ジャックの武具店
朝食を済ませ、キッドの案内で『ジャックの武具店』に来ていた。
大町市でも、冒険者の武具店は何店かある。
その中でも、『ジャックの武具店』は古い家を改築しただけなので、お世辞にも綺麗と言えない外観であった。
「ここは、顔なじみの奴が開店させた店でな。まあ、いくらか安くしてくれるだろう」
「ジャックって…あのジャック・バーソンですか?」
「知ってるのか?」
「凄腕の鍛冶師って聞いたことが…でも、凄い……」
「偏屈だってか?ま、気難しいのは確かだな」
「お前ほどじゃないぞ、キッド」
「お。ジャック、久しぶりだな。元気してるか?」
「フン…」
家の裏から顔出したのは、無精ヒゲに浅黒い顔の首にタオルを巻いたオッサンだった。
お世辞にも若々しとは言えなかった。
「スゴイ…手がゴツゴツだ…」
「ここで売ってる武器に防具は全部自分で作ってるからな」
「お前が偉そうに言うな…」
「良いじゃねえか。客をこうして連れてきたんだからよ」
「客って…どう見ても成り立てのルーキーじゃねえか」
「バッカ。成り立てだから、ここでちゃんと売り込んでおけば将来に渡っても常連客になってくれるんだろうが」
「…ったく、しゃーねーな」
そう言うと、ジャックは店の扉を開けた。
「入りな…」
「お邪魔するぜ」
「お邪魔します」
中に入ると、普通に驚いた。
種類別に綺麗に並べられた武器や防具の数々。
どれもこれもがルーキーの俺たちが使えるような品物じゃない。
ベテラン冒険者の中でも一流の腕を持った人が扱うような物ばかりだ。
「ここにあるのはお前らには早すぎる。とりあえず、両手の掌を見せてみろ」
言われたとおりに掌をジャックさんに見せる。
サッと見て、ジャックさんはおもむろに言った。
「嬢ちゃんは無手か。エルフの坊やは魔法使いで、人間の坊主は戦士か…」
「…なんで分かったんじゃ?」
「しかも掌を見ただけで…」
「そいつは鍛冶師の副産物ってヤツだな…」
「え~と…?」
「鍛冶師はな専用の武器を作るとき、相手の掌を見て作るんだよ。そうすることで、相手の手に馴染んだ武器に仕上げるわけだ。で、そいつをやっているうちに相手の掌を見れば職業がなんとなく分かるようになったってわけだよ」
説明を聞き、なるほどと感心する。
それと同時に、鍛冶師の凄さ…いや、ジャックさんの凄さも理解できた。
「まずは嬢ちゃんの装備からだが…予算は気にしなくて良いのか?」
「身の丈に合ったのを見繕ってやってくれ」
「そうなると…ちょっと待ってろ」
そう言うと、ジャックさんはカウンターの奥に入っていく。
5分ほどして出てくると、腕の中に幾つかの装備品を抱えてきた。
「まずは、この『ルーンスパイダーの糸で編んだ胴着』だな。軽い素材だが物理防御に魔法防御もそこそこある。靴はフットワークも軽そうだしシューズ系が良いだろうから、この『ポッピングラビットの革で作ったシューズ』が良いだろう。あとは素手での攻撃だと拳を痛めるといけねぇから『バイキングベアーの革で作ったグローブ』だ。どれも1ヶ月に一度はメンテに持ってこい」
「ありがとうなのじゃ」
「んじゃ、次はエルフの坊やのだな…」
また奥に入っていくジャックさん。
こちらも5分ほどで戻ってきた。
「エルフの坊やはスタミナに難がありそうだから重い装備は向かねぇだろう。そこで、『ルーンスパイダーのジャケットとジーンズ』だ。杖はどうする?」
「使わないでいこうかと…」
「賢明な判断だな。じゃあ、靴はこの『スペルディアーの革で作ったブーツ』が良いだろう。こいつを履けば魔法攻撃力を少しだけ上げてくれる。あとはこれだな…『ポーンリザードの革で作った小手』だ。両手用だから腕に付けておけ、レベルの低いモンスターの物理攻撃なら防いでくれる。ただし、これらも1ヶ月に一度はメンテに持ってこいよ」
「ありがとうございます」
「最後は人間の坊主か…」
また奥に…。
帰ってきたとき、結構な大きさの防具を抱えてきた。
「コイツは『ビックホーンの革で作った鎧』だ。見た目よりも軽いが防御力はそこそこある。靴も同じ『ビックホーンの革で作ったブーツ』だ。盾は腕に装着するタイプの『スペルナーガの革で作った盾』だ。物理防御と魔法防御の両方にそこそこ強い。あとは武器だが……」
「槍と短剣が欲しいってよ」
「坊主が言ったのか?」
「そうだ。良いチョイスだろう?」
「…まあな」
キッドからの言葉に複雑そうに頷き、また奥に入っていく。
「これを持ってみろ」
「え?は、はい…」
無造作に投げ渡された槍を掴む。
