街に行くんだが
「街に行きましょう!」
アリサ、エリー、俺の三人での共同生活もだいぶ落ち着いてきたころ。
食事中のアリサの一言が、その終わりを告げた。
「は……?」
それに驚いて、俺とエリーは目を見合わせる。
「それはまた突然だな」
「どうしてですか、アリサ様?」
そろって首を傾ける俺とエリー。
そんな俺達を見て、“髪も一緒の色だし、まるで兄弟みたいね……私だけ仲間外れ……”、と若干寂しそうなアリサ。
「……ご主人様と……?」
嫌そうに俺を見るエリー。
俺もまた、それには抗議したかった。
俺とエリーはむしろ犬猿の仲と言っていい。
なんて言っても、いつも喧嘩ばかりしているのだから。
……この前だってそうだ。
狩りで疲れてソファーに横になりながら、最近の楽しみである“エリーのケモ耳で世界を平和にする方法”という高尚な考え事をしていた俺に、エリーは心の底から蔑む視線を向け、『戦闘の時しか役に立ちませんよね、ご主人様って(笑)。掃除しているのでどいてもらえませんか、変態(笑)?』とわざわざ敬語で言ったんだぞ?
――それでも俺は動かなかったがッ!
「俺とエリーの仲がいい……!?」
ありえない。
絶対にそれはありえないはずだ。
珍しく俺とエリーの意見が合う。
俺とエリー、二人揃ってじとっ、とアリサを見つめると、アリサは軽く咳払いをしてその視線を誤魔化した。
「……コホンッ!一応、村の殺戮の件を報告しに行くのよ。丁度エリーの様子も落ち着いてきたしね」
アリサは俺達を恨めしそうに見て、長い白銀の髪をくるくると人差し指に絡ませる。
いじけているようだ。
「そいつらが次の行動を起こさないとも限らないから……か」
「そうよ。けど私たちは襲われることはないでしょう。この森にいる限りはね」
「ここ、危険度五の秘境ですもんね……」
エリーとアリサはうんうんと頷き合う。
(なんだそれ。危険度とかあんの?そういうの知らないんだが……)
俺一人が話に置いていかれている。
「かと言って他の街が狙われないとも限らないわ。そいつらと戦ってまで他人を助ける気はないけれど、他人とはいえ命がかかっているから――」
「それで情報だけ伝えるのか」
俺の言葉にアリサは頷く。
「そう。流石に全く情報を流さず、多くの人が死んだとなっては夢見が悪いしね。と、いうことで明日には出発よ。エド、エリー。それぞれ準備をお願いね」
「わかった」
「わかりました」
同時に頷く俺とエリー。
そんな俺達を見て、プッとアリサは噴き出した。
「くくく……ほんとにあなた達、息ぴったりね……」
俺とエリーはクスクスと一人で笑っているアリサを見ながら、困ったように目を見合わせた。
***
そして、次の日。
俺はアリサの用意した服に着替えていた。
「……」
その服を初めて見た時、俺は思わずうわぁ……と声を上げずにはいられなかった。
それは、黒が基調の軍服。
ところどころ紫の刺繍が入っている。
そして胸の辺りには、六角形の中に炎が描かれた紋章。
“火”の魔導士一派が着る正装にはこの紋章が必ずついているようだ。
よほど無知な者でない限り、その紋章の意味を知っているとのこと。
「――うん、似合っているわ、エド!」
アリサは“いいわ……クールだわ……こっち!こっちに笑顔頂戴!”と不穏な事を言いながら、カメラのようなものをパシパシッと光らせていた。
ちょろちょろ、と俺の周りを動き回るアリサ。
絶妙なタイミングを逃さずフラッシュを光らせ、腕を掴んで俺の体勢を休みなく変えさせ、さらに、それらを同時にこなしてみせる。
その“不思議生物アリサ”に俺はされるがままであった。
「わー、かっこいいよー、ごしゅじんさまー、とってもー」
と、ぱちぱちと乾いた拍手をするエリー。
その視線には、アリサに玩具にされる俺への同情があった。
「うふ……じゅるり……エド……うじゅる……」
狂気的な笑顔のアリサが、俺の周囲を飛び回る。
申し訳なさそうに、見て見ない振りをするエリー。
ついに俺はその状況を我慢できなくなり、ボソッとアリサに呟いた。
