているじゃない」
――あの人を私の物にするのだ。
文字通り、私のモノにするのだ。
どんな抵抗をしても無理やりに、力でねじ伏せて――!
あの人を服従させて、永遠に私の側にいてもらう。
いや――いさせる。
あの人の喜びも悲しみも。
涙も唾液も汗も。
肉も骨も臓物も。
すべて私の物。
もちろん、子作りだって沢山たくさん、しなくてはならない。
なんどもなんどもなんども愛し合うのだ……!
そうすれば、いつかあの人も受け入れてくれるだろう。
もう自身は逃げられない、と悟って。
目の前の人の皮を被った怪物を愛することしか許されない、と理解して。
そしてあの人と私の子供をたくさんたくさん身籠って。
あの人と、私と、私達の大勢の子供たちと一緒に、楽園を作り上げるのだ。
私達だけの。
「くふ……くふふ……んじゅ……」
想像に夢中になり、よだれが垂れる。
もしあの人を私の物にできたら。
もしあのオスを私の番とすることが出来たのなら
もしあの人の身も心も支配することが出来たのなら。
私ナシでは生きていけられなくしたならば。
私はどれほどの充足を感じられるだろうか。
お互いに依存しあって溺れ合って。
食べ合って愛し合って気持ちよくなって。
「……んぅ……!……はぁ……はぁ……!」
私は妄想だけでは我慢できず、無意識の内に股を擦り合わせていた。
――自制心などとうの昔にぶっ壊れてしまっていた。
腹の奥が切なく疼き、じゅるじゅると蠢いているのがわかる。
――欲しい。
あの男が。
どれ程待ったのか。
あの人の側にいながらも、ほとんど手出しはしてこなかった。
無防備に寝ている時――。
それを見守っている時も、どの存在を汚してしまいたかった。
汚してほしかった。
あの人が悩み、苦しんでいる時。
どこまでも甘い言葉と態度で接してあげて、あの人を私という毒沼の奥深くに沈めてしまいたかった。
沈ませてほしかった。
私に優しくしてくれる時。
そのままあの人を押し倒して、感謝をいやと言うほどその身に刻み付けてやりたかった。
刻み付けてほしかった。
あの人をもっと深いところで感じたかった。
何度も想像した。
――でもそんなことはなかった。
あの人は誠実だった。
それがさらに私のこの感情を爆発的に暴走させた。
背徳感。
そう、私は妄想の中、エドガーを精神的にも肉体的にも犯してしまうことに、耐えがたい興奮を覚えていたのだ。
エドガーのぬいぐるみは何のために作ったか?
――ぬいぐるみを作っている時、エドガーを妄想の中で汚すのと同じ気持ちになれたから。
もちろん、私はエドガーの前ではしっかり者の師匠として振る舞えていたはずだ。
それなりの知識も教えられているはずだし、武力とサバイバル能力的な意味で、今のエドガーは一人でもこの世界で生きていけるはずだ。
その反面――どれほど師匠にあるまじき行為をしてきたか。
私の浅ましい妄想。
……一度したら止まらなかった。
まず、あの人にやさしくされるのを思い出しながら。
――それに満足できなくなったら、あの人との夜を想像しながら。
――それに満足できなくなったら、今度はあの人が夜這いに来るのを想像しながら。
――それに満足できなくなったら、私があの人に夜這いをかけるのを想像しながら。
ああ――なんと醜い。
なんと醜い女。
なんと浅ましいメス。
あの人に直接、今すぐにでも抱いてほしいと言った方がよほど清い。
――でもそれも今日で、終わりだ。
今日、あの人を屈服させたらその場で貪るようにしてやろう。
いままで我慢させられっぱなしだったのだ。
ゾクゾクと――背筋が震える。
腹の奥底が熱く――そして切なく疼く。
そして――。
――ザッザッ。
私の背後から――足音。
何者か――?
決まっている。
一人しかいない。
「……アリサ……!」
――来た。
愛しい愛しいあの人が。
私を愛してくれるただ一人の人が。
(――私のために来てくれた!)
胸が高鳴る。
張り裂けそうなくらいに心臓が鼓動を増し、その顔が緩む。
厭らしく、淫らに。
今の私はそのような表情をしているのだろう。
それが――今まで押し殺してきたもう一人の私だ。
「――あぁ、嬉しい。なんて嬉しいの。貴方が来てくれただけでこんなにも嬉しいなんて――!」
涙がこぼれた。
今にも飛びついてしまいたい。
あの人に抱き着いてその全てを奪いたい。
「エドガー!私の愛しい人――!」
――でも、それは後で。
まずはその身にわからせないと。
あなたは私の物だって。
私もあなたの物だって。
「――さぁ最後の授業を始めましょう!私の最愛の弟子よ!」