「か…軽い」
普通の長さの槍なのに重みをそれほど感じない。
刃先は両刃で、柄は黒々としている。
「刃先は強度の高い『真紅魔石』で作ってある。柄の部分はカーボン繊維で作ってるから丈夫の上にしなやかな仕上がりだ。短剣だが…ナイフ系やダガー系などあるがショートソードが良いだろう。コイツは『新緑魔石』で作ったショートソード。両刃だが切れ味は刀に近いから力任せに振るものじゃないことは理解しておけ」
「分かりました」
「あと、これらも1ヶ月に一度はメンテに持ってこいよ」
「その時はお願いします」
ジャックさんの言葉に頭を下げて言う。
俺たちか装備品をアイテムボックスに仕舞うことにした。
「で、全部でいくらだ?」
「…100万だ」
「月一メンテはいくらかかる?」
「1人10万でどうだ?」
「…悪くねぇな。130万だ」
「…ったく、格安にしてやったんだ。常連になれよ」
「そいつは大丈夫だろうよ。――って、どうしたお前ら?」
「い、いや…130万って……」
「モンスター素材で作ったんだから、本来ならもっと高いだよ。ルーキー格安価格ってところだね」
「あの…通常価格はいくらなんですか?」
「相場通りなら、200万くらいだな」
「そりゃ、普通の鍛冶師が作った場合だろう?ジャックの作った物なら付加価値がついて300万はするんじゃないか?」
「それは、周りが勝手に言ってることだ。俺はそんなあこぎな商売するつもりはねぇよ」
名のある職人が作った作品には付加価値が付くと言うのは珍しくない。
でも、それを嫌うと言うのは『偏屈』と言う噂が立つのも分かる気がする。
それにしても、200万だとしても半額の100万って格安過ぎないのだろうか?
「まあ…優良物件に対する先行投資ってヤツだ。せいぜい儲けさせてくれよ」
「…どういうことですか?」
「モンスターの素材の買い取りもしてるから売りに来いってことだ」
「ついでに早いとこ腕も上げて装備も一新しろってことさ」
無茶苦茶なことを言ってるようにしか思えないんだけど…。
「まあ、2ヶ月後にはかなり稼げるようになっているだろうから心配するな」
「そ、そうなんですか?」
「…お前の『解体スキル』があれば・・・な(ボソ)」
小声で俺にだけ聞こえるように言うキッド。
それにしても、『解体スキル』があればってどう言うことだろうか?
「よし!装備も揃ったし、総仕上げに行くぞ」
さっさと店を出ていくキッド。
俺たちはジャックにお礼を言ってキッドの後を追って店を出た。
「総仕上げって、どこに行くんですか?」
「もちろん、モンスターフィールドだ」
「じゃあ、総仕上げって……」
「実戦デビューってことだ」
歩き出すキッドを追いかけるように俺たちも歩き出した。
「あの…それで、さっきの『解体スキル』のことですけど…?」
「授業でも触れたが、モンスターの素材にもランクがある。モンスターのレベルの話しじゃなく、素材の部位ごとにちゃんと分けて売ると通常よりも高値で買い取ってくれるんだよ。しかも、その解体が綺麗なほど高値になる。だから、光太の『解体スキル』を使えば…ってことさ」
「そんなに違うんですか?」
「血抜きのできている新鮮な肉と何の処理もしていない肉…どっちが美味いと思う?」
「――っ!?そう言うことですか」
魚など特にそうだが、釣った魚はすぐに血抜きや内臓を取り、洗うなどをして新鮮さを保つのが普通である。
最低でも血抜きはしておかないと、肉に臭みが残り味が落ちる。
血抜きが完璧にできるかで値段も味も大きく変わるわけだ。
「解体処理が完璧なら、5倍は高値で売れるからな」
「君の『解体スキル』があれば、順調に2ヶ月モンスターを狩り続ければ…1億は稼げるはずです」
「い――…1億っ!?」
「まあ、それを目標に頑張るのも良いんじゃねぇか」
「で、でも…1億って……」
「それだけモンスター肉や素材には価値があるんですよ。そして、それ以上に『解体スキル』には価値があるわけです」
「確かに、普通でも値が張るモンスター肉が完璧に解体処理できるとしたら…面白い」
「そうじゃのう。どうせ目標を持つなら高い方が目指し甲斐あると言うものじゃな」
「2人とも…本気なの?」
「ああ」
「そうじゃが?」
「……分かったよ。とりあえず、やってみよう」
実戦もまだ体験していないのに、この余裕ぶり…。
光太は少し不安だったが、心の奥ではワクワクしていたのも確かだった。
次回、ついに実戦デビューです。
そして…キッド、シリウスとの別れの時です。




