第4話
第4話
「クソッ!どうすんだよこれ!どうやって逃げればいいんだ!」
矢から身を守るため、ゴブリンの巣の建造物に身を隠しながらキーロは悪態をついた。
外ではケビンさんと数人と精鋭の兵士達がゴブリンたちと交戦している。
「隙を見て逃げろって言われたけど、完全に囲まれてるしどうすりゃいいんだクソッ!」
「キーロ!一旦落ち着こう!」
「落ち着けって言われてもな!」
「いいから!一旦、冷静になるまで口を閉じよう!」
昔ケビンさんに教わった、危険な時ほど落ち着けと、そして落ち着くためには一度なにも話さずに頭の中を整理するのに集中すればいいと。
「…………、ゴブリン達、本当に賢いや」
「…………、何いってんだお前」
「ここから北に向かえば村があるだろ、見てよ、ゴブリンキングはここから真北に居座ってる。それに南の方にいるゴブリンに比べて北側にいるゴブリンの方が数も多いし装備が整っている」
「あ……、たしかに、ていうか装備が整っているゴブリンは全然戦ってないな」
「きっと知性が低めのゴブリン達を先に戦わせて、消耗したところを楽に討ち取ろうって作戦なんじゃないかな?」
「人間とはやることが真逆だな、俺らを守るためにケビンさん達は真っ先に戦いに行ったのに」
少し落ち着いてきた。僕もさっきまでは結構動揺していたが、周りの様子を見るくらいには落ち着いてきた。
「キーロ、どうする。可能性があるなら南側だけど…」
「でもケビンさんたちはここを守るので精一杯だぞ、俺たちだけじゃゴブリンの包囲を突破できない」
「でもここにいても時間の問題だよ。いつゴブリンキングが襲ってくるか分からない」
「ああ……、なにか良いものはないのか」
そういってキーロは自分の荷物を漁りはじめた。それを見て僕も今持っている荷物を確認した。
「僕は音爆が4つだけだ、あとはいつも通り弓矢と短刀」
「俺は音爆2つに、ナイフが2本、後は……、これは」
そういってキーロは2つの球状の物を取り出した
「あ、それは武器屋のおっちゃんにもらった目眩まし爆弾」
「ああ、そういえば2つ貰っていたの忘れてたぜ」
「でも、これ、使えるのかな……?」
ガオオオオアアアア!!!!
突然ゴブリンキングが叫び声をあげた。すると北側のゴブリン達が包囲を崩さないようにゆっくりと迫ってきた。
ケビンさん達がさらに焦りはじめたのが見てわかる。
「まずいよ!キーロ!使うしかない!」
「分かったよ……!エルス、うまくゴブリン達を集められないか?」
「分かった、僕が囮になる。うまく投げつけてくれ」
「すまん……、危なかったらすぐ逃げてくれ」
「逃げ場なんてないから、気にしなくていいよ」
「それもそうだな、ハハッ」
「じゃあ、行ってくる」
そう言うと僕は矢を数本ゴブリンに撃ち込み、叫びながら躍り出た。
矢が刺さってないかと期待したがすべて盾で防がれてしまっていた。
「こっちだ!!相手してやる!!」
ケビンさんが何か叫んでいたような気がするが、僕は気にせず南側のゴブリン達に向かっていった。
大半のゴブリンは自分の使命を理解しているのか持ち場を離れることはなかったが、それなりの数のゴブリンが僕に食い付いた。
「こっちだ!着いてきてみろ!」
僕は更に叫びながら音爆に火をつけゴブリンの列に投げ入れた。
さすがに目障りになったのだろうか、音爆を投げられた周辺のゴブリンが一斉に僕の方へと向かってくる。
「キーロ!!」
「任せろ!!目を閉じて地面に伏せろ!!」
そういってキーロは目眩まし爆弾を1つゴブリンの方へと投げ入れた。
さっき投げた音爆が全く殺傷能力が無かったので、油断したのかゴブリン達は目眩まし爆弾に一切見向きもしない。
僕が目を閉じて地面に伏せた瞬間ーーー
バスンッ!!
いつもの爆弾が爆発するときの音より鈍い音がし、何が細かい粒が僕の体に降り注いだ、と同時にゴブリン達の叫び声が聞こえる。
「くっさ!!!」
とんでもない臭いがする。思わず叫んでしまった。
「キーロ!どうなってる?!」
「もう大丈夫だ、目を開けろ!チャンスだ!」
目を開けるとそこらに黄色い粉が飛び散っていた、そしてやはりとてつもなく臭い。
僕に襲いかかってきたゴブリンだけではなく、北側で列を成していたゴブリン達ももがき苦しんでいる。
「なにこれっ……、ってか目痛っ!!」
黄色い粉が目に入ると目の奥が焼けるかのような激痛が走った。
「やばい、キーロ!何も見えない!目が開けられない!」
目は開けられず、ゴブリンの叫び声で何も聞こえず、周囲の状況を把握できなくなった僕は狼狽えた。
「じっとしてろ!!」
誰かにそう言われ、体を抱えられた。
「くっそ、目がいてぇ!くせぇ!」
「ちょっと、何が起きているんですか!?」
「いいから黙って大人しくしとけ!絶対に目を開けるな!」
そう言われて僕は一先ず身の危険は無いことを理解し、声の主に身を託すことにした。
.........................
