狂宴
――ガギンッガギンッガギンッ!
屋敷の大広間。
衝突音が木霊する。
「――シッ!」
ネムの双剣による乱舞。
「――セァッ!」
的確に繰り出されるアンジェの殴打。
二人は一点に重なり合うようにダンスを踊る。
ネムの斬撃がアンジェを狙い放たれたのなら、それを蹴りで弾きアンジェが裏拳。
――ギャギンッ!
ネムはそれを剣の腹で受け流し、横に切り裂く。
「――遅いッ!」
アンジェはそれを空にジャンプし回避、鋭い蹴りを繰り出す。
「――そちらもなッ!」
ネムはバックステップ。
続いて目の前で破砕音と共に床に突っ込んだアンジェに、回避と共に十字に斬撃を飛ばす。
「――ッ!」
アンジェはそれを自身をかすめるすれすれで床を転がり回避。
「――死ね」
その勢いのまま高く跳躍し、かかと落としをネムに決める。
――ガギィッ!
ネムがとっさに剣で防御。
しかし、その重みにネムの剣が限界を訴えた。
ひびが入る剣。
「――くッ!」
かかと落としの勢いを殺すことなく床に降りたアンジェはネムに素早く拳を突き出していた。
とっさの判断。
ネムは自ら壊れた剣を捨て――。
「――なら次だ」
次の瞬間、ネムは新たな剣を、握る。
何もない空間から彼女が抜いたのは、青白く輝く巨大な両手剣。
それをアンジェに振り降ろす。
――バギャンッ!
「――なに……」
そこに肉塊がないということは、アンジェは回避したということ。
そして。
「――ッ!」
――背後。
アンジェが拳を突き出す。
――動け、動け、動け!
ネムの脳を指令が走る。
さらに強く輝くネムのオーラ。
「ァァァァァアアア――!」
そして、その魔力はネムに限界を超えた力を与える――!
「――クッ!」
(――間に合った!)
――ジュギュッ!
アンジェの拳にネムの両手剣が間に合った。
その生物の限界を超えた速さとパワーで振るわれた両手剣に、アンジェの片腕がさっぱりと切り裂かれる。
――続いて、二撃。
シャキンッ!と水晶が砕ける音と共に、ネムの両手剣が砕けたと思うと――ネムは片刃のナイフを二本、握っていた。
「――ここで!」
ネムは一歩踏み出し、両手のナイフを躍らせる。
片腕を失ったアンジェを襲う、高速の斬撃。
「――くぅっ!」
アンジェは背後へと逃げようとするが、ネムの刃もまた簡単には逃がそうとせず、幾つもの深い傷がアンジェの肉体に刻み込まれる。
「――ならッ!」
そしてとっさに逃げ切ることが出来ないと悟ったのだろう、アンジェは傷を負いながらも魔力を一点に貯め――繰り出す。
どす黒い赤の高密度魔力に包まれた蹴りがネムの首を狙う。
体に多くの傷を受けてでもアンジェが放つことを選んだのは、空間を抉り取るような圧倒的な高密度の魔力の一撃。
全ての魔術的現象を塗り尽すほど強力なそれは、ネムと言えどまともに喰らうことが出来ない。
(――回避)
背後に回転するようにネムが下がった瞬間、それまでネムが乱舞を舞っていた場所を破滅の蹴りが通り過ぎる。
デュゴリ、と悲鳴を上げる空間。
(なんて無茶苦茶な……)
距離を取りながら冷静にネムはアンジェの攻撃を解析していた。
圧倒的な魔力というのは、それだけで武器となる。
魔力は術者のイメージを現出させるための根本。
しかし、その魔術的な空間を圧倒的な魔力で塗り尽してしまえば、その現象は打ち消されてしまう。
蹴りを外したアンジェは、静かに肩を竦めた。
「――へぇ、なかなかやるねぇ、キミ」
「――あなたもな」
不敵に笑い合う二人。
そして、その間もぐちゅぐちゅ……と再生して行くアンジェの肉体――だが。
「――?」
(……治りが、遅い。いつもならこの程度の傷、すぐに治っているのに……何かに邪魔されるかのように、体の傷口が私の魔力を拒んでいる)
アンジェはすっと目の前の騎士を見る。
「……どうした?」
特に感情を浮かべることなくアンジェの視線に応えるネム。
しかし、アンジェの浮かべる怪訝な表情に反応が薄い時点で、それはネムの想定通りに戦闘が進んでいると言うことになる。
魔力の毒。
ネムの魔力それ自体が、アンジェの再生を、アンジェの肉体での魔力的現象を押しとどめているのだ。
(――早く決めた方がいいね)
アンジェは切り捨てられた腕の回復を待つことなく、再びネムへと飛び出し、腕を魔力で強化――突き出す。
「――ふッ!」
それに真正面から魔力で生成された大剣をぶつけるネム。
力は互角――いや、技の分、ネムが優勢。
(――この魔力、おかしい。私と同等?)
