俺の相棒なんだが
人間の心とは。
一体何で決まるのだろうか。
性善説と性悪説。
人間の本性は善である。
人間の本性は悪である。
この二つの考え。
俺はこれを陳腐なもののように思う。
善や悪。
その根本的な基準は誰が決めるのか。
社会か?世界か?自然か?
それとも自分自身がそうと決めたらそうなのか。
他人に被害を出してしまったら悪なのか。
それとも自分が社会的な犯罪を犯していても、自分が富と名声を得られるのであれば、それは自分からしてみれば善となるのか。
結局は善であるか悪であるかなど、そんなもの、判断する人によって大きく違ってくるだろう。
話を戻そう。
そもそも、もとは善だったからなんだ?もとは悪だったからなんだ?
これは俺の一つの考えに過ぎないが、人とは、幸せであれば次第に他人を思いやることのできる、余裕のある性格へと近付き、その身に試練を受け続ければ、自分のことばかり考え、他人を気遣う余裕がなくなってしまう生き物だと思っている。
こういう言葉がある。善良な人とは、ただその人が愚かなだけか、未だに試練を受けていないだけだ、と。
善と悪。
自身の中でそのバランスをうまくとりながら人は生きている。
生まれたばかりの頃は、普通なら周りから愛を。幸せを与えられて育っていく。だから善の方向へ傾いて行くが。年を取ればとるほど、人はそれぞれ試練を受けて、皆同じように他人へと少しづつ冷たくなるか、またはそれを理解した上で他人へと優しくなれるのだろう。
その善悪のバランスの一部がどこかで崩れてしまった人。
それが狂人と呼ばれるのではないかと思うのだ。
***
「……エドガー、いつまでだらだらしてんの?」
ソファーにうつ伏せになって考え事をしている俺にエリーがブスッとつぶやく。
「この世の心理について考えているのだよ、エリー君……!」
「……意味わかんないし……あとソファーの下が掃除できないから、はやくどいてよ」
若干ドヤァ……としながら俺は言うが、それにお構いなしにぐいぐいと箒の柄で俺の頬を押すエリー。
「ふぉっとふらいいいひゃろ?(ちょっとくらい、いいだろ?)」
「だめ。はやくどいて」
だんだん吊り上がっていくエリーの眉に、そそくさと俺は自室へと退散した。
「まぁ、最後はここに落ち着くわな……」
俺の目の前の相棒にそう告げる。
「うおぁぁぁ……」
何とも言えないため息を上げ、そして両手両足を広げ、布団にダイブした。
――だが。
「キャッ!」
ベットにダイブした俺を迎え入れるのは柔らかな相棒ではなく、何か別の生き物。
ちょうど俺の飛び込んだあたりが、もぞもぞと蠢いていた。
よく見ると、布団が人一人分ほど、盛り上がっている。
「まさかな……」
パサリとかけ布団を持ち上げると ――先客がいた。
髪と肌は雪のような美しい白。
その目はルビーのように赤く輝いている。
――アリサだ。
アリサが身を縮こまらせるようにして、俺の布団の中に埋まっていたのだ。
恐る恐るそのダンゴムシのような体制を解き、そろそろ、と俺を見上げて呟く。
「……見つかっちゃったわね……しょうがないから、帰るわ」
のそのそ、と布団から顔を出し、しょんぼりとベットから降りるアリサ。
そのまま黙って俺の横を通り過ぎようとするが、丁度俺の横を通り過ぎかけたところで、俺はアリサの肩を掴む。
……できるだけ笑顔を浮かべようとする俺だったが。
「何してたんだ、アリサ?」
引く突く俺の頬。
――失敗する。
きっと俺が浮かべた笑顔はとてもぎこちないようなものだろう。
自分ですら、今の自身の顔がどのようになっているか想像がつかない。
「な、なんでもないわ」
――そして俺と全く目を合わせようとしないアリサ。
「……」
「何してたんだアリサ?」
ニ回目。
「……エドは、気にしなくていいわ」
アリサには答えようという意思はないようだ。
アリサは殻にこもるように、深々と白いウサミミの付いたフードを被る。
(こいつ……ッ!)
