始まった少女達との生活なんだが
「と、いうわけでだ、エドガー!今後は私達がエドガーの面倒を見る!」
「お、おお」
今、俺の寝室には、バーン!と効果音が聞こえそうなほど得意げな表情を浮かべるネムと。
「――う、うっす!あ、改めてヨロシクお願いします、アニキ!」
両手を握りしめ気合を入れる、オレンジの髪の少女。
「――おにいちゃんの面倒は、私が見てあげるからね!」
そして、鼻からふすん、と息巻く紫髪の幼女。
「チェルシーちゃんに全部お任せー!」
最後に、黒と白のメッシュの髪の少女。
――三人の少女が、俺のベッドの前で綺麗に並んでいる。
レティシアは、薬を取りに部屋を出て行っている。
しかし、まぁ……俺はこの少女たちとの記憶は失っているわけで。
「……悪い、自己紹介を頼めるか?」
俺がそう聞くと、三人はしばらくの間不思議そうな表情を浮かべた後、はっ!とする。
「――アニキの一番の舎弟、ライカ!」
両腕を胸の前で組んでそう宣言する、オレンジ色の髪の少女――ライカ。
「――おにいちゃん一番の妹、リリム!」
ライカをチラッと見てしばらく考えた後、結局自身も両腕を胸の前で組むことを選択し、そうビシッ!と宣言した紫髪の幼女――リリム。
「――チェルシーちゃん!!!」
こちらもまた、二人にならって両腕を組む――のではなく、きゃぴっ!とピースを決め、ぺろっ!と舌をのぞかせるチェルシー。
「……こ、コホンっ!」
その三人にネムはしばらくの間呆気に取られていると――軽く咳払いした。
「エドガー。少なくともこの三人は常ににお前の側にいさせる。何でも言ってやってくれ」
「チェルシーちゃん闘いも得意だから、心配しないでね!」
シュッシュッとその場でシャドーボクシングを始めるチェルシー。
――ヒュゴォ!ヒュゴォ!
その拳からは、今まで聞いたことのないほどの重い破裂音。
その細腕から発せられているとは考えられない程の、衝撃。
「……」
ぶはー……ぶはー……とその風圧で数メートルは離れている俺の前髪が持ち上がった。
――ま、魔力的な何かで強化する的なアレだろう。
俺はあまりにも適当な理由でとりあえず、納得しつつも、その現実離れした一人の少女の力に戦慄していた。
そして。
――バギン。
「――あ」
チェルシーの、『やってしまった……』と言う青ざめた表情と――何かが、割れる音。
「……ぅ」
……近くの棚の水差しが、バラバラに砕けていた。
「あちゃー……やっちゃったね、チェルシーおねえちゃん……」
リリムが、苦しそうに俯いて、ちっちゃな両掌で顔を抑える。
「オ、オレは知らないからな……」
リリムに続き、ぷいっ!とそっぽを向くライカ。
「そ、そんな!……チェルシーちゃん大ピンチい……」
二人に見捨てられ、うぇっ……と涙目になるチェルシー。
「…………」
その一瞬で、それまで明るかったその部屋は、ずーん……とした暗い雰囲気で包まれる。
「……ネム、ネム。ちょっといいか」
「……なんだエドガー?」
俺は、ベッドの傍で微妙そうな顔をしているネムに、そっと耳打ちした。
「どうにかならないのか、あれ」
暗い雰囲気で割れた水差しを囲む三人を、俺は指差す。
「……わかったよ、エドガー」
するとネムは、仕方がない……というようにため息をついた。
「……レティシアには私から言っておく、三人とも気にするな」
その言葉を聞くと、三人はほっと胸を撫で下ろす。
「……感謝するぜネムのアネキ……!」
「……よかったぁ……怒られずにすむかも……」
「……うっうっ……チェルシーちゃん助かってよかったよぉ……」
三者三様がネムへ送る、感謝の嵐。
そんな嵐の中、ネムは掃除道具を取り出していた。
「……悪いな、手間かけさせて」
「気にするな、エドガーはそこで踏ん反りがえっていればいい」
その水差しの残骸に向かいながら、ネムは苦笑する。
そして、喜びの舞を舞っている三人の少女をじろり、と睨んだ。
「三人とも、仕事があるだろう!ほら、早く働け!」
「「「は、はい!」」」
びしぃ!と敬礼する三人の後ろから、ネムが目でサインを送って来る。
――あとはエドガーに任せる。
「……なるほどな、三人ともちょっと来てくれ」
そう言いながら、少女達をちょいちょい、と右手で呼ぶ。
「?」
三人は、とてとてと揃って歩き、俺の前に綺麗に並んだ。
「三人に頼みたいのは……そうだな……」
「!」
俺の指示を今か今か、と待つ少女たちの眼は、やる気に満ち溢れている。
いい子達だな――そう、何となく思った。
「とりあえず顔を洗いたい。それとだな……」
「――あとは、メシだな!」
「ああ、そうだライカ。頼めるか?」
「オレに任せてくれ、アニキ!」
ガッツポーズをするライカは、意気揚々と部屋の奥のキッチンへと向かって行く。
「待ってよライカおねーちゃん!おねーちゃんがご飯作るのだけはだめだよ!私に任せて!」
「チェルシーちゃんもいくー!」
ずいずいとライカはリリムと、チェルシーを連れて奥へ行く。
「……ふ、ふむ。頃合いか……」
そうこうしていると、ネムがベッドの側に戻って来た。
掃除を終えたのだろう――その頬は、赤い。
「さ、三人は行ったようだな……」
ゴチャンガチャン!とキッチの奥から騒がしい音が聞こえる。
そちらを気にするようにチラチラと見つつも、ネムも確信したのだろう。
「エドガー……いいな?」
ネムはそれまでとは少し変わった、熱の籠ったまなざしで俺を見つめた。
「では、始めるか」
「……ネム?」
「………えだ……」
ごにょごにょ、とネムが何かを言う。
「……三人が忙しいなら。私はお前を着替えさせてやろう、エドガー」
そして、ネムはゆっくり……ゆっくりと俺へとにじり寄って来る。
「な、ちょっとま」
「――待たない」
――そのまま俺は、無抵抗のまま、ネムに下着まで着替えさせられた。
***
「……ま、まぁ気にするんじゃない、エドガー。な、なかなか立派なものだったぞ?」
口の端がによぉ……と崩れているネムの言葉と。
「……ぺろっ……!これはっ……!チェルシーちゃんがいない間に何かあった味……!」
お湯の入った桶を枕元に置いたチェルシーがそんな風にふざけているのを聞き流しながら、異世界に来て早々、新しい階段を一つ上ってしまった……と俺は思う。
その時、ガチャリ――と扉が開き現れたのは、黒髪の美女。
「あら……どうされたのですか?」
部屋へと戻って来た不思議そうな顔のレティシアに、俺はただ、何もない、と答えたのだった。




