今後の方針ととある夜の出来事なんだが
――アリサ暴走は、次の満月の夜。
奇しくも、アリサと結婚を誓った日だった。
――お主はアリサと結婚などできんよ。
ベロニカのいつかの言葉。
それは、アリサがただの化け物になってしまうのだ、ということ。
――どうすればいい?
魔力過多による暴走。
“つまり、空気を入れ過ぎた風船みたいなものじゃな。空気が魔力で、入れ物が魔臓。魔力が多くなりすぎて、魔臓が、肉体がはじける。そしてそれが原因で魔力が暴走し、魔獣化を促す”
俺は夢の世界で、詳しくベロニカから話を聞いていた。
できるだけ正確に状況を知っておきたい。
……とはいっても、俺にできることがあるかはわからないが。
「風船……か」
“そう。じゃから解決策の一つとしては、その魔力をアリサが破裂する前に別の入れ物に移す”
「……できるのか?風船に穴を空けたらしぼむだけで膨らむことはない――やばくないか?」
“やってみたことはないからわからぬ。まず、魔臓から魔力を取り出すため穴を空けた瞬間に、その魔力の通り道を確保しなくてはならん。少しも漏れないように、そして魔臓の形を崩さないようにのぉ。そして問題はその受け入れ先”
「そうだ。受け入れ先の方が、破裂する可能性がある」
“可能性……ではない。間違いなくその魔臓も多大な負荷がかかる。ただの人間が受けられるほどの量であれば暴走などしない。少なくとも人間であった時の妾クラスの魔臓でないとなければ耐えられん”
過剰な分をなんとかするこの方法はだめなのか?
「魔力を消費させるのは?アリサに魔獣化が落ち着くまで」
“……妾のように、また国を一つ潰したいのか?”
「……そうなるのか?」
“魔獣化してしまったら、ただ目の前の有機物、無機物全てに破壊をまき散らす存在となるじゃろう。人と言う存在を魔力だけで魔獣に塗り替えてしまうほどの魔力じゃぞ?仮にそれを人の身のまま行ったとして、それこそ自身を壊してしまうような魔力量を消費しなくてはならない。それでは本末転倒だの”
「魔獣化したアリサを無力化した場合はどうなる?気絶させたり、封印したり」
“ふむ……妾はそうだの。魔獣化した状態で無力化、封印されたが、このように意識だけは取り戻した。肉体は魔獣のままか人間のままかは封印されておるのでわからんがの。じゃが封印を解かれたらまた魔獣側に支配されんとも限らん。やはり確証は得られぬ”
「それでも今一番可能性が高い方法だ」
“目の前にその結果がおるからの”
にやりとベロニカが悪そうに笑う。
――なんとなくだが方針が見えてきたな。
それでもまずは。
「――協力者が必要だ」
エリー。セルティ。
話して協力を得なくてはいけない。
そして。
“あの子娘ども程度では、魔獣化したアリサとの闘いでは足手まといじゃと思うぞ?”
「それでもいくらでもやることはある。後方支援にまわてくれるだけでも助かるからな。最悪戦うのは俺一人でやるさ」
“……それがよい”
――それにまだ強力な助っ人があと一人、いる。
間違いなく危険だろう。だがこれくらいが成せなければ、どのみちアリサは救えない。
――なら、やるしかない。
「――ベロニカ、お前の肉体が封印されているのはこの森の遺跡、だったよな?」
俺が何を言ったのかわからなかったのだろう。ベロニカは不思議そうな顔をしていたが。徐々に顔色が変わっていく。
“そ、そうじゃが……まさかお主”
「ああ、そのまさかだ。
――お前の肉体を解放する。お前にも手伝ってほしい、ベロニカ」
俺の言葉が本気だとベロニカは悟ったのか、じとっとした目を俺に向け、ため息をついた。
“……お主は、大馬鹿ものか?”
「お前はアリサの暴走状態よりおそらく弱いんだろ?ならやらなくてどうする」
“仮に上手くいったとして、いつ妾がまた暴走するかもわからんぞ”
「――最悪、俺が殺す」
“……お主”
「殺してやるから、お前はそんなこと気にせずに、それこそ死ぬまで俺の側にいればいい」
そして俺はぽんと、そのちっさな頭に手を置いた。
サラサラの髪をわしゃわしゃと崩しながら、ぐりぐりとなでる。
“あ……ぁぁ……そうか、そうだったのか”
“これこそが妾の運命……なのだな”
ベロニカはすっと俺から離れると、目を細め、満足そうに笑った。
“なら妾も手をかそう、エドガー”
――そう。この命、尽きるまで。
***
――ガツ!
