月明かりの下で
第二章終了となります。
第三章は明日より毎日18時投稿です。
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「……おやすみなさい、エド」
家に着くと、エドガーはすぐに寝てしまった。グラムの戦闘後、彼は少ししか休んでいなかったし、疲れに溜まっていたのであろう。
椅子に座りながら寝てしまったエドガーを見て、クスリとアリサは笑った。
近くのソファーまでエドガーを運び、ふわりと毛布を掛ける。
柔らかな笑みを浮かべながら、アリサは眠っているエドガーの頬をゆっくりと撫でた。
「エドガー。私の愛しい愛しいエドガー……本当にお疲れ様。しっかり休んでね」
軽くエドガーの頬にキスをする。
「……愛しているわ」
ちろ……と唇を舐め、自分の寝室へと向かおうとアリサが立ち上がった先には。
「……あら」
エリーが跪いて待っていた。
「……エリー。あなたも今日は休みなさい。疲れているでしょう?」
「――ありがとうございます、アリサ様」
アリサにもエリーにも、エドガーと共にいる時のような明るい雰囲気は、ない。
お互いに冷たく、どす黒い感情があふれ出るのを無理に止めようとはしない。当然だ。そんなことに気を付けるのは、エドガーと共にいる時だけでよい。
もうこの二人の間では、隠し事をする必要がなくなっていた。
二人はエドガーに関して、共犯者と言ってもよい関係にあったからだ。
アリサがエリーから離れる途中、アリサは小さく囁いた。
「……私はもう寝るけど、あなたはエドガーにおやすみの挨拶をしなくていいの?」
そう言ってアリサの浮かべる悪魔的な笑みに――エリーの胸はどきり、と高鳴る。
「……」
窓から漏れた月明かりがエリーを、そしてエドガーを照らす。
引き寄せられるようにエドガーへ近付いて行った。
エドガーの寝るソファーの前にぺたりと座り込み、その寝顔をのぞき込みながら、エリーは目の前の人を思う。
――エドガー。
髪と眼は私と同じ、黒。
背は私と比べると、結構高い。
顔はちょっと目つきが怖い。
それに、とっても優しい。
仲間思いで、アリサ様が唯一心を開いている人。
エドガーはそのやさしさで、アリサ様の凍り付ついた心を溶かしたのだろう。私もそうだ。
でも、ダメな点もある
あと、ものすごいなまけ癖がある。
家事は絶望的にできないし、というかアリサ様が甘やかしすぎなのでは?と思うほどだ。私がいつも傍にいてあげなきゃ。
クスリと笑う。
「ほんと、ばかだもんねー、ごしゅじんさまはねー」
ご主人様。
今となってはもう呼ぶことではないだろう、その呼び方。
もう初めて会った時がずいぶん昔に感じる。
まだ数週間しか経っていないのに。
それでもこの人には、いつの間にか心を開いていたのだ。
エリーは恐る恐る右手を伸ばし――そのぼさぼさとした髪をなでる。
「あーあ、こんなにぼさぼさにして。
いつもアリサ様がかっこよくしてくれるのに。
私なんかのために戦うから」
エリーの胸に湧き上がる熱い感情。
「私なんかのために……」
「わたしなんかのために……」
「わたしなんかの……」
口に出せば口に出すほど。
涙があふれ。
同時にこの人を愛おしい、と思う気持ちが膨れ上がっていく。
そしてエリーは自分の内の衝動を我慢することが出来なかったのか。
髪を撫でる手が止まり、そのまま胸にエドガーの頭を抱きよせた――起こさないように、優しく。
「……ありがとう、エドガー」
その人間の男に感じるのは、暖かくて切ない気持ち。
最初は恐怖だった。
いきなり泣いていたことへの戸惑いだった。
不安だった。
絶望だった。
だが今は。
確かな愛情と感謝が。
この人のためならば何でもしよう。
砕け散っていた私のこころを救ってくれたこの人のために。
私に生きる意味をくれたこの人のために。
――どうしてこんなにも自分が変わってしまったのか?
