合宿①―戦士の修行―
突然の合宿話に驚いたものの、理に適ってると思い受けることにした俺は、次の日の朝、朝食を済ませると秋太郎の家へと向かう。
荷物は『アイテムボックス』を活用させてもらい、実は手ぶらである。
「アイテムボックス様様だなー…。あれだけの荷物を全部入れられても余裕うだもんな」
服装もカジュアルな…どう見ても汗まみれになるような感じには見えない。
「さすがに、ジャージ姿で歩くのは恥ずかしいもんな」
光太、お年頃というヤツである。
「それにしても、どんな合宿になるんだろう?」
冒険者として生きていくことは決めたものの、そのための合宿と言うのは部活を思い出させる。
もっとも、農家の仕事で部活動ができなかった光太には想像することだけだが。
「パーティを組む2人ってどんな人かな?」
1人は女性で、もう1人は男性らしいが詳しいことは今日の自己紹介の時に…と言うとのことだ。
仲間になるであろう人物について考えながら歩いていると秋太郎の家に着いた。
「おはよございます、秋太郎さん」
「おはよう、光太くん」
「それじゃあ、着替えたいんで家に入っても良いですか?」
「もちろんだよ。じゃあ、上がってくれ」
秋太郎の了解を得て、家に入る。
客間に通された光太はアイテムボックスからジャージを取り出し着替え始めた。
「ほっほっ、ふっふっ…」
ジャージに着替えた光太は準備運動を始めた。
身体をほぐし、いつでも動けるようにしておくことは基本である。
「それで、合宿ではどんなことをするんですか?走り込みとか、筋力UPとかですか?」
「いや、基本は戦術や連携、武器の使い方や魔法の使い方など実践に必要なことを教えることだね」
「身体は鍛えないんですか?」
「冒険者としてステータスを定着させると、能力値の変化はレベルUPだけでしか上げられないんだ。だから、どんなに体を鍛えても意味はないのさ」
「不便なのか便利なのか分からないシステムですね」
「だからこそ、冒険者はレベルUPに励むのさ。レベルが1つ上がるだけでも、戦いのアドバンテージが違うからね」
「そんなに違うんですか?」
「攻撃力を1とした時、力を数値化にしたとしたらどうなると思う?」
「え・・普通に考えたら同じ『1』なんじゃ…」
「それが違うんだ。攻撃力と力は比例しない。攻撃力とは簡単に言うと、人を殴るとき力だけで殴るわけじゃない。スピードや体のバネ、下半身のバランスなど身体全身の色んなものが作用して殴った時の攻撃力が決まるんだ」
「じゃあ、力が1だったとしても…」
「そう、攻撃力は5くらいになるだろうね」
逆に言えば、筋力UPのために数日頑張ったくらいでは攻撃力には変化が無いと言うことを意味している。
「だからこそ、俺たちが教えるのは実践で役立つ方法のレクチャーになるわけだ」
「なるほど、納得です」
「おおい!待たせたな」
「あ、キッドさん。おはようございます」
「おう。おはようさん」
「そちらが昨日言っていた…」
「ああ、自己紹介しな」
「フィリィ・ノエル。人虎族じゃ、良しなに」
「これはご丁寧に…俺は、風見光太。人間です」
差し出された手を握り握手する。
「あだだだだ……」
「すまぬな、力を入れ過ぎたようじゃ」
「気をつけろよ。嬢ちゃんの力はスゲエからよ」
「き、気をつけます…」
握られた手を振りながら痛みを取る光太。
獣人の力、恐るべしである。
「それで?シリウスたちはまだか?」
「そろそろ来るんじゃないか?…と言ってるうちに来たな」
「あれって、エルフですか?獣人にエルフが仲間って…贅沢だなー…」
「とは言っても、2人ともキミと同じレベル1の冒険者ですがね」
「もう1人のエルフの人…どこかで見たような…?」
「ああ、それは雑誌の表紙にもなったことがあるからじゃないかな。冒険者のシリウスだよ」
「シリウス…――ああっ、イケメン冒険者特集で見た人だ!」
冒険者だけを取り上げる雑誌、『月刊・冒険者』で何度も表紙を飾ったことがあるうえ、イケメン冒険者で3年連続1位を取った人物なのだ。
エルフ族は美男美女だらけということもあり、どうあっても上位に入るので有名人として扱われやすかったのである。
しかも、その認知度は冒険者でない一般人でさえ知っているほどに…。
光太も冒険者に興味があったわけではないが、常識の範囲で知っていたというわけだ。
「これで、全員集合だね。俺の名はシリウス。3人のレクチャーをする1人だ」
