光太(こうた)ブランド肉
よければ、ブックマークと評価をお願いします。
モンスター狩りを夕方まで続け、クタクタになった俺たちはそのまま直帰して、お風呂にゆっくり入った後で夕食を取ることにした。
疲れてることもあって、エルガーシュヴァインのロース肉を薄切りにして、市販の生姜焼きのタレで焼くことにした。
玉ねぎのスライスも入れて焼いていくと、玉ねぎの甘みと香ばしい香りが漂う。
ヤバイ…。涎が垂れそうだ。
隣では、ゼノがエルガーシュヴァインの細切れ肉でトン汁モドキを作っている。
味噌の香りにエルガーシュヴァインの肉の香りが相まって食欲をそそる。
フィリィはサラダを作ってくれているが…生姜焼きとトン汁モドキの匂いで意識が飛んでしまっている。
しょうがないので、サラダを盛りつけてダイニングルームに運ぶ。
「…これだけ焼けば大丈夫だよな…」
生姜焼きを10人前は焼いたが…ちょっと不安が残る。
まあ、トン汁モドキもあるし大丈夫と思いたい。
「「いただきます!」」
3人同時に生姜焼きにカブりつく。
「――――――」
あまりの美味しさに意識が飛ぶ。
旨味の波が押し寄せ飲み込まれる。
幸せだ…。ずっとこのままでいたい…。
しかし、終わりの時はやってきた。
「―――――……はっ!あ、あれ…?」
気がつくと、食卓には空になった皿しかなかった。
全員、見事に完食していたのだ。
…トン汁モドキの鍋も空になっているし…。
「どうやら、あまりの美味さに我を見失ったようだな…」
「認めたくないが…そのようじゃのう」
「モンスター肉…恐るべし」
もはや味がどうのと言う問題ではない。
このままではモンスター肉以外は食べられなくなるかも…と言う不安が拭い去れない。
「とりあえず、装備品の手入れをしたら今日はもう休もう。明日はモンスターフィールドに行く前にカガミ精肉店に寄って行こうと思うんだけど…」
「ただモンスター肉を売りに行くわけではないな?」
「瑠衣子さんに聞いておきたいことがあるんだ…」
俺の言葉に納得したのか…2人とも黙って頷いてくれた。
なんとなく2人とも気づいたんだと思う。
とにかく、今日はもう休もう。
◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇
朝、日課のトレーニングを終えて朝食を食べた後でカガミ精肉店に向かうことにする。
「すいませ~ん。瑠衣子さん、いますか~…」
「はいは~い。あら?こんな朝早くからどうしたの?買取?」
「それもあるんですけど…その他にも聞きたいことがありまして…」
「ん?なにかしら?」
「その…俺の解体したモンスター肉なんですが…」
「あの肉ね。それがちょっと面白いことが分かったのよ」
「…え?面白いこと…ですか?」
光太の解体したモンスター肉。
どうしても気になることがあったのだが、瑠衣子から『面白い』の言葉が先に気がかりとなった。
「味を確かめてみたんだけど、美味しかったのよ」
「はい?」
「言葉が足りなかったわね。他の冒険者があの日に仕留めたグラスバードよりも格段に味が上だったのよ」
「…やっぱり、そうですか…」
「もしかして君が聞きたかったことって…?」
「はい。俺の解体したモンスター肉の美味しさが普通よりも上なんじゃないかって…」
「そうね。倒したモンスターをその場で解体している新鮮さはもちろんだけど…それだけじゃないのよね」
「理由は分かっているんでしょうか?」
「予想はついているわ。でもそれは…『答え』じゃない。あくまで、私の予想にすぎないわ。それでも良いなら答えるけど?」
「…お願いします」
「簡潔に言うと、君の解体スキルの特性ってことになるのかな」
「特性?」
「解体スキルと加工スキルの違いが何なのか分かるかしら?」
「確か…加工スキルは解体スキルの劣化版とか言ってましたよね?普通に考えるなら、解体スキルには優れた部分があると言うことでしょうか?」
「そうね。エルフくんの言うことはあながち間違ってないわ。つまり、加工スキルは言ってみれば一律に切り分ける量産品を作ることを目的としたスキルなのよ。でも、解体スキルはただ切り分けると言うモノではないの。言ってみれば、解体スキルは『職人の技術』…プロのワザってことね」
「なるほど…。料理人の持つ職人としての解体と加工するためだけの解体との違いと言うわけですね?」
「それってそんなに違いがあるものかのう?」
「フィリィにも分かりやすく言うなら、料理人は美味しく解体することを前提にしているけど、量産品をする方は決められたとおりに解体するだけ…と言うことさ」
