1.報告と目的
家に帰ると、夕方になっていた。
というのも、帰宅前に寄り道をしたからだ。
「まさか…タダで貰えるとは……」
中古とはいえ、剣・鎧・盾をタダで貰えたのは収穫だった。
ど田舎である大町市にも冒険者はそれなりにいる。
『市』とはなっているが人口は3万人を下回っている小さな市町である。
なので、冒険者という真新しい職種はあっという間に噂の元になる。
そうなると、小さい市町であるがゆえに顔見知りである確率も高いわけで・・。
「それにしても、秋太郎さん。行っちゃうのかー…」
柏葉秋太郎さんは、大町市が誇る冒険者の1人である。
大学在学中に冒険者に登録し、20歳から冒険者を始める。
現在25歳で、LV.34のベテラン冒険者だ。
職業『二刀流剣士』で『紅の蒼剣』の2つ名を持ち、ソロでモンスターフィールドを5つも制覇した実力の持ち主なのだ。
通常、モンスターフィールドを制覇すると所有権は制覇した者に与えられる。
それを国が買い取ったり、企業が買い取ったりして冒険者は莫大な利益を得るのだが、秋太郎さんは市に還元し大町市民から英雄のように扱われている。
うちでは、秋太郎さんに野菜や米のお裾分けを機会に仲良くさせてもらっているのだ。
今回、俺が冒険者になったことを報告をしに行った際、装備品についいて聞かれたのでまだ購入してないことを伝えたところ秋太郎さんのお古をくれると言う話になったのだ。
タダでくれることになったのは、秋太郎さんが県の要請で、ダンジョン攻略の遠征に出なくてはいけなくなったので、しばらく大町市を離れることになったことと、俺の冒険者祝いという名目でタダで装備品をくれたと言うことなのだ。
「色々と教わりたかったんだけどなー……」
本当のところ、俺は冒険者の先輩として秋太郎さんに戦いのイロハを教わろうと思ったのだ。
一応、市からレクチャーの話を受けたし、それに関して問題があるわけじゃない。
でも、知り合いに最強の先輩がいるんだから教わらない手はないと思ったのだ。
「冒険者…『キッド』か……。どんな人なんだろう?」
秋太郎さんにこの話をしたところ『キッド』と言う人を紹介された。
ただ名前からして日本人ではない。
「明日、秋太郎さんの自宅に10時……忘れないようにしないとな」
玄関を開けると、兄貴がスタンバっていた。
「…ただいま」
「おかえり。で、登録してきたんだろう?」
「疲れてるから、居間で話させてくれよ」
居間に行くと、じいちゃんに親父、お義兄さんがテーブルを囲うように座ってテレビを見ていた。
俺も座布団に腰掛ける。兄貴は俺の対面に座る。
「一応、冒険者登録は済ませてきたよ。でも、本格的に動くのはもう少し後になるけど……」
「まあ、本格的に行動するのは卒業式が終わってからでいいだろう」
「それはいいけど、具体的にどこのモンスターフィールドを拠点にするんだい?」
俺と兄貴の会話に入ってきたのは、お義兄さんだった。
「ハッキリと決まったわけじゃないけど…裏山辺りかな」
「あそこは悪くないが…まだ、誰も手を出してないんじゃなかったか?」
今度は親父が口を挟んでくる。
「…周りの知り合いにゃあ、ワシから話してやる。自由にやるとええ…」
「じいちゃん…ありがとう」
じいちゃんは、相撲を見ながらそう言った。
実のところ、俺が決めた場所は周りの農家にとっても一等地で喉から手が出るほど欲しいのだ。
だからこそ、無言の協定が結ばれていた。
それをじいちゃんが自分から破ろうと言ってくれたのだ。
感謝せずにはいられなかった。
「それで?職業は何にしたんだ?」
「戦士だよ。初心者向けの無難なのにした」
「まずはしっかりと力を付けるってことね。良いんじゃないかしら」
「無理はしないようにね。はい、お茶ですよお父さん」
「ん…」
台所から姉ちゃんとオフクロがお茶と茶菓子を持ってくる。
どうやら、俺たちの会話が聞こえていたようだ。
「つーか…誰1人として俺が冒険者をするのに反対しないのな」
「やるだけやってみい…」
「何事も挑戦だよ、光太くん」
「頑張れや、光太」
「国のため、ひいては俺の出世のために頑張れ!」
「ファイト!光ちゃん」
「贅沢は言わないから、稼いでいらっしゃい」
「……」
つまりアレ…だな。
不況なんだな…。
小さい農家の宿命とも言うべき経済難なわけだな。
「ハァ…やるだけやってみるよ」
重くのしかかる一家の期待に俺はそれ以上何も言えなかった。
その日の夕飯が喉に通らなかったのは言わなくてもいいよな。
――次の日。
朝食を済ませ、俺は秋太郎さんの家に向かった。
昨日食べれなかったせいか、今日は普通に食べられた。
人間なんて現金なもんだよな。
こうなると、『やってやろう』って気になってくる。(単純なもんだ。)
「早いな、光太くん」
「おはようございます、秋太郎さん。今日はよろしくお願いします」
「おはよう。キッドはまだ来ていないんだ。今のうちに着替えておくと良い」
「分かりました」
