第7話
第7話
遠くからゴブリンたちの罵声が聞こえる。目くらまし爆弾と煙幕の効果は絶大でとりあえずゴブリンたちをまくことができたようだ。
「はぁっ、はぁっ、と、とりあえず逃げられたか……、どうにかしてケルミナに戻って危機を伝えないと…!」
「で、でも村の方角がどっちか、全然わからない…っ」
「なんとか安全な場所に移動しよう……!開けた場所に出れば太陽の位置で大体の方角が分かるはずだ!」
先ほどからゴブリンたちの声が遠くなった気がしない。おそらく僕たちの足跡でもみつけて大体の位置を特定したのだろう。
「くそっ、せっかくビンスさんが助けてくれたんだ、どうにかしないとっ!」
「キーロっ!僕とキーロを繋いでるロープと手を縛ってるロープをどうにかしないと、走りにくいっ!」
「ナイフとか全部とられちまったから無理だ!」
確実にゴブリンたちの叫び声が大きくなってきている、近づかれている証拠だ。
「待って!水の音が音が聞こえる!近くに川があるのかも!」
「川……、川か、確かにいい案かもしれない!」
ゴブリンの声に紛れてうっすらと、多分滝の音が聞こえていた。うまく潜りながら川を下れば逃げれるかもしれない。少なくともこのまま走るよりかはマシだ。
そこからはずっと無言だった、喋る余裕などなく体に鞭を打ちながら必死になって走った。
ゴブリンたちの声が近づいてくると同時に滝の音も近づいてくる。あと少しだ!
キーロの背中だけを見て必死に走っていると突然キーロが足をとめた。
「ちょっ!どうしたのキーロ?」
「前を見てみろよ」
キーロに言われて前を見ると川が見えた、しかしそれははたして川と呼んでいいものなのか。流れが激しすぎる。
しかもところどころに大きな岩が顔をみせている。こんなとこに飛び込んだら間違いなく勢いよく流され岩に体を打ち付けてしまう。飛び込むなんて無理だ。
「しかもこの川を渡れそうな場所がない……、ちょっと、やばいかもな」
後ろを見ると遠くにゴブリンの姿が少し見えた。まだ向こうは気づいてないようだがこのままでは時間の問題だ。
「と、とりあえず川沿いを下流に向かって逃げよう!どこかでうまく川を渡れるはずだ!」
「あ、ああ、そうだな。よし走るぞ」
そういってキーロは再び走りだした。
「はぁっ、ああっもう走れねえ!」
「はぁっ、げほっ、僕も、もう無理だ…っ」
どれだけ走ったか分からない、ただ昨日から走りっぱなしでしかもまともに休息も取れていない。限界が近かった。
「はぁ、はぁ、ゴブリンは、どうだ?」
「ごめん、走るのに、精一杯で…」
「俺が周りを確認する、お前は少し休め」
そういってキーロが周囲を警戒し始めた。その間に息を整える。
「ご、ごめん。もう大丈夫…」
そう言いかけた時、突然キーロが僕に体当たりしてきた。
なんとか倒れるのをこらえた僕はすぐに振り返って、
「キーロ、急になにするんだ…っ?」
キーロを見ると、腹部から一本の矢が飛び出ていた。先端が赤く染まっている。
「キーロ!!!」
よく見ると森の方に一匹のゴブリンが弓を構えている。そして数匹のゴブリンが剣を構え襲いかかってきた。
僕はゴブリンのことは一切気にせず、矢に射られ、バランスを崩し川に落ちそうになるキーロに縛られてる両手を伸ばした。
キーロも僕に手を伸ばす、あと少しで届く、あと少し……
その瞬間、右手の指に激痛が走った。
別の方向から現れたゴブリンに指を斬られていた。掴めそうだったキーロの手が遠のいていく、そしてそのまま川にゆっくりと落ちて……、
グンッと僕の体が川へと引かれた。そういえばキーロとロープで繋がったままだった……。