「でも、それって素人にも見分けられるような違いかのう?」
「普通の肉なら分からないような違いかもね。でも…モンスター肉ならその違いは一目瞭然でしょうね」
「そうか…。その場で解体するか、しないかで味に変化のあるモンスター肉だからこその違いってことですね?」
普通なら明確な違いなど分かるはずのない味の違い。
しかし、モンスター肉の特性故に起きた明確な違い。
だけど…それだけじゃない『何か』があるような気がするんだよなぁ…。
「ふふ…。まだ納得できてないって顔ね…」
「確かに、今の説明でも9割は納得できたのですが…」
「味が良すぎる…ってことかしら?」
「そう!それです。美味し過ぎませんか?俺のモンスター肉」
「そこで、さっき私が言った言葉…『特性』って言葉が君の欲しがっている答えになるのよ」
「どういうことですか?」
「つまりね…解体スキルはそれを使う人によって、精度やスピードだけでなく味にも違いが出るのよ」
「それって…」
「ようするに、君にしか出せない味ってことね」
これは、先ほどの料理人の例えが分かりやすいだろう。
料理人の個性は味に出る。解体でその差が出ることはほとんどないが、それでも寿司屋とステーキハウスで魚を捌けば違いが分かるだろう。
つまりは、光太にとっては『モンスター』の解体こそが1番本領を発揮できる食材なのだ。
そしてそれは、『光太だけの味』と言うことを意味している。
「今、君のモンスター肉を詳しく調べてもらっているの。結果次第ではとんでもないことになるかもね…」
「とんでもないことって?」
「それは結果が出てからのお楽しみにしましょう。それで、君たちに聞いておきたいことがあるのよ」
「な、なんでしょうか?」
「君たちの名前、教えてもらえる?」
それはある意味、ルーキーとしては異例の言葉だった。
普通ならある程度、名前が売れてから聞かれることはある。
それは、言ってみれば名声であり、クエストを達成して評判を上げていくことで得られる名誉のようなもので、それが広まって初めて聞かれるようなモノなのだ。
光太たちは喜んで自分たちの名前を名乗るのだった。
◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇◆◆◆◇◇◇
―――1週間後。
カガミ精肉店の瑠衣子さんから連絡が来た。
早速、カガミ精肉店に出向く光太たち。
瑠衣子さんの声のトーンから良い知らせであることは分かったのだが、内容は来てから話すと言うことで急いで向かっていた。
「早かったわね」
「急いできましたから…」
「それにしても、1週間もかけるとは何を調べたのですか?」
「味だけじゃないのじゃろう?」
「もちろんよ。これが、光太くんのモンスター肉の成分表よ」
手渡された紙には、びっしりと細かな数値が書かれていた。
それは明らかにちゃんとした調査機関で調べたであろうことが分かるモノであった。
「これによると、通常の平均をはるかに上回る栄養成分と旨味成分が検出されているわ。しかも驚くべきことに、このモンスター肉を食べると疲労の瞬間回復や解毒作用、ある程度の病気や怪我の治癒作用もあるそうよ。その上、通常よりも身体能力の伸びが良いみたい」
「まるで、万能薬のポーションみたいな効果ですね」
「そうね。食べる万能薬(小)ってところかしらね」
正直言って驚愕としか言えなかった。
言ってみればたかが第1エリアのモンスター肉でこの効果。
となれば、この先手に入るであろうモンスター肉ではどんなことになるのか?
想像すらできなかった。
「あの…味が美味しいのは良いのですが…この味に慣れると普通の肉が食べれなくなるんじゃ…」
「ああ、そういう心配?それなら大丈夫よ。杞憂に終わるわ」
「ですが…」
「確かに最初のうちはその美味しさに虜にはなるでしょうね。でもね、どんなに美味しい食材も続けて取っていくと飽きるモノなのよ。みんなだって毎日Å5ランクの肉ばかり食べられないでしょう?魚だったり、他の肉だったり…肉ばかりじゃ飽きるから野菜中心になったり…とかね」
「今はまだ、味に慣れてないからモンスター肉を食べるのが止まらないってことか…」
「そう言うことよ。じゃあ、話を戻すけど…光太くんのモンスター肉だけど、『光太ブランド』として売り出したいの」
「え?『光太ブランド』ですか?」
「これはもう立派な光太くんだけの味だもの。ブランド化して差別化を図るのは当然でしょう?」
こうして、光太印のモンスター肉が置かれることなったのである。




