神と悪魔は紙一重なんだが
「……これで最後、か」
最後の一人にとどめを刺した後、俺は辺りを見渡した。
俺の視界は血、血、血、死体、死体、死体で埋まっている。
美しかったゼノビア平原は、血で、死で染まり切ってしまっていた。
「エドガぁぁぁ――――!」
そんな死体の山の間から、聞きなれた声。
そして双子の片割れ、一人の血みどろの少女が顔を輝かせながら走って来た。
ぴょこぴょことサイドテールを揺らしながら。
「フェリ」
……そのいつもと同じような生意気そうな様子にほっと胸を撫で下ろす。
「どうしたの、エドガー?」
俺の安心を嗅ぎ取ったのか、不思議そうな様子で俺の目を覗き込んでくるフェリ。
「いいから、体洗ってやる」
適当に誤魔化して、マジックバックから大量の水をフェリの頭からぶっかけていった。
「ぶわぁ!」
「じっとしてろって」
ばしゃばしゃと水で雑だが綺麗になるまで血の汚れを落としていく。
「――そうです、じっとしていなさい、フェリ」
その時、俺の背後からもう片方の双子の声。
「ファラか」
「ただいま戻りました、エドガー様。もう少し効率よくやれればよかったのですが……」
「そんなことは気にするな。ほら、ファラも洗ってやるからこっち来い」
「は、はい……」
おずおず、と頭を差し出すファラにもジャバジャバと掛けていく。
「あれ、ボクはーー?」
「もう綺麗になったからいいだろ」
「ちぇー」
ファラの髪にこびりついた血を丁寧に落としながら、つまらなそうに口をとがらしているフェリを適当にあしらう。
ぷるぷる、と体を震わせ水を落とすフェリを横目に、ファラから綺麗に血を落としていった。
「んぅ……」
俺の指が髪の間に入ると、ファラはそうかすかに声を漏らしながら身を捩らせた。
「……嫌ならそう言えよ」
……髪を洗うってことだけではなく、人殺しも。
嫌ならそういって欲しい。
しかし、今更そんな事を聞いて何になるのだろうか。
人殺しは、俺が二人に強要してきたというのに。
「い、いえ、その、もっと雑に洗ってくださっても大丈夫です」
だが、恥ずかしそうにそういうファラに俺はなんだかやるせない気持ちになる。
そんな風に思う俺の方が二人に失礼なのかもしれない。
「だめだ、隅々まできれいに洗ってやる」
「は、はい……」
恥ずかしそうに顔を伏せるファラを、ずるいーずるいーとうるさいフェリを押しのけつつ、その体から血の一滴残らず洗い流すまで綺麗にしてやった。
***
城に帰ると、俺達に対する人の印象は両極端だった。
「ああ……魔術師様……夫の仇をありがとうございます……」
「神よ……おお我らを救ってくださった神よ……」
今まで多くのセントマリア王国民と兵士を殺してきた、ガルガンチュア帝国軍を全滅させた俺達に感謝を述べるもの。
「ひっ」
「あ……」
眼を合わせようともせず、俺達から逃げていく人達。
あの圧倒的なガルガンチュア帝国軍を滅ぼした俺達を恐れている者。
「……ゴミども、エドガー様は見世物ではありませんよ」
ファラはぎろり、と廊下からこちらを興味津々に見る兵士や民衆を睨み。
「……ホントうざいなぁ……ねぇねぇエドガー、殺しちゃダメ?」
――とフェリが俺の服のすそをくいくいと引いてくる。
「大人しくしてろ」
そしてその二人の他にさらに一人――俺に近付いてくる者がいた。
「――エドガー!何で勝手に戦ったんだ!」
「ネム……」
水色の長髪の騎士。
俺を怖れ敬うのではなく、ただ単純に俺を待っていた者。
「聞いているのか、エドガー!」
俺の目と鼻の先まで近付き、啖呵を飛ばすネムに俺は気圧されていた。