明らかに人の枠を超えている。
しかし、目の前の女は、人間。
魔の理に足を踏み入れた魔人ではない。
(あれが、成功したっていうの?)
静かに肩で息を吐くネムの肌を縦横無尽に広がる青白い魔力の光。
アンジェの予感は当たっている。
――ネムの魔力が、なぜここまで跳ね上がったか。
それは、聖刻によるもの。
セントマリア王国が古より研究して来た、人造勇者を作り出すための刻印。それは幸運にも成功し、さらにそれは一つネムに例外的に変化をもたらした――。
「――勇者、ね」
光り輝くネムの刻印に、アンジェはすっと目を細める。
――人造の勇者を作り出す研究。
聞こえはいいが、それは研究などという優しいものではない。
勇者を生み出すのに、生物として最強の存在を人為的に生み出すことが、そう簡単にできるはずがないだ。
長い研究期間を経てきたとはいえ、その成功率は、実に1パーセント。
その壁を乗り越え生まれた、人型のバケモノ――それがネム。
「――行くぞ」
ネムが突っ込む。
――シンシンッ!
素早く二振り。
青白く輝く斬撃がアンジェを襲う。
「――毒ね」
「そうかな?」
斬撃を避けたアンジェの前に躍り込むネム。
アンジェの首を狙い、横に二薙ぎ。
それを素早くバックステップしアンジェは避ける。
それでもすぱり、と切れるアンジェの肌。
それについて行くようにネムがステップ。
アンジェに一歩近づく。
「――シッ!」
三、四撃。
一撃ごとに、ネムの輝きは増して行く。
それに呼応しより魔力は高まり、剣の先へと収束する。
「――ガッ」
アンジェの腹に斬撃が。
「――フッ!」
五撃、六撃、七撃。
――ギュリン、ギュリンギュリン!
斬撃の音が変わる。
空気との摩擦音が鋭くなると同時に鈍く。
剣先がアンジェの肌をかすめた瞬間、その周囲を空間ごと削り取る。
ネムの剣に集約した魔力は、アンジェが纏う魔力――それを悠々と上回る。
「――でも、もう終わりかな」
とさらに一歩ネムが足を踏み入れようとした瞬間――。
――パキンッ……。
「――!」
ネムが振るう、剣の手。
――それが、止まった。
「――な、に?」
――ぴとり。
アンジェの残された左腕が、ネムの剣先に触れていた。
目も眩むほどの魔力が凝集したその剣先に。
その先から、赤黒い魔力が、剣に走る。
――パキィンッ。
あっさりと、ネムの剣が砕ける。
「……!だがッ!」
いつの間にか受けていたアンジェの攻撃に、ネムはさらに剣を生成する。
二本の長剣。
それを左右に構え、また斬撃の嵐にアンジェを招待する――が。
――ポス。
「――はい、一撃目」
軽い一撃。
アンジェの指先が、ぽすり、とネムの体を突いていた。
そんな軽く、しかし素早い攻撃が来るとも思わなかったネムは、あっけなくその接触を許してしまったのだ。
(だが――。こんな一撃が効くと思っているのか――!?)
