俺の魔法なんだが
「……エド、もう朝よ、起きて」
眠い……あと少しだけでいいから寝させてくれ……。
「だめよ、朝ごはんが冷めちゃうでしょ。いいから早く起きなさい」
わかった、わかった。わかったからあっちいってくれ……。
「あっち!?うぅ……そ、そっちがそのつもりなら……」
ギシリ……と俺のベットがきしむ音。
何だ……一体……。
「……ふー」
「――ッ!?」
俺の耳元に熱い吐息。
それに驚いた俺の目の前には、アリサがいた。
「や、やっと起きたわね、エド……」
恥ずかしそうに見つめてくるそんなアリサの頭を、何とも言えない気持ちでもしゃもしゃと撫で、俺はベットから起き上がった。
***
寝ぼけながらも俺は朝食を食べる。
こう言うのもなんだが、アリサは料理がうまい。
昨日もお世話になったが、その繊細な見た目通り、料理もとても丁寧だ。
俺がうまいと言うとアリサは「やはり料理は愛だったのよ! 」とか言って喜んでいた。よくわからん……。
「ところでエド、今日からもう魔術の訓練始めたい?」
「ああ、頼む。だけどいいのか?研究とかは? 」
アリサは食後の紅茶を用意してくれる。
「いいのよ、研究の方はひと段落ついているから。だからしばらく研究はお休みね」
「なるほどな……そういえばアリサってすごい魔法使いなんだよな?そんなアリサ様はこんな森の奥でどんな研究してたんだ?」
若干おどけながら俺は言う。
……からかわれているばかりでは、な。
「本当に私はすごい魔導師なのよ!?……もう」
そんな俺の態度に、アリサは少し不満気であった。
「私の研究は主に魔獣についてだったわ。魔獣の習性、特徴なんかを調べていたの。それもひと段落ついて自由な時間ができたから、エドに魔術を教えてあげられるってわけよ」
ふふん、と胸を張るアリサ。
俺はそれをすごいなー、流石はアリサだなー、と適当におだてながら、話を進めていく。
「キリがついたのなら、近いうちにここから出て行くのか?魔獣で危ないんだろう、この辺りは」
「……それはないわ」
若干迷って、アリサは答えた。
……その態度からして、どうもきな臭い。
「何か理由でもあるのか?」
「……そうね」
アリサの表情が、暗くなる。
「……ここが私の家だから、かしら」
それを一瞬で消して、アリサは俺にうっすらと笑いかけた。
「また、いつか話すわ」
アリサは、しっかり俺の目を見てそう言った。
「ああ、わかった。その時を待つことにする」
(……誰にだって言いたくないことの一つや二つはあるよな)
そのまま、二人並んで紅茶を飲んだ。
***
食事の後は心機一転、アリサ先生の授業である。
アリサは眼鏡をかけ、指示棒を持ち、白衣を着て、ザ・先生!という恰好をして俺をリビングで待っていた。
……アリサ先生の背は俺の首元にもとどかないが。
「さぁ、エド!楽しい楽しい授業の時間よ!魔導士たるこの私の個人レッスンなんて、滅多に受けられないんだからね?」
アリサ先生は自慢気に無い胸の前で腕を組む。
「いやーありがたいなー、ほんとなー」
アリサ先生に合掌しながら適当感満載でそう言う俺。
「またそうやって茶化して!……まぁいいわ、さっそく始めるわよ。まずはエドの魔力、魔法特性を調べるわ。この水晶に手をかざしてくれる?」
頬をぷりぷりさせながら、アリサは机の上の大きな水晶を指差した。
「何だこれ?」
「魔力の性質、量を図る魔道具よ」
「……魔道具?」
「魔力さえあれば機能する道具のこと。まぁそれはどうでもいいから、とりあえず手を出して?」
「あ、ああ」
俺が手を水晶にかざすと、水晶はポゥ……と光り始めた。
「そんな感じで大丈夫よ。すぐにわかるから、少しそのままでいてね」
むむむ……とアリサは水晶を見る。
しかし。
「……ん?おかしいわね……」
首を傾げるアリサ。
しばらく水晶を見ていた彼女はハッとして、突然忙しそうに何やら分厚い本を引っ張り出してくる。
“なにこれ……?”とぶつぶつ呟きながら、水晶と分厚い本を見比べる。
その表情に、先ほどまでの余裕はない。
焦り、混乱、困惑。
それらに彩られた、カオスなものとなっていた。
それを見ていると、俺の中でのアリサ先生の威厳は、ガンガン削れていってしまう。
その光景に、若干の不安を抱く俺。
アリサ先生大丈夫か……?