「はぁっ……はぁっ……」
随分巣から遠くに離れたところで僕は下ろされた。
「いいぞ、目を開けろ」
声の主は精鋭兵士の一人だった。
「あ、ありがとうございます」
「はぁっ……、ああ、気にすんな。俺もお前達に助けられたからな」
「はぁっ、エルス、無事だったか」
「キーロ!」
目を真っ赤にし、息を切らしたキーロが後ろから現れた。
「あのおっちゃん、とんでもないもの作ってくれたな、はは」
「ケビンさんや俺の同僚達はどうした?」
「途中まで一緒だったんすけど、ゴブリンの追撃が激しくバラバラになりました」
「ああそうか……、わかった」
「あの、目眩まし爆弾が爆発した後何が起きたんですか?」
「ああ、南側のゴブリンの列が崩れたのを見たケビンさんがエルス、お前を助けるように指示してな。一緒にキーロの小僧とゴブリンの列を走り抜けた」
「俺はケビンさんとか先輩が心配になって少し様子を見てたんだ、そしたらすぐにケビンさん達もゴブリン達を突破して出てきた。それから一緒にエルス達を追ったが結局……」
「まぁ仕方ない、体を休めてすぐに移動しよう。俺はビンスだ、よろしく」
「あ、えっと、よろしくおねがいします」
数分後、息を整え僕達は一先ず仲間と合流すべく歩きだした。
「くそっ、だめだ、まだゴブリンだ」
一先ず村の方へ、つまり北へと進もうとしたのだが、ゴブリンの数が多く少しずつ南へ、つまり森の奥の方へと追いやられていた。
「ゴブリン共め、森から出させる気がないな」
「ビンスさん、どうします……?このままだとどんどん森の奥に進んでしまいますよ?」
「分かってるが、良い案がない。せめて仲間たちと合流できればいいんだが……、そうだお前達の装備は今なにがある?」
「えっと、僕は音爆3個に弓、短刀だけです」
「俺はいつもの剣に音爆2個、目眩まし爆弾1つ、あと食料が」
「なるほど……、キーロ、目眩まし爆弾と食料を俺に渡せ。お前達の荷物はなるべく軽い方がいいからな」
「これくらい持てますよ!」
「いいから渡せ」
キーロが不服そうな顔をしながら目眩まし爆弾と食料をビンスさんに渡した。たしかに、よりによって貴重な食料と命を救われた目眩まし爆弾を他人に預けるのは嫌だ。
「助けてくれ……」
その時だった、弱々しく、助けを求める声が聞こえた。
すかさず周囲を警戒する。同じような罠は嵌まりたくない。
「ここだ……、助けてくれ」
木の根と地面の間にできた小さな空間、そこに助けを求める人物はいた。
周囲を確認し、罠ではないと判断したビンスさんがその人物に近寄る。
「あんたは……、都の兵士か?」
「ううっ……、そうだ、頼む助けてくれ」
肩に2本、腰に1本矢が刺さっている。足も怪我をしたのか血まみれだ。
「あんた、歩けはするのか?」
「いや……もう無理だ、ううっ……」
「俺たちも今ゴブリンに追われている、歩けないのなら助けられない」
「ビンスさん!」
冷たく言うビンスさんにキーロが言った。
「なんでそんなに冷たいんすか!この人だって治療して、少し休めばまた戦えるかもしれない!さっき仲間がほしいって」
「大声を出すな!」
カザッ
キーロの声を聞きつけたのか南から2匹のゴブリンがこちらに向かってきた。
「あっ……」
「気を付けろキーロ、ここは敵地だ。油断だけはするな」
ゴブリンはゆっくりと辺りを警戒しながら真っ直ぐ進んでくる。今この場所から動けば見つかるのは明白であった。
「エルス、キーロ。いいか、この木を登れ。落ちるなよ、慎重にな。あとあんたも助かりたかったら自力で登るんだ、いいな」
「む、無理だ。もう体が動かないんだ」
「それならもうここで死ぬだけだな、ほらエルス、キーロ、先に登れ」
先程のミスを反省したのかキーロは大人しく登りはじめた。僕も後に続く。
「生き残りたかったら登ってこい、俺は先にいくからな」
僕たちが登り終えたのを確認したビンスさんはそう言って木を登りはじめた。
「ビンスさんっ、本当にあの人をあそこに置いていっていいんですか!?」
極力小さな声でキーロは言った
「ああ、登ってきたのなら助ける、だが登る気がないのなら助けない」
「なんでそんな……」
「だったらあのゴブリン2匹を倒しましょうよ」
「だめだエルス、戦闘の音を聞きつけ周囲のゴブリンが集まってきてしまう」
「木の上から奇襲すれば……」
「さすがに2匹同時に、しかも叫び声もあげる間もなく殺せる自信はない」
ビンスさんはそういって黙ってしまった。僕達は都の兵士がいつ木を登ってきてもいいように手助けする準備をしていたが一向に登り始める気配は無かった。
「誰か……、まだ死にたくない……」
ついにゴブリンが都の兵士の存在に気が付いた。
怪我をして動けないのを確認したのかゆっくりと近付いていく。
そして都の兵士の側にいくと、大きく武器を振りかぶって…………、
.............................
森をさ迷い続けてかなりの時間が経ち、日が沈んできているのが感じられてきた。
「今日中に森から脱出するのは不可能だ。暗くなる前に安全な寝床を確保しよう」
「了解です」
幸い、近くに木の影に隠れた小さなほら穴がありそこで夜を明かすことにした。
草を敷いて簡易的な寝床を作った僕らはすぐに休むことにした。
あれからキーロは1度も口を開いていない。しかし身も心も疲れはてた僕にはキーロを気にしている余裕は無かった。
とても眠い。長い1日が終わる。
まだ森から脱出する目処はたってないが、きっと明日になればどうにかなる。助けが来る。
そう思いながら、思い込みながら僕は眠りに落ちていったーーーー