「僕の名は、ゼノ。見ての通りエルフ族だ」
「俺は、風見光太。人間です。よろしく」
「フィリィ・ノエル。人虎族じゃ、良しなに」
「ああ、よろしく」
自己紹介が済み、フィリィとゼノは着替えに行く。
「遅かったな」
「役所によって来たんだ。今回の合宿の話をしにな」
「そりゃ、手間をかけたな。それで?」
「許可をもらったよ。これで安心して出来るだろう」
「だな」
2人が話している中、光太は秋太郎に言われるがまま手伝いをしていた。
「木でできた武器に防具…革でできたグローブに、ペットボトルと救急箱と」
「一通り用意できたぞ、2人とも」
「後は、2人が着替え終えるのを待つだけか」
「それで、実践を想定した戦い方を教わるってことですが、全員の職業は違うんですよね?どういう感じでやるんですか?」
「ローテーションを組んで全員で同じ職業になってもらって習うんだよ」
「どうせレベル1ですからね。変な先入観を持たずに職業別のカリキュラムができるってわけさ」
「なるほど…最終的に自分合った職業でフィールドデビュー出来るわけですね」
「まあ、得手不得手を知ったうえで逆に苦手な職業からってのも面白いんだが、お薦めはしないな」
着替えを終えた2人が来て、改めてカリキュラムの内容が告げられる。
やる気満々のフィリィをよそに、ゼノは顔を青くしていた。
1日目・『戦士のカリキュラム』
全員、職業を戦士にして、まずは木剣の使い方のレクチャーから始まった。
上下に左右に剣を振り、身体で基本を覚える。
垂直に水平に木剣を振るう。
単純に思えるが、少しでも斜めな振りになると檄が飛ぶ。
「いいか?簡単に思えるかもしれないが、真っ直ぐに剣を振るってのは武器を使う上で1番の基本となる重要なものだ」
「身体に刻み付けるつもりでやるんだ。基本無くして、応用効かず…ですよ」
「ハアッ!エイッ!ヤーッ!」
「フィリィ、力任せに振ってもダメだぞ。叩きつけるんじゃなく、斬るイメージで振るんだ」
「ム…こうか?」
「それでいい。念頭に置いて続けろ」
ブンブンと振っていたフィリィの剣の音はキッドの言葉で、ヒュンヒュンと風を切るような音に変わる。
「ゼノは振り自体は悪くないんですが…やはり体力がついていきませんね」
「ハァ…ハァ…ハァ……」
疲労困憊と言った感じのゼノ。
息をするだけで精一杯のようだ。
「それでも、職業を戦士にして連続100回は触れたんだから良しとしておくか」
「そうですね。それにしても…彼は全くブレませんね」
「安定していると言うよりこれはむしろ……」
「キレが良くなってますね」
「下半身の強さにばかり目が言っていたが…ただ強いんじゃない『バネ』の様なしなやかさも持っているとはな」
光太の振りは、上下左右への垂直水平の動作に無駄がなく、それどころかスピードが徐々に上がっていた。
まるで、呼吸するように自然なその動きは一見すると玄人の太刀筋に見えるくらいに。
「これは…『天性』の代物だな。と言っても『才能』と呼べるものじゃない」
あまりに自然にできている。
それは、考えてしているわけでも野性的なモノでもない。
人は呼吸をしようと思って呼吸していない、それは自然に…当たり前に備わった本能のなせるもの。
光太の動きはそれと同じなのだ。
才能が、物事を巧みになしうる生まれつきの能力とするなら、天性とは、生まれつきそのようであることを意味している。
これが、キッドの言う『才能』ではないと言う理由だった。
「多分、現時点で何も教えず戦いで優劣をつけるとしたら…フィリィの圧勝。それどころか、ゼノにすら勝てないかもな…」
「…でしょうね」
「フィリィは純粋に戦いのセンスがある。その上、野性的な本能の塊だからな。ゼノは、自分のことを知っている。その上で、考えて動く頭脳派だ。だが、光太は…良い意味でも悪い意味でも『スポンジ』だ」
「教えればものすごい勢いで吸収していくが、そうでなければスカスカってことですね?」
「ある程度、考えて動くことは出来るだろうが…純粋過ぎるがゆえに一度間違った知識で覚えると生死にかかわるだろうな」
「これは、教えがいがありますね」
午前のカリキュラムは1時間後に終了。
休憩のの地中欲の準備、食事、休憩をして午後のカリキュラムが始まる。
今度は、盾も持っての実技であった。
「午前中の練習を基本に、俺に打ち込んで来い。まずは、ゼノから」