「――いてえ!」
浮遊感。
続いて訪れた、頭を何かにぶつける感触で目が覚める。
リビングのソファーで寝てしまっていた俺は、そこから滑り落ちてしまったのだ。
なんとも間抜けな事である。
――その時のことだった。
そろそろとリビングから静かに去ろうとする人影を、発見してしまったのだ。
――まだ真夜中だってのに。
俺はその人物に小声で話しかけた。
「……一体どうしたんだ、エリー」
「……何のことかな?エドガー」
それまで何食わぬ顔で去ろうとしてたエリーはびくり、と俺の言葉に背筋を震わせ、ゆっくりと振り向いた。
エリーの顔には、まずいことになったよ――とでかでかと書かれている。ケモ耳君達も不安げにプルプルと震えていた。
エリーが一体何をしようとしていた……いや、したか。
――俺はそれに心当たりがある。
「エリー、知らないか?その、俺、半裸なんだが」
「……」
エリーは無言。ケモ耳もぶるぶる、とその身を大きく震わせると、ぴたりとその動きを止めた。
そう、俺は半裸だった。
半分裸の状態のことだ。
具体的にはズボンがなくなっている。
パンツとシャツ。
なんとも変態的な格好である。
その原因は本当に残念なことに、一目でわかってしまった。
「――エリー、その手に持ってるのを返してくれないか?」
エリーの手には、しっかりと俺のズボンが握られていた。
恐らく、俺がイレギュラー的にソファーから落っこちてしまったことで、俺にいたずらか何かをしていたエリーは、慌てて逃げ出そうとした。ズボンを握りしめたまま。
そこを割とあっさり意識を取り戻した俺に見つかってしまったのだろう。
俺は本当に残念に思う。
――エリーが逃げきれていたら、ただ俺のズボンが無くなっていたという不思議な事件が起きただけだったのに……。
なぜエリーがそのような犯行に出たのか?
よりによってなぜズボンなのか?
――それらは容疑者Eに聞いてみねばわかるまい。
そこでさっとエリーがズボンを背後に投げるのを、俺は見逃さなかった。
そして何食わぬ顔をして俺にこういう。
「え?何もないけど……?ねぼけてるんじゃない?エドガー?」
圧倒的な演技力で、え……?とごく自然な困惑の表情を浮かべるエリー。
往生際が悪いぞ、容疑者E。あまりにも……。
「……わかった。そこで動くなよ、エリー」
さきほど適当に廊下の奥へズボンを投げたのはわかっている。
最悪それが回収できれば、俺がこの出来事を忘れてしまうことでこの事件に幕を下ろすことが出来る、と思考を切り替え、俺は廊下に向けて足を進めた。
「……あ……あう」
まぁそうなれば当然下半身パンツのまま歩いていくこととなるわけだ。
そしてその方向はエリーの正面。
……おぞましい姿を見せてしまうが仕方がない。
だが原因は向こうにある。
悪戯をしたエリーの方が悪いのだ。
俺が恥ずかしがる必要はない……はずだ。
「……」
「……ぁ……」
上はシャツ、下はパンツ。
ただそれを身に纏っただけで目標に向かう。
俺が感じるのは視線。
エリーがガン見していた。
主に俺の下半身を。
その何とも言えない気恥ずかしさ、そしてエリーの視線の向かう場所に俺は絶望した。
――やめろ、見ないでくれ。エリーのような無垢な子が見ていいような爽やかなものではないんだ……!
だが、行くしかない。
進むしかない。
取り戻さなくては――!
どんどんとエリーとの距離が縮まっていく。
――エリーの隣を通り抜けなくては、奥には行けない。
「……ぁ……パンツごと揺れてる……」
エリーがぼそりと放った言葉が、予想外に俺に効く。
――気にするな!
これもすべて、悪戯を行った側が悪いのだから……!
そしてついに。エリーの視線を正面から受けながら廊下への扉に辿り着いた。
「な……何?」
扉を塞ぐように立っていたエリーが、こちらにぎろりとナイフのように鋭い視線ぶつけて来る。
――その視線だけで正直抵抗する気が無くなるからやめてくれ――!