わからない。
でも、確かにわかるのは。
この人が私のことを家族だと思ってくれて。
それを私が嬉しいと思っていること。
「……愛してる、愛してるよ、エドガー」
この言葉を言える人にまた出会えたこと。
自分はすべてを失ったと思っていたのに。
地獄の底まで落ちたと思っていたのに。
――私を救ってくれたこの人に。
――そしてこの人と出会えたこの幸運に、感謝します。
その晩、エドガーを抱き締めながら、静かにエリーは眠りについた。
次の日の朝、三人の間でひと騒動があったのはまた別のお話。
***
エドガー達が城塞都市を去った後のグラム邸の修練場、その激しい戦闘跡に降り立つ、一つの影があった。
それは執事服を着た、若い金髪の男。
――ルドだった。
「ふむ、さすが魔導士の弟子……と言ったところですね。私ですら少々手こずりそうだ」
そういって激しい戦闘の傷跡が残った辺りを見渡すルド。
ルドはあるもの、いや、ある人物を回収しに来ていた。
しばらくして目当てのものを見つけたのか。
ある一点へ、歩みを進めていく。
そこはエドガーがグラムにとどめを刺した場所。
「さすが魔人。その生への渇望だけは一級品ですね」
そこでは小さな、数センチほどの肉塊が弱弱しく蠢いていた。
それを見下ろしているルドは、懐から何か緑色の液の入った瓶をあけ、それをその肉塊にぶちまける。
すると徐々にその肉塊はその大きさを取り戻していき。
――十分後。
そこには完全に回復した、グラムがいた。
エドガーによって消滅させられたはずの存在が生と死の狭間からこの世へと帰って来たのだ。
「ガハハハ!いやぁ奴は強かった。儂では相手にもならんかったわ!」
復活早々、嬉しそうに笑うグラム。
そんなグラムを横目に、ルドは思わず溜め息を吐いた。
「あなたのような戦闘狂は思考がお気楽でいいですね……」
「そう言われては返すこともないわ、ルドよ!」
そしてグラムは立ち上がり、ルドを真正面より見据え、言葉を紡ぐ。
「ときに、ルドよ」
それまでの緩い雰囲気は消え。
その目に残るのは、鋭い眼光。
「……あの魔導士の弟子。冗談抜きに、相当の腕前であったぞ?火の魔導士など可愛いものだ」
「……ええ、それは見ていたこちらでもわかります。私と互角以上の勝負ができるでしょう、あれ程なら」
ルドが冗談で言っているわけではないと察すると、グラムも思わず顔を歪めた。
「お主と同程度、とな。腐っても魔導士の弟子、といったところか。火の一派は当分安泰だの……」
そこまで言ったところでルドとグラムの背後より、ザッザッと足音が聞こえてくる。
「ルド――グラム卿の回復は?」
その月の光で大きく伸びた、その影に――ルドは振り返り、跪く。
グラムもそれに倣った。
「ルド殿のお陰ですっかり回復しましたぞ。お礼申し上げる、ルナ殿」
月の明かりが、その人物を照らす。
それは茶のポニーテールにメイド服。
――ルナだった。
ルナはそれによかったですわ、と呟いて、ゆっくりとカチューシャを外す。
――するとルナの髪の色と眼の色が一瞬で変わる。
その髪は燃えるような、いや違う。血のようなどす黒い赤。
そして金色に輝く瞳。
「……今回は魔女と魔女の弟子の実力を正確に把握するためとはいえ、敵対までしてしまったのはまずかったのでは?姉さん」
少し不満気なルドを、ルナはからからと笑う。
「そんなことはありませんよ。アリサ様はともかく、エドガー様は少なくとも私とルドには敵対心を抱いておいでではないでしょうから」
そして、ルナはグラムを向く。
「協力ありがとうございました、グラム卿。
この青の魔導士、ルナ―リア・デル・フューリアス――心よりお礼申し上げますわ」
そういってスカートの端をちょいと持ち上げ、お辞儀をするルナ。