「……俺も、アリサのかっこいい姿見たいな」
「――はッ!」
俺の言葉を聞いたアリサが空中で一時停止。
ぽとり……と彼女は床に落ち、カメラの構えを解き――。
「……着替えてくる」
カメラをテーブルに置いて、しゃきしゃきと動き出す。
“それにしてもいいものが撮れたわね……”と満足気な彼女は、いつの間にか俺のことは忘れクッキーをもしょもしょと貪っていたエリーを引っ張り、部屋を出て行った。
ぱんぱんのエリーのほっぺ。
ちょっと待って!というように、ぴくぴくっと立派なケモ耳が揺れる。
(……そういうところは可愛いんだけどな)
頭の片隅で少しだけそう思った。
***
アリサとエリーの着替えの間リビングに訪れた、束の間の平和。
俺は改めて自分の姿を見る。
真っ黒の大正時代の将校のような軍服。
背中には短めの黒いマントに白の手袋。
それは大変厨二感溢れる格好だった。
……正直恥ずかしい。
「……少し悪目立ちしすぎないか?街に行くだけだろ?」
自分の格好に苦笑した。
***
ここで少し話をしよう。
火属性の魔導士とは、『熱』――つまり炎と氷を自在に操る魔術師の頂点。
火の赤と氷の青――それらを合わせた『紫』をそのイメージカラーとしているらしい。
また、その炎と氷を操るという、他の属性と比べ戦闘向きな属性であることから、四人いる魔導士とその弟子達の中でも、『“火”の魔導士一派』は古来より武闘派だという認識があるようだ。
あくまでイメージの話だが。
そう考えると、アリサがあえて目立つようなこの格好をさせた意味も見えてくる。
戦闘力が高いと言われる“火の魔導士”の紋章を持つ、黒の軍服。
そんな危ない奴と関わってしまってはトラブルになるのが目に見えているため、誰もちょっかいを出そうとは思うまい。
この服を着るだけでほとんどの厄介事は避けられるだろう、とは思うが――やはり、少し恥ずかしかった。
***
「――あとは武装か」
俺は上着、袖、ズボンなど、軍服に隠されたポケットにナイフを装着していく。
この服はアリサが魔獣の素材を元に作った物だ。
そのため、耐久性、対魔術性能は申し分ない上、俺の戦闘スタイルに合うようアリサにいろいろ注文を付けさせてもらった。
このナイフ達も、とっさの攻撃時には役に立つだろう。
「漫画に出てきた暗器使いみたいだよな……」
さすが剣と魔法のファンタジー世界と言ったところか……。
ただ生きているだけで、俺という存在が厨二に染まっていく。
(……これがこの世界の条理、というわけだ)
考えていることも厨二化していく俺。もう手遅れである。
(……とにかく、これで準備は完璧だ)
他に必要な物も、ほとんどマジックバックに入れてある。
「――着替え終わったわよ、エド!」
しばらくして、アリサとエリーが姿を見せた。
アリサとエリーの服装も俺のものとほとんど同じだ。
紫の刺繍が入った、黒の軍服。
ただ、女性用は下がズボンではなくスカートになっている。
「どう?」
その場でくるりと回るアリサ。
スカートがふわりと踊る。
“火の魔導士”とは思えない可憐さが、そこにはあった。
「……あんま見ないでよ、ご主人様」
ほんのりと頬を赤くするエリー。
彼女はスカートに下にスパッツを履いていた。
そして腰には二本の長ナイフ。
俺の投降用とは違って、切断特化の丈夫な物だ。
「――似合ってるよ、アリサ。エリーもだ」
二人を見て、本当にそう思う。
それを聞いたアリサが嬉しそうに、エリーも照れ臭そうに笑った。
「それじゃ、エド」
アリサが俺に手を伸ばす。
「ああ、行こうか」
俺はそれを掴み、ソファーから立ち上がった。
***
その日、俺達は『外の世界』へ出発した。
黒の軍服を着た魔術師が男女が、三人。
世界から見たら微小な変化であろう。
しかし、俺達にとっては大きな変化だった。
それまで研究所で止まっていた、いや俺達が止めていた時間。
その針を進めることで俺達に何がもたらされるのか――その時の俺達にはまだわからなかった。




