第8話 吸血鬼と少女
第8話
「ふう、こんなものでいいのかな」
畑の作物に一通り水を与えた僕は木陰の切り株で少し休憩することにした。
右手の感覚はかなり戻ってきた、親指は相変わらずまだ動かないがまぁ気長に待つことにしよう。
「これくらい、貰っちゃっても大丈夫だよね」
独り言をいいながら畑に実っているきゅうりとトマトをとり、水路で流れる水で冷やしてからかぶりついた。
うん、やっぱもぎたては美味しい。
小腹を満たした僕は草取りを始めた。右手の感覚を取り戻すにはちょうどいいかもしれない。
「ふぉふぉ、よく働いとるようじゃの。ほれ、差し入れじゃ」
「あ、ダンカールじいさん。それは、えっと、バナナだっけ?」
ダンカールじいさん、1週間前に僕たちを助けてくれた一人だ。頭には一本も毛がないが立派な髭が生えている。
黒い頭髪を重んじる僕たちの国では到底考えられないファッションだ。
僕たちの国、国という概念はダンカールじいさんに教えてもらった。
どうやら僕たちの住む人間の領域の外にも人間は存在したらしい。そしてダンカールじいさんは僕たちの住む領域のことを黒人の国、もしくは略して黒国と言った。全員髪の毛が黒いからそう呼ぶそうだ。
「バナナって本当にうまいなぁ、できることなら僕の国に持ち帰って栽培したい」
「おぬしらの国は気温が低いからのう、さすがに難しいかもしれんの。さて、そろそろ日が落ちてブラッドウルフが活発になるころだろうし家に帰るとしようか」
そういってバナナの皮を水路に投げ捨て家に向かっていった。
僕もおなじように皮を投げ捨て、バケツを拾いダンカールじいさんのあとに付いていった。
ダンカールじいさんの家は川から少し離れたところにポツンと建っている。周りに建物はなにもない。
川から水を引き、家の周りではたくさんの作物と木々が生い茂っている。
「おうい、帰ったぞい」
「あ、おかえりなさい。晩御飯はもうできてます。今準備するのでちょっと待ってくださいね」
長い青い髪をした、僕と同じくらいの年齢の彼女の名前はミリア。僕たちのまさに命の恩人だ。
「今夜はシチューにしてみました。パンも作りましたよ」
家庭的、それでいて見た目も良い。青い髪っていうのは全員黒髪の黒国育ちの僕からしたらちょっと微妙だが……
あの日、偶然にも川に魚を捕りに来ていたミリアは上流から流れてくる血に気が付き様子を見に来たところで瀕死の僕らを発見したそうだ。
人間であることが分かったミリアは急いで馬車に僕らを詰め込み治療をしながらダンカールじいさんの家に運んでくれた。
ミリアは髪の毛が青いこと以外に一つほかの人と違うことがある。
僕も実際に体験したからうっすらと覚えているのだが、何か呪文のようなものを唱えながら傷を負った場所に触れるとその傷を癒すことができるそうだ
「なんで私の方をそんなに見るんですか」
「あ、ごめん。ぼーっとしてただけだ」
「シチューが冷めてしまうのでぼーっとなんてしてないで早く食べちゃってください」
治療されていた時のことを思い出していたらついミリアの方を見てしまっていた。
ミリアの欠点というのだろうか、まだ会って間もないから仕方ないかもしれないが僕に対してとことん冷たい。話しかけてくることもこの1週間数えるほどしかなかった、久々に会う同年代の女の子なのに、少し寂しい
「ふむ、しかし最近のミリアの料理はまた一段と美味しくなったの、パンには木の実がいれて焼いてあるし、やけに手がこんでるのう」
「何言ってるんですか、ダンカールじいが気付かなかっただけで前からこれくらい作ってます。あとエルスさんが来てから畑仕事をやらなくて済むようになって時間が増えたからです」
「ふぅーん、ほんとなのかのう」
「ほんとです、あんまししつこいと食後のデザート抜きですよ」
ほっほっほっ、とダンカールじいさんは楽しそうに笑っている、何がそんなにおもしろいのか
「食後のデザートって、今日は何?」
「あ、えっと、バナナをつかって、作りました。それで………」
ミリアの言葉を遮るかのようにガチャリ、と寝室の扉が開いた
「あ、あれ、どうなってんだこれ……、夢でも見てんのか?」
「キーロ!!やっと目が覚めたのか!!」
僕は思わず声を張り上げてしまった、キーロはこの1週間一度も目を覚まさなかったのだ
「お、エルスか、ここは一体どこなんだ?ていうかそのじいさんと……、気持ち悪い髪をした女は誰だ?」
キーロの顔面にシチューの入った器が飛んで行った。
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「ごめんよミリア、キーロもまだ起きたばかりで混乱してたんだ……多分。とりあえず部屋から出てきてくれないか」
キーロの一言に怒ったミリアはシチューを投げつけ部屋に閉じこもってしまった
アツアツのシチューが顔面に直撃したが、その程度でできるヤケドなら今のキーロなら問題ないだろう。
その辺を含めてキーロに説明をしないといけないのに早速厄介なことになってしまった
「ミリア、とりあえずリビングに戻ってキーロの様子を見てくるからあとで来てくれよ」
それだけ言って僕はリビングに戻った
「おいおいどうなってんだエルス!俺はまだ生きてるのか?起きたらよくわからないがふかふかのベッドにいるし、扉を開けたら青髪のゴリラ女がシチュー投げつけてくるし。っていうかヤケド!ヤケドしたはずなのにもう治ってるんだ!!やっぱり俺は死んでるのか?」
「落ち着いて!まだ生きてるよ、ちゃんと手足がある!」
「でも、両目がちゃんと見えるんだ、片方潰されたはずなのに」
「目のことならわしに感謝するんじゃの、キーロよ」
「うわっ、このじいさんは誰なんだよ!」
床のシチューを方付けたダンカールじいさんが急に後ろから話しかけてきた
「ダンカールじいさんだよ、僕たちの命の恩人だ」
「ほっほっ、わしは血を少し分け与えただけじゃよ、恩人ならあの青い髪の子じゃ」
「血を分け与えた?」
「キーロよ、腕を見てみよ、牙でかみつかれた痕があるじゃろ」
「あ、ああ、これがどうしたんだ?まさかじいさんが嚙みついたとか……」
「うむ…、察しがいいの。その通りじゃ。わしは吸血鬼じゃよ、お主にわしの血を分け与えた。キーロよ、お主はもう純粋な人間ではない。吸血鬼の血が流れておる」
キーロはまだ信じきれてないのか、僕の方をゆっくり振り向いた
僕を見つめるキーロの左目は少し紅かった
「そうだよ、キーロ。君の体の一部はもう吸血鬼だ」