「……どうした?アリサ?」
「エドガー、ちょっと静かに!」
アリサはくわっとこちらを向くとそう言い放ち、ぶつぶつと何か言っている。
「……これはどういうこと?ええとこの属性は……あった!これよ!でもこんなの初めて見るわ……」
「……アリサ」
「異世界人だから?生まれた場所や育った環境、そして思考、視点の違いのような精神的な部分が原因かしら?」
「……アリサ!」
「それとも体の構造の違いが原因かしら?異世界人はそれがこの世界の人間とは全く異なる所があるから、新たな属性が発現したってことになる!?」
「……アリサぁ」
考え事をしていて返事をしないアリサに、俺は途方に暮れた。
***
「ごめんなさい、エド。少し考え事をしていたわ」
「気にするな。そういうこともある……」
あれから10分ほど呼びかけ続けると、アリサはやっと戻ってきた。
「で、俺の結果は?」
「……はっきり言って、私も見たことない結果よ」
彼女は右手で眼鏡を掛け直す。
「おお、本当か!?」
正直、こういう展開には思わず心が躍ってしまう。
あれか、瞬く間に激強魔法使いになってしまう系の奴か……!
……だが、俺の期待とは裏腹に。
アリサは微妙そうな顔をしていた。
(う、うそだろ……待ってくれ……そんなにやばいのか?)
結果を聞くのが急に不安になる。
「エド、あなたの属性は――『空間』
主に物質操作の能力よ」
「くうかん……空間か!それに物質操作!か、かっこいいじゃないか!絶対強いだろ、それ!」
……とりあえず俺は喜んだ。何もわかってはいないが。
「念力みたいなもの……と言った方が分かりやすいかしら。
珍しい属性で、文献とかの資料がほとんどないからわからないけど……念じれば物を動かせるのよ、きっと。そうね、例えばタンスとか動かしたりとかすれば、お引っ越しとか部屋の模様替えの時に便利そうな能力ね……!」
アリサは分厚い本をぱたんと閉じ、ウインクしてそういった。
「……魔物倒せたりできるのか?」
俺から眼をそらすアリサ。
「さぁ……ものをぶつける威力とか、動かせれる物とかで全然変わるし何とも……。ナイフ飛ばしたりすれば戦えるんじゃないかしら?あ、でもそれって普通にナイフ投げればいいわね……。
と、とりあえず簡単なのでいいから、魔術使ってみたら?どの程度のものが動かせるとかまだわからないしね」
地味だ……。
炎柱で敵を消し炭に!――とか、真空刃で敵を切り刻む!――みたいな派手なのとは程遠い。
……応用はいろいろできそうだがな。
「属性もわかったことだし、早速、魔術の訓練をしてみましょうか」
それに期待と不安を共に抱きながら、俺は頷いた
***
アリサに連れられ庭に出る。
ちょうど日影があったのでそちらへ向かった。
アリサの皮膚が日差しに弱いからだ。
「エド、はいこれ」
アリサは腕輪を取り出し装着すると、それと同じものを俺に渡した。
「これは?」
「これは共感覚の腕輪よ。
聖遺物の一種で、この二つの腕輪を付けた者同士の感覚を共有できるの。私がこれで魔法を使う感覚を教えてあげるわ」
(聖遺物、そういうものがあるのか)
俺はそれを腕に嵌める。
特にこれといった変な感じはない。
「これでどうすればいいんだ?」
「こ、これはね……」
アリサは俺から僅かに目をそらし、明後日の方向を向いている。
その頬は真っ赤に染まっていた。肌が白いのでわかりやすい。
「……どうした、アリサ?」
アリサが俺の言葉にビクッとする。
「えっ?……えぇ。えっと……これはあのね……」
「なんなんだ?そんな説明しにくいものなのか?」
俺がそういうと、アリサはふるふる、と首を横に振った。
「これはね、手をつないだ者同士の感覚を共有するってものなの!
だからねこれはつまりいろいろな感覚が……」
わたわたと手を振りながら、早口でしゃべるアリサ。
感覚共有の機能を持ったレアアイテム。
アリサが何を考えているかだいたい想像はつく。
魔術を使用する感覚を、それを通じて俺に教えようとしてくれているのだ。
しかし、もじもじとして一向に始めようとしないアリサ。
やらなくては話が進むまい……。
「――。わかった、手を繋げばいいんだな?」
俺はさっとアリサの手を握りしめた。
「……ッ!?」
――突然跳ね上がる、俺の心拍。そして、急に苦しくなる胸。
その感覚に開始早々、俺は驚いていた。
と、同時に気付く。
――いや、これは俺じゃない。アリサの心臓の感覚が伝わっている……!
「……アリサ、もうちょっと落ち着てくれないか?
