模擬戦なんだが
初戦闘から数日後、ようやく俺は元の調子を取り戻した。
「よかったわ、エドが元気になってくれて。心配してたのよ?」
今、アリサと地下の訓練場にいる。ようやく魔法の訓練の許可が下りたのだ。
というか家に訓練場ってなんだ…?
アリサが言うには、魔法の新たなイメージを遠慮なく試せるような場所がほしかったとのこと。
そう言えばここ、研究所だったな。
「世話かけたな。ありがとう、アリサ」
俺がそう言うとアリサは少し照れていた。
「……いいのよ、そのくらい。気にしないで」
僅かに頬を赤らめ微笑を浮かべるアリサ。
「……ぅッ」
思わずそんなこの少女の頭を撫でたくなってしまい、うかつにも俺は手を出してしまう。
「……」
アリサは黙っている。
「……」
じっとこちらを見上げてきた。
俺は静かに首を横に振る。
「……」
……だんだんアリサの顔がしょんぼりしてきた。
俺はアリサの滑らかな銀髪を撫でることにした。
「……!」
アリサは心地よさそうに目を細め、俺にされるがままだ。
俺もアリサの紙の感触が気持ち良くて、やめられない。
「……」
「……」
お互い無言の静かな空間に、さわさわという音だけが訓練場に響いていた。
……しばらくして。
「――も、もう終わり!
髪がぐしゃぐしゃになったから終わり!」
アリサはぐわーッ!とそう言うと、ぺちぺち、と俺の手を叩きながら、しかし名残惜しそうに俺から離れる。
「もっとしてやろうか?」
「え、あ……」
「……もちろん嘘だ、さあ訓練しよう」
「……」
……その日の訓練は容赦がなかった。
***
そして1週間ほどたった今、訓練の内容はほとんどアリサとの模擬戦だった。
俺達は訓練場で向かい合う。
今日のアリサは白の長袖のシャツ、紺の長ズボンを着ていた。
「今回も相手を降参させるか、戦闘不能にしたら勝ちね。いくわよ、エド」
アリサは笑顔で屈伸。やる気に満ち溢れている。
「……ああ、わかった」
グロッキーな顔で俺は答える。
(もう今日10戦目か……いい加減休ませてくれ……)
こっちは連日の激しい訓練で身も心もボロボロである。
休みが欲しい。
「……もう、これで今日は終わりにしてあげるから!頑張りなさい?」
そんな俺を見かねたのか、アリサがそう言う。
(あぁ……やっと終わる……!)
そう思うと不思議と元気が湧きだし、目の前の『敵』に集中することができた。
『開始!』
訓練場の魔道具が、試合の開始を告げる。
――始まった。
アリサは足元を凍らせ、スケートのようにその上を滑って勢いよく俺に向かってくる。
俺はアリサから距離をとりつつ、ナイフを模した木片を、自分の掌から自分の魔力の届く距離ギリギリまで勢いよく移動――つまり、加速させる。
勢いを爆発的に増加させ、アリサに飛んでいくナイフを模った木片。
それらを全て、アリサは氷の壁で弾き防御する。
木片一つ一つは15㎝ほどもある結構大きめのものだ。
それを視界にとらえることが難しスピードでぶつけたというのに、この程度ではアリサの勢いは止まらない。
――そして、それは連日の訓練で分かっている。
俺は訓練場をとにかく走る。
俺達はお互いに牽制し合いながら、ちょうど円を描くようにお互いの距離を測りあっていた。
自分の魔力の届く範囲。
魔術師には、これがすなわち攻撃範囲。
あらかじめこの攻撃範囲はアリサは俺に合わせてくれていた。
ハンデだそうだ。
俺はアリサと距離を測りあいながら考える。
アリサの魔法は、一瞬で相手を凍らせることができる。燃やすことができる。それを防ぐのは難しい。 ――こちらが動きを止めたら一瞬でやられる。
しかし、俺の魔法は物を動かし、それで攻撃するもの。