芝居がかったそれに、静かにグラムは頷いた。
「……いえいえ、それ自体は構いませんとも。儂も久しぶりに思い切り戦えましたからな。
ですがしばらくの間で、儂の腕も流石に鈍っていたようですなぁ……」
そして目を細め、ルナに問いかける。
「それで、ちと、言いたいことがあるのだが――魔女と、魔女の弟子。この二人。もう十分すぎるほど成長しておる。もう十分なのでは?」
「……そうですね」
憂鬱そうに、溜め息をこぼすルナ。
「一応、エドガー様の、魔力の波長を完璧に覚えることが出来ましたので、いつでも回収に向かうことが出来ます」
そう報告するルドに、優しくルナは微笑む
「ありがとう、ルド。いつも助かるわ」
「……いえいえ、あなたの弟ですから」
ルドは僅かに微笑んだ。
「……それでは、早めに計画を進めてしまいましょう。準備は任せますよ、ルド」
「はい、姉さん」
そこで話は終わりだと言うようにルナは踵を返すと、その紅の髪をなびかせながら月明かりの元を、そしてその荒れ果てた大地を歩いて行く。
「ただ、あのダイアウルフの少女。
勿体ないことをしましたなぁ……。
いい《《玩具》》になると思ったのですが……」
顎に手をあて、むむむとうなるグラム。
「趣味が悪いですよ、グラム卿。あんな若くて未熟な少女をああも歪めるなんて」
ルドがグラムを軽くたしなめる。悪戯のしすぎだと言うように。
この二人にとってエリーの件はその程度でしかなかった。あれは奴隷という、人ではなく《《物》》でしかなかったから。
そのルドの物言いに、不満げに言い返すグラム。
「儂ではあるまい。趣味が悪いのは。ゼムド卿であるぞ?儂にあのような不安定な物を譲ったのは。
まぁ逆に、ゼムド卿の教育があってこその、あれほどの一級品に仕上がったのであろうが」
クックックと笑うグラム。
「まぁ、今はそんなことはどうでもよい。それと、ルナ殿。
儂は公では死んだことになっているだろうから、いったん身を隠させてもらう。儂から手助けすることもほとんどできなくなってしまうのだがそれで良いか?」
それに長いポニーテールを揺らしながら振り返って、ルナが答える。
「はい、しばらくそうなさってください、グラム卿。
おっと、もう卿ではありませんか。
それではグラム同志。儀式の準備が出来たら幹部を全員呼びますので、通信機の方は週に一度は確認をお願いしますね。魔女と魔女の弟子の回収の方は、準備が出来たら私自らお迎えに上がりますわ」
「了解した」
そしてグラムはルドから手渡された服に身を包み、偽装の魔道具をつけ、その髪と眼の色を変える。
「それではまた、ルド殿。そしてルナ殿」
暗闇に消えて行ったグラムを、ルナとルドは見送った。
***
修練場に残された、金髪の男と赤髪の女。
ルドとルナ。
その二人しかこの世存在していないかのような空間で、ぽつりとルドが呟く。
「……ついに我々一族の悲願が叶うのですね、姉さん」
それにどれだけの思いが込められているのか。
ルドは重々しく、一言一言をかみしめるようにそう言った。
一族の悲願。
それは、二人にはとって最も重要なものであり、宿命。
そんなルドに呼応するかのように、ルナも天を仰ぐ。
「……えぇ……えぇ……その通りです!」
あの二人のなんと不幸な事か!
それを救おうという自分が、なんと慈悲深きことか!
その荒れ果てた大地を進みながら、天を仰ぎながら祈るように叫ぶルナ。
「お待ちになっていてください、エドガー!
貴方たちを、繰り返されてきた魔女と魔女の弟子の不幸な運命を!
わたくしが!必ず救ってさしあげますから!」
狂気に染まった水の魔導士は、その月明かりの下で高らかに宣言した。
『ヤンデレ少女の弟子にされたんだが。』
第二章 奴隷の少女と城塞都市の領主
終