「わ、悪い、ネム」
「……すべて話すまで許さないからな」
ぎろり、と俺を上目遣いで睨むネム。
そして、突然騎士団長に詰め寄られた俺は、さらに民衆たちの視線や興味を集めることとなった。
それに加え、ひそひそ……と痴話喧嘩みたいね、やらあんな団長初めて見たな……などというのが聞こえて来るのが何となく居心地が悪い。
「話す、必ず話すからひとまず落ち着ける場所に行くぞ」
「……必ずだぞ」
とりあえずはそれで怒りを収めるネム。
最初の印象はクールな男装が似合いそうな女性だったんだが、意外といろいろな表情を見せてくれる人だ。
その時だった。
「……また、エドガー様は女を作って……」
「目を離したらすぐこれだね……」
俺の側の二人が、胡散臭そうに俺をジトッと見つめる。
……そんな目で俺を見るな、二人とも。
ただほんの数言交わしただけの女性とそのような関係になるはずがないだろうが。
そんな二人に、俺ではなくネムがコホン、と咳をついて弁明してくれた。
「二人の期待に応えることが出来ず申し訳ないが、私とエドガーは決してそのような関係ではない。エドガーは私にとって命の恩人にすぎん」
きりっと真剣な表情でネムはそう言い切った。
その誤解を真っ向から解いていく姿勢は素直にかっこいい。
さぞ女性からも人気な女性なのであろう。
「何をしらばっくれているんですか?エドガー様の顔を見て、あからさまに嬉しそうにしていたくせに」
「気を付けた方がいいよ、エドガー。こういうメスは、なかなか男性との関係が発展しにくいけど、一度男性にそういう思いを抱いちゃうとどこまでも追って来るからね」
しかし、ファラとフェリの攻撃がネムに突き刺さる。
(なんてこと言ってんだこいつらは……)
「な……そ……そんなことは……」
ネムさんも今までそのようなことは言われたことがなかったんだろう、フリーズしたように動きが止まる。
二人とも失礼なことを言い過ぎだ……。
(――ああ、今からすぐにでもここから逃げ出したい)
「二人がすまない、ネム。――お前らはもう黙ってろ」
「はい」
「うん」
俺の命令にぴたり、と二人は口を噤んだ。
それと同時に、ネムさんが泣きそうな顔で俺に振り向いた。
「……あ?そ、その、違うぞ?決してそういう思いは、私はそのような重い女ではないからな!私はこんな男勝りではあるが、愛した男に対する思いは、キチンと整理できると誓える!」
「本当ですか?それではもし愛する男と結ばれたなら?」
「な、何があろうと、家が没し、国が滅しても、必ず愛した男だけは幸せにして見せる!」
「夫が浮気性でも?外に少し出るだけで、夫にべったりな女の子を引っ提げて帰って来ても?」
「……ぅ……そ、それは哀しいが……そ、それでも!絶対に私は愛したままでいるつもりだ!」
静かにしていろと言ったのにすぐに口を開く二人。
……お前らは俺の結婚相手を見定めようとする親か。
「ふむ、なかなかですね、このメスは……」
「ま、愛人くらいにはしてあげてもいいかな」
そして、早速ネムの答えに妥協する二人。
評価をころころ変え過ぎである。
「――ネム、あなたが愛に熱い人だというのはわかったから、話を進ませてもらっていいか?」
黙ってろ、と言ったのにすぐに口をぺらぺらと開きだす二人をパスを通じた抵抗不可能な命令で黙らせながら、俺はその半分トリップしたようなネムをこの世界へと引っ張り戻してす。
「も、もちろん!も、もし私とエドガーが結ばれたとしたら……」
「その話は一旦おいておこうか、ネム」
頬を赤く染め俺に熱弁するネムを連れて、そのまま俺達は会議室へと向かったのだった。