視認できるためガードも容易だ。
これでは、同時に攻撃したら俺はアリサに勝てない。
ただ、アリサにはない俺の武器は、飛び道具だ。俺の魔法の利点は、魔力の範囲外へも攻撃が届きうること、攻撃を放った後でも魔法を使用できること。
「――くらえッ!」
俺は今度はナイフを模した木片でアリサの頭を狙い、広範囲に攻撃する。
数は10。
俺の魔力が届く範囲内なら、それらは魔力で方向転換も自由だ。
木片はそれぞれアリサの頭を正確に狙い、飛んでいく。
この数があれば、木片がたどり着く前にアリサがどんな動きをしても、全てからは避けられない。
防御するしかない。
アリサは最初と同じように氷の壁で弾く。
そこで生まれるアリサの視界を遮る氷の壁。
……空気中は不純物が多いため、氷は濁って向こう側が鮮明には見えない。
「――ふっ!」
それが俺との戦いでは命取りになることを訓練で知っているアリサは、一瞬でその壁を消す。
――しかし、隙は隙。
俺はその1秒にも満たない間、右に素早く回り込む。
魔術の発動において重要なものは、魔力、イメージ、そして『視界』だ。
魔術の対象を見なければ、魔術を正確に使うことは難しい。
魔術の対象を定められないし、正確なイメージが難しくなってしまうからだ。
アリサの氷の壁の対象は空気。
空気を凍らせるという曖昧で難しいイメージは、視界外であればなおさら難しくなる。
だから、俺はアリサの死角に向けて移動しようとした。
アリサも当然、俺が死角を狙うと予想し、その通り動いていた俺を視認する。
その瞬間には、俺も追加の木片を投げている。
それをまたアリサが氷の壁で防ごうと構える。
――勝負だ、アリサ。
その勢いを殺さないまま、今度は真正面からアリサに近づく。
――俺以外の時間が止まって感じる。俺が意識するのは、木片、氷の壁の二つ。
アリサの氷壁が、俺の木片を弾こうと現れる。
タイミングは完璧だ。
当たる瞬間に氷壁ができ、また一瞬で消える。
俺とアリサの距離が近づく。
――そして俺と氷壁が現れるだろう距離も。
真正面から近付く俺にアリサは驚く。
「――真正面から?私の勝ちよ、エド!」
(――いいや、俺が勝つさ、アリサ)
そのままアリサに近付きながら、さらに木片を投げる。
――これが最後だ。
アリサは氷壁を出し、ガードしようとするだろう。
自分に言い聞かせる。
――それはアリサの氷壁であって、そうではない!
ただの氷壁!俺の操ることのできる、物質としての氷壁でもある!
ただの軽い氷の壁など、俺が吹っ飛ばす!その壁程度では俺の攻撃を防がせない!
そして氷壁が俺の武器を弾こうとする瞬間――俺とアリサの氷壁の距離は、ある距離と同じになる。
俺の魔力が届く距離――つまり、俺の魔術が行使できる距離。
「――ッ!」
俺は、この時、アリサの氷の壁を真横に動かす魔法を発動していた。
――障害はこの俺が取り除く。
俺の攻撃は防げない。
俺の魔力の範囲内において、これは絶対のルールだ。
俺が、この空間の支配者なのだから
「――なッ!」
木片が氷壁に弾かれる瞬間、壁が俺の魔術により横に吹っ飛ばされる。
もしアリサが最も早くそれに気付いたとして――それでも迫りくる木片とアリサの距離は僅かしかない。
そして、それまで加速され続けた木片は、その間などコンマ1秒とかからず到達する。
――ゴッ!
アリサの額に、俺の攻撃が当たった。
「――ッ!?また負けた!?」
アリサが悔しさの籠った声。
防御のために現れた氷壁が俺の魔術でどかされた次の瞬間には、木片はアリサに到達していた。
そのわずかな間では、二枚目の氷壁のイメージは間に合わなかったのだ。