黒鎧の悪魔
――バガアァァンッ!
エドガーの拳により地下室の天井が破られ、空が覗く。
満月の光が、黒色の男を照らした。
『……グルル……』
『……エド!』
アリサが手を伸ばす。
(――いかないで、エド――)
しかし、それは虚しく空を切る。
『……!』
アリサに踵を返し、エドガーは屋敷から飛び立った。
空を旋回し、そして満月を背に、彼は空に立つ。
そして――。
――ギィィィン……!
鈍い音と共に、天で紅の眼光は激しく輝いた。
***
――ガィンッ!ガィンッ!
『――ッ!なかなかッ』
「――そっちこそ――ッ!」
エドガーが空に現れた時――、フェリとリリムが、空を奪い合っていた。
片方は重力場を纏い、片方は紫電を纏い、魔術をぶつけあう二人。
衝突するたびに空間を捻じ曲げるような金切り音、そして、暗く激しい雷が辺りを照らす。
――その威力は互角。
ぶつかり合いながら、二人は魔術の支配権を奪い合う。
実力の高いの魔術師同士の戦いは、魔術の引き起こす現象の相性ではなく、それぞれの魔術の魔力的な『強さ』で勝負が決まる。
魔術に込めた魔力の量、質。
量は、どれだけの熱量をその魔術に託せるか。
質は、どれだけのイメージをその魔術に乗せられるか。
それをぶつけあい、残った方が勝つ。
『オラオラオラオラッ!どんどん行くよッガキッ!』
「……むむ!私だって負けない!」
ジュギュン、ジュギュンと空間を押し潰しながら魔術を叩きつけ合う二人。
――その時だった。
真っ黒の塊が、屋敷から、空へと舞いあがった。
その姿は歪に捻じ曲がり、苦し気に形を変え、何かから解放されたがっているような化け物。
『……グォォ……ォ』
しかし――二人が間違えるはずがない。
『エドガー!?』
「おにいちゃん!?」
それまで空中でぶつかり合っていた二人が、同時に驚きの声を上げる。
彼女らは空で一旦動きを止めると――。
『――グゥ』
その瞬間、エドガーが二人を見た。
――と、同時に。
――ジュグリッ!
肉のはじける音。
『――ッ!』
「――なっ」
エドガーの背から、何かが突き出していた。
それは、黒の腕。
それが四本。
ガパッとそれが大きく開くと、その巨大な掌に、真っ黒の魔力の塊が出来上がる。
球ではなく、立方体のそれ。
それは掌でくるくると回転し――二人に目掛けて加速する。
『――避けろッ!』
「――わかってるっ!」
その言葉と共に一瞬で反対の方向を向き、加速していく二人。
エドガーから放たれた四つの立方体は二つずつに分かれ、それぞれがフェリを、リリムを追う。
(――早いッ!)
フェリは魔力を走らせた翼をはためかせ、空を全速力で加速、そして翼から重力の塊をその立方体向けて放つ――だが。
――ガギガギッ!
(効いてない――!)
その重力塊に少しも揺れることなく、回転しながら真っ直ぐと迫りくる黒の立方体。
(スピードは向こうの方が早い、追いつかれる――)
『――あッ!』
瞬間。
――ギュィィンッ!
フェリとその立方体を遮るように一本の熱線が走る。
立方体はその圧倒的な熱に性質を捻じ曲げられ、地面へと落ちていった。
「――おら、てめえ感謝しろよ!」
『……は?うざ、大丈夫だったし……』
下でぎゃいぎゃいとはしゃぐ紅の鎧の少女に、そうフェリは口をとがらせる。
そして、リリムの方も――逃げられない。
「――きゃぁあああああ!追いつかれる―――ッ!」
目を閉じるリリムを追う立方体は――。
『蓮華地獄』
ファラの声と共に、その指が指し示す方向へと骨の軍団が宙に舞う。
ファラの指が空を描き、それに従い骨は壁となる。
それにぶつかる黒の立方体。
それらはバキョッバギョッと砕かれながらも立方体にしがみつき、その数はどんどんと膨れ上がっていく。
そして――。
「ふぅーたすかったよ、えっちなおねーちゃん!」
『ふん……次は助けませんよ』
戦闘の余波でぼろぼろとなったファラの露出度が高い格好。
それを気にするそぶりもなく、ファラは戦場に降り立った。
――だが、その時気付く。
『―――グルル』
エドガーの周囲。
そこには、先ほどやっとの思いで打ち落とし、動きを止めた立方体が―――10、20、30。
それらはエドガーの指の動きに合わせて、空中に広がっていく。
それを見た四人は――すでに動いていた。
『――グゥゥゥぅッ!』
フェリもまた、周囲に数十もの重力球を出現させ――。
「――がァアアアアアア!」
ライカの鎧から、幾本もの紅の極太の砲台が突き出し。
「――いくよおおおおおお!」
リリムの掌に集まる全身の雷撃。
『――エドガー様、申し訳ございません』
ファラが手を振ると同時に瞬時に隊列を組み直し、壁となる骨の軍団。
『―――ゴァアアアアアアア!』
それは、同時。
エドガーの黒の魔力の凝集した立方体の群れと、彼女らの魔術が衝突する――。
―――ギュィィィィィィン……!
お互いの全力をぶつけあった戦場は、大きく抉れ
低い音と共に、ぶつかり、衝突。
爆発が起こり、辺り一帯は土煙で覆われる。
『ぐっ……!』
「おにいちゃんッ!」
視界が覆われ、エドガーの姿が爆発に巻き込まれる。
そこにいち早く突っ込んだのは、真紅の鎧の少女――ライカ。
「――アニキッ!大丈夫かッ!」
『な――ッエドガー!大丈夫ッ!?』
それに続きフェリも爆発の中心部へエドガーを助けに突っ込むが――。
『――フェリ!待ちなさいッ!』
「ライカおねえちゃんッ!待って!」
――バアッ!
爆発から、風圧。
周囲の土埃を吹き飛ばし、そこには――。
『あ……が』
「……ウグッ……」
黒色の鎧の男―――エドガーに頭を掴まれた、ライカとフェリ。
ズッ――その音と主に、エドガーに吸い込まれる二人の魔力。
ぐったりとライカとフェリは力を失い、地面へと落ちていった。
『――フェリッ!』
ファラがフェリを受け止めようと空中を滑り落ちる――しかし。
それを遮るように、黒の鎧がファラの目の前に。
『――ガァッ!』
――素早く蹴りを放つ。
――ドガッ!
『――!』
ファラはその衝撃をもろに受け、そのまま背後へ吹っ飛び。
「みんなッ!」
続いて動くリリムの前にも現れた黒の鎧は、蹴りを横に放つ。
「――ぎぃっ!」
リリムは横っ腹に蹴りは直撃――屋敷へと吹き飛ばされる。
『……クルル……』
そして、ぼとり、と別館に落ちるライカとフェリ。
最後に立っていたのは、エドガー。
戦闘に勝利した黒の鎧は、静かに屋敷を見下ろした。
「エド君……?」
『そんな……』
ファラとリリムに近付くアンジェとネム。
二人は空で佇むエドガーを見て、新たな戦闘の開始を悟ったのだった。