ゴブリンが剣を振り下ろし僕にとどめを刺そうとするが、ロープに引っ張られたことで背中を少し切られただけで済んだ。しかしこのままでは川に落ちてしまう。
先にキーロが川へと落ちていった。後を追うように僕も落ちていく。こうなってしまったらもうどうしようもない。
右手に冷たい感触が……、そして全身が水に沈んでいった。
体がまわる、自分が上を向いているのか下を向いているのかすらわからない。水が冷たい。体温が奪われる。
たまに頭が水の外に、必死になって空気を吸う、そしてまた水の中へ。苦しい、大きく空気を吸いたい
右足に激痛が走った、岩にぶつかったようだ。そして次は肩に、腕に……、
腕を縛っていたロープがほどけたのであろうか、両手が自由になる。必死になにか掴まれるものを探す、しかしなにもつかめない。また腕に激痛が走る、右腕が動かせなくなった。
なすすべもなく流されてゆく。ぐるぐる回る、気持ち悪い。
ロープはまだ切れていないようだがキーロの姿も確認できない、頭が水の外に出た。空気を吸う、
そしてまた水の中に引き込まれて………、
頭に強い衝撃が走って、目の前が真っ暗になった。
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気が付くと川岸に流れ着いていた。
全身がひどく痛む、起き上がるのがつらい、もうこのまま死んでしまいたい。
となりを見るとキーロがいた。奇跡的に僕とキーロを繋ぐロープは切れずはぐれずに済んだようだ。
しかしキーロはピクリとも動かない、腹部には弓が刺さっている、そうだ、キーロは僕を助けて……、
なんとかして体を動かさないと、キーロを助けないと。
そう思うと体に残る力を振り絞り僕はなんとか起き上がった。
キーロを持ち上げようとするが、右腕が全く動かないことに気付く。さらに右手はざっくりと斬られていた。特に親指の骨は完全に切断され、皮1枚でぶら下がっているようだ。
右腕が使えないことに気付くと、左腕でなんとかキーロを持ち上げ川から引き揚げた。
そしてキーロを背中に抱えると、這いずるように川から離れる。とりあえずどこかに移動すれば誰かに見つけられて助かるかもしれない……。
ここがどこだかわからない。ただ森を抜けたことは確かなようだ。
血が流れ出すぎてしまったのか、意識が朦朧としている。視界がぼやけてよくみえない。
キーロの体温はまだ感じる、きっと生きてる。どこかで休ませてしっかり治療さえできれば……、
自分が何をしているのかよくわからなくなってきた。なんで僕はキーロを背負ってこんなにつらい思いをしているんだっけ……、
そのたびに痛みで正気に戻る。つらい、二度と正気に戻らないまま死んでしまいたい。
ついにキーロの重みに耐えられなくなり、その場に倒れこんでしまった。
もうだめだ、動けない。寒い。痛みはもう感じなくなってきていた。
倒れたまま目を開く、今日は天気が良い、のどかだ。鳥の鳴き声が聞こえる。
ここで死んでしまうのも悪くはないのかもしれない、おだやかな気持ちで死ねそうだ……。
そんなことを考えていると何かが近づいてくるのを感じた。
そのなにかは僕たちのそばで立ち止まり様子を見ている。
体を動かすことも声も発することもできない僕はその何かに助けを求めることができなかった、助けを求めたところで助けてくれるようなものであるとは限らないが……
体を持ち上げられ、何かにのせられた。このまま僕たちをどこかへ連れ去るようだ。
ゆっくりと僕たちを乗せたものが動き出す、これでまたゴブリンの村に戻されたらとんだ笑い話だ。
先ほどの何かが僕の顔を覗き込む、なんとか視線をそちらに送るがぼやけてよく見えない。
すると、その何かが僕に向けていった。
「大丈夫、安心して、少なくとも私は敵じゃない」