だが進まなくてはなるまい――!
「……そこを通してくれないか?」
「……だめだよ」
「ズボンなしだと寝にくいんだぞ」
「……そんなこと言ってるけど、その状態でも余裕でしょ?得意じゃん、寝るの」
わけわからん理論を展開し、強気に出るエリー。狼のケモ耳もぴんっと天井向いて力強くその存在を主張していた。ここは通さぬ、とそれは雄弁に語っている。
一体何と戦ってるんだお前らは――?
だが、不思議なことに俺にもエリーの視線に対抗する勇気が湧いてきた。
いつもならそんな風に睨まれ、強めに言われたらしょうがないと自分に言い聞かせてすごすごと引き下がる俺。
――だが、今回は違う。いつもはない大義名分が、こちらにはあるからな。
あとエリー。
人にものを言うときは、きちんと人の目を見なさい。
チラチラと俺の下半身ばかり見てるんじゃない――!
それでは説得力が半減どころか急転直下しマイナスだぞ――!
勝てる――!ここは無理やりにでも通らせてもらうッ――!
「……そうか何を言っても、通す気はないんだな?」
「そ、それが何なの?」
いつもと俺の様子が違うと言うことに気付いたのだろう。
ごくり、とエリーは喉を鳴らす。
そのにらみ合いの状況による緊張か。
その表情はだんだんと強張り、少しづつ頬は赤く染まっていき。
ケモ耳には次第にエリーの不安が現れ、しょんぼりとその力強さを失い始める。
――ここだ!
俺はすばやくエリーを抱き締め、そのまま回転。
二人の立ち位置を入れ替える。
その間――2秒。
俺はエリーを俺の背後に移動させることに成功した。
俺の目の前には廊下への扉。
――勝った!
「あ――ダメ!」
それは同時。
俺が扉の向こうへと足を進める瞬間。
そしてエリーが俺を止めようと俺の服を掴んだ瞬間。
――ただ、そこで一つ哀しいことが起きてしまった。
エリーは慌てていたのだろう。
俺が廊下の向こうへと言ってしまうことに。
エリーが俺を止めようと掴んだのは、シャツではなく、下の方。
パンツだった。
――そう、これはただの不幸だ。
不幸な運命が俺達に待ち受けていた。
――ただ、それだけ。
当然パンツは後ろに引かれ、下へと下がってしまい。
エリーは俺の汚い後ろを見ることとなる。
「……ぁ……」
――それだけならよかったのだ。
まだ笑ってエリーに尻を見せてしまってごめんな、と言えばよかったのだ。
だが。
――パシャリ。
俺の前方より、一瞬の強い光。続いて何かの――カメラのシャッター音。
「……アリサ、セルティ」
そう、扉の向こうには。
廊下の奥には。
ズボンを握りしめたセルティと。
いつか俺を撮りまくっていたカメラのような魔道具を持ったアリサがいたのだ。
「……と、撮れちゃった……エドの」
「……これがエドガーさんの……」
二人はそれぞれ思い思いの言葉をつぶやく。
その瞬間、時が止まった――気がした。
この一瞬で起きたことへの情報量と、衝撃。そして次々に脳裏に浮かんでくる、三人に問い詰めたい事柄に、俺の頭が一瞬フリーズしたのだ。
だが、まず。
こんな状況でも特に何かと行動を起こすこともなく、前後から俺をガン見する一人と二人に。
俺の中でぷちりと何かが切れたのを感じた。
「セルティ、もうアリサとエリーと仲良くなれたんだな。嬉しいよ。だが、それよりも――」
俺はシャツ一枚にパンツがずり下げられているというなんとも威厳のない姿のままではあったが、今までで一番冷たい表情と声色で、次の言葉を言えたはずだ。
「――三人とも、正座しろ」
***
「……ぅぅ……私のカメラが……」
「……私だけ前見れなかったんだけど……」
「……ふわぁ……ぁぁ……!」
寝っ転がる俺に目の前に床に正座する少女が三人。
俺はそのまま寝る気にもならず、結局俺は目の前で正座する三人をおちょくって朝まで過ごすこととなった。
“――アホじゃの”
ぼそりと某魔女のありがたいお言葉が聞こえたような気がしたが、気にしないことにした。