「…行きます!ハア―――ッ!」
気合とともにゼノが垂直に剣を打つ。
キッドは軽々とこれを剣で受ける。
キィン!キィン!と金属音の重なる音が響く。
縦横と一定のタイミングで打ち込んでいたゼノだったが、途中から縦横横縦と変化をつける。
キッドは何も言わず、それを受け止めるだけだった。
5分後、ゼノの息が切れて終わった。
「合格点ギリギリだな。打ち込み時の力加減やスピードの乗せ方、応用力は十分だが、スタミナの無さが減点だな」
「じゅ…十分です」
結構な辛口評価に感じられたが、本人的にはオーケーだったらしい。
「次、フィリィ」
「では、参ります・…―――ハアッ!」
ギィン!と金属音が鳴る。
ゼノの時よりも、重い一撃だった。
感心するキッドだったが、フィリィはすでに2撃目を打ち込みに行っていた。
「良い踏み込みだ。どんどん打ち込んで来い」
その言葉通りに、フィリィはどんどんと打ち込んでいく。
途中からはムキになっているようにしか見えない程に…。
「そこまでだ。合格だが…また、悪いクセガ出たな」
「……」
「途中から、ムキになって当てようとして力任せに振ってたぞ」
「悔しかったじゃ…。余裕で受けられたらつい……」
「負けず嫌いなのは悪くないが、感情的な戦い方になるのはマイナスだな」
キッドに指摘され、ぶすっとふて腐れるフィリィ。
当たっているだけに何も言えないのだ。
「さて…最後はお前だ。光太}(こうた)」
「よろしくお願いします…」
光太はすぐに打ち込まず、構えたままゆっくりと間合いを詰め始める。
相手との距離を測っているようだった。
「ハア―――ッ!」
シュキィ――ン!と小気味いい音が響く。
剣と剣が重なったと思った瞬間、すでに光太の2撃目が放たれていた。
「…やるな」
キッドは初めて『受け止める』のではなく『受け流して』いた。
単に力とスピードだけの剣であったならば、『受ける』だけでよかった。
しかし、光太はさらに間合いをギリギリまで詰めて威力を最大限に引き上げていたのだ。
そこにきて、流れを切らぬまま2撃目を放っていた。
剣に当たった瞬間、力押しせずに弾かれた勢いを2撃目に乗せて放っていたのが威力とスピードをさらに押し上げていたのだ。
「斬るつもりで打ってこい!」
「ッヤ―――ッ!」
大きく振りかぶらず、コンパクトに縦斬りを放つ。
剣で防がれた瞬間、光太はそこから剣を突き出した。
キッドはこれを首を回転させながらかわし、剣で弾くようにして上へと光太の剣を跳ね上げる。
普通ならこれで身体の上体が浮き、腕は伸びきってしまう。
いや、無理をすれば手から剣が離れたであろう。
だが、光太はそのどれにも当てはまらなかった。
キッドの剣で跳ね上げる瞬間、自ら剣を上へと流してキッドの剣の威力を阻害させていたのだ。
そのまま身体を回転させ、横の水平斬りを放つ。
「―――なっ!?」
いや、キッドの剣に当たる寸前に斜めに剣を跳ね上げた。
だが、これも直前でかわされた。
「ここまでだ。合格だ、光太」
キッドが1番驚いたのは、光太の持つ戦闘に対する『潜在能力』だった。
覚えたことを忠実にこなすことはできても、応用には弱いと勝手に思っていた。
だが、『実践』と言う言葉への光太の対応は完璧だった。
大振りを避け、確実にダメージに重点を置いた攻撃。
無駄の無い連続攻撃と、攻撃の発想の転換…。
そうとう『研究』したに違いない。
それほど考えられた攻撃だった。
「狙ってたのか?」
「イメージトレーニングはしてましたから……」
「なるほどな」
納得するキッド。
このあと、木剣に装備を変えて光太たち3人は交代交代に模擬戦をすることになる。
結果からすると、フィリィは全勝し、光太とゼノは互いに譲らない拮抗した戦いをした。
夜は夜で、他の武器の特性や弱点などを教わり、内容の濃い1日が終わった。
フィリィのステータスです。
氏名:『フィリィ・ノエル』
年齢:『17歳』
ジョブ(取得職業):『無手』
LVレベル:1
HP(生命力数値):(38/38)
MP(魔法力数値):(12/12)
SP(技能力数値):(26/26)
AKT(攻撃力):12
DEF(防御力):15
AGI(素早さ):12
MAT(魔法攻撃力):5
MDF(魔法防御力):4
技能スキル:『初級体術』『初級武術』
魔法スキル:『―――』
固有スキル:『アイテムボックス』『獣化スキルLV.1』『意思疎通スキルLV.1』