「アリサ……俺に言えないことをしてたのか……?幻滅したよ」
そういって、辛そうにその場を立ち去ろうとする俺。
その瞬間、ちら、とアリサの様子を確認する。
「――ま、待って!」
今度は俺の肘をアリサがはしッ!と掴んだ。
俺はそのまま足を止める。
「……どうしたんだ?アリサ先生?」
ニヤニヤとしながら俺は振り返ると、アリサは悔しそうにプルプルと震えていた。
「ちょ、ちょっと待って、エド。何か誤解してない?」
「……でもな、アリサ。アリサが話したがらないならこの話は終わりにするしかないだろ?」
「……何でもいいでしょ」
「なんでも?何をしていたかってきいたんだがなぁ……?そうかそうか、わかったよ、アリサ」
アリサの腕を振りほどき、リビングの方へ再度向かおうとすると、後ろからドンと衝撃がくる。
丁度俺の腰辺りに、アリサが後ろから抱き着いてきた。
「いう……ッ!から……ッ!」
アリサは俺の腰に顔を埋めるようにして、顔を隠す。
だが、その耳が真っ赤に染まっていることから、顔もそうであろうことはバレバレであった。
いつもの大人びたアリサとは全く違ったその態度。
それに俺は面白くなって強気に出る。
「ほう……?何をしていたんだ?」
俺の言葉に――。
「その……私は……」
つっかえつっかえ。その整った唇からゆっくりと言葉を紡いでいくアリサ。
「エドの……布団の中で……ッ!」
そしてそこまで言った瞬間――!
――ガチヤッ。
「何やってんの……アリサ様とエドガー……」
そこに現れたのは、我が家が誇る、ケモ耳少女。
そう、俺達の様子を見に来たエリーが、登場したのだ……!
救世主の到来ににハッと顔を上げ、アリサがそのままててててー、とエリーの方へと向かっていく。
するとアリサの態度は一転。
今度は仁王立ちでこちらをふふん、と見上げてきた。
「――エド!あなたの負けね!」
勝ち誇ったようにそう宣言するアリサ。
(いや、勝ちとか負けってなんだよ……)
「……はいはい、そうだなー。アリサの勝ちだなー」
アリサのその変わりように呆れ果てながらも、当初の目的を思い出していそいそとベットへと向かう。
(さて、昼寝の続きと行くか……相棒)
と思ったのだが。
「エドガー。どぉこいくのかな?」
エリーががしりと俺の肩を掴む。
俺は振り返らず――いや振り返ろうとせず、それに答えた。
「た……体調が悪くなったから少し寝ようかと……」
「嘘でしょ、エド?」
アリサも、エリーに味方する。
だめだ……二対一では勝てない……すまない……相棒……ッ!
俺はエリーとアリサにそのまま、連れていかれた。
***
「それじゃぁ、エドガーは庭のお掃除たのむね。雑草とか凄い生えてるから、それもささーとやっちゃって」
エプロンを外しながら言うエリー。
「わかったわかった」
「また呼びに来るから、それまでお願いね、エド」
「ああ、頼むな」
アリサとエリーは二人で今から地下室に潜ると言う。
実は最近、二人でこそこそと何か地下でやっていることが多い。
アリサが言うには、ちょっと新しい研究材料を見つけたから、だとか。
まぁ二人が頑張っているのは俺にもわかる。
(――それなら俺も、俺のできることをやろう)
そうして庭掃除へと鎌と箒と籠を担いで、玄関を出る俺だった。
ちなみに庭掃除はアリサとエリーが晩めしに呼びに来るまで、つまり辺りが暗くなるまで続いた……。