再び刃を回転させアンジェへ刃を振り降ろす――が。
「――!」
――ぴたり。
止まる。
そのネムの刃は、再びアンジェの人差し指に止められてしまう。
「あれ?弱くなったね、キミ」
楽しそうにアンジェが呟く。
「――ッ!」
その異常事態にとっさに距離を取るネム。
アンジェへ探りの視線を向けながらもネムは先ほどの一瞬の攻防を信じられないでいた。
(私の刃は先ほどまで確かに彼女に効いていた。触れるだけで肉を弾き飛ばすほど。だというのに、直撃して皮一枚も切れないだと?今まで実力を隠して――いや、これは、彼女が力を隠していたというより――)
「『弱くなったね』――か。何をした?鬼女」
「そんな風に呼ばれたら傷ついちゃうなぁ――」
――ぎょろり、とアンジェの額に浮かぶ赤黒い瞳が、ネムを見つめる。
その瞳はぎょろぎょろとネムの体を舐めるように見回し、何かを探っているようだった。
「ちょっと突いてあげただけだよ……君が辛そうな所」
「魔力の通り道――をか?」
その言葉と、砕かれた剣。
そして、『突然止まってしまった右腕の魔力の流れ』に――ぞくり、とアンジェが何をしたかがわかり、ネムの背筋が震える。
――ぎょろぎょろ。ぎょろ……ぎょろり。
ぐるぐると回転し、ネムを見回すアンジェの額の眼。
おそらくアンジェのあの眼は、魔力の流れを視覚化することが出来るのだろう。
それにより、ネムの肉体を通る重要な魔力の流れの分岐点を探り出し、そこを狙って軽くアンジェの魔力を流し込んだのだ。
そして、ネムの魔力の波長を完全に打ち消すような波長の魔力を当て、その機能を奪ったのである。
(――しかし、これは簡単にできることじゃない)
じっとり……と汗がネムの掌に滲む。
まず、体には縦横無尽に魔力が通っている。
血管の様に、全身にだ。
それはまた、ネムの右腕も同様。
それを、一点への攻撃でそれを止めた、ということは――その右腕の付け根の分岐点、そこにアンジェ自身の魔力を送り込んだ、ということだ。
アンジェが触れたのは、刃の先。
つまり、アンジェはまず刃を通し、ネムの指へ。
指の表面から皮膚を通し、魔力の通り道へ。
魔力の通り道からその右腕の魔力の分岐点へと送り込んだ、ということになる。
当然、刃はネムの魔力で作られたもの。しかし魔力以外の空中や地面、部室などが集まり瞬時に形成された物のため、その中は複雑。
それを通る間に、当然アンジェの魔力はネムの魔力の攻撃を受け、変化してしまう。
指先へ伝わる間もそう、皮膚を通り、血液を、そして魔力の通り道を通り、その分岐点へ辿り着く間もそう。
常にネムの魔力に晒されながら常に変化し続け、アンジェの魔力は進んで行く。
しかし――アンジェの魔力はネムの波長を完全に打ち消した。
アンジェには見えているのだ。
ネムの瞬きする一瞬すら移り変わっている魔力の流れが。
それと同時に、どのような波長の魔力を送り込めば、ネムの芯に辿り着いた時、ネムの魔力を打ち消せるかを完璧に計算しているのだ。
まさに、神業。
それは、とてもじゃないが、常人ならば、成功率は1パーセントを下回るどころか――。
「そんなこと、できるわけがない。ひとりひとり、違うのだぞ?魔力の波長は……」
がらん、と先ほど攻撃された右腕から、剣が落ちた。
――魔力が通らない。
魔力が通らない右腕は、無力だ。
相手にはかすり傷も与えられないだろう。
「――形勢逆転だねぇ?」
そして、ネムは対面の相手を見る。
完全に回復した、アンジェの肉体。
ネムが斬撃と共に送り込んでいたネムの高純度の魔力を、既にアンジェは完全に抜くことが出来ていた。
勝敗は、明白。
ネムはただでさえ腕を失っているというのに、向こうは回復する。
しかも、相手の攻撃は触れるだけでネムの行動を奪っていき、逆にこちらは相手に傷を負わせ続けて私の魔力を刻み付け続けなければならない――。
――不可能。圧倒的敗北。
脳がそう判断した、その時だった――。
唐突。
ネムの背後の壁が、衝撃で爆発した。
「――え?」
閃光、そして爆音。
それは、背後。
ネムの後ろの壁が外からの衝撃で吹っ飛ぶ。
「――ッ!」
アンジェとネムは、穴の空いたその向こうを、驚きと共に見つめた。
そして、そこからネムとアンジェの間に飛んでくる二つの物体。
「――がッ!」
まずは、赤い鎧の少女――ライカが床にぶつかり気を失い。
『――グッ!ぁぁ……』
それに続き、全身から骨を生やした悪魔の少女――ファラが、それに重なるようにぶつかり、気を失った。
「お、おい……嘘……だろ?」
満月の空に、ライカとファラを同時に倒したその存在が浮いていた。
――黒の禍々しい鎧を着た、一人の男。
苦悶に満ちた悪神のような表情を持つヘルム。
全身を包む鎧は黒いオーラを纏い、両腕は分厚い手甲に包まれ、その背中からは四本の黒腕が生えている。
その異形のシルエットに――。
「エ、エドガー……?」
アンジェが呆然と呟いた。
そしてその鎧の男は――。
『――ゴギャァァアアアアアアアアア!!!!!』
――天に、咆哮した。