俺も変な気分になってしまうんだが……」
俺も驚きはしたが、アリサはその程度ではなかったようだ。
アリサの顔は、今にも爆発しそうなほど赤くなっている。
(これでは訓練どころじゃないじゃないか……。頼むぞアリサ先生……)
「ご、ごめんなさい!す、すごく恥ずかしくて……自分の鼓動をエドガーも感じていると思うと……。それに私もエドガーの鼓動も感じられ」
ぺらぺらと勢いよくしゃべるアリサを横目に、すっと俺は手を放す。
「とりあえず腕環外すぞ。手をつないでもある程度落ち着いていられたら、また腕環つけよう」
「うう……」
アリサは涙目で腕環を外した。
***
それからしばらくの間、俺とアリサは手をつないでいた。
アリサの手は小さく、柔らかかった。
アリサは恥ずかしいのか、うつむいてこちらを見ようとしない。
しばらくして、俺は聞く。
「……アリサ?もう落ちついたか?」
コクリ、とアリサは頷く。
「なら腕輪をつけよう」
俺とアリサは腕環をつける。
さっきよりは鼓動が落ち着いているみたいだ。アリサ自身《・・》もほっとしている。
「さぁ!私が魔法を使うから、その感覚を覚えるのよ?」
さっきまでの態度は一変して、突然元気になるアリサ先生。
……どーよ私、とドヤ顔だ。
「イメージを伴った魔力が、そのイメージ通りに現象を引き起こす。
これが魔術。とりあえず簡単なものをやってみるわね」
そう言うと、アリサは深い紅の瞳を閉じた。
「まず、おなかのあたりで魔力をぐるぐるするの。
そして頭で自分の属性でできそうなことを想像して、そしてイメージができたら、おなかでぐるぐるした魔力を手からバーっと放出する。簡単でしょ」
臍のあたりで熱っぽいものが渦を巻きながら集まり、それが指先まで移動する感覚があった。そして、アリサは手を握っていない方の手の指先から小さな炎をともした。
(説明曖昧すぎだろ……?感覚共有しているからまだわかるが……)
なんとなく魔力を集めるような感覚は伝わって来た。
これを何回もやればそのうち身に着けられるかもしれない……それにしても。
「すごいふわっとした説明だな。それで今まで教えてきたのか?」
若干呆れながら、アリサにそういった――その時。
俺達は魔法に集中して距離を知らぬ間に縮めていたのだろう――俺の息がアリサの耳にかかる。
「――ひゃっ!?」
アリサがびくっと体を縮め、驚いたように俺を見た。
「――わ、悪い、不注意だった!」
「――べ、別に気にしてないから!むしろいいから!」
アリサと俺は、そろって訳の分からない言い訳を始める。
「……そうだな、心臓がすごいバクバクいってるもんな」
そして、またしてもアリサの心臓が激しく飛び跳ねていた。
「……」
アリサの顔は、赤くなったり青くなったり大忙しだ。
(――これじゃ訓練全然進まないぞ……?)
アリサが落ち着くまで少し待って、練習を再開した……。
***
数日後、アリサとの特訓のおかげもあって、俺は簡単な魔法なら使えるようになっていた。
今、リビングの俺の目の前のテーブルには獣の髑髏がある。
アリサが両手の拳を握って、傍で俺を見守っていた。
「エド、頑張って!」
「うおおお!」
――物質を浮かべることをイメージする。
そして、練り上げた魔力を、目の前の髑髏(魔獣の物らしい。魔獣の素材は魔力の影響を受けやすいとのことだ)に向け、掌から魔力を放出した。
ピクリ、と俺の魔力に当てられた髑髏が動くと、ふらふらしながらも上昇していった。
次にイメージを髑髏を下ろすことに切り替える。
髑髏はゆっくりと下落ち、そっとテーブルに戻った。
「くはぁ……」
髑髏がテーブルに着いたことを確認すると、思わず全身から溜め息が出た。
――これは、常に魔力を切らさず、イメージを絶やさないトレーニングだ。
イメージを切らすか、魔力の放出が止まれば、水晶は勢いよく落ちてしまう。スポーツで言う筋トレのような基礎トレみたいなものだ。
どうやら俺の魔法は『物を動かせる』らしい。
今のところ、メロンくらい大きさの物を一定の距離、高さまでは自由に動かすことができるようになっていた。
この距離、高さは俺の魔力が到達できる距離だ。いまのところ半径5メートルぐらいが限度といったところか。
「エドの魔術は、考えようによってはかなり応用できるんじゃないかしら?
一定の範囲内なら物質を自由に操れる…魔力がありさえすれば労働力の代わりに使えるし、戦闘では敵の死角からナイフを飛ばしたりとか、対人戦ではものすごく厄介だわ……」
考え込むように頬に手を当てながら、アリサがぶつぶつと言う。
確かにこの魔法を使いこなせるようになれば、生活面でも便利になるし、戦闘面でも役に立つだろう。
「弱点のわかりやすい魔獣なら、エドでも倒せるかもしれないわね。万一倒せなくても、私がフォローしてあげればいいし…。そういえば魔獣のお肉も足らなくなってきたし……」
アリサが何か恐ろしいことを言っている…。
というかいつも食っている肉は魔獣のだったのか?
――大丈夫なのか、それは。
「ねぇ、エド。
もう少し魔術の練習をしたら、行きましょうか――魔獣狩りに!私がサポートしてあげるから!
たくさんお弁当を作っておくわね!」
(――そんなピクニックに行くような感じでいいのか!?)
ひくひく、と震える俺の頬。
「……まだこんな魔法しかできないのに、実戦で戦えるのか?」
髑髏をふらふらと空中で動かしながら、俺は若干の不安を抱く。
「そこは、私がみっちりしごいてあげるから大丈夫!」
アリサは満面の笑みを浮かべ、俺にぐっと親指を突き出した。
(――元の世界に、帰りたい……)
そんなこんなで訓練地獄の2週間後、俺はこの世界に来て初めて、魔獣と戦うこととなった。