俺は、アイテムボックスから秋太郎さんから貰った革の鎧を着込み、鉄の剣と革の盾をそれぞれの手に持った。
…普通に重いな。とてもじゃないが長時間持ち続けるだけでもできそうにない。
革の鎧自体はそれほど気にはならないものの動きの制限はどうしても感じる。
これ、想像以上にツライぞ…。
「まずは、自由に動けるようにならないと話にならないぞ」
「で、ですよね…」
分かってはいるのだが、両手に持った剣と盾がジワジワと重みを増していくため、歩くだけでも苦痛になり始めていた。
「そのまま限界まで歩き続けるんだ」
「わ、分かりました…」
結果、10分ほどしか耐えられませんでした。
「10分か…最初にしては頑張れた方だな」
「キッド。遅刻だぞ」
「来てはいたさ。顔を出さなかっただけでね」
「趣味が悪いんじゃないか?」
「そう言うな。こっちも才能の無い奴に教えてやるほど暇じゃないんだ。ダメだと思ったら黙って帰っていたさ」
「それはそれで態度が悪いと思うんだが?」
「やる気の無い奴に教えてやるほどのお人好しじゃないからな。そこら辺は厳しく見させてもらったということさ」
「相変わらず、手厳しいな」
突然現れたのは、『鷹顔』に『背中に大きな翼』と『かぎ爪の足』を持ったの青年だ。
つまり…キッドは『鳥獣族』であるということだった。
俺は、全身の疲れから息が乱れたままでまともに対応もできなかった。
あー…しんどいです。
「俺は、見ての通り『鷹人属』で名前をキッドと言う」
「風見光太です。手解きの方、よろしくお願いします」
「ほう…。俺の姿を見ても態度が変わらないとは若いのに人間ができているな」
「ここら辺は多種族の人多いですからね。割と免疫はある方だと…」
キッドさんが現れてから5分ほどしてようやく息を整えることができた俺は、改めて挨拶を交わしたのだった。
大町市は多種族の交流が盛んで、街中でも普通に多種族が往来している。
エルフ・ドワーフ・リザードマンに獣人族種、小人族などそれこそ多種多様な種族がいて、俺も知り合いだけなら何人もいる。
「そうか…。なら丁度いいか」
「えっと…何か?」
「そのことは後で話す。まずは、基本的な真上から真下に剣を振る素振りからだ」
「…あの、片手でやるんですか?」
「まさか。盾をしまって両手持ちでやるんだ。そうだな…素振り100回やってみろ」
「…はい」
とりあえずは言われたとおりに素振りをする。
両手で持っているせいか、バランスが取りやすい。
これなら、何とかなるかも…。
と思ったこともありました。
50回を超えたあたりで腕が鉛のように重いです。
ここからは、もう根性で振るしかない。
「95…96…97…98…99…100…お、終わり…ました……」
何とか素振り100回をこなした。
もう、腕がパンパンだ。
息こそ上がらなかったが、腕はもう上がりそうもなかった。
「よく終わらせたな。これなら…良さそうだな」
「あの…『良さそう』って?」
「先ほど、『後で話す』と言った話のことだ。実は、もう1人初心者の手解きの仕事受けていてな」
「じゃあ…一緒に?」
「そうなるな。それと…だ。できれば…だが、一緒に行動してもらえないかと思ってな」
「それって…パーティを組めってことですか?」
「そういうことになるな。初心者同士だしどうだ?」
「良いですけど…俺には目的があるんで、そこを理解してもらえたらってことですけど…」
「その理由、聞いても良いか?」
「フィールドボスを倒して土地を確保したいんです。それで、農地を増やそうと思いまして…」
モンスターフィールドを私有地にしたいと言うものは少なからずいる。
なぜなら、広さにもよるがモンスターフィールドは価値が高い。
タダの土地と違い、土が良く作物の育ちが良いのだ。
要するに素人でも農業が楽にできるほどの優良な土地なのだ。
なので、冒険者はモンスターフィールドを攻略しようとする。
そうなると、パーティで攻略した場合フィールドの所有権や売買による配分などでけんかになることも多いらしいのだ。
だからこそ、最初のうちに言っておかなければと思ったのだ。
「そう言う話を最初に聞けたのは大きいな。分かった。そのことは俺から話しておこう。ちなみに、いくつ土地が必要なんだ?」
「とりあえずは、俺の自宅の裏山にできたモンスターフィールドの土地を貰えれば…と」
「つまり、その土地だけは必ず欲しいわけだな」
「そういうことです」
今はまだ、何がしたいか決まってはいない。
だけど、あの土地は残しておきたい。
「1つなら問題はないだろう。今日はもう帰って身体をマッサージして休めておけ。明日も今日と同じ時間に来いよ」
「もう、良いんですか?」
「最初から無理をし過ぎてもしょうがないぞ。修業は始まったばかりなんだしな」
「分かりました。明日もよろしくお願いします」
終わったと思った瞬間、体中に疲労感を感じた。
緊張していたんだと、いまさらながら感じたのだった。
冒険まではまだまだかかりそうです。
気長